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第6章 変遷する世界

188.大陸奪還戦(4)※戦闘有り

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 街を出て、最初に目撃した魔獣は今までと明らかに趣が違っていた。
 細長くて茶色い本体は50センチくらいだろうか。蛇かと思ったが小さな八本の足が左右に四本ずつついていて、8本脚なら蜘蛛とか虫系なのかと思いきや足の使い方は爬虫類系のそれ。
 目や口が見えないから顔がどこか判らず、体の表面は乾いているように見えて滑っている。これまで見て来た魔獣も、魔物も、あっちの世界の何かに似ていると表現できたのに、それは例えるのが無理で、ドーガさんが「あれはインゴンって魔獣だ」と教えてくれた。
 それが2匹。
 黒ずんだ大地に伏した別種の魔獣を喰らっているところを見ていたら、獲物を奪われると勘違いさせたのか強い敵意を向けられてしまった。

「あれは血液を好むんだ」

 クルトさんが教えてくれると同時、騎士団から数人が前に出て剣で両断。
 ダンジョンの魔物と違って魔石を持たない魔獣の討伐後は、食べられたり素材として有用な部分があるなら解体後に焼却処分か、地面に穴を掘って埋める。
 得る箇所が無い場合はそのまま焼却処分か以下同文だ。
 インゴンの場合は後者らしく、騎士団の魔法使いが地魔法で深い穴を掘って埋めてしまった。

「魔法攻撃が効かなくて物理で叩き切るしかないから、インゴンが現れたらレンくんはすぐに下がってね」
「はい。拘禁デティニアは要らないですか?」
「動きが鈍いから大丈夫。他に何もなければ援護はあると助かるけど、温存できる魔力は温存しておくのが基本だよ」
「そっか、了解です」

 自分の場合は主に神力量が原因だが規格外なのは事実。
 基本はきちんと学んでおくべきだ。

「……まぁインゴン自体はマーへ大陸とインセクツ大陸にしかいないから、ここを出たら忘れてもいいと思うぞ」

 言外にインセクツ大陸には行きたくないと言っているバルドルさんに、クルトさんが複雑な顔をし、他は笑っていた。
 うん、俺もクルトさんを泣かせるような土地には行きたくないです、が。

「地域が限定される理由って……」
「雨量の多い土地が生息域なのさ」
「なるほど」

 納得である。
 ちなみにプラーントゥ大陸は日本――特に北海道の気候に似ていて、オセアン大陸は年間の8割が晴天。
 マーヘ大陸、インセクツ大陸の気候はちょっと不思議で、冬の今時期は一カ月くらい乾燥する日が続くもののその期間以外は湿気が多く、二日に一度は雨が降るそうだ。
 こっちの気候は、現地の魔力量や、神力とのバランスで決まるから、天候が偏る理由もその辺かなと思いつつ、索敵に引っ掛かる気配に気付いて注意を飛ばす。

「あっちの方角……覚えのない魔獣の気配が7つ。じっとしている感じですが」
「襲って来ないなら良い。接近するようなら教えてくれ」
「はい」

 ――そんなやりとりをしながら隣国スィンコを目指してしばらく。
 そちら側に近づくほど環境は悪化し、魔獣が襲いかかってくる頻度がだんだんと増えていく。

「上空から20近い群れ、鳥型……来ます!」
「弓士、魔法使い、迎撃用意!」

 ハゲワシみたいな大きな鳥が嘴で突き刺す勢いで下降してくるのを迎え撃った30分後、今度は小さな猿に似た魔獣の群れに襲われ、更に20分後にはやけに派手な色合いの鳥型魔獣がまた空から襲って来た。

「多いな」
「ああ……」
「っ、あ……前方から100以上の気配が接近中! 大きさから言ってラモンリスです!」
「はぁ⁈」
「厄介な……!」

 言った先から荒れた大地を埋め尽くす勢いで迫って来るのは体長20センチ、体高は5センチくらいの、鼠に似た魔獣だ。
 小型のくせに、口に収まりきらない大きく鋭い歯を武器に何十匹という群れで一斉に襲い掛かり、大きな獣だって捕食してしまう肉食獣だが、人相手に襲い掛かって来るなんて聞いたことがない。
 それだけ飢えているということだろうか。

「騎士団は班ごと! 俺達はパーティごとに対応する、噛まれたら肉を抉られるぞ、なるべく近付けるな!」
「応!」

 ラモンリスには物理も魔法も効く。
 だから魔剣を持つメンバーが魔力を込めて武器を振れば群れの一部が吹き飛んだ。その隙間を縫うように接近する
個体を矢が、魔法が穿ち、それすら擦り抜けて来る個体を剣や斧が叩き割る。
 そう、文字通りに叩き割っていくんだ。

 おおおおお。

 グロい!
 ダンジョンの魔物は魔力で顕現しているから血飛沫なんて一度も見なかったけど、魔獣はそうじゃない。生きている命。血が通い、臓物があり、感情がぶつかる。
 魔獣相手の戦闘は初めてじゃない。
 でも、慣れるには経験が乏し過ぎる。

「っ……」

 胃からせり上がって来るものを必死に抑えた。
 目を逸らせば仲間が傷つく。
 それに、忘れていない。この先にあるのが人同士の争いだということ。此処に来るのを決めたのは自分自身だということ。

拘禁デティニア……!!」

 唱える。
 神力によって具現化した銀色の鎖が地面から伸び、ラモンリスの群れを拘束していく。10匹、20匹。

「歯向かうものを殲滅せよ、千の氷矢ミル・グラースラム!」
「土槍!!」

 動きの鈍った魔獣を次々と射抜く魔法。
 切り伏せる武具。
 誰もが呼吸すら忘れる勢いで敵を退けていく中、騎士団の索敵担当者が甲高い声を上げる。

「3時の方向から新たに7、こっちに近づいてます! たぶん岩鹿ゼファンっ、地属性、距離500!」

 直後の複数の舌打ち。
 後にしろという気持ちは皆一緒だったと思う。
 
 獄鬼ヘルネルの増殖によって魔力と神力のバランスが崩れたマーヘ大陸の大地は燃え尽きて灰になる寸前の紙みたいにぼろぼろで、命を生かすための環境が絶対的に足りていない。そこに健康で魔力も豊富な俺たちが現れれば腹を空かせた魔獣が集まってくるのは必然。魔獣同士が組んだわけじゃなく、向こうにしたって獲物の取り合いだ。
 問題は、その獲物が俺たちだってこと。

「8班回れるか?」
「行きます!」

 レイナルドさんの指示を受けた騎士団の第8班12名が3時の方向に移動を始め、地属性の鹿が使ってくる体当たりや、自慢の跳躍力を活かした蹴りを警戒した防御態勢を取ろうとするも足元に絡み転ばせようとするネズミ達が
邪魔なことこの上ない。

「あーっもうちょこまかと! 面倒! みんな火傷覚悟して!」
「は」
「えっ」

 聞き返すより早くミッシェルさんの魔力が膨れ上がり艶めく銀色の杖が輝いた。
 周囲でばちばちと明滅する光りは、赤。
 火魔法だ。
 しかも全員に火傷を覚悟させるってことは範囲攻撃で地面を燃え上がらせるつもりかな!

「アホか?! 落ち着け! 耐性ついてない装備まで燃えるぞ!」
「おほほほほ、耐性ついてない装備なら買い換える良い機会になるわね!」
「ちょ……!」

 反論空しく次の瞬間にはミッシェルさんを中心に彼女の足元からぶわりと炎の波が起こり周囲に広がっていく。

灼熱の炎海アルダンメール!!」
「あつっ!」
「あつ、だっ、あうっ」
「おまえ今日の飯は肉抜きだかんな!!」

 騎士団からも慌てた声が次々と上がる中、ゲンジャルさんが怒鳴る。
 俺の装備に関しては、買ったときには付いてなかった耐性をリーデン様が付与してくれて「白金級以上の武器でも傷つけられない」お墨付きだから、いまも素肌をさらしている顔に熱波が来るくらいで済んでいるが、しっかりと装備を整えているだろうレイナルドさんも眉をひそめているのだから無耐性だった場合の被害は相当だと思う。
 時間にしたらほんの10秒程度。
 ネズミは一掃された。

「ほら動きやすい!」
「っ……反省しろこのドアホ!」
「……ゼファンも任せた」
「はいはーい」
「手伝うよ」

 乗り気のミッシェルさんと、額を押さえて頭痛に耐えているっぽいレイナルドさんに、苦笑混じりに声をかけたのは彼女と同じ魔法使いのオクティバさん。
 ドーガさんも無言で横に並ぶ。
 魔法使い同士、耐性もあったんだろう。

「被害は?」
「騎士団の装備は耐性付きですから問題ありません。多少熱い思いをしたくらいですよ」
「こっちも装備は問題ない。シャツの裾が燃えたくらいだ」

 まさかの味方による被害報告をする側で、優秀な魔法使い3人が7頭の岩鹿ゼファンを返り討ちにした。
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