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第6章 変遷する世界

166.連休の過ごし方(5)

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 始めての夜を過ごした翌朝。
 もはや習慣になっている朝5時に目を覚ましたら、いつもよりずっと近い距離で眠っているリーデン様。昨夜のあれこれを思い出すと顔から火が出そうになるけど、想像していたような痛みや違和感は無い。
 日付が変わる前に行為を終わらせ、抱っこでお風呂に入れてくれたリーデン様のおかげだろう。

 ――初めてだからな。だが今後は遠慮しないからそのつもりでいるように……

 耳元に甘く囁かれて一回余計にイッてしまった件については早々に忘れさせてほしいです、お願いします。「ふっ」て笑われた声を思い出しただけでヤバいので!

「んんっ。あーあー、よし……、おはようございますリーデン様。朝ですよ」
「ん……」
「リー……んっ」

 起きたかと思ったら大きな手に引き寄せられ、キスされた。
 朝には似つかわしくない濃厚でえっちいやつ。

「んんっ……っ、はあっ、リーデン様!」
「……今日は休みだろう」
「そうですけど、っ」
「おいで。眠って体力は戻ったな」
「へ? ぁ、待っ……」

 遠慮しないってこういう事⁈
 混乱している間に寝間着を脱がされ、でも昨日より優しくあれこれされて、ベッドを下りられたのは7時前。

「ァっ、朝! 朝からなんてこと……っ」
「明日から二日間は俺も休みにしてくる」

 怒るに怒れない俺を前に、そう宣って天界エデンに移動したリーデン様。

「……え?」

 休み、二日間て。
 ……まさかですよね?




 夜のことは夜にならないと判らないが、予想が当たった場合のことを考えるといろいろと準備が必要に思えた。だからまずは部屋の掃除だ。
 神力に満ちている影響であまり汚れない仕様の部屋だけど、生活していればどうしたって気になる部分はあるわけで、トイレや洗面所、風呂場は鏡までしっかりと磨いたし、洗浄魔法で綺麗にされたとはいえシーツ、掛布団は洗濯する。
 キッチンも片付けたら、……これは考え過ぎだと思うけど、でももしお腹が空いた時に足腰が立たなくなっていたら困るので食事を作り置いておくためにお米を炊く。

「おにぎりばかりじゃ何だし、果物とかも買っておく……? 甘い物も欲しくなるかな……」

 期待しているとかではないけども、常に万が一の事態を想定しておくのが優秀な冒険者なのです。何事もなければ保存しておいて、次の冒険の時のお弁当にしたらいいからね!
 自分にそんな言い訳をしながら作業を進め、白米が焚き上がるまでの間はダンジョンで使っていた装備品や魔石の手入れをした。
 魔豹ゲパール達の名前は、まだ悩み中。出来ればクルトさんやレイナルドさん達とも相談したいと思っている。一緒に戦うんだから皆が呼び易い名前が良いと思うんだ。
 ご飯が炊けたらおにぎりを作る。
 鮭に梅干し、おかか、昆布。
 個人的には筋子が食べたいんだけど、残念なことにスキル『通販』でも買えなかった。頼んだら商品追加してくれるだろうか。
 五合のお米をひたすらおにぎりにしたら後片付け。
 途中でオーブンの中が気になってしまい、そこも磨いた。
 終いには冷蔵庫とパントリーの中身も整理してスッキリ。箱の中身は容量無制限だが把握できる量しか入れないと決めているので、基本的に扉を開けた時に見えるものが全てである。
 こんな感じに午前中はとにかく体を動かしていた。ちょっとでも気を抜くと昨夜のことを思い出して変な気分になるからだ。
 お昼ご飯は予定通りにスキル『通販』で購入した寿司折りで密やかな贅沢を楽しんだ。
 久し振りのお寿司はとっても美味しかった。


 午後。
 ロテュスの紙とペンを用意して魔導具について考える。
 銀級アルジョンダンジョン『ソワサント』で起きた異変の一因が魔の鴎ムエダグットの乱獲にあるなら、遠距離の相手に声を届ける魔導具は再考の必要がある。
 いまのままでは使い勝手もいまいちだ。

「手元に置いたまま出来る伝達手段……あっちの世界だとどうしても携帯やスマホになるけど……ポケベル? いやぁ……」

 一世代前のアイテムだったこともあり、名前は聞いたことがあるが、仕組みが判っていない。
 却下だ。

「そういえばアクセサリもどうにかならないかと思ってたんだっけ……」

 獣人族はアクセサリを付けない。
 貴族は自身の権威を表現する為に身に付けることもあるみたいだけど、あちらの世界の、いわゆるゲームで見るような強化効果を付与した指輪や腕輪が存在しないのは異世界人的にとても勿体ない気がする。

「種族的な好みと言われるとそれまでだし、付けることで武器を持つのに支障が出たりするのも困る……」

 首飾りだと引っ掛かってピンチになることもありそうだし、腕輪やアンクレットは重心が変わったりするかもしれない。

「となると、……ピアス?」

 もしくは装備についているボタンなんかの小物……。

「んー……」

 ピアスで、魔石を手元に残したまま遠方の仲間と連絡を取り合う手段を考えてみる。必要な術式は、ギァリッグ大陸で見つかったという電話のそれだろうか。

「確かまだ師匠のところに余りがあったな……」

 購入した5枚の内、2枚は未使用だったはず。

「グループ……はまだ無理だろうから、とりあえず1対1で……身分証紋を電話線でつなぐんじゃなくて魔力で繋ぐ……見えない線。魔力を特定の相手に飛ばす……」

 特定の相手と考えて、ふとリーデン様の顔が浮かんで顔が熱くなる。
 落ち着け自分。

「あ……そっか、神具でグループ通話かメッセージを共有出来るような……いや、俺たちだけが便利になっても意味がないしなぁ」

 便利と言えば魔剣も開発希望があったっけ。
 こっちはまず実物をよく見せて欲しいのだが。

「クルトさんに頼んだら見せてくれるかな……って、はぁ」

 呟いて、軽く息を吐いた。
 今日はダメだ。
 思考があっちこっちに飛んでしまう。
 落ち着かないのは、どうしたってふとした拍子に昨夜のことを思い出してしまうから。

「うぁー……」

 考えただけで顔が火照る。
 どうにもならなくて背後のソファに突っ伏したらリーデン様の匂いがふわりと舞った。

「っ……」

 この部屋にはリーデン様を意識させるものが多すぎる。

「ダメだ、外に行こう! このままじゃ変態さんになってしまう……!」

 すでに色々と危ういかもしれない可能性は無視して立ち上がり、テーブルの上に広げた文具を片付けてから外出用の服に着替えて部屋を飛び出した。
 船の部屋に移動した途端にリーデン様の気配が消えてホッとしたのに、すぐに……寂しいというか、部屋に戻りたくなってしまって、困る。

「俺、どんだけ……」

 好きだなぁって思ったら顔が熱くなり過ぎて眩暈がした。





 まずは人が集まりそうなところへ……と食堂に移動したらスタッフの皆さんが昼食中なのが見えたので、物音を立てないよう静かに戻り、甲板の訓練場に移動する。
 大きな船の甲板は相応に広く、芝と土に覆われた船上とはとても思えない景色の中で10人の騎士達が二人一組で実戦訓練の真っ最中だった。
 海風が痛くて冷たい真冬の空の下、木刀を手に打ち合う姿はとてもカッコイイ。

「おや」
「こんにちは」

 騎士団の団長さんと目が合う。
 挨拶をすると「見学ですか?」ってすぐ傍まで来てくれたけど、立ち位置が護衛対象のそれで、結局は気を遣わせてしまったことに気付いた。

「お邪魔してすみません」
「いいえ。昨日までダンジョンの方で大変にお忙しかったと伺っておりましたが、体調などいかがですか?」
「問題ありません。それより人数が少ないようですが、騎士の皆さんの方こそ体調を崩したりしていませんか? いつでも治しますよ」
「ふふ、ありがたいお話ですが問題ありません。半数は帝城でメールの騎士達と合同訓練ですし、他の者は大臣殿の警護で城に」
「そうだったんですか……ちなみにレイナルドパーティの皆さんがどうしているかはご存知ですか?」
「レイナルド様は朝早くから冒険者ギルドと城に用があるからとお出掛けになられました。ミッシェルとアッシュは女子会だとかで、セルリー女史とヒユナを連れて街に向かったようです」
「女子会……」

 平和な響きに微笑ましく思っていたら、団長さんも笑う。

「ゲンジャルとウォーカーは騎士団と共に帝城で合同訓練に参加しています」
「うわ……え、お休みって言われてたんですけど素直に聞いちゃダメだったんでしょうか」
「そんなことはないでしょう。休みと言われたなら休むのが正解です」
「でも……」

 既に白金級にも手が届きそうな人達が頑張っているのに、銀級の自分が色ボケしていていいはずがない……って青くなっていたら、団長さん。

「ゲンジャル達も、細君が一緒にいればゆっくり休んだと思いますよ」
「え?」

 見上げた団長さんが少し困ったように笑うのを見て、ハッとする。
 レイナルドパーティの皆は俺達がオセアン大陸に来る一年以上も前からトゥルヌソルを離れている、つまりそれだけ長い時間、家族と会えずにいるんだ!
 俺は魔剣やアクセサリがどうこうよりも、まずはどこでも〇アを作るべきだ。
 会えないのが淋しいからって神具『野営用テント』を作ってもらったのに、今の今までその事に思い至らなかった自分が悔し過ぎる。

「レン様?」
「え。あ……なんでもありません。ちょっと考え事を……」

 その後、エニスさん、ドーガさんも帝城の合同訓練に参加していること。
 ウーガさんが一人で船を降りたこと。
 グランツェさんとモーガンさんはエレインちゃんと出掛けたことを聞いて、船に残っているメンバーが自分とクルトさん、バルドルさん、オクティバさん、ディゼルさんだと知った。

「一緒に研究するならオクティバさん。出掛けるならクルトさん……いや、クルトさんを誘ったりしたらバルドルさんに恨まれそう……あれ? オクティバさんとディゼルさんて……んー??」

 とても大事なことに気付いてしまったかもしれない。
 人族ヒューロンのオクティバさんとイヌ科シアンのディゼルさん。グランツェさんとモーガンさんがそうだし、ヒユナさんは後から参加だし、有り得ない話じゃない……よね?
 とはいえ確認するわけにもいかないので、声を掛けるのは控えようと結論付けてしまったら、一人で街歩きをするのは「危ないから」と禁止されている俺は船にいるしかない。

「詰んだ……」

 こうなったら船室で魔豹ゲパール達と戯れながら名前を考えるしかない、と部屋に戻ろうとして、その手前。

「    で  て    て!」
「   て    だっ!」

 クルトさんとバルドルさんの部屋から言い合うような声が聞こえてしまい、足を止めた。
 直後。

「⁈」
「っ!」

 バンッ! て扉が開いたかと思うと顔を真っ赤にしたクルトさんが飛び出して来た。

「へ?」
「……っ、レンくんスイーツ食べに行こう!」
「はぃ?」
「待てクルト!」
「うるさいっ」
「俺が悪かった! はん」
「あーあーあー! もう何も聞こえないっ、聞きたくない!」
「え、あの」

 はんて何。

「さぁ行こうレンくんっ、美味しい物食べよ!」
「クルト!」
「しばらく顔見たくない!!」

 俺を引っ張ってずんずん歩いていくクルトさんは気付かなかったみたいだけど、伸ばした手を振り払われた上にそんなことを言われたバルドルさんは、それはもう魂が抜けたみたいな顔になってしまっていて、さすがに気の毒だった。
 ……っていうか、俺は何に巻き込まれたんだろね?
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