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第6章 変遷する世界
169.連休の過ごし方(8)side バルドル
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※バルドルの視点から
遠くなるクルトを呆然と見送っていたら、いつの間にか傍にいたディゼルに「大丈夫か?」と目の前で手を振られた。
「おい?」
「ぁ……ああ、大丈夫……では、ない」
「だよなぁ」
くくって喉で笑う彼は同じイヌ科だ。
言わずとも察したんだろう。
「ネコ科と小動物系には愛情表現抑えめにしないと鬱陶しがられるぞ」
「知ってる……」
友情だってイヌ科のそれは暑苦しいとエニスに言われるから適切な距離感を計るのに苦労したのだ。
クルトにはそれ以上に慎重に、時間をかけて、やっと触れられる距離に届いたのに。
「あーーー……やらかした……っ」
「相談乗った方がいいなら乗るけど?」
「いや、いい。原因は判ってる」
「そっか」
ディゼルは柔らかく笑って立ち上がる。
「フラれたら酒くらい奢ってやるからな」
「怖いこと言うな……!」
「ははっ」
トンと背中を叩いて自室に引き上がるディゼルに「騒いで悪かった」と声を掛けて自分も部屋に戻ろうとしたが、どうにもその先に進むことが出来ない。
「だよなぁ……」
さっき言った通りだ。
原因は判っている。
しかしあんなに怒らせた直後に追いかけたら、それはどう考えたって逆効果だ。
「巧く抑えられていると思ったんだが」
額をドアにぶつける。
ゴン、て音にさっきのクルトの怒った顔が重なる。
言い訳になるが決して怒らせるつもりはなかったんだ。嫌がることをする気もなかった。ただ、明日は休みだとレイナルドに言われて箍が外れたのは確かで、……言ってしまえば、がっついた。
休みっていう解放感。
雌体に変化したクルトの身体が気持ち良過ぎたのも、クルトが気持ち良さそうにしているのも全部合わさった相乗効果が半端無くてやり過ぎた結果、どれだけの負担を掛けたかと心配になった。
そう。
心配になった、だけ、が。
***
「あのさバル……俺、本当に平気なんだけど」
「だがかなり負担を掛けただろう。今回ばかりはレンに頼んで」
「平気だって。それに……」
「なんだ」
「……どうしてもしんどかったらポーション飲むよ」
「レンの方が確実だろ」
「いや、……うん。しんどくなったらね」
「絶対だぞ」
朝に約束させたら、困った顔をされて。
*
「……距離が近くない?」
「そんなことはないと思うが……」
「腕がぶつかって食べ難いよ。周りに人もいるし」
「そう言うなら……だがもし倒れた時に傍にいないと」
「倒れないし!」
食堂で朝食を取っていたら、呆れられ。
*
「外で素振りしてくる」
「は? 体は?」
「朝から言ってるだろ、本当に平気なんだって」
「いや、万が一が……」
「自分の体調くらい判るよ」
「悪いがおまえのそれは信用ならない」
「……判った。じゃあレンくんに頼んでから行くから。それならいいだろ?」
「……それなら、まぁ」
「じゃあまた後で」
パタンと扉を閉じられると同時にひどい焦燥感が襲って来た。
やばいって思った時には追いかけてて、だけどレンの部屋とは逆方向に進んでいるクルトに、少しイラッとして。
「クルト、レンの部屋はこっち」
「……留守だったよ!」
怒るように言い返して来たクルトは、鬼気迫る勢いで素振り300回をこなしていた。
その時には自分でもその兆候に気付いていたし、抑えなきゃいけないのも判っていた。だが素振りを終えて無言で戻ろうとする彼を反射的に追いかけてしまった。
クルトが一人になりたがっているのも何となく感じ取れていたのに、離れたくなくて。
昼食を終えて部屋に戻って、さっきのが決定打。
俺がどこまでも追いかけるから部屋のトイレに籠るぐらいしか一人になれなかったんだろう。
判る。
判ってた。
だけど姿が見えないのが不安で、辛くて、つい言ってしまったんだ。
「せめてドアは開けて籠らないか?」
「~~~~っ開けるかバカ!!」
当然の結果だった。
***
「キモいな……自分でも引くわ……」
ドアに頭を打ち付ける。
思い返しても思う、あれは無い。
冷静な自分が反省する一方で、どうしようもなくクルトを追い掛けようとする自分がいる。姿が見えないだけで不安で、怖くて、もう二度と戻って来ないのではないかと泣きたくなる。
重症だ。
「こういう時に限って誰もいねぇ……甲板で騎士団が訓練するって言ってたか。団長に頼んだら殺してくれるだろうか……」
一縷の望みを持って移動し、事情を話したら団長他イヌ科の騎士達が大爆笑の末に「鍛え直してやる」って訓練に参加させてくれ、何度もぶっ飛ばされた。
あまりにも容赦がなさ過ぎて、かえって優しいなと思う。
おかげで少し正気に戻れた気がする。
「若い若い! イヌ科の性はどうしようもないんだ、フラれたらそれまで! 慰めの酒くらいは奢ってやるぞ!」
いや、それだけは本当に勘弁してくれ……。
「はぁ……」
海風は冷たいが空は青く、体は程良く疲れ、……ついでに言えば寝不足で。
訓練場の端。
目を瞑っているだけのつもりがあっという間に意識は落ちていった。
ぐりぐりと頭を掴まれている感じがして目を開けて、寝ていた事を自覚した。
「え……」
「そんなとこで寝ていたら風邪引くぞ」
「……レイナルド」
「おう」
なんでと思うより先に身体を起こしたら節々が痛む。
自分で思っていた以上に騎士団との訓練は堪えていたらしい。
「痛っ……」
「休みだっつったのに訓練とは感心だが、騎士団の連中にしごかれたんだって?」
「違う。頭冷やしたいから殺すつもりでぶっ飛ばして欲しいと頼んだだけだ」
「なんだそりゃ……あ、フラれたのか」
「ザケんなっ」
唸ったら「驚かせるなよ」って。
そう思うなら恐ろしい勘違いはしないでほしい。
手足の関節を曲げ伸ばしして、たまに少し痛むくらいで特に問題は無さそうなことを確認していると、レイナルドが訓練用の木剣を此方に放って来る。
「俺とも一戦どうだ?」
「……断らせる気なんて無いんだろうが」
「ああ、無いな」
不敵に笑ったレイナルドは、直後、足元に打ち込んで来た。
身体強化、無し。
魔法、無し。
剣と剣の一本勝負。足元を狙われて跳躍した俺の着地点に仕掛けて来るレイナルドを木剣でいなし、一度押される。読んだ通りの流れに沿う内に思考がクリアになり、一呼吸。
「不意打ちとはらしくない」
「騎士団の訓練だけじゃ物足りないだろう」
地を蹴り打ち合う。
押す。
「くっ」
「なるほど。随分と重くなった」
互いに押し合う力が剣先を揺らす。
「これなら金級のボスの首も獲れそうだ」
「ハッ……っ、まだまだだな。手数ではエニスに負けるし、素早さならクルトの方が圧倒的だ」
「そりゃあリス科には負けるだろうさ」
レイナルドが笑う。
「あれに逃げられると追うのも大変そうだな」
「っ……誰に聞いたんだよ」
「勘だ、勘。おまえに出そうな悪癖つったら後追いだろ」
ふっと力を抜かれるが、それで体勢を崩されるほど集中力を削がれているつもりはない。
「はっ!」
緩んだ力を利用して今度はこっちが足元を狙わせてもらう。
地面に着いた手を軸に、足払い。
避けた先に木剣を穿つ。
「っ」
避けられる。
薄皮一枚くらい欲しかったが、引き、払う。
「あんたはそういう情けない一面が無さそうで羨ましいな!」
「それはそれで相手には不評だぞ」
否定しないのか、ムカつく!
「俺はむしろ唯一に必死になれるおまえらが羨ましいんだが」
「どこのジジイだよ、同じ年だろが!」
打つ、打つ、防ぐ、打つ。
「っ」
首!
避けようとして咄嗟に腕が出た。
「ぐっ……!」
たぶん折れてはいない。
まだいける。
「同じ年……そうだな。たまに自分は年齢間違えてんじゃないかと思うんだが」
「そりゃ周りの全員が同意見だろうよ」
「くくっ、そういやぁレンに顔が老け過ぎだって言われたな」
「ぶふっ」
あいつ!
よくこの男相手にそんな不敬な発言が出来たもんだな。冒険者に身分は関係ないにしたって、レイナルドは別格だろう。臣籍降下し公爵位を賜ったとはいえ王弟殿下の三男坊がレイナルドだ。
此処まで一緒に来たあの大臣の弟だ。
もっと言えばトゥルヌソルのクランハウスをこの男にポンと与えたのがあの大臣なのだが、レンは判っているんだろうか。
「笑い過ぎだ」
「笑うだろう!」
打ち込む。
払われる。
蹴り。
退く。
喋りながら打ち合って、汗一つ掻きやしない。こっちはそろそろ息が切れそうなんだが⁈
「っの……!」
防いで、防いで、打たれる。
「がっ」
肩を持っていかれた。
ピタリと首に当てられたレイナルドの木剣。
「勝負ありだな」
「くそっ……」
「一年前に比べれば格段に成長している。安心した」
「あんたにはまだまだ届かないがな」
「そう容易く追い付かれたら俺の立つ瀬がないだろう。持って生まれたものからして違い過ぎる」
それが嫌味とかではなくどうしようもない事実なのはさすがに判る。
レイナルドは貴族で、それも大陸のトップに近い出自だ。魔力量は他と比べ物にならず、魔法使い並に複数の属性を扱えるのに加えて特殊なスキル持ち。
そんな男に追いつける庶民なんてレン並みに規格外な奴くらいだろう。
「だがまぁ、レンが引き寄せた縁が確かなことはよく判った」
「は?」
「今後に期待してるってことだ」
「……いつか必ず負かすからな」
「おう、いつでも相手になるぞ」
言っていたら、船室の入り口の方。
「あ……っ?」
聞こえて来た声に振り向けばレンがこっちを指差して驚いている。
「ちょ、えっ、何をしているんですかバルドルさん本気の怪我じゃないですか!」
「あぁすまんが肩と腕だけ直してやってくれるか。他は頭を冷やすためだったらしいからそのままでいいだろ」
「……どうなんですかバルドルさん」
「ぁ、ああ、それで」
「えー……あ。そっか、頭冷やすってそういう……」
納得のいかなそうな顔をしていたレンは、だがクルトとケンカしていたのを思い出したのか察しがついたらしい。
「バカですねー」
「悪かったな」
「いえいえ。治癒」
ふわりと温かな光に包まれて肩の痛みが消えていく。
と、入口の方にまだ複数の人影が――。
「クルト」
ウーガと一緒に立っているクルトの姿に、これ以上ないというくらい安堵の感情が溢れ出る。いますぐに駆け寄って抱き締めたい衝動に駆られるが、治療中のレンの手が触れているおかげで耐えられた。
同じように二人に気付いたレイナルドはレンを見て、二人を見て、スンと鼻を動かした後に顔を顰める。俺も気になって周辺を意識してみると妙に甘ったるい匂いがした。
「出掛けていたのか?」
「はい。あ、それでレイナルドさんに聞きたいんですが船に使っていない棚ってありますか?」
「棚?」
「いろいろ話してて、その……大人の薬関係は対面で遣り取りするのは抵抗があるから、専用の棚にお金を入れる箱を設置して必要な時に購入出来るように、少し考えたいな、と。他で買うと価格が倍以上なんですよ。見て驚きました」
「……棚はあるだろうが、レン」
「はい」
「どこで値段を見たって?」
「お店ですけど……」
「大人の薬を店で、か。この匂いもそこで付けて来たのか?」
レイナルドの声が一段冷えた。
俺も聞きたい。
レン、それをどこで見たって?
そりゃあ同行していた二人に視線が向くだろう。
だって一緒に行ったんだろう?
俺とレイナルドの視線に気付いて顔色を変えたクルトと「てへっ」って笑ったウーガ。
「おまえ……っ!」
「未成年連れて何処行ってんだ!」
俺より先にレイナルドがキレた。
遠くなるクルトを呆然と見送っていたら、いつの間にか傍にいたディゼルに「大丈夫か?」と目の前で手を振られた。
「おい?」
「ぁ……ああ、大丈夫……では、ない」
「だよなぁ」
くくって喉で笑う彼は同じイヌ科だ。
言わずとも察したんだろう。
「ネコ科と小動物系には愛情表現抑えめにしないと鬱陶しがられるぞ」
「知ってる……」
友情だってイヌ科のそれは暑苦しいとエニスに言われるから適切な距離感を計るのに苦労したのだ。
クルトにはそれ以上に慎重に、時間をかけて、やっと触れられる距離に届いたのに。
「あーーー……やらかした……っ」
「相談乗った方がいいなら乗るけど?」
「いや、いい。原因は判ってる」
「そっか」
ディゼルは柔らかく笑って立ち上がる。
「フラれたら酒くらい奢ってやるからな」
「怖いこと言うな……!」
「ははっ」
トンと背中を叩いて自室に引き上がるディゼルに「騒いで悪かった」と声を掛けて自分も部屋に戻ろうとしたが、どうにもその先に進むことが出来ない。
「だよなぁ……」
さっき言った通りだ。
原因は判っている。
しかしあんなに怒らせた直後に追いかけたら、それはどう考えたって逆効果だ。
「巧く抑えられていると思ったんだが」
額をドアにぶつける。
ゴン、て音にさっきのクルトの怒った顔が重なる。
言い訳になるが決して怒らせるつもりはなかったんだ。嫌がることをする気もなかった。ただ、明日は休みだとレイナルドに言われて箍が外れたのは確かで、……言ってしまえば、がっついた。
休みっていう解放感。
雌体に変化したクルトの身体が気持ち良過ぎたのも、クルトが気持ち良さそうにしているのも全部合わさった相乗効果が半端無くてやり過ぎた結果、どれだけの負担を掛けたかと心配になった。
そう。
心配になった、だけ、が。
***
「あのさバル……俺、本当に平気なんだけど」
「だがかなり負担を掛けただろう。今回ばかりはレンに頼んで」
「平気だって。それに……」
「なんだ」
「……どうしてもしんどかったらポーション飲むよ」
「レンの方が確実だろ」
「いや、……うん。しんどくなったらね」
「絶対だぞ」
朝に約束させたら、困った顔をされて。
*
「……距離が近くない?」
「そんなことはないと思うが……」
「腕がぶつかって食べ難いよ。周りに人もいるし」
「そう言うなら……だがもし倒れた時に傍にいないと」
「倒れないし!」
食堂で朝食を取っていたら、呆れられ。
*
「外で素振りしてくる」
「は? 体は?」
「朝から言ってるだろ、本当に平気なんだって」
「いや、万が一が……」
「自分の体調くらい判るよ」
「悪いがおまえのそれは信用ならない」
「……判った。じゃあレンくんに頼んでから行くから。それならいいだろ?」
「……それなら、まぁ」
「じゃあまた後で」
パタンと扉を閉じられると同時にひどい焦燥感が襲って来た。
やばいって思った時には追いかけてて、だけどレンの部屋とは逆方向に進んでいるクルトに、少しイラッとして。
「クルト、レンの部屋はこっち」
「……留守だったよ!」
怒るように言い返して来たクルトは、鬼気迫る勢いで素振り300回をこなしていた。
その時には自分でもその兆候に気付いていたし、抑えなきゃいけないのも判っていた。だが素振りを終えて無言で戻ろうとする彼を反射的に追いかけてしまった。
クルトが一人になりたがっているのも何となく感じ取れていたのに、離れたくなくて。
昼食を終えて部屋に戻って、さっきのが決定打。
俺がどこまでも追いかけるから部屋のトイレに籠るぐらいしか一人になれなかったんだろう。
判る。
判ってた。
だけど姿が見えないのが不安で、辛くて、つい言ってしまったんだ。
「せめてドアは開けて籠らないか?」
「~~~~っ開けるかバカ!!」
当然の結果だった。
***
「キモいな……自分でも引くわ……」
ドアに頭を打ち付ける。
思い返しても思う、あれは無い。
冷静な自分が反省する一方で、どうしようもなくクルトを追い掛けようとする自分がいる。姿が見えないだけで不安で、怖くて、もう二度と戻って来ないのではないかと泣きたくなる。
重症だ。
「こういう時に限って誰もいねぇ……甲板で騎士団が訓練するって言ってたか。団長に頼んだら殺してくれるだろうか……」
一縷の望みを持って移動し、事情を話したら団長他イヌ科の騎士達が大爆笑の末に「鍛え直してやる」って訓練に参加させてくれ、何度もぶっ飛ばされた。
あまりにも容赦がなさ過ぎて、かえって優しいなと思う。
おかげで少し正気に戻れた気がする。
「若い若い! イヌ科の性はどうしようもないんだ、フラれたらそれまで! 慰めの酒くらいは奢ってやるぞ!」
いや、それだけは本当に勘弁してくれ……。
「はぁ……」
海風は冷たいが空は青く、体は程良く疲れ、……ついでに言えば寝不足で。
訓練場の端。
目を瞑っているだけのつもりがあっという間に意識は落ちていった。
ぐりぐりと頭を掴まれている感じがして目を開けて、寝ていた事を自覚した。
「え……」
「そんなとこで寝ていたら風邪引くぞ」
「……レイナルド」
「おう」
なんでと思うより先に身体を起こしたら節々が痛む。
自分で思っていた以上に騎士団との訓練は堪えていたらしい。
「痛っ……」
「休みだっつったのに訓練とは感心だが、騎士団の連中にしごかれたんだって?」
「違う。頭冷やしたいから殺すつもりでぶっ飛ばして欲しいと頼んだだけだ」
「なんだそりゃ……あ、フラれたのか」
「ザケんなっ」
唸ったら「驚かせるなよ」って。
そう思うなら恐ろしい勘違いはしないでほしい。
手足の関節を曲げ伸ばしして、たまに少し痛むくらいで特に問題は無さそうなことを確認していると、レイナルドが訓練用の木剣を此方に放って来る。
「俺とも一戦どうだ?」
「……断らせる気なんて無いんだろうが」
「ああ、無いな」
不敵に笑ったレイナルドは、直後、足元に打ち込んで来た。
身体強化、無し。
魔法、無し。
剣と剣の一本勝負。足元を狙われて跳躍した俺の着地点に仕掛けて来るレイナルドを木剣でいなし、一度押される。読んだ通りの流れに沿う内に思考がクリアになり、一呼吸。
「不意打ちとはらしくない」
「騎士団の訓練だけじゃ物足りないだろう」
地を蹴り打ち合う。
押す。
「くっ」
「なるほど。随分と重くなった」
互いに押し合う力が剣先を揺らす。
「これなら金級のボスの首も獲れそうだ」
「ハッ……っ、まだまだだな。手数ではエニスに負けるし、素早さならクルトの方が圧倒的だ」
「そりゃあリス科には負けるだろうさ」
レイナルドが笑う。
「あれに逃げられると追うのも大変そうだな」
「っ……誰に聞いたんだよ」
「勘だ、勘。おまえに出そうな悪癖つったら後追いだろ」
ふっと力を抜かれるが、それで体勢を崩されるほど集中力を削がれているつもりはない。
「はっ!」
緩んだ力を利用して今度はこっちが足元を狙わせてもらう。
地面に着いた手を軸に、足払い。
避けた先に木剣を穿つ。
「っ」
避けられる。
薄皮一枚くらい欲しかったが、引き、払う。
「あんたはそういう情けない一面が無さそうで羨ましいな!」
「それはそれで相手には不評だぞ」
否定しないのか、ムカつく!
「俺はむしろ唯一に必死になれるおまえらが羨ましいんだが」
「どこのジジイだよ、同じ年だろが!」
打つ、打つ、防ぐ、打つ。
「っ」
首!
避けようとして咄嗟に腕が出た。
「ぐっ……!」
たぶん折れてはいない。
まだいける。
「同じ年……そうだな。たまに自分は年齢間違えてんじゃないかと思うんだが」
「そりゃ周りの全員が同意見だろうよ」
「くくっ、そういやぁレンに顔が老け過ぎだって言われたな」
「ぶふっ」
あいつ!
よくこの男相手にそんな不敬な発言が出来たもんだな。冒険者に身分は関係ないにしたって、レイナルドは別格だろう。臣籍降下し公爵位を賜ったとはいえ王弟殿下の三男坊がレイナルドだ。
此処まで一緒に来たあの大臣の弟だ。
もっと言えばトゥルヌソルのクランハウスをこの男にポンと与えたのがあの大臣なのだが、レンは判っているんだろうか。
「笑い過ぎだ」
「笑うだろう!」
打ち込む。
払われる。
蹴り。
退く。
喋りながら打ち合って、汗一つ掻きやしない。こっちはそろそろ息が切れそうなんだが⁈
「っの……!」
防いで、防いで、打たれる。
「がっ」
肩を持っていかれた。
ピタリと首に当てられたレイナルドの木剣。
「勝負ありだな」
「くそっ……」
「一年前に比べれば格段に成長している。安心した」
「あんたにはまだまだ届かないがな」
「そう容易く追い付かれたら俺の立つ瀬がないだろう。持って生まれたものからして違い過ぎる」
それが嫌味とかではなくどうしようもない事実なのはさすがに判る。
レイナルドは貴族で、それも大陸のトップに近い出自だ。魔力量は他と比べ物にならず、魔法使い並に複数の属性を扱えるのに加えて特殊なスキル持ち。
そんな男に追いつける庶民なんてレン並みに規格外な奴くらいだろう。
「だがまぁ、レンが引き寄せた縁が確かなことはよく判った」
「は?」
「今後に期待してるってことだ」
「……いつか必ず負かすからな」
「おう、いつでも相手になるぞ」
言っていたら、船室の入り口の方。
「あ……っ?」
聞こえて来た声に振り向けばレンがこっちを指差して驚いている。
「ちょ、えっ、何をしているんですかバルドルさん本気の怪我じゃないですか!」
「あぁすまんが肩と腕だけ直してやってくれるか。他は頭を冷やすためだったらしいからそのままでいいだろ」
「……どうなんですかバルドルさん」
「ぁ、ああ、それで」
「えー……あ。そっか、頭冷やすってそういう……」
納得のいかなそうな顔をしていたレンは、だがクルトとケンカしていたのを思い出したのか察しがついたらしい。
「バカですねー」
「悪かったな」
「いえいえ。治癒」
ふわりと温かな光に包まれて肩の痛みが消えていく。
と、入口の方にまだ複数の人影が――。
「クルト」
ウーガと一緒に立っているクルトの姿に、これ以上ないというくらい安堵の感情が溢れ出る。いますぐに駆け寄って抱き締めたい衝動に駆られるが、治療中のレンの手が触れているおかげで耐えられた。
同じように二人に気付いたレイナルドはレンを見て、二人を見て、スンと鼻を動かした後に顔を顰める。俺も気になって周辺を意識してみると妙に甘ったるい匂いがした。
「出掛けていたのか?」
「はい。あ、それでレイナルドさんに聞きたいんですが船に使っていない棚ってありますか?」
「棚?」
「いろいろ話してて、その……大人の薬関係は対面で遣り取りするのは抵抗があるから、専用の棚にお金を入れる箱を設置して必要な時に購入出来るように、少し考えたいな、と。他で買うと価格が倍以上なんですよ。見て驚きました」
「……棚はあるだろうが、レン」
「はい」
「どこで値段を見たって?」
「お店ですけど……」
「大人の薬を店で、か。この匂いもそこで付けて来たのか?」
レイナルドの声が一段冷えた。
俺も聞きたい。
レン、それをどこで見たって?
そりゃあ同行していた二人に視線が向くだろう。
だって一緒に行ったんだろう?
俺とレイナルドの視線に気付いて顔色を変えたクルトと「てへっ」って笑ったウーガ。
「おまえ……っ!」
「未成年連れて何処行ってんだ!」
俺より先にレイナルドがキレた。
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特にこれといった功績を挙げず、ダラダラと冒険者生活を続けてきた無名冒険者兼テイマーのバーツ。今日も危険とは無縁の安全な採集クエストをこなして飯代を稼げたことを喜ぶ彼の前に、自分を「師匠」と呼ぶ若い女性・ノエリ―が現れる。弟子をとった記憶のないバーツだったが、十年ほど前に当時惚れていた女性にいいところを見せようと、彼女が運営する施設の子どもたちにテイマーとしての心得を説いたことを思い出す。ノエリ―はその時にいた子どものひとりだったのだ。彼女曰く、師匠であるバーツの教えを守って修行を続けた結果、あの時の弟子たちはみんな国にとって欠かせない重要な役職に就いて繁栄に貢献しているという。すべては師匠であるバーツのおかげだと信じるノエリ―は、彼に王都へと移り住んでもらい、その教えを広めてほしいとお願いに来たのだ。
しかし、自身をただのしがない無名の三流冒険者だと思っているバーツは、そんな指導力はないと語る――が、そう思っているのは本人のみで、実はバーツはテイマーとしてだけでなく、【育成者】としてもとんでもない資質を持っていた。
バーツはノエリ―に押し切られる形で王都へと出向くことになるのだが、そこで立派に成長した弟子たちと再会。さらに、かつてテイムしていたが、諸事情で契約を解除した魔獣たちも、いつかバーツに再会することを夢見て自主的に鍛錬を続けており、気がつけばSランクを越える神獣へと進化していて――
こうして、無名のテイマー・バーツは慕ってくれる可愛い弟子や懐いている神獣たちとともにさまざまな国家絡みのトラブルを解決していき、気づけば国家の重要ポストの候補にまで名を連ねるが、当人は「勘弁してくれ」と困惑気味。そんなバーツは今日も王都のはずれにある運河のほとりに建てられた小屋を拠点に畑をしたり釣りをしたり、今日ものんびり暮らしつつ、弟子たちからの依頼をこなすのだった。
もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」
授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。
途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。
ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。
駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。
しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。
毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。
翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。
使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった!
一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。
その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。
この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。
次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。
悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。
ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった!
<第一部:疫病編>
一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24
二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29
三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31
四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4
五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8
六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11
七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18
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