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第6章 変遷する世界

180.一時帰還(1)side レイナルド

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 グランツェ、モーガン、二人の娘エレイン。
 エニス。
 ミッシェル。
 それからセルリー。
 珍しい組み合わせで船からトゥルヌソルへ送り出された俺たちは、オセアン大陸では一度も見ることのなかった雪が踏み固められた大地を、滑らないよう注意しながら進んだ。
 一年以上戻れなかった祖国の冬の気候は寒さ以上の懐かしさに満ちていて、見慣れた景色にさえ愛しさを感じている自分が不思議に思えたくらいだ。

「レンのおかげでクランハウスには戻っていたのに全然違うわね」

 ふとミッシェルがそんなことを言い出す。

「ダーリンに再会した時は生き返った気持ちになったけど、今のこれは、家に帰って来たって気分」
「実際、里帰りだしな」
「それなら全員で戻ってもよかったんでは?」

 モーガンが労うように言った後で、エニスがどこか遠慮がちに告げる。
 ここメンバーの中には居づらいのか、実験なら自分じゃなくても良かったのではという疑問か、はたまたその両方か。
 暫くぶりに帰還した全員で顔を出せば喜ぶ者は確かに多いだろうが、政治的にも軍備的にもあの船からこれ以上の戦力は削れない。
 セルリーがこのメンバーを指定したのもそういった事情を慮った結果だろう。本人があの調子だから忘れそうになるが、いまこの世界で最も重要な人物はどこかの国の王ではなく世界の主神に寵愛されているレンだ。
 獄鬼ヘルネルだってバカではない。
 あいつに近付くこと自体が至難の業だとしても周囲の守りを弱める理由にはならず、かつその他大勢の目に触れる回数も可能限り減らしたい。
 それに――。

一番冷静に情報を集められるのはおまえだ」
「……了解です」

 エニスは諦めたように頷く。
 冒険者には冒険者にしか知り得ない情報網があって、級によっても異なる。彼らは常識で考えればしばらく金級に上がれるはずがないのだから、何も言わなければ相手が勝手に銀級だと勘違いしてくれる。それは俺たち金級には入れない網にも容易く手を伸ばせるということだ。
 マーへ大陸だけでなくインセクツ大陸にも近いプラーントゥ大陸だからこそ集まる情報というのは意外に多い。せっかく戻って来たなら得られるだけ得て戦地で生かすべきだろう。

「集合は明日の朝7時。それまでは自由行動だが通信具の使用は人目を避けること。メッセンジャーもオセアン大陸ほど周知はされていないという前提でな。目立つと説明を求められて面倒なことになるかもしれん」

 そんな注意事項を共有し、たまに現れる魔獣を脅して森の奥に追い払ったり、目についた良質の素材を採取したり。
 それから定期的に通信具やメッセンジャーを使って通信の可否を確認しながら半日かけてトゥルヌソルに到着した。
 門番には「ご無沙汰してます!」なんて大きな声で出迎えられて周囲の注目を浴びてしまったが、これは想定内と言っていい。
 中の広場で無数の視線を浴びながら、まずは全員で冒険者ギルドに。
 一時的とはいえ帰還を所属ギルドに伝えるのは義務だし、明日すぐに出立してマーヘ大陸に向かう事もついでに伝えれば手間が省けるというものだ。
 その道中も俺達に気付いた連中がざわついているのを聞き流していたが――。

「っ、レイナルドさん⁈ グランツェさん達も……!」

 自分たちに気付くなり声を上げたのはサブギルドマスターのララだ。
 受付カウンターの向こうから目敏く見つけたらしい彼女は速足でホールに出て来ると俺達から2歩半の距離を取って止まった。

「いまお戻りになったんですか? 他の皆さんは……!」
「ああ全員無事だが戻って来たのは俺達だけだ。明日には発つ」
「明日……そう、なんですね。でも全員がご無事で何よりです」

 目の前で素直に帰還を喜んでくれるララと同じような視線を周りからも感じつつ、簡単な説明をしたあとで俺たちは別行動を取る。
 去り際のセルリーに「しっかり見てらっしゃい」と囁かれた忠告が、なぜだかひどく苦く感じられた。


 セルリーは自分の工房に。
 エニスは自分の情報網に。
 そしてミッシェルは、エレインをクランハウスに引っ越しさせるための案内をするため、エレインの両親であるグランツェ、モーガンと共に彼らのクランハウスへ移動していった。
 表向きの理由としては今後のマーヘ大陸との関係を考慮し、ゲンジャルやミッシェルたちのパートナー、つまりは国に所属しあれこれと裏の仕事をしている彼女達に預けるのがエレインの安全を考えると最適だと判断したからって言い方になるが、実際にはレンが何だかドアだと命名した転移扉がうちのクランハウスに繋がっているからに他ならない。
 家族はなるべく一緒の時間を過ごすべき――、孤児だったというレンが真面目な顔でそう訴えるのだから驚く。異世界ではそれが当然だという常識なのか、今の生活に満たされている彼自身がそう思えるのか。
 後者なら主神様も報われるだろうが、それはともかく、グランツェ達も安全のために離れる娘と今後も頻繁に会えるならその方が良いに決まっている。引っ越しするという結論は早々に出たわけだが、個人的には6つ、7つの子どもに秘密を守れるのかという点に不安が残る。
 海の向こうにいる両親に「昨日も会えたよ」なんて、例え相手が祖父母でも話してしまったら騒ぎになるだけでは済まない。
 個人的には反対したいところだが、レンが「これでいつでも会えますね!」なんてさも名案を思い付いたように満面の笑みで言い切るから、こちらが折れるしかなかった。

「ったく……」

 話し合ったあの時を思い出し、無意識に零れ出た声を同席していたララに拾われる。

「どうかなさいましたか?」
「いや」

 案内された応接室で、テーブルの上に次々と積み重ねられていく書類は俺達がトゥルヌソルを不在にしてからの監視対象である貴族の動向や、健全に各種ギルドが運営されているかを判断するための資料で、それこそ転移扉が使えるようになってからクランハウスに残っている彼らが報告して来た内容がほとんどだが、文章として記録されているものを自身の目で確認するのは重要な作業だ。
 
 まぁ、セルリーの言った「ちゃんと見てこい」はコレの事ではないだろうが。

 以前ならこういう作業中は必ずララの隣に座っていたギルドマスター――ハーマイトシュシューの不在に違和感を禁じ得ない。
 同席しないのかと尋ねたら「……忙しいそうで」とララが歯切れ悪く答えられ、レンの台詞ではないが長く離れ過ぎたかと反省する。元より彼らのような甘い恋人関係とは無縁だが、……思うところが無いではない。

「ララ」
「はい」
「あいつ、此処にはいるのか?」
「え。あ、はい! いまも事務所の方に」
「そうか」

 短く応え、書類を読み進める速度を上げることにした。
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