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第7章 呪われた血筋

219.決戦(3)

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 それからも時間差で何度も聞こえて来る地響きのような轟音。もう10は越えた。上る黒煙は、まるで空を貫く真っ黒な柱だ。
 グランツェさん達のいる35番地区まで向かうのは簡単じゃなかった。
 途中に浄化ピュリフィカシオンしていない地区を複数挟んでいる上に拘束が完了していない。必然、バルドルさんたちが戦わなきゃいけなくなる。
 進路に群がるゾンビ。
 ドーガさんが燃やす。
 ウーガさんが牽制する。
 ユキが駆けながら吹っ飛ばしていくゾンビをクルトさん、バルドルさん、エニスさんが斬り伏せていく。
 みんな真剣だ。
 本気で戦ってる。
 なのに前に進めない!

「レン焦るな!」
「っ」

 胸の内を見透かすようなバルドルさんからの注意。

「気持ちは判るけど、いざって時に魔力が足りないと何も出来ない。温存出来るときはしておけ」

 エニスさんにも正しく諭されたら飲み込む以外ない。
 だけど気が逸る。
 ヒユナさんのことも心配だし、さっきから何度も、何度も、あっちこっちからあの音がして、大地を伝って俺たちの中を震わせる。
 見えない力に心臓を鷲掴みにされているような、……命を握られているような恐怖。
 怖い。
 見えないところで仲間に何か起きることが、怖い。
 いっそ全部一気に消してしまえばいいのに。
 俺にはそれが出来るのに。
 してしまったら偉い人たちの作戦がダメになる。

「レン!」
「っ!」

 ハッとした直後に耳の側で音がして吹っ飛んだ。
 リーデン様の防護陣が発動したんだ。

「ははっ! レンのそれこいつらにも有効なんだ」

 ウーガさんの楽しそうな声。
 クルトさんがホッとした顔で目の前の敵に集中し直すけどエニスさんの眉根が寄る。

「待て待て。獄鬼ヘルネルが動かしている死体が僧侶に攻撃するってどうなんだ?」

 みんな目の前の敵に必死なのに、その疑問は嫌な予感と共に俺たちの視線を引き寄せた。
 そうだよ。
 僧侶なんて獄鬼ヘルネルには絶対有利。
 近付くことすら嫌がるはずで。
 じゃあ、……ヒユナさんはどうして負傷したんだろう。

「なんだこれ。泥団子?」

 俺にぶつかる筈がリーデン様の防護陣に吹っ飛ばされて地面に落ちたそれをウーガさんが確認する。

「んん? 油だこれ」
「油?」

 この世界、油はあまり使われていない。
 油の用途って大まかに分けたら食用・化粧・燃料・工業って感じで、まず燃料としては使われない。この世界の動力は魔力だからだ。
 何か塗ったり付けたりが好きでない種族がほとんどの世界では流通している化粧品なんて極わずかで、それだって薬師が肌に良さそうなあれこれを調合して作るから「油」を使っている意識は無いに等しい。
 工業で言えば魔道具とかそういったものを作っている人たちが潤滑剤として使っていたりするみたいだけど、それ、俺も作れるやつの派生。というわけで薬師があれこれ調合して作るから以下同文。
 じゃあ食用はって言ったら、俺が揚げ物をしたら皆が大喜びするくらい受け入れられているけど、家庭料理で使っている人はプラーントゥ大陸にはほとんどいないと思う。
 なぜなら食用油はキクノ大陸からの輸入品で、最小単位が一斗缶みたいなデカいガラス瓶に20キロ分入ってて、それ一つで150Gくらい。半月分の食費が飛ぶんだよ。高い。
 ウーガさんは唐揚げが好きなイヌ科シアンだから「油」にすぐ気付いたけど、つまり、べちゃっとした泥に触ってそれと気付く人は少数派で。
 それがどんな効果を齎すか気付く人なんて、もっと少なくて。

「火?」

 クルトさんが呟いた。
 前方。
 群がるゾンビの向こうに炎が揺らめくのが確かに見えた。松明なんてこっちの世界で初めて見た。元の世界でだって何回見たことあったかな……なんて暢気なことを考えてしまったのは、俺だけで。

「火だと? 魔力なんてどこからも……」

 バルドルさんの顔が険しくなった。
 火と油。
 ハッとした時には遅かった。

「みんな逃げ……っ」

 地面が吹き飛んだ。




 ◇◆◇

「ここは俺たちに任せろ!」
「行けレイナルド!」

 ゲンジャルたちの班にそう背中を押され、各大陸の代表かつ戦闘力もそれなりに高い面々がようやくカンヨンの王城に辿り着いた。
 傍にはレンが寄越したのだろう魔豹ゲパール
 名前を付けていたのは知っているが、そのどれかまでは判らない。そんな不義理な俺を守るように立ち回る利口な魔物は容赦なく向かってくる敵を蹴散らした。
 咆哮も爪も尾も強力な武器だったが、見た目だけで相手を怯えさせられるのは大きい。何せ怯えるということは、辛うじて人間だ。隙が出来れば確保するのも容易だった。
 最悪カンヨンの王が捕獲できれば他はいなくても構わない。それが、既に何十人も他の国で証人を得ている大陸連合の総意だが、今後のことを考えれば責任を問える対象が大いに越したことは無い。
 城を制圧したら此処で裁判が始まる。
 今はまだ王都の外、監視付きで護送用馬車の檻の中にいるそいつらを運ぶための道を確保するのが俺たちの役目だった。
 だが、俺たちが城に入ってすぐだ。
 外から轟音が鳴り響いた。
 驚いて窓から見ると、いままで見たことがない黒い煙の中で炎が燃え盛っていた。
 炎。
 なのに、魔力を感じない。

「なんだ……?」

 他人の疑問の声。
 同時に二度目の轟音。

「!」
「……っ」

 まったく別の方向から聞こえたので窓から身を乗り出して見る。轟々と燃える炎。真っ黒い煙。そして、やはり魔力を感じない。
 三度目。
 四度目。
 得体の知れない現象に胸がざわつくが、其処にいたのは誰もが国の中枢に近い実力者たち。自分の目的を果たすことが何よりも重要だという意識が骨の髄まで浸み込んでいる。

「行くぞ」

 ギァリック大陸の代表者に声を掛けられ、全員が再び城内を移動し始めた。
 ……嫌な予感がした。
 魔豹ゲパールがじっとこちらを見ている。
 その目を見ていると仲間たちの顔が浮かんだ。
 悩んだのは、ほんの一瞬。

「行こう」
「グルッ」

 目指すはカンヨンの国王のいる場所だ――。
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