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第6章 変遷する世界

179.出港(3)

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 会って早々に「俺のだから手を出すな」みたいに牽制して来たとはとても思えない朴念仁っぷりにどう言い返したものか悩んでいたら、
「レイナルドも行くのよ」って師匠セルリーが一言。
 ナイスアシストと思って視線を向けたら、彼女はこちらが驚くくらい真顔だった。

「一年半も留守をしていたんだからいろいろあるでしょう。あいさつ回りなり何なり、自分でちゃんとしてらっしゃい」
「……ぉ、おう」

 さすが師匠。
 レイナルドさんに有無を言わさず受け入れさせて、更に。

「ミッシェルも一緒に行って旦那と通信具を作ってらっしゃい。それから、エニスも」
「私?」
「俺も?」

 驚く二人に「そうよ」と即答する顔は研究者のそれだった。

「ミッシェルは術式を組めるから。エニスはバルドル、ウーガ、クルトの内から一人と通信具を作って実験に付き合いなさい」

 師匠セルリー曰く、魔力量や方角、性別、年齢、そういった条件で効果が変わらないとも言い切れないし、俺相手だとどうしても双方向で神力が絡んでしまうから大衆向けのデータには向かない。
 だからこそ、ローザルゴーザからトゥルヌソルへ向かう道中。
 トゥルヌソルという街からローザルゴーザという街に。
 そして、その逆方向に関しても揃えられる人材で試したいそうだ。

「海に出る事も考えたらローザルゴーザにも一人置いておきたいけどさすがに無理よね」
「確かに誰にでも頼めることじゃないが……ここの分隊長に事情を話して協力してもらうのはアリかもな」

 分隊長さん!
 俺が初めて此処に来た時に、捕まえたマーヘ大陸の貴族たちを最初に預かってくれた憲兵隊の人で、本隊はトゥルヌソルにあると聞いた。
 いまもローザルゴーザに駐在しているかは判らないけど、レイナルドさん達が頼りにしているみたいだったし、未発表の術式を明かして協力してもらうにはうってつけかもしれない。

「トゥルヌソルと船を結ぶのは、クランハウスの彼らにも頼めるかしら?」
「もちろんだ。次に扉を潜る時にでも術式を完成させて来る」

 師匠セルリーの問い掛けに、被せ気味に応じたのがゲンジャルさん。

「同じく」
「そんな実験になら喜んで付き合うわ」

 ウォーカーさんとアッシュさんも嬉しそう。好きな時に会話出来るかもしれない通信具だ。番相手に欲しくないわけがない。
 だからですね、レイナルドさん。

「シューさんの分も、術式一枚どうですか?」
「……ぁあ、預かっておく」

 ぐぐっと近付いて術式を目の前に持っていくと、レイナルドさんは気圧されたように頷いた。




 鉄級冒険者から銅級冒険者になるための依頼の中に彫金師の補佐というのがあって、俺はこれを受けて今はテントになるあのヒマワリのブローチを作る機会を得たわけだが、正直、誰にでも出来るものではないと思う。
 少なくとも俺にはセンスがなかった。
 例えばシルバーアクセサリー。
 これと決めたサイズに銀板を切って、魔法が使えるなら火魔法、無理なら専用の魔導具で熱しながらゆっくりと希望の形に整えていくのだけど、何度も言うように獣人族はアクセサリを身に付けない。じゃあ彫金師が何を作るかって言ったら引き出しの取手やドアノブ、置物、壁掛けといった具合に大きくて重い物が多く、魔法なんてものが存在するから指先で火を操りながら曲げたり折ったり丸めたり。
 ひたすら魔力を流しながら思い描く理想を形にしていくのだ。
 形が出来たら模様を彫ったり、整えるために削って、完成。
 文字にしたらただそれだけのことだけど、実際にやるとなったら途轍もない集中力、根気、想像力、そしてセンスを問われる繊細な作業だ。

「……お揃いになるように左右対称のデザインを彫るのって獣人族には厳しいですか? しかもこう……腕輪、指輪っていう細かい作業になると」
「さぁ……自分じゃ試そうと思ったことがないからな」
「俺らには向いてないと思うぞ」
「少なくとも冒険者になるような獣人族ビーストには無理じゃね? そういう細かい作業は性に合わないから冒険者やってんだし」
「それは偏見。大多数がそうだから、細かいことが出来る人が重宝するんじゃん」

 バルドルさん、エニスさん、ウーガさん、ドーガさんからそんな返事。
 クルトさんは不思議そうにこっちを見て来る。

「やけにアクセサリにこだわるね?」
「んー……なんというか、浪漫? 違う……なんだろう、生まれ育った場所だと恋人や夫婦は揃いの指輪とか衣装を身に付けるのが自然だったからかなぁ……皆さんは匂いで誰と誰が番か判るんでしょうけど、俺には無理で。番っているのが目に見えて判るといいなぁ、なんて」
「ふぅん。それは周知されたら人族ヒューロンには有効っぽいね」

 ウーガさんは興味深そうだけど、バルドルさんは眉根を寄せる。

「どうだろうな。俺たちは対象にどれだけパートナーの匂いが付いているかで判断するし、匂いで相手の強さや執着まで計れるからこその牽制だろ」
「まぁねぇ」
「そっか」

 そう考えるとアクセサリに牽制の効果は得られない。
 ……とは言え。

「でもバルドルさん。クルトさんと二つで一つの魔石を揃いの装飾品で持つのって良いと思いませんか?」
「「ふたつで」」
「「ひとつ……」」
「ん?」

 バルドルさんに言ったつもりが、何故か皆が反応する。
 それから全員で顔を見合わせた彼らは残念そうに俺の肩を叩く。

「レン、あの通信具はダメだ」
「へ?」
「番が二つで一つのものを自分以外の誰かと持つなんて絶対に嫌がる。例え相手がおまえでも、クルトがそんなの持ってたら握り潰す自信ある」
「……マジですか」
「ああ」

 バルドルさんだけじゃなく、他のメンバーにも断言されてしまっては納得せざるを得ない。そもそも魔石を3つ以上に分けられるような大きさのそれは入手難易度が上がるし、グループ通信に関しては最初から考え直す必要があるようだ。
 身内の番たちには好評だし、実証実験はしておきたい。


 結局、オセアン大陸からプラーントゥ大陸までの40時間の航海ではこれが精いっぱいで、ローザルゴーザに到着した俺達はトゥルヌソルに移動するレイナルドさん達を見送ることになった。
 エレインちゃんと師匠セルリーとは、ここでしばらくのお別れだ。
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