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第6章 変遷する世界
184.マーヘ大陸へ(2)
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結局どうしたかって言ったら、材料費だけもらって、神具『野営用テント』のキッチンで皆で作って時間停止のパントリーに保管。時間があるときに随時補充することで決着した。
だって誰が何個食べたか知られたところで恥ずかしくないし、むしろ健康的な食生活を守るためには知っておくべき情報だ。自動販売機にする必要がない。初めてのDIYが楽しくてもっと作りたいっていう心境だったのかもしれないけどね。
「せっかくやる気があるなら他に必要そうなものを作ってもらう……?」
電気が必要なくて、出来れば魔石も術式も使わない便利機能。
あっちの世界での生活を思い出しながら考えてみるがすぐには思い浮かばない。
「DIYで作れるもの……うーん?」
そもそも積極的に楽しむ趣味だったわけでもないから棚くらいしか思い付かなくて早々に諦めた。
必要なものが見つかったときにはお願いしますと伝えるのが精一杯だった。
「ずいぶんと難しい顔をしているな」
神具『住居兼用移動車両』のリビングでリーデン様に声を掛けられて「実は……」と一連の流れを話したら彼は楽しげに笑った。その手元では次々と薄く小さな短冊形にスライスされていく去年の初冬に折った主神様の角。マーヘ大陸で必須の獄鬼除けを常に補充できるようにするための下準備中だ。
「なるほど。ダンジョンで見つかる設計図が開発のきっかけになるのが基本のロテュスの者には新鮮な体験だったのだろう」
「すごく楽しんでもらえたから、他のもお願いしたら喜んでくれそうなんですけど、全然思い付きません」
「必要なものが思い付かないのは満たされているからとも言える。それは、レンが気に病むことではない」
「そう、……でしょうか」
「ああ」
断言するように励まされてふわふわした気持ちになってしまった。緩んだ顔を見たリーデン様も同じような顔をするしで、自分自身が当事者なのにうおおぉぉって体を捩りたくなってしまった。
甘い!
空気が甘いです!
「はぁ……」
ローテーブルに突っ伏したら「どうした?」って。
見上げたリーデン様の表情がとても柔らかくて、ふと思い出されたのは日中に見たレイナルドさんのあの顔だった。
「……リーデン様」
「ん?」
「好きな人の話をしていて切なくなるのってどんな時だと思いますか?」
「……もう少し詳細を」
眉間に浅い皺を刻んだリーデン様にレイナルドさんとシューさんの話をすると、さすがと言うべきなのか、世界の主神様は概ね察したような表情で頷いた。
「森人族は祖先こそ獣人族と同じだが枝分かれの過程が他と大きく異なるからな……レンは森人族についてどれくらい知っている?」
「基本的なことだけです。ロテュスに住んでいる五つの種族の内の一つで、その大半が森の中で暮らしていること。絶対数が少ないから他の獣人族と同じように町で暮らす人も多いこと。他の獣人族に比べたら短命なこと……あとは美人さんが多いこと」
「ん。森人族には森人族にのみ口伝される事項が多く、それ以上は天界の領域だ。おまえにも話せない内容が多くあることは理解してほしい」
「それはもちろんです」
無理に聞き出すつもりなんてない。
そう力強く訴えればリーデン様は安心したように目元を和らげた。
「それから、その森人族が恋人だという獣人族に何をどこまで話しているのか知りようがないためこれからする話はあくまで俺の推測になる」
「はい」
「その上で、……二人がおまえに助けを求めるのでなければ静観することを推奨する」
静観。
つまりレイナルドさんから何か協力を頼まれたりなどするまでは黙って見ていろって、こと。
「知った上で、知らないフリが出来ないのなら聞かない方がいい」
じっと探るような視線を向けられて動揺した。
そもそも、いまの短いやり取りからしたって知らないフリをすべきだという話題が良いことじゃないのは想像がつく。
だったらそれは、どれのことか。
神様の領域のこと。
森人族にのみ口伝されること。
短命のこと。
「……っ」
ぞっとした。
レイナルドさんの顔が思い浮かんで、背筋が冷えた。
あの人は知っているんだろうか。
知っていて、此処に?
なんで、っていう疑問と、レイナルドさんの立場を考えたら当然なのかもしれないという納得と、よくわからない憤りが胸の奥の方でぐるぐるする。
俺のそんな内情に気付いてかリーデン様はいつになく穏やかな声音で改めて聞いてくれた。
「どうする」
「……いい、です。聞かないまま……知らないまま、で」
「そうか」
くしゃって頭を撫でられて泣きたくなったのは、日中のレイナルドさんの手を思い出したからかもしれない。
その夜、真っ暗闇の中をひたすら走り続ける夢を見た。
どれだけ走っても微かな光さえ見つからない空間を、だけど、諦めなければ絶対にリーデン様が、みんなが気付いてくれるって信じて。
必死で。
ずっと、独り。
「っは……」
弾けるように覚醒した時には間近にリーデン様の顔があった。
心配そうに見つめる眼差しが優しく、頬に添えられた手が暖かく、これを失くしたくないと怯える弱さが情けなくて泣けてきた。
「レン」
「……おれ、がんばります」
なにも知らない俺が出来ること。
役に立てることは、一日も早くマーヘ大陸の問題を片付けてレイナルドさんを帰す。それだけだ。
だって誰が何個食べたか知られたところで恥ずかしくないし、むしろ健康的な食生活を守るためには知っておくべき情報だ。自動販売機にする必要がない。初めてのDIYが楽しくてもっと作りたいっていう心境だったのかもしれないけどね。
「せっかくやる気があるなら他に必要そうなものを作ってもらう……?」
電気が必要なくて、出来れば魔石も術式も使わない便利機能。
あっちの世界での生活を思い出しながら考えてみるがすぐには思い浮かばない。
「DIYで作れるもの……うーん?」
そもそも積極的に楽しむ趣味だったわけでもないから棚くらいしか思い付かなくて早々に諦めた。
必要なものが見つかったときにはお願いしますと伝えるのが精一杯だった。
「ずいぶんと難しい顔をしているな」
神具『住居兼用移動車両』のリビングでリーデン様に声を掛けられて「実は……」と一連の流れを話したら彼は楽しげに笑った。その手元では次々と薄く小さな短冊形にスライスされていく去年の初冬に折った主神様の角。マーヘ大陸で必須の獄鬼除けを常に補充できるようにするための下準備中だ。
「なるほど。ダンジョンで見つかる設計図が開発のきっかけになるのが基本のロテュスの者には新鮮な体験だったのだろう」
「すごく楽しんでもらえたから、他のもお願いしたら喜んでくれそうなんですけど、全然思い付きません」
「必要なものが思い付かないのは満たされているからとも言える。それは、レンが気に病むことではない」
「そう、……でしょうか」
「ああ」
断言するように励まされてふわふわした気持ちになってしまった。緩んだ顔を見たリーデン様も同じような顔をするしで、自分自身が当事者なのにうおおぉぉって体を捩りたくなってしまった。
甘い!
空気が甘いです!
「はぁ……」
ローテーブルに突っ伏したら「どうした?」って。
見上げたリーデン様の表情がとても柔らかくて、ふと思い出されたのは日中に見たレイナルドさんのあの顔だった。
「……リーデン様」
「ん?」
「好きな人の話をしていて切なくなるのってどんな時だと思いますか?」
「……もう少し詳細を」
眉間に浅い皺を刻んだリーデン様にレイナルドさんとシューさんの話をすると、さすがと言うべきなのか、世界の主神様は概ね察したような表情で頷いた。
「森人族は祖先こそ獣人族と同じだが枝分かれの過程が他と大きく異なるからな……レンは森人族についてどれくらい知っている?」
「基本的なことだけです。ロテュスに住んでいる五つの種族の内の一つで、その大半が森の中で暮らしていること。絶対数が少ないから他の獣人族と同じように町で暮らす人も多いこと。他の獣人族に比べたら短命なこと……あとは美人さんが多いこと」
「ん。森人族には森人族にのみ口伝される事項が多く、それ以上は天界の領域だ。おまえにも話せない内容が多くあることは理解してほしい」
「それはもちろんです」
無理に聞き出すつもりなんてない。
そう力強く訴えればリーデン様は安心したように目元を和らげた。
「それから、その森人族が恋人だという獣人族に何をどこまで話しているのか知りようがないためこれからする話はあくまで俺の推測になる」
「はい」
「その上で、……二人がおまえに助けを求めるのでなければ静観することを推奨する」
静観。
つまりレイナルドさんから何か協力を頼まれたりなどするまでは黙って見ていろって、こと。
「知った上で、知らないフリが出来ないのなら聞かない方がいい」
じっと探るような視線を向けられて動揺した。
そもそも、いまの短いやり取りからしたって知らないフリをすべきだという話題が良いことじゃないのは想像がつく。
だったらそれは、どれのことか。
神様の領域のこと。
森人族にのみ口伝されること。
短命のこと。
「……っ」
ぞっとした。
レイナルドさんの顔が思い浮かんで、背筋が冷えた。
あの人は知っているんだろうか。
知っていて、此処に?
なんで、っていう疑問と、レイナルドさんの立場を考えたら当然なのかもしれないという納得と、よくわからない憤りが胸の奥の方でぐるぐるする。
俺のそんな内情に気付いてかリーデン様はいつになく穏やかな声音で改めて聞いてくれた。
「どうする」
「……いい、です。聞かないまま……知らないまま、で」
「そうか」
くしゃって頭を撫でられて泣きたくなったのは、日中のレイナルドさんの手を思い出したからかもしれない。
その夜、真っ暗闇の中をひたすら走り続ける夢を見た。
どれだけ走っても微かな光さえ見つからない空間を、だけど、諦めなければ絶対にリーデン様が、みんなが気付いてくれるって信じて。
必死で。
ずっと、独り。
「っは……」
弾けるように覚醒した時には間近にリーデン様の顔があった。
心配そうに見つめる眼差しが優しく、頬に添えられた手が暖かく、これを失くしたくないと怯える弱さが情けなくて泣けてきた。
「レン」
「……おれ、がんばります」
なにも知らない俺が出来ること。
役に立てることは、一日も早くマーヘ大陸の問題を片付けてレイナルドさんを帰す。それだけだ。
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