199 / 335
第6章 変遷する世界
184.マーヘ大陸へ(2)
しおりを挟む
結局どうしたかって言ったら、材料費だけもらって、神具『野営用テント』のキッチンで皆で作って時間停止のパントリーに保管。時間があるときに随時補充することで決着した。
だって誰が何個食べたか知られたところで恥ずかしくないし、むしろ健康的な食生活を守るためには知っておくべき情報だ。自動販売機にする必要がない。初めてのDIYが楽しくてもっと作りたいっていう心境だったのかもしれないけどね。
「せっかくやる気があるなら他に必要そうなものを作ってもらう……?」
電気が必要なくて、出来れば魔石も術式も使わない便利機能。
あっちの世界での生活を思い出しながら考えてみるがすぐには思い浮かばない。
「DIYで作れるもの……うーん?」
そもそも積極的に楽しむ趣味だったわけでもないから棚くらいしか思い付かなくて早々に諦めた。
必要なものが見つかったときにはお願いしますと伝えるのが精一杯だった。
「ずいぶんと難しい顔をしているな」
神具『住居兼用移動車両』のリビングでリーデン様に声を掛けられて「実は……」と一連の流れを話したら彼は楽しげに笑った。その手元では次々と薄く小さな短冊形にスライスされていく去年の初冬に折った主神様の角。マーヘ大陸で必須の獄鬼除けを常に補充できるようにするための下準備中だ。
「なるほど。ダンジョンで見つかる設計図が開発のきっかけになるのが基本のロテュスの者には新鮮な体験だったのだろう」
「すごく楽しんでもらえたから、他のもお願いしたら喜んでくれそうなんですけど、全然思い付きません」
「必要なものが思い付かないのは満たされているからとも言える。それは、レンが気に病むことではない」
「そう、……でしょうか」
「ああ」
断言するように励まされてふわふわした気持ちになってしまった。緩んだ顔を見たリーデン様も同じような顔をするしで、自分自身が当事者なのにうおおぉぉって体を捩りたくなってしまった。
甘い!
空気が甘いです!
「はぁ……」
ローテーブルに突っ伏したら「どうした?」って。
見上げたリーデン様の表情がとても柔らかくて、ふと思い出されたのは日中に見たレイナルドさんのあの顔だった。
「……リーデン様」
「ん?」
「好きな人の話をしていて切なくなるのってどんな時だと思いますか?」
「……もう少し詳細を」
眉間に浅い皺を刻んだリーデン様にレイナルドさんとシューさんの話をすると、さすがと言うべきなのか、世界の主神様は概ね察したような表情で頷いた。
「森人族は祖先こそ獣人族と同じだが枝分かれの過程が他と大きく異なるからな……レンは森人族についてどれくらい知っている?」
「基本的なことだけです。ロテュスに住んでいる五つの種族の内の一つで、その大半が森の中で暮らしていること。絶対数が少ないから他の獣人族と同じように町で暮らす人も多いこと。他の獣人族に比べたら短命なこと……あとは美人さんが多いこと」
「ん。森人族には森人族にのみ口伝される事項が多く、それ以上は天界の領域だ。おまえにも話せない内容が多くあることは理解してほしい」
「それはもちろんです」
無理に聞き出すつもりなんてない。
そう力強く訴えればリーデン様は安心したように目元を和らげた。
「それから、その森人族が恋人だという獣人族に何をどこまで話しているのか知りようがないためこれからする話はあくまで俺の推測になる」
「はい」
「その上で、……二人がおまえに助けを求めるのでなければ静観することを推奨する」
静観。
つまりレイナルドさんから何か協力を頼まれたりなどするまでは黙って見ていろって、こと。
「知った上で、知らないフリが出来ないのなら聞かない方がいい」
じっと探るような視線を向けられて動揺した。
そもそも、いまの短いやり取りからしたって知らないフリをすべきだという話題が良いことじゃないのは想像がつく。
だったらそれは、どれのことか。
神様の領域のこと。
森人族にのみ口伝されること。
短命のこと。
「……っ」
ぞっとした。
レイナルドさんの顔が思い浮かんで、背筋が冷えた。
あの人は知っているんだろうか。
知っていて、此処に?
なんで、っていう疑問と、レイナルドさんの立場を考えたら当然なのかもしれないという納得と、よくわからない憤りが胸の奥の方でぐるぐるする。
俺のそんな内情に気付いてかリーデン様はいつになく穏やかな声音で改めて聞いてくれた。
「どうする」
「……いい、です。聞かないまま……知らないまま、で」
「そうか」
くしゃって頭を撫でられて泣きたくなったのは、日中のレイナルドさんの手を思い出したからかもしれない。
その夜、真っ暗闇の中をひたすら走り続ける夢を見た。
どれだけ走っても微かな光さえ見つからない空間を、だけど、諦めなければ絶対にリーデン様が、みんなが気付いてくれるって信じて。
必死で。
ずっと、独り。
「っは……」
弾けるように覚醒した時には間近にリーデン様の顔があった。
心配そうに見つめる眼差しが優しく、頬に添えられた手が暖かく、これを失くしたくないと怯える弱さが情けなくて泣けてきた。
「レン」
「……おれ、がんばります」
なにも知らない俺が出来ること。
役に立てることは、一日も早くマーヘ大陸の問題を片付けてレイナルドさんを帰す。それだけだ。
だって誰が何個食べたか知られたところで恥ずかしくないし、むしろ健康的な食生活を守るためには知っておくべき情報だ。自動販売機にする必要がない。初めてのDIYが楽しくてもっと作りたいっていう心境だったのかもしれないけどね。
「せっかくやる気があるなら他に必要そうなものを作ってもらう……?」
電気が必要なくて、出来れば魔石も術式も使わない便利機能。
あっちの世界での生活を思い出しながら考えてみるがすぐには思い浮かばない。
「DIYで作れるもの……うーん?」
そもそも積極的に楽しむ趣味だったわけでもないから棚くらいしか思い付かなくて早々に諦めた。
必要なものが見つかったときにはお願いしますと伝えるのが精一杯だった。
「ずいぶんと難しい顔をしているな」
神具『住居兼用移動車両』のリビングでリーデン様に声を掛けられて「実は……」と一連の流れを話したら彼は楽しげに笑った。その手元では次々と薄く小さな短冊形にスライスされていく去年の初冬に折った主神様の角。マーヘ大陸で必須の獄鬼除けを常に補充できるようにするための下準備中だ。
「なるほど。ダンジョンで見つかる設計図が開発のきっかけになるのが基本のロテュスの者には新鮮な体験だったのだろう」
「すごく楽しんでもらえたから、他のもお願いしたら喜んでくれそうなんですけど、全然思い付きません」
「必要なものが思い付かないのは満たされているからとも言える。それは、レンが気に病むことではない」
「そう、……でしょうか」
「ああ」
断言するように励まされてふわふわした気持ちになってしまった。緩んだ顔を見たリーデン様も同じような顔をするしで、自分自身が当事者なのにうおおぉぉって体を捩りたくなってしまった。
甘い!
空気が甘いです!
「はぁ……」
ローテーブルに突っ伏したら「どうした?」って。
見上げたリーデン様の表情がとても柔らかくて、ふと思い出されたのは日中に見たレイナルドさんのあの顔だった。
「……リーデン様」
「ん?」
「好きな人の話をしていて切なくなるのってどんな時だと思いますか?」
「……もう少し詳細を」
眉間に浅い皺を刻んだリーデン様にレイナルドさんとシューさんの話をすると、さすがと言うべきなのか、世界の主神様は概ね察したような表情で頷いた。
「森人族は祖先こそ獣人族と同じだが枝分かれの過程が他と大きく異なるからな……レンは森人族についてどれくらい知っている?」
「基本的なことだけです。ロテュスに住んでいる五つの種族の内の一つで、その大半が森の中で暮らしていること。絶対数が少ないから他の獣人族と同じように町で暮らす人も多いこと。他の獣人族に比べたら短命なこと……あとは美人さんが多いこと」
「ん。森人族には森人族にのみ口伝される事項が多く、それ以上は天界の領域だ。おまえにも話せない内容が多くあることは理解してほしい」
「それはもちろんです」
無理に聞き出すつもりなんてない。
そう力強く訴えればリーデン様は安心したように目元を和らげた。
「それから、その森人族が恋人だという獣人族に何をどこまで話しているのか知りようがないためこれからする話はあくまで俺の推測になる」
「はい」
「その上で、……二人がおまえに助けを求めるのでなければ静観することを推奨する」
静観。
つまりレイナルドさんから何か協力を頼まれたりなどするまでは黙って見ていろって、こと。
「知った上で、知らないフリが出来ないのなら聞かない方がいい」
じっと探るような視線を向けられて動揺した。
そもそも、いまの短いやり取りからしたって知らないフリをすべきだという話題が良いことじゃないのは想像がつく。
だったらそれは、どれのことか。
神様の領域のこと。
森人族にのみ口伝されること。
短命のこと。
「……っ」
ぞっとした。
レイナルドさんの顔が思い浮かんで、背筋が冷えた。
あの人は知っているんだろうか。
知っていて、此処に?
なんで、っていう疑問と、レイナルドさんの立場を考えたら当然なのかもしれないという納得と、よくわからない憤りが胸の奥の方でぐるぐるする。
俺のそんな内情に気付いてかリーデン様はいつになく穏やかな声音で改めて聞いてくれた。
「どうする」
「……いい、です。聞かないまま……知らないまま、で」
「そうか」
くしゃって頭を撫でられて泣きたくなったのは、日中のレイナルドさんの手を思い出したからかもしれない。
その夜、真っ暗闇の中をひたすら走り続ける夢を見た。
どれだけ走っても微かな光さえ見つからない空間を、だけど、諦めなければ絶対にリーデン様が、みんなが気付いてくれるって信じて。
必死で。
ずっと、独り。
「っは……」
弾けるように覚醒した時には間近にリーデン様の顔があった。
心配そうに見つめる眼差しが優しく、頬に添えられた手が暖かく、これを失くしたくないと怯える弱さが情けなくて泣けてきた。
「レン」
「……おれ、がんばります」
なにも知らない俺が出来ること。
役に立てることは、一日も早くマーヘ大陸の問題を片付けてレイナルドさんを帰す。それだけだ。
73
お気に入りに追加
561
あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています

運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…
こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』
ある日、教室中に響いた声だ。
……この言い方には語弊があった。
正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。
テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。
問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。
*当作品はカクヨム様でも掲載しております。

迷子の僕の異世界生活
クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。
通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。
その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。
冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。
神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。
2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜
水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。
その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。
危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。
彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。
初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。
そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。
警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。
これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。
無名の三流テイマーは王都のはずれでのんびり暮らす~でも、国家の要職に就く弟子たちがなぜか頼ってきます~
鈴木竜一
ファンタジー
※本作の書籍化が決定いたしました!
詳細は近況ボードに載せていきます!
「もうおまえたちに教えることは何もない――いや、マジで!」
特にこれといった功績を挙げず、ダラダラと冒険者生活を続けてきた無名冒険者兼テイマーのバーツ。今日も危険とは無縁の安全な採集クエストをこなして飯代を稼げたことを喜ぶ彼の前に、自分を「師匠」と呼ぶ若い女性・ノエリ―が現れる。弟子をとった記憶のないバーツだったが、十年ほど前に当時惚れていた女性にいいところを見せようと、彼女が運営する施設の子どもたちにテイマーとしての心得を説いたことを思い出す。ノエリ―はその時にいた子どものひとりだったのだ。彼女曰く、師匠であるバーツの教えを守って修行を続けた結果、あの時の弟子たちはみんな国にとって欠かせない重要な役職に就いて繁栄に貢献しているという。すべては師匠であるバーツのおかげだと信じるノエリ―は、彼に王都へと移り住んでもらい、その教えを広めてほしいとお願いに来たのだ。
しかし、自身をただのしがない無名の三流冒険者だと思っているバーツは、そんな指導力はないと語る――が、そう思っているのは本人のみで、実はバーツはテイマーとしてだけでなく、【育成者】としてもとんでもない資質を持っていた。
バーツはノエリ―に押し切られる形で王都へと出向くことになるのだが、そこで立派に成長した弟子たちと再会。さらに、かつてテイムしていたが、諸事情で契約を解除した魔獣たちも、いつかバーツに再会することを夢見て自主的に鍛錬を続けており、気がつけばSランクを越える神獣へと進化していて――
こうして、無名のテイマー・バーツは慕ってくれる可愛い弟子や懐いている神獣たちとともにさまざまな国家絡みのトラブルを解決していき、気づけば国家の重要ポストの候補にまで名を連ねるが、当人は「勘弁してくれ」と困惑気味。そんなバーツは今日も王都のはずれにある運河のほとりに建てられた小屋を拠点に畑をしたり釣りをしたり、今日ものんびり暮らしつつ、弟子たちからの依頼をこなすのだった。

見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる