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第6章 変遷する世界

165.連休の過ごし方(4) side リーデン※R18

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 ※リーデンの視点から

「最愛」の存在を自覚して以降、レンの傍にいるのは幸福であると同時に苦行でもあった。
 好きだから一緒にいたいと思う。
 可愛いらしい言動は見ているだけでも心を温かくしてくれる。
 けれど、傍にいればどうしたって触れたくなるのだ。抱き締めたい。キスがしたい。願わくばこの両腕に閉じ込めてしまいたい。
 誰にも会わさず、触れさせず、飲食さえ不要な体にしてずっと肌を重ねていたい。
 自分だけを見ていればいいのにと本気で思う。
 だが――。

「リーデン様、質問です!」

 まるで教師と生徒のように、真っ直ぐに手を上げて聞いて来るレンが可愛い。

「えー……それはちょっと……勿体ないけど、でも……うーん……」

 異なる世界の常識を、異文化交流だと自身に言い聞かせて吞み込もうとする姿は好ましく。

「そうですねっ、好きですけどそれが何かっ⁈」

 赤い顔は怒っているのか照れているのか判り難いのに発言が正直過ぎて面白い。
 ましてや「イヤだ」と口では拒否し、睨みつけてくるのに、瞳を熱で潤ませ小動物のようにぷるぷると震えながら耐える姿は普通に誘われるよりもよほど蠱惑的で、もっと泣かせてみたくなった。
 どこまでなら許されるだろう。
 決して傷つけたいわけじゃない。
 でも試したい。
 自分の感情がキレイなものばかりでない自覚はある。
 こんなにも求めて止まないレンを形成しているのが囚われない彼自身の生活だと理解しているから辛うじて自制しているだけだ。


「……リーデン様、あの……」

 儀式を受けて雌体となって以降、レンは覚悟をしているように見えた。
 まるで準備が整ったからには出陣しなければならないというような、悲壮な。

「明日も大変なのだろう、早く寝ろ」

 寝台の上。
 目を瞑らせて瞼を手で覆ってやればレンの体の力が抜ける。恐らく無意識だとは思うが、あわよくば抱き潰したくて悶々としている身としては良心が咎める。
 同時に、レンが自分に似ていると思うと安堵もした。
 こうして一緒に過ごす時間が愛しくなればなるほど相手に必要とされなくなる日を恐れている。要らないと言われたくなくて焦っている。
 つまりは、体を差し出さなければ自分が去っていくのではないかと、レンは本気で不安なのだろう。

「いつか必要としなくなるのは、レン、おまえの方だろうに……」

 驚きと発見が無限に広がる世界で生きる彼にはこれからもたくさんの出会いがあるだろう。
 人の心に永遠など有り得ない。
 いつか添い遂げたいと願う愛する者と出逢い、ここに帰って来なくなる……そんな日が来ることが、怖い。
 怖いんだ。
 だったらいっそのこと――。

「……っ」

 ダメだ。
 そんなことは絶対にダメだ。 
 守りたい。
 大事にしたい。
 愛したい。
 傷つける事はすまいと何度も、何度も、何度も何度も自身に言い聞かせ続けた。
 それでも夜になり隣で眠るレンを見ていると堪らなくなる。
 頬に、耳朶に、唇に、首筋に、触れて煽られた劣情がどれほどのものだったかなど思い出すのも愚かしい。

「んっ……」

 むずがるような寝息に我に返り、頭を冷やすべく天界エデンへ仕事をしに戻った回数は、とっくに両手でも足りなくなっていた。


 天界エデンの同僚はこちらを指差して笑う。特にうるさいのは第六席アヴァン第一席ラーゼンの組み合わせだ。

「童貞の執着心は怖ぇなオイ!」
「リーデンって童貞なの?」
「知らん。記憶にない」

 苛立った返答と、第五席カグヤの咳払いが重なり、同席しようとしていた第二席ヤーオターオが下がった。
 ついでに第一席ラーゼンの妻である第四席エトワールの接近で男共は逃げ出した。
 いい気味だ。

「まったく……いくら勤務時間外だからって。あなたも相手をする必要はないのよリーデン」
「相手をしたつもりはない」
「そう?」

 何が面白いのが機嫌が良さそうな女神は一枚の書面をこちらに寄せて来る。

「なんだ」
「ラーゼンが人に産ませた半神半人の子が身の内に宿している神力は獄界ヘルゾーンとの約定に違反するか否かの検証結果よ」
「……で?」
「子が、父親を神だと認識していなければセーフですって」
「ほう」
「そう結論が出たからと言って、父親の判らない子を幾人も孕ませるなんて許しはしないけれど」
「当然ね」

 女神二人の断言に自分も賛同しておく。
 この二人を敵に回して良い事など何一つ有りはしない。

「大神様に頼んで地球の子を転移させてくれって訴えている上級神もいるらしいけど、いまのところ却下されてる」
「そうか」
「ただ、その関係でユーイチは反省室に200年で済みそうよ」

 第五席カグヤの話に、驚く。

「本当か」
「ええ。事情が事情だったし、レンは貴方の大事な子で、私たちもすっかり絆されちゃっているんだもの。大神様まであの調子でしょ。対獄鬼ヘルネルの有効的手段を実証したとあれば減刑の理由としては上々よ。刑の確定にはまだしばらく掛かるでしょうけど、もう心配は要らないわ」
「そうか。それは、良かった」

 レンに良い報告が出来そうなことに安堵する。
 いまの話をしてやったら、きっとお祝いの菓子を作ると言って張り切るのだろう。ただでさえ食らいつきたくなる匂いを纏っているというのに焼き菓子の匂いが加わると「美味しそう」にしか見えなくなるのが厄介だ。
 ましてや幼馴染と言えど他の男のために……。

 待て。
 落ち着け。

 そうはならないために天界エデンに戻り仕事を再開したのではなかったか。

「そういえば」

 第五席カグヤの声がして、これ幸いと意識をそちらに傾ける。

「レンもようやく15歳になったのではないの?」
「あぁ……いや、まだだ。誕生日はレンが認識している日のまま設定してある」
「それってあくまでステータスボードの話でしょう? ロテュスの法には抵触しなくなったじゃない。こんな遅くまで天界エデンにいて良いの?」

 ……にこりと微笑まれて、結局は煩悩とのせめぎ合いが続く結果にしかならなかった。




 それから数日後。
 神具『住居兼用移動車両』Ex.に戻ると、最近にしては珍しく先に帰っていたレンに出迎えられた。攻略中のダンジョン内で異常事態が発生していたために想定外の連戦が続いていると語り、毎夜疲弊していた彼の、いつになくふわふわした様子に違和感を覚えた。
 聞けば無事にダンジョンを踏破し終えて明日からは休みだという。
 それも3連休。
 レンの浮かれた様子から確かな『期待』を感じ取ってしまったら、実質的には年齢の問題もクリア済みなのだ。自分でも恐ろしい勢いで膨れ上がる衝動を抑える術など有りはしない。
 抱きたい。
 食らいたい。
 いますぐに邪魔な布を剥ぎ、自分が作り替えた体を猛る欲望で抉りたい。

 でも。

 傷つけたくない。
 優しくしたい。
 笑っていて欲しい。
 幸せでいて欲しい。
 レンの幸せとは何だろう――……ふと思い出したのは彼が愛してやまない風呂だ。裸でいるのが当たり前で、レンが一日の疲れを癒すために人生に必須だと教えてくれた心地良い空間。
 悲しい記憶に紐づけるなど絶対にダメな場所。
 そこでならまだ自制が利くと思った。
 レンのために、耐えられるのではないか、と。

「……本当にいいな?」
「ん……お願いします……」

 効果があったのかどうか、レンは怯える事無く受け入れた。あんなにも性行為を嫌悪していた地球での姿とは正反対に、自ら腕を伸ばしてキスを欲しがってくれた。
 我慢出来ないと泣き、自分で自分を刺激して吐精する。
 揺れる腰つきは男を更に奥へ招きたがっているようだった。
 レンの中に己を埋め、動けばどれほどの快感を得られるかは、もう覚えた。
 しかしそれよりももっと、もっと、レンに欲しがってもらいたかった。

「りぃでんさま」
「……っ」

 レンは、いつか此処に帰らなくなるかもしれない。
 いまこの瞬間の気持ちを疑うつもりはない。
 さっさと伴侶にして世界に知らしめ他の誰も寄せ付けないようにしてしまいたい。しかし、この狭い神具の中でしか共にいられない自分よりも彼に相応しい相手は必ず存在する。共に冒険し、共に戦い、……そして同じ時間を生きられる、特別な誰か。
 その誰かとレンが出逢えばこの関係は自然と絶たれるだろう。
 それが彼の幸せなら黙って見守るのが彼を生かすと決めた世界の主神たる己の役目だ。
 でも。
 だからこそ。
 今だけは。

「りぃでんさま、りぃでんさま、やです」

 いやいやをするように首を左右に振り、大きな瞳を潤ませ、声を震わせる。
 白く滑らかな肌は羞恥の赤を帯びて汗ばみ、冒険者という割に華奢な体は両足を大きく広げた状態で組み敷かれ、濡れそぼつ可愛らしい陰茎は天井を向いてふるふると揺れている。
 ぐっ……と奥まで攻め込んでおきながら動かない自分に痺れを切らしたのか、レンは懸命に腰を揺らしそこを擦りつけて来る。

「うごいてください、つらいです、なかがずくずくします」
「……俺が欲しいか?」
「ん、ほしぃ、です」
「俺だけか?」
「あなた、だけ」
「レン……っ」

 情けない。
 愚かしい。
 判っていてもおまえを貪らずにいられない弱さを許して欲しい。

 いつかの、その時が来たらきちんと送り出すよ。
 だからどうか、今だけは。

「愛している」
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