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第7章 呪われた血筋
203.森に還る
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言葉にならない疑問を抱える俺に、レイナルドさんは気付いているのかどうか。
「で、本題だが」
軽く息を吐いたレイナルドさんが細い枝に触れた。
「他の大陸ならまだしも、此処で木になったエトワールは主神様との約束を果たすことなく一年と待たずに枯れて朽ちる」
「っ……」
水もない、生き物もない。
獄鬼に侵食されて死んだ土地。
「この地で眠った森人族がどれだけいるかなんて想像もつかないが、せめて目の前にいる一人くらいはなんとかしてやりたい。掘り出すのを手伝ってくれるか」
「はい……え。この木、植え替えたりしてもいいんですか?」
「さぁな。だが何もしないよりはいいだろ」
「……絶対じゃないなら、先に間違いない方法を主神様に」
「レン」
聞いてから――そう言おうとして止められる。
真っ直ぐなレイナルドさんの視線。
「もし無駄だったとしても俺が連れて帰ってやりたいんだから、それでいいんだ」
言いたいことは判る。
すごくよく判るんだけど、でも。
「クールくんに、俺が必ず届けるって言ってたじゃないですか」
「穏便に事を運ぶためなら耳触りの良い台詞くらいいくらでも思いつくが、さっきのは埋葬した後に僧侶が祈ってくれるって意味だぞ」
「え」
「それだけで普通は充分な見送りなんだよ、こっちの世界では」
そう言って笑ったレイナルドさんは、だけど、急に思い出したみたいな顔で眉を寄せる。
「あー……けど、あれだ。掘り出した木はしばらくテントの部屋に置かせてくれ。あの坊主の目に触れない方がいいからな」
「……あの子には教えないんですか」
「今までの主人からどんな知識を与えられているかも判らない内はな」
「そう、なんですね……」
考える。
まだ一気に与えられた情報が処理しきれなくて頭はふわふわするし心の中はぐちゃぐちゃだけど。
もし植え替えが出来なくてプラーントゥ大陸の森人族の森で枯れたとしても。
掘り出した途端に枯れたとしても。
マーヘ大陸の土地ではそもそも植物が育たない。
だったら試さない手はないんだって、それは理解した。
言いたいことはまだたくさんあるが、皮肉られた気がしたくらいで拗ねるような子どもでもないし。全然。それは気にしてない!
こっちの常識に疎いのは事実だからね……あぁもう。
「スコップと、コメを買うための麻袋がテントにあったはずです」
伝えたら、レイナルドさんは何度か瞬きした後で笑う。
「それはいいな。貸してくれ」
「はい」
テントから他にもロープや水など使えそうなものを持って戻り、レイナルドさんと2人、まずはエトワールを弔った。
どうお別れするのが正しいかなんて判らないから、いつかちゃんと帰るべき場所に帰れますようにって思いを込めて、元の世界の故郷を偲ぶ歌を歌った。
それから気持ちばかりの浄化。治癒。ずっと痛かったり苦しかったりして来たんだと思うから今日からはゆっくりと休んでほしかった。
その後、確かに1人の女性だった木の周りを掘り始めた。
とても細い木だ。
レイナルドさんの光魔法で明かりを確保し、根を傷つけないよう注意していたらだんだんと自分たちの言葉数も少なくなっていて、気付いたら無言で作業に没頭していた。
集中していたとも言う。
おかげで30分くらいでエトワールの木を根から引き抜くことが出来た。
「根も、どれも細いですね。本人の状態と似通うんでしょうか」
「それはあるな」
麻袋に木を差し、俺が支えている中にレイナルドさんが土を入れていく。パサパサで乾き切った土に水をやるも、水分はまるで蒸発するみたいに消えてしまう。
(んん?)
乾燥しているだけにしては水分の抜け方がおかしい。
そういえば獄鬼が悪意を持つ人に憑いて成り代わり世界を崩壊させるっていう目的は聞いて学んだし、実際に「壊してやる!」って主張する獄鬼とも接したことがあるが、土地そのものにはあまり注目したことがなかった。
植物も生きているから獄鬼のせいで枯れるんだろうな、とか。
そんな、なんとなくで浄化を発動して来たんだけど……なるほど、土の中にもたくさんの微生物がいて、みんな生きている。影響を受けると考えた方が自然だ。
(ってことは……あ、でも浄化して獄鬼の影響を消しても微生物が生き返ったり無から湧くわけじゃないんだから、どのみち復活には時間が掛かるのか)
神具『住居兼用移動車両』Ex.の中で使えるスキル「通販」で土を買っても外には持ち出せない。
あっちの世界でキッチン栽培の経験くらいならあるけど、全部揃った栽培キットじゃ良い土の作り方なんて判りようがない。
とりあえず浄化して、なんだっけ、腐葉土?
枯れた木片や葉っぱと土を一緒に入れて、水撒いて、蒸したら、……出来る? それともあれも微生物ありきなのかな。魔力のある世界だとまた違う?
あああ判んない!
「なに百面相してんだ?」
「……土を少しでも良く出来たらと思って」
目的だけを答えたら怪訝な顔をされた。
結局全部喋らされて、騎士団には土魔法が使える人がいるから問題ないと言われた。つまり土魔法で魔力を流せば植物が育つ土が出来上がるってことでいいのかな。
「じゃあ、早めに合流しないとなりませんね」
「ああ。だがさすがに今日はここで休む。日が昇ったら移動を始めるぞ」
「了解です。見張りはどうしますか?」
「おまえは普段通りで良い」
根本を袋に包んだ木を抱えたレイナルドさんは、テントに触れる。
「確かかなり頑丈なんだろう、これ」
「それはもう! 主神様たち……えっと、開発者の皆さん渾身の一品なので!」
レイナルドさんの目が遠くなる。
はい、それ以上は言わないし聞かない方が良いです。
お互いに空笑いで気を取り直す。
「感知可能範囲に魔獣や盗賊はいないし、敵意が近付けば寝てても気付く。ダンジョンでもないからな。他人の目を気にして装う必要はない」
「でも……」
こんな場所でレイナルドさんを一人にするのはどうなんだろ……って思ってたら。
「おまえと一晩二人きりなんて主神様にどう思われるか恐ろし過ぎるんだが」
「……」
否定出来ない。
結果、俺は夕飯だけ作って神具『住居兼用移動車両』Ex.に帰ったのだった。
***
読んでくださってありがとうございます。
明日はレイナルド視点から。
また、以前は「お詫びとお知らせ」とタイトルに入れていた179話と180話の間に、登場人物データを上書きしました。今後も時々更新するかもしれません。
これも追記してなどありましたらお知らせください。
お役立て頂けたら幸いです。
「で、本題だが」
軽く息を吐いたレイナルドさんが細い枝に触れた。
「他の大陸ならまだしも、此処で木になったエトワールは主神様との約束を果たすことなく一年と待たずに枯れて朽ちる」
「っ……」
水もない、生き物もない。
獄鬼に侵食されて死んだ土地。
「この地で眠った森人族がどれだけいるかなんて想像もつかないが、せめて目の前にいる一人くらいはなんとかしてやりたい。掘り出すのを手伝ってくれるか」
「はい……え。この木、植え替えたりしてもいいんですか?」
「さぁな。だが何もしないよりはいいだろ」
「……絶対じゃないなら、先に間違いない方法を主神様に」
「レン」
聞いてから――そう言おうとして止められる。
真っ直ぐなレイナルドさんの視線。
「もし無駄だったとしても俺が連れて帰ってやりたいんだから、それでいいんだ」
言いたいことは判る。
すごくよく判るんだけど、でも。
「クールくんに、俺が必ず届けるって言ってたじゃないですか」
「穏便に事を運ぶためなら耳触りの良い台詞くらいいくらでも思いつくが、さっきのは埋葬した後に僧侶が祈ってくれるって意味だぞ」
「え」
「それだけで普通は充分な見送りなんだよ、こっちの世界では」
そう言って笑ったレイナルドさんは、だけど、急に思い出したみたいな顔で眉を寄せる。
「あー……けど、あれだ。掘り出した木はしばらくテントの部屋に置かせてくれ。あの坊主の目に触れない方がいいからな」
「……あの子には教えないんですか」
「今までの主人からどんな知識を与えられているかも判らない内はな」
「そう、なんですね……」
考える。
まだ一気に与えられた情報が処理しきれなくて頭はふわふわするし心の中はぐちゃぐちゃだけど。
もし植え替えが出来なくてプラーントゥ大陸の森人族の森で枯れたとしても。
掘り出した途端に枯れたとしても。
マーヘ大陸の土地ではそもそも植物が育たない。
だったら試さない手はないんだって、それは理解した。
言いたいことはまだたくさんあるが、皮肉られた気がしたくらいで拗ねるような子どもでもないし。全然。それは気にしてない!
こっちの常識に疎いのは事実だからね……あぁもう。
「スコップと、コメを買うための麻袋がテントにあったはずです」
伝えたら、レイナルドさんは何度か瞬きした後で笑う。
「それはいいな。貸してくれ」
「はい」
テントから他にもロープや水など使えそうなものを持って戻り、レイナルドさんと2人、まずはエトワールを弔った。
どうお別れするのが正しいかなんて判らないから、いつかちゃんと帰るべき場所に帰れますようにって思いを込めて、元の世界の故郷を偲ぶ歌を歌った。
それから気持ちばかりの浄化。治癒。ずっと痛かったり苦しかったりして来たんだと思うから今日からはゆっくりと休んでほしかった。
その後、確かに1人の女性だった木の周りを掘り始めた。
とても細い木だ。
レイナルドさんの光魔法で明かりを確保し、根を傷つけないよう注意していたらだんだんと自分たちの言葉数も少なくなっていて、気付いたら無言で作業に没頭していた。
集中していたとも言う。
おかげで30分くらいでエトワールの木を根から引き抜くことが出来た。
「根も、どれも細いですね。本人の状態と似通うんでしょうか」
「それはあるな」
麻袋に木を差し、俺が支えている中にレイナルドさんが土を入れていく。パサパサで乾き切った土に水をやるも、水分はまるで蒸発するみたいに消えてしまう。
(んん?)
乾燥しているだけにしては水分の抜け方がおかしい。
そういえば獄鬼が悪意を持つ人に憑いて成り代わり世界を崩壊させるっていう目的は聞いて学んだし、実際に「壊してやる!」って主張する獄鬼とも接したことがあるが、土地そのものにはあまり注目したことがなかった。
植物も生きているから獄鬼のせいで枯れるんだろうな、とか。
そんな、なんとなくで浄化を発動して来たんだけど……なるほど、土の中にもたくさんの微生物がいて、みんな生きている。影響を受けると考えた方が自然だ。
(ってことは……あ、でも浄化して獄鬼の影響を消しても微生物が生き返ったり無から湧くわけじゃないんだから、どのみち復活には時間が掛かるのか)
神具『住居兼用移動車両』Ex.の中で使えるスキル「通販」で土を買っても外には持ち出せない。
あっちの世界でキッチン栽培の経験くらいならあるけど、全部揃った栽培キットじゃ良い土の作り方なんて判りようがない。
とりあえず浄化して、なんだっけ、腐葉土?
枯れた木片や葉っぱと土を一緒に入れて、水撒いて、蒸したら、……出来る? それともあれも微生物ありきなのかな。魔力のある世界だとまた違う?
あああ判んない!
「なに百面相してんだ?」
「……土を少しでも良く出来たらと思って」
目的だけを答えたら怪訝な顔をされた。
結局全部喋らされて、騎士団には土魔法が使える人がいるから問題ないと言われた。つまり土魔法で魔力を流せば植物が育つ土が出来上がるってことでいいのかな。
「じゃあ、早めに合流しないとなりませんね」
「ああ。だがさすがに今日はここで休む。日が昇ったら移動を始めるぞ」
「了解です。見張りはどうしますか?」
「おまえは普段通りで良い」
根本を袋に包んだ木を抱えたレイナルドさんは、テントに触れる。
「確かかなり頑丈なんだろう、これ」
「それはもう! 主神様たち……えっと、開発者の皆さん渾身の一品なので!」
レイナルドさんの目が遠くなる。
はい、それ以上は言わないし聞かない方が良いです。
お互いに空笑いで気を取り直す。
「感知可能範囲に魔獣や盗賊はいないし、敵意が近付けば寝てても気付く。ダンジョンでもないからな。他人の目を気にして装う必要はない」
「でも……」
こんな場所でレイナルドさんを一人にするのはどうなんだろ……って思ってたら。
「おまえと一晩二人きりなんて主神様にどう思われるか恐ろし過ぎるんだが」
「……」
否定出来ない。
結果、俺は夕飯だけ作って神具『住居兼用移動車両』Ex.に帰ったのだった。
***
読んでくださってありがとうございます。
明日はレイナルド視点から。
また、以前は「お詫びとお知らせ」とタイトルに入れていた179話と180話の間に、登場人物データを上書きしました。今後も時々更新するかもしれません。
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お役立て頂けたら幸いです。
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