生きるのが下手な僕たちは、それでも命を愛したい。

柚鷹けせら

文字の大きさ
上 下
174 / 335
第6章 変遷する世界

160.魔物の氾濫(7)※戦闘有り

しおりを挟む
 この戦闘に参加した冒険者達が、後に口を揃えて「あれはヒドかった」と語った銀級アルジョンダンジョン『ソワサント』第42階層における後半戦は、見方を変えると魔物が哀れに思えるような内容だった。
 12人の魔法使いが特級の火魔法で森を焼き、大地を焦がし、そもそも火に弱い植物系の魔物は冒険者達の目に触れる事無く消失して魔石だけを転がしたし、辛うじて生き延びた千に及ぶ獣系の魔物も火災を避けて飛び出したところを片っ端から狙われて、斬られていく。
 魔物同士にも敵味方の区分があるのかは俺達には判らないけど、冒険者と共闘する魔豹ゲパールや、殺人猿ムルトルグノンにはあちらも相当驚いたのではないだろうか。

「ガゥアアアッ!!」
「――ッキシャアアアアア!!」

 魔豹ゲパールが全身から放つ殺気に、接近してきた魔物たちが牙を剥いて飛び掛かって来る。
 瞬間。

拘禁デティニア!」

 地上から飛び出した魔力の鎖が絡みつき動きを阻害。

「ギャウッ!」

 怒りに満ちた悲鳴は、しかし直後に一閃した刃がその胴を切り裂いた。

拘禁デティニア!」
「ガゥッ!」
「ギャギャッ!」

 拘禁デティニアの間に合わない魔物は、その喉笛に魔豹ゲパール達が食らいつき、吹っ飛ばし、大地を転がる。

「はあああああ!!」
「―――っ!!」
拘禁デティニア!」

 次。
 そして、次。
 手足をもがれ巨大な顔がごろりと傾き、叫ぶ。

「――――       ッ!!」

 甲高く、音もなく空気を震わせた絶叫が人の正気を犯し、頭を、腹を、心臓を刺すような痛みと恐怖。

「ああああああっ」
「黙っとけ!!」

 体を折り蹲る仲間を庇い、巨大な顔の眉間を刺し貫く。
 止まる。
 かと思えば他方。

「――――       ッ!!」

 終わらない。
 繰り返す。

「その口を閉じろおおおぉぉぉ!!」

 穿つ。
 刺す。
 殴る。
 飛ばす。

状態異常解除リゾール・アノルマル!!」

 成功は五分五分。
 二度に一度は成功するなら、いまは薬品を投げまくるよりずっと早くて効率的だ。俺は神力を広げて「治れ」と祈りながら回復属性の上級魔法を放った。

「っ……」

 最優先は自分の仲間。
 だからって、他のパーティの人たちを見て見ぬフリするつもりなんかこれっぽっちもなかった。

「耳栓してない奴! 耐性の低い奴は下がれ!!」

 レイナルドさんの声が辺り一帯に響く。
 魔法使いたちの火魔法のおかげで相対した時点で既に手負いの魔物たちだ。厄介な魔物はスピード勝負、対応出来る者達が斬って走る。

「あああああ魔剣が欲しい!」
「同じく!」
「運が良ければここのボスで手に入るぞ!」
「運!」
「手に入る気がしねぇ!」
「全員魔力回復ポーション飲んで!!」

 余裕なのか自棄なのか、大声で応酬する彼らに注意を促す。
 銀級アルジョンダンジョン以降は物理攻撃が効かない魔物が増えるため、魔力を通す武器を持っていない面々は、外部から自分の属性攻撃魔法で与えた傷口を武器で拡げるといった方法を使うしかない。
 それは魔力の消費が非常に重く、体への負担も大きい。
 だからこそ。
 喋れば余計に疲れると判っていても、彼らは声を掛け合う。
 内容はともかく「まだまだいける」と仲間に伝えるために。
 勝つという気持ちを前面に出すために。

完全治癒ソワン・パルフェ――!」

 だから俺も、全力で援護する。
 その疲労が少しでも誤魔化せるように。
 体が軽くなるように。
 回復属性の超級魔法の成功率は半分より下回るけれど、それでも、仲間のために。
 戦って、戦って、そして、戦って。
 魔物の気配が消え、戦闘の荒々しい音が止み、代わりにみんなの荒い息遣いがやけにはっきりと聞こえて来るようになった頃には空は薄っすらと暗くなり始めていた。

「……終わったな?」
「……終わりました、ね?」
「……っ」

 ワッ、て。
 歓声が上がった。




 ***

 さすがにその日は後方支援のギルド職員から支給された夕飯でお腹を満たした後は、見張りのためだけにダンジョンに控えていた冒険者達に夜の番を任せて俺達は各自のテントで朝まで休んだ。
 あれだけ派手にやったのだから夜間に襲ってくるような魔物もなく、翌朝には改めて42階層の討滅戦完了が宣言されて一応の任務完了を実感したが、問題はまだ終わらない。
 その日の内に43階層の様子を見に行った金級冒険者が、42階層ほどではないが其処にも魔物の群れが複数あることを確認。
 一日の休息日を経て、俺たちは再び討滅戦に参加し3日間掛けて攻略した。
 44階層も同様で、こちらには4日間を掛けた。
 大変だった。

 それはもう、疲れたさね!

 それでもここまで来て40回層に戻って外に出るよりは、もう一日ダンジョンでしっかりと休養を取って第45階層――最下層のボスを斃して地上に戻ることを選んだ。
 俺達だけじゃなく、このボスの魔石を欲しかったギァリッグ大陸の白金級冒険者の人たちもそうだし、他にも何組も同じようにこちらを選んだから順番待ちになったくらいだ。
 ボス並に強い魔物と連戦に連戦を重ねた俺たちは、10メ―トル以上ある巨大な鯨っぽい魔物を見ても特に思う事はなく、……例えば海中戦とかだったら大変だったんだろうけど、巨大で頑丈というだけで、地上から攻撃する機会が幾らでもあったから正直に言うと拍子抜け?
 ボス戦はあっさりと終わってしまった。
 初回攻略報酬の宝箱は全員が銀色で、魔剣や魔弓といった武器は誰も落ちず。

「だろうと思ったよ!」
「やっぱ開発してみないかレン」
「えー……魔剣って何で出来てるんですか?」
「知らん」
「調べてから言ってくださいよ!」

 そんな会話をしながら、俺たちはようやく転移陣を使って外へ出た。
 久しぶりの、外。
 気付けば暦は2月になっていて、国際会議もとっくに終わっていて、またひと騒動起きそうだなと思いつつも全員で手を叩き合う。

「とりあえず、お疲れ様!」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

迷子の僕の異世界生活

クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。 通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。 その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。 冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。 神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。 2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

神子の余分

朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。 おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

処理中です...