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第6章 変遷する世界

174.連休が明けて

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 連休が明けて、2月の9日。
 お休みの間は本当に部屋に籠って二人きりを堪能したせいで身も心もどろどろに溶かされていた俺ですが、日が変わる前にお風呂に入れられて朝までぐっすり寝かされたおかげで目覚めはとても快適だった。

「リーデン様、おはようございます」
「……ああ、おはよう。体はどうだ?」
「どこも痛くないです。大丈夫ですよ」
「そうか」

 触れるだけのキスをしてベッドを下り、珈琲カッフィとトーストで朝ごはん。
 二日前に作り置いていた軽食はぴったりなくなっている。2日間6食計算で、リーデン様はそれを絶対に欠かさなかったし、水分補給、休息も間々取ってくれていたからだ。

「今日から通常通りと判ってはいるが、……惜しいな」

 そっと頬に触れられて、俺も同じ気持ちだと返す。

「でも、帰ってくる場所は同じですから」
「……ああ」

 今日二度目のキスをして「行ってらっしゃい」「行ってきます」を伝え合った。




 午前6時20分。
 約束の時間より少し早くレイナルドさんが部屋に来た。

「おはようございます!」
「おはよ。……体調は良さそうだが、連休は楽しかったか?」
「はい!」
「そうか」

 レイナルドさんは小さく笑って俺の頭をわしゃわしゃ撫でる。

「クルトがどこだってギルドに現れた時にはあんなに小っちゃかったのにな」
「え?」
「あっという間に大きくなりやがって」
「……その言い方はおじさんの台詞ですよレイナルドさん」
「おっさん上等だ」
「ちょっ、うわっ」

 わしゃわしゃが、ぐしゃぐしゃになって、乱暴に頭を撫でまわされた。抗議の視線を向けるもレイナルドさんは楽しそうにしているだけ。

「成人になるの、いつだって?」
「20日が誕生日なんですけど、たぶんそれより前に……」
「前?」
「孤児だったので正確な誕生日を知らないんです。主神様曰くそれより少し前だって……あ」

 ステータスボードを見たら判るのかなと思って数カ月ぶりに開いてみると、年齢が既に「15」になっている。

「……成人してました」
「は? いつだ?」
「さぁ……最後に確認したのは……銀級アルジョンダンジョンに挑む前なので、ここ一カ月以内ですね」
「……おまえ、もう少し自分に興味を持て?」
「毎日充実していて誕生日なんて気にしてる暇ないです」

 即答したら呆れられた。

「誕生日が3日以上前だったら、クルトとウーガに説教し過ぎただろうが」
「はっ⁈」

 それはまずい。
 二人には謝らなければダメだ。誕生日は別に知りたくないけど、悪いことをしたら謝罪は必須……うん、別に誕生日を知らないままでも気持ちを込めて謝れば良いんじゃないだろうか。
 そうしよう。

「二人には俺から謝っておきます」
「……まぁ連帯責任だな」

 一緒に謝ってくれるらしい。レイナルドさんのこういうところ好きだなぁと思いつつ礼を言い、談話室に設置した神具『住居兼用移動車両』Ex.の扉から玄関を経由して、クランハウスに。

「おはようございまーす」
「レン!」
「むぐっ⁈」

 扉を開けて声を掛けた途端に柔らかな感触に顔が埋もれた。
 ミッシェルさんだった。
 力強く抱きしめられて、呼吸どころか、全身がぎりぎりする。

「レン、ありがとね! 楽しい連休だったの、本当にありがとう!」
「そ、それは良かったです……あの、放して頂けると……」
「ミッシェル」

 必死に訴えていたらアッシュさんの声。

「レンが窒息するわよ」
「あっ。ごめん、大丈夫?」
「なんとか……」

 言い、視線を動かすとミッシェルさんとアッシュさんの旦那さん達も、ウォーカーさん、ゲンジャルさん、彼らの奥さんたちと、双子ちゃん。全員が談話室に揃っていて、幸せいっぱいの笑顔だった。
 後で聞いたら、扉が見えていない人達は何も無い場所に俺達が出たり入ったりすることに対してものすごく驚いていたらしい。
 そこはもう、慣れてもらうしかない。

「レンお兄ちゃん、ありがとうございました!」
「パパと会えて嬉しかったよ!」
「ありがとうレンくん」
「約束事は必ず守るよ」
「情報管理は俺達の管轄だしね」

 次々と声を掛けられて、胸の内にじんわりと広がる温もりは間違いなく喜び。

「お役に立てたみたいで、良かったです。これからも出来る限り帰って来ましょうね」
「ありがとう」
「ああ」
「ほら、別れ難いのは判るが行くぞ」
「おお……じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
「気を付けてね」
「行ってきます」

 名残惜しいのを振り払うように扉をくぐる人数を確認して扉を閉め、玄関を経由して再び扉を開けた先は、船室。

「……戻ったな」
「本当に、一瞬でトゥルヌソルからオセアン大陸に……」

 ウォーカーさんとアッシュさんが吐息のような声で呟いた後に俺を向いて、アッシュさんからハグされる。

「レン、本当にありがとう」
「どういたしまして、です」

 驚いたけど、喜んでくれているのだと判るから俺も嬉しくて。

「ありがとな、ほんとに……本当に、感謝する」
「いえ……」

 ウォーカーさんからもハグされて、ゲンジャルさんからも。

「ありがとう」
「いえ……本当に、お役に立てただけで、俺は」
「いや」

 ぽふりと頭に置かれたのはレイナルドさんの手。

「俺からも感謝させてくれ。ありがとな、レン」
「……っ」

 大好きな人に会いたい、って。
 一緒にいたいって、もっと早く気付いていればって思った。言われてようやく気付いた俺はずっとリーデン様と一緒なのに、それを、責めもせずに。
 ごめんなさい、って。
 謝罪の言葉が何度もこぼれそうになるけれど、ありがとうと言ってくれる人たちに謝るのは違うような気がする。
 だから。
 ……だから。

「皆さんが幸せなら、俺も嬉しいです」

 せいいっぱい笑って見せた。




 ***

 午前7時。
 俺達は船のスタッフ、最初に一緒に此処に来ていた大臣さんも含め全員で船の食堂に集合した。メイドさんが全員に飲み物を配膳し終えて席に着いたのを確認し、最初に話し始めたのは今日の司会進行を任された文官のおじいさんだった。
 彼に促された大臣さんが最初に語ったのはメール帝国の獄鬼ヘルネルを一掃、大陸全土を巻き込んでのトル国制圧――国際会議を開催するまでに至った過程における個々の活躍に対する感謝だった。もちろんこれらの間は休むことなく船内業務に携わってくれたスタッフの皆にも。
 それから銀級アルジョンダンジョン『ソワサント』の異変に対し、プラーントゥ大陸の自分達が多大な貢献をしたことも語られて、皇帝陛下から感謝とお詫びの気持ちがたくさん用意されている事も知らされた。
 お詫びは、むしろ此方がしないといけないような気もするけど……。

「礼を、と言うならまずは全員に休みをとレイナルドに言われ3日ほど休んでもらったが、少しは疲れが取れたかな」
「と、思います」

 レイナルドさんが代表して答えた横で、ものすごく満足そうに笑っているゲンジャルさん達。
 グランツェパーティ、バルドルパーティの皆も笑顔だ。

「それは何よりだ。――では、休み明け早々に集まってもらった皆に、早速だが現状の説明を行う」

 ざわつく食堂内に大臣さんの声が響き渡る。
 俺達が休んでいる間もレイナルドさんがそうだったように、大臣さんや国の上の人たちは働き詰めで決まったこともたくさんあった。
 銀級アルジョンダンジョン『ソワサント』内部の異変については、今回は魔の鴎ムエダグットの乱獲によりダンジョン内の魔力の巡りに異常が起きたことが原因と断定。
 更に、しばらく人が入らない階層の魔物は、最大で最下層のボス並に強化されているという可能性は、今回の討滅戦で回収した魔石のデータから事実になった。
 この情報が広く周知されることにより今後の銀級アルジョンダンジョン攻略に乗り出す冒険者各自が少しでも警戒度を上げ、生き延びるための一助となって欲しい。
 そう、願う。

「それから、グランツェパーティに依頼されていたダンジョン内の行方不明者捜索に関してだが――」

 捜索は改めて金級冒険者――討滅戦の時には帝都にいなくて参加出来なかったパーティが自ら名乗りを上げ、昨日からダンジョンに入っているという。
 30階層から上がっていくという進路を選んだのが功を奏し、早速29階層から数人分の遺品、基本的にはネームタグを持ち帰ったそうだ。
 そのメンバーが29階層にいるわけがないと主張する人もいて謎が謎を呼んでいるらしいけど、ダンジョンは大陸ごとの管轄。遺品の数と不明人数もまだ合わないし捜索は継続されるが、今後の調査はオセアン大陸で……と、グランツェパーティはお役御免になった。
 幸いにも俺達が行き交った冒険者達は行方不明者リストに載っていなかったしね。
『ソワサント』はまだ入場禁止のままだけど、もうしばらくして内部が落ち着いたと判断されれば再び開放される予定だ。


「ダンジョンについてはこれくらいだ。さて、もう一つの懸念事項……我々としては此方が本来の目的だったわけだが、マーヘ大陸の件だ」

 マーヘ大陸。
 それから、そこに巣食っていると思われる獄鬼ヘルネルについてだ。
 1月の20日から開催された国際会議に、マーヘ大陸からの使者は
 なんの便りもなく欠席し、以降、音沙汰がないのだという。

「対話するつもりはない……ってことですか?」

 思わず質問してしまったら、レイナルドさん達は難しい顔で唸っていた。

「そうとも取れるが、何も言って来ないというのはかえって不気味だな」
「……戦争の準備中とか」
「かもな」

 俺も一緒に唸ってしまった。
 プラーントゥ大陸と、オセアン大陸は、獄鬼ヘルネル騒動の最中で捕まえた何人もの密入国者から「マーヘ大陸カンヨン国のお偉いさんから命じられた」という証言を得ている。こちらの平穏を脅かすつもりなら争うことも辞さない。
 国のトップにいる人達は覚悟を決めている。
 でも、戦争は起こさないに越したことはない。
 対話で済むならそうしたい、それが本音だ。
 ギァリッグ大陸は、自国の白金級冒険者が傭兵としてカンヨン国のダンジョン攻略依頼を受けている関係で、早急な事実確認を求めている。
 キクノ大陸、グロット大陸は、現時点では静観。
 それこそ他大陸への侵攻が事実であれば国の騎士団を派遣するという。

「インセクツ大陸は、もしかしたら既に獄鬼ヘルネルと接触しているかもしれないそうだ」
「えっ」
獄鬼ヘルネルに大陸一つを与えて大人しくさせられるならそれもアリだと言ったらしいからな」
「えー……」

 それはどうなの。
 どの大陸を渡すつもりなの。

「マーヘ大陸って、確か大陸内に15カの国があるんでしたっけ」

 世界最小の大陸はプラーントゥだけど、マーヘ大陸の土地面積はその約2倍で、三番目のキクノ大陸に比べると半分以下という狭さであるにも関わらず国の数は15もあると学んだ。

「その全部が獄鬼ヘルネルと組んでいるわけじゃないですよね?」
「ああ。少なくとも一年以上潜入してあちこち回って来た感じじゃマトモな国もあったぞ」
「北側は全滅だったがな」

 ゲンジャルさんが溜息を吐きながら教えてくれる。
 と、大臣さん。

「いずれにせよマーヘ大陸をこのまま放っておくことは出来ない。プラーントゥ大陸としても信頼出来る戦力を現地に送る必要がある。そのため――」

 大臣さんの視線が俺に向いて、クルトさん、バルドルさん、エニスさん、ウーガさん、ドーガさんを順に見遣り、告げる。

「この船に乗っている銀級冒険者を、特例で金級に昇級させ国の保護を与えると共に招集命令に従う義務を負ってもらう」

 ……、なんて?
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