生きるのが下手な僕たちは、それでも命を愛したい。

柚鷹けせら

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第7章 呪われた血筋

198.罪とはなにかと判じるのは

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 城はもぬけの殻だった。
 正確に言えばこういう状況で城に居るべきひといなかった。たとえば王族の代表者であったり、国民を守るために自国の軍を率いる人であったり、状況を打破できる軍師、有識者でも良かったのだが、そういった一人も城内には存在しなかったのだ。
 その代わりとでも言うように、物言わぬ遺体となった人達がいた。
 あと半日遅れればそちらに仲間入りしていただろう人達は、もっと大勢いた。
 地下牢には奴隷の首輪をつけた若く見目の良い者たちが一つの牢に30人以上押し込められているという報告もあった。その酷さと言ったら膝を抱えて座ることもできないほどで、比較的幼い子を3人も膝の上に抱いて事切れている人もいたという話を聞いたときには怒りで腸が煮えくり返るかと思った。

「この季節ってことを考慮して遺体の状態を見るに最長でも3日経っていないと思う。斬られている者も少なくなかったが死んでいる大半は奴隷で死因は餓死だ」
「餓死……」
「ずいぶん前から何も飲めず食えずで酷使されていたんだろうぜ」

 ゲンジャルさんが忌々しそうに言い放つ。
 同時に、城下ではそれほどでもなかった死の臭いが城を中心に貴族街に集中している異様さを指摘する。

「奴隷は言ってしまえば連中の所有物だから逃げるのに邪魔だと思えば死ぬのが判っていたって平気で捨てていくだろうが、城がこの状態で、街にも人気がないのは異常どころの話じゃないぞ」
「……この国の王は逃げたんですよね?」
「状況的にはそう判断せざるを得ないな」

 となると、どこへ。

「俺たちが此処に来るまでに遭遇していないんだ、北上したと考えるのが妥当じゃないか?」
「北……」

 つまり今もギァリッグ大陸の連合軍が上陸すべく戦い続けている、獄鬼ヘルネルの支配地域。

「急いだ方が良さそうだ」

 ウォーカーさんの言葉に皆が同意する。
 と、そこに飛んできたのは城の食料庫の確認に行っているクルトさんからのメッセンジャーだ。

『倉庫はほぼ空。小麦が二袋と萎れた野菜がいくつか転がっているだけで、たぶん小麦は逃げた連中が持っていけなかった余りだろうって』

 その話を聞いて、俺たちは難しい顔を見合わせる。
 捕まえるべき王族もなく、街にもほとんど人がいない。話を聞けるのは奴隷階級の若い子がほとんどでとても有益な情報が得られるとは思えない。
 残されていた小麦二袋を奪う気は更々無いが、かといって生き残った奴隷を養う義務は、ない。
 好きにしたら良いって、言葉にするだけなら簡単だ。

「ほんと、胸くそ悪い旅だな」
「ね」
「……途中で狩ってきた魔獣、痩せ細っていて美味しくなさそうでしたよね」

 ぽつりとこぼした呟きに皆の視線が集まって、それから、肩を竦めて笑った。

「まぁ、そうね。持ち運ぶのも邪魔だし此処に棄てていきましょうか」
「捨てていくだけなんだからレイナルドも文句言えないよな」
「文句なんて言ったらさすがにレイナルドさんが気の毒です」

 彼は俺たちが余計な負担を背負い込まないでいいように冷静に対処しているだけだ。
 そんな話をしていれば次いでグランツェさんからのメッセンジャーが飛んで来る。貴族街でも餓死したとみられる若い奴隷が多い事。
 邸からは金目のものも持ち出されていて、邸の主だろう遺体が見つからない以上は主自らがそれらを持って邸を捨てて逃げたと考えられる、と。

「追いかけるしかないな」
「ええ」
「生き残った子の中に魔獣の解体や、干し肉作りが出来る子がいればいいけど」
「貴族邸は判らんが王城にいた奴隷なら出来るんじゃないか? 騎士団が狩って来たものを下処理するだろう」

 話が纏まったところで地下牢にいるバルドル達に解体出来る子がいれば騎士団の訓練所に連れてくるようメッセンジャーを飛ばし、クルトさんには小麦2袋を持って来てもらえるよう頼む。
 この国の王の執務室に行くと言っていたレイナルドさんは騎士団長さんと一緒だから後で報告するとして、……俺たちがいま何処に居るのかと言うと。

「待て貴様らっ、まさか奴隷ごときに食料を分け与える気か!」

 声を荒げたのは街中で襲い掛かって来た男の一人だ。
 縛り上げてこの広場に集めて監視すると同時、何人かに尋問したところほぼ同じ内容が語られた。
 聞けば彼らは民間の自衛兵団の一員だった。
 彼らから聞いた話を纏めると、ここ1週間ほどの間に王侯貴族が次々と都を出ていくのを見て来たそうだ。しかも彼らは荷物持ちに大勢の民間人を捕らえ奴隷のごとく荷物持ちとして連行していった。
 そんな仕事は奴隷にやらせればいいと訴えたが、奴隷が役に立たないのだと言い返されたらしい。
 地下牢や貴族の邸に閉じ込められていたという彼らの話を思い出し、水も食料も与えられていなかったなら体はやせ細り歩き続けるなんて無理だったに違いない。
 力仕事なんてもっての他だ。
 カンヨン国と手を組んだことで、大陸のほとんどが荒れ地と化した中でもそれなりの食料を得る事は出来ていただろうが、奴隷の分の食事まで確保出来るとは思えないし、必然的に食料を辛うじて分け与えられた庶民が奴隷の代わりになったんだろう。

「あいつらが国を捨てたなら、俺たちが立て直す! 奴隷などにどうこう出来ることではない!!」

 だから食料は自分たちに寄越せと怒鳴る爬虫類顔の彼らに、俺たちは溜息を吐いた。

「おまえら、俺らを見て何て言ったよ。人間に似た外見の俺らは敵なんだろう。そんな無様な格好で敵に食料を寄越せなんて良く言えたな」
「黙れ! 余所者は引っ込んでいろ!!」
「余所者ねぇ」

 好戦的にクスッと笑うアッシュさん。

「そうよ、マーヘ大陸の一国がどうなろうと私達には関係ないもの。だったら出会い頭に襲い掛かってくる人たちよりお腹を空かせて困っている人達に食料を配るのも当然でしょ」
「あれは奴隷だ!」
「プラーントゥ大陸には奴隷なんていないのよ」

 だから関係ないと言い切るアッシュさんがカッコいい。
 とは言え、この人達をこのまま置いて行ったら結局は俺達が残していく食料を自分たちのものにしてしまうのだろう。奴隷だと蔑んでいる彼らを、殺してでも。
 それでもやっぱり俺達は余所者で。
 関係なくて。
 この国がその先にどういう未来を引き寄せたとしても、それが彼らの選択の結果だから。

「あ」

 胸糞悪い旅だって、ゲンジャルさんが吐き捨てた台詞を思い出してもやもやしていたら、ミッシェルさんが声を上げた。
 つられて顔を上げると、ばさりと自分の腕に止まりたがるメッセンジャー。
 この子は誰の子だろうと思いつつ魔力を流すと、キクノ大陸の連合軍と合流してもらうために別行動を取ることになった騎士班のリーダーさんだった。

『急にすみません。実はカンヨン国から逃げて来たという森人族エルフの二人連れと遭遇しました。今すぐにキクノ大陸かプラーントゥ大陸に連れて行って欲しいと泣かれており、判断に苦慮しています。レイナルド様の指示をお願いします』――。
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