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第6章 変遷する世界
190.大陸奪還戦(6)
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あっちの世界で生まれ育った25年間は日本以外に行ったことがない。
プラーントゥ大陸には三か国あることになっているけど、リシーゾン国以外は森に住んでいる森人族と、王都付近の森の中にある湖畔に暮らす水人族に自治区を容認しているだけで実質的には同じ大陸に暮らす仲間っていう意識だし、オセアン大陸では隣国に攻め込んだも同然なので、国境に柵が設けられていたような気はするけれど気付いたら越えていた。
だから、国境の警備体制と聞くと俺のイメージはあっちの世界、テレビで見た海外のそれで、迷彩服を着て銃を背負った軍人さんがフェンスの向こうから駆け寄ってきて「止まれ!」って銃口を向けられるんじゃないかと不安になっていたのだが、実際に目の当たりにした国境線は、元々はレンガ造りの壁があったんだろうなと想像させるぼろぼろの残骸と、獣っぽい白骨、折れた武器や布の切れはしが所々に見えるだけの、ひどく寂れた場所だった。
マーヘ大陸で陸上の国境警備隊を所有しているのは海に面していない内陸4か国。
この国境線はスィンコ国が防衛していなければおかしいのに人一人いないなんて……。
「この奥、獄鬼の気配がひどく濃いです」
「……ここから南に下ればカンヨン国だ。隣のスィンコは一年前には既に手遅れだったが、表向きの体面だけは取り繕っていたはずだ」
「こっちはカンヨンから連絡があって、あえて無人にしたって可能性もあるぞ」
「誘き寄せられている……?」
「かもしれん。それが判ったからといって退くわけにはいかないが」
レイナルドさん、ゲンジャルさん、グランツェさん、そして騎士団長さん。
「……装備を再度確認。10分間の休憩の後にスィンコ国へ入る」
「了解」
「警戒は最高レベルで。――レン、ゲパールを出せるか?」
「もちろんです」
言われて、腰ポシェットに収納してあった魔石を三つ取り出して魔力と神力を3:7くらいで注ぎ込むと本来の色より少しだけ色素の薄い、大きさも1.5倍くらいの魔豹が手のひらから一回転して地面に降り立つ。
「おお……」
騎士団の所々から漏れ聞こえる感嘆の声に被さって、身内からも「相変わらず顕現までが早いな」って聞こえて来る。
「ぎりぎり違和感が無いと……言えなくもないところを攻めて来たじゃねぇか」
そんなふうに面白そうに笑ったのはゲンジャルさん。
「魔力の補充が一日以上不要で、筋力、速度、耐久力が高くて、でも通常の魔豹に見えなくもない範囲を見極めたんです。大変でした」
「見た目はともかく、この子だけ突出して強くない?」
クルトさんが言いながら首元を撫でた子は、俺と一番長く一緒にいる魔豹。
嬉しそうにごろごろと喉を鳴らしている。
「そうなんです。名前を付けたら更に変化が如実になって来てて……魔力に馴染んだのか、名付けた事が何かしらの契約になったのか……なんて、主神様も首を捻ってましたけど」
如何せん、ダンジョンで入手した魔石から魔物を顕現しようなんて試した人が今までいなかったからデータが圧倒的に足りていない。
リーデン様でさえ初の試みなら何もかもが手探り中だ。
「主神様にも判らないんじゃ仕方ないが、名前を付ける、長期に渡って同じ魔力を込めて顕現させることで魔物がより強くなり、しかも従順だって言うなら、俺たちも育てるべきだろうな」
「育てたいのは山々だが俺の魔力量じゃ魔の鴎が精々だ」
メッセンジャーを顕現するだけで半分近くの魔力を持っていかれるゲンジャルさんが肩を竦めれば、エニスさんやウーガさんも大きく頷く。
「うちで言えば魔法使いのミッシェル、ドーガ、オクティバ、それから俺か」
「魔物図鑑で候補を探しましょう!」
ノリノリのミッシェルさんと、悔しそうなのはモーガンさん。
「育てたいが、魔物を顕現した結果、自分が魔力不足で戦えないんじゃ本末転倒だしな」
「移動用に騎乗出来る魔物を育ててみたかった……」
ディゼルさんが言う。
それは俺も考えた。魔豹に鞍を載せたらどうだろうって提案したら酔うから止めとけって速攻で却下されたけども。
「馬系? 魔石のデカさは魔豹と同じくらいあるぞ」
「なー」
オクティバさんとディゼルさんの遣り取りに周りが笑って、クルトさん。
「この子はユキだったよね」
「ですです。あと、右の子がツキで、左の子がハナですよ」
そう、実は魔豹の名前が決まったのだ。聞いての通りの『雪月花』。
クルトさん達に相談したら、ペットは家族だっていうあっちの世界の文化について話すことになり、なんだかんだで「風流」についても説明する事になって。
愛着がある文化なんだろって言われたら肯定するしかなく、月だけは捻ってルナにするのも考えたけど、最終的にはそのまま名付けることにした。
「ツキとハナの区別がつかんな」
「あげる魔力量に差を付けるのも嫌なので……尻尾にリボンを巻きますか?」
「いや、レンが判るなら大丈夫だ」
それなら問題ない。
同じに見えて、俺には全く違って見えるからだ。顕現させた魔力の持ち主だからなのか、他にも理由があるのかは今後の経過で判明する事を期待している。
足元におとなしく座っている魔豹3頭を撫で、装備を確認。
檜の棒を利き手でしっかりと持ち、腰ポシェットの中の薬の種類も念のために数え直す。MPを回復させても自分には治癒出来ないため回復系のポーションは主に自分のためだからだ。
そうしてきっかり10分後にレイナルドさんの声が上がる。
「行くぞ」
皆が緊張した面持ちで順に国境を越えていく。
***
読んで頂きありがとうございます。
明日から物語が動きます!
プラーントゥ大陸には三か国あることになっているけど、リシーゾン国以外は森に住んでいる森人族と、王都付近の森の中にある湖畔に暮らす水人族に自治区を容認しているだけで実質的には同じ大陸に暮らす仲間っていう意識だし、オセアン大陸では隣国に攻め込んだも同然なので、国境に柵が設けられていたような気はするけれど気付いたら越えていた。
だから、国境の警備体制と聞くと俺のイメージはあっちの世界、テレビで見た海外のそれで、迷彩服を着て銃を背負った軍人さんがフェンスの向こうから駆け寄ってきて「止まれ!」って銃口を向けられるんじゃないかと不安になっていたのだが、実際に目の当たりにした国境線は、元々はレンガ造りの壁があったんだろうなと想像させるぼろぼろの残骸と、獣っぽい白骨、折れた武器や布の切れはしが所々に見えるだけの、ひどく寂れた場所だった。
マーヘ大陸で陸上の国境警備隊を所有しているのは海に面していない内陸4か国。
この国境線はスィンコ国が防衛していなければおかしいのに人一人いないなんて……。
「この奥、獄鬼の気配がひどく濃いです」
「……ここから南に下ればカンヨン国だ。隣のスィンコは一年前には既に手遅れだったが、表向きの体面だけは取り繕っていたはずだ」
「こっちはカンヨンから連絡があって、あえて無人にしたって可能性もあるぞ」
「誘き寄せられている……?」
「かもしれん。それが判ったからといって退くわけにはいかないが」
レイナルドさん、ゲンジャルさん、グランツェさん、そして騎士団長さん。
「……装備を再度確認。10分間の休憩の後にスィンコ国へ入る」
「了解」
「警戒は最高レベルで。――レン、ゲパールを出せるか?」
「もちろんです」
言われて、腰ポシェットに収納してあった魔石を三つ取り出して魔力と神力を3:7くらいで注ぎ込むと本来の色より少しだけ色素の薄い、大きさも1.5倍くらいの魔豹が手のひらから一回転して地面に降り立つ。
「おお……」
騎士団の所々から漏れ聞こえる感嘆の声に被さって、身内からも「相変わらず顕現までが早いな」って聞こえて来る。
「ぎりぎり違和感が無いと……言えなくもないところを攻めて来たじゃねぇか」
そんなふうに面白そうに笑ったのはゲンジャルさん。
「魔力の補充が一日以上不要で、筋力、速度、耐久力が高くて、でも通常の魔豹に見えなくもない範囲を見極めたんです。大変でした」
「見た目はともかく、この子だけ突出して強くない?」
クルトさんが言いながら首元を撫でた子は、俺と一番長く一緒にいる魔豹。
嬉しそうにごろごろと喉を鳴らしている。
「そうなんです。名前を付けたら更に変化が如実になって来てて……魔力に馴染んだのか、名付けた事が何かしらの契約になったのか……なんて、主神様も首を捻ってましたけど」
如何せん、ダンジョンで入手した魔石から魔物を顕現しようなんて試した人が今までいなかったからデータが圧倒的に足りていない。
リーデン様でさえ初の試みなら何もかもが手探り中だ。
「主神様にも判らないんじゃ仕方ないが、名前を付ける、長期に渡って同じ魔力を込めて顕現させることで魔物がより強くなり、しかも従順だって言うなら、俺たちも育てるべきだろうな」
「育てたいのは山々だが俺の魔力量じゃ魔の鴎が精々だ」
メッセンジャーを顕現するだけで半分近くの魔力を持っていかれるゲンジャルさんが肩を竦めれば、エニスさんやウーガさんも大きく頷く。
「うちで言えば魔法使いのミッシェル、ドーガ、オクティバ、それから俺か」
「魔物図鑑で候補を探しましょう!」
ノリノリのミッシェルさんと、悔しそうなのはモーガンさん。
「育てたいが、魔物を顕現した結果、自分が魔力不足で戦えないんじゃ本末転倒だしな」
「移動用に騎乗出来る魔物を育ててみたかった……」
ディゼルさんが言う。
それは俺も考えた。魔豹に鞍を載せたらどうだろうって提案したら酔うから止めとけって速攻で却下されたけども。
「馬系? 魔石のデカさは魔豹と同じくらいあるぞ」
「なー」
オクティバさんとディゼルさんの遣り取りに周りが笑って、クルトさん。
「この子はユキだったよね」
「ですです。あと、右の子がツキで、左の子がハナですよ」
そう、実は魔豹の名前が決まったのだ。聞いての通りの『雪月花』。
クルトさん達に相談したら、ペットは家族だっていうあっちの世界の文化について話すことになり、なんだかんだで「風流」についても説明する事になって。
愛着がある文化なんだろって言われたら肯定するしかなく、月だけは捻ってルナにするのも考えたけど、最終的にはそのまま名付けることにした。
「ツキとハナの区別がつかんな」
「あげる魔力量に差を付けるのも嫌なので……尻尾にリボンを巻きますか?」
「いや、レンが判るなら大丈夫だ」
それなら問題ない。
同じに見えて、俺には全く違って見えるからだ。顕現させた魔力の持ち主だからなのか、他にも理由があるのかは今後の経過で判明する事を期待している。
足元におとなしく座っている魔豹3頭を撫で、装備を確認。
檜の棒を利き手でしっかりと持ち、腰ポシェットの中の薬の種類も念のために数え直す。MPを回復させても自分には治癒出来ないため回復系のポーションは主に自分のためだからだ。
そうしてきっかり10分後にレイナルドさんの声が上がる。
「行くぞ」
皆が緊張した面持ちで順に国境を越えていく。
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