生きるのが下手な僕たちは、それでも命を愛したい。

柚鷹けせら

文字の大きさ
上 下
170 / 335
第6章 変遷する世界

156.魔物の氾濫(3)※戦闘有り

しおりを挟む
 昨日までに確認されていた魔物の群れは、42階層の真ん中よりも向こう側に6種プラスアルファ。
 此方側に3種プラスアルファといった感じだったようだが、いざというときに41階層に逃げ込むという手段も取っておきたいという気持ちもあり、防衛ラインを41階層との境目から約1キロの辺りに定め、群れている魔物たちを誘き寄せる事にした。
 索敵範囲が数キロ以上だという白金級の冒険者が一番近くにいる群れを発見、視認した後は、冒険者達の準備が整うのを待ってうちの3頭の魔豹ゲパールに奇襲を頼む。
 いわゆる「釣って来て」だ。
 なにせ人に比べれば圧倒的な速度が出せる魔豹ゲパールだ。
 危険だと判っていることを押し付けるようで気は進まなかったけれど、これから戦闘が始まるのを感じ取っているらしい3頭が揃って目を輝かせているように見えて、ちょっと困る。
 魔物はそもそも戦闘が好き、とか?
 その辺りもこれからの付き合いで判って来るのかと思うと楽しみでもある。

 ……うん、未来のことを考えられる。

 大丈夫だ。
 緊張していても、不安でも、……怖くても。
 逃げない。
 戦える。

「準備はいいか」

 低く囁くような確認の声は、しかし戦闘態勢に入り息を殺す冒険者達の耳を打つ。
 じっと前方を見せたまま保たれる沈黙は肯定の証。
 総指揮を任されている彼の手が、振り下ろされる。

「くれぐれも気を付けるんだよ、……行っておいで」
「がうっ」

 それぞれの背を撫でながら告げると、3頭の魔豹ゲパールは駆けだした。指定された地点を目指しまっすぐに駆けていく先は平原。
 昨日の時点での情報がいまも活きているなら、真っ先にここに向かってくるのはあの子達と同じ魔豹ゲパール――。

「……来た」

 ウーガが索敵に触れた群れを感知したのはそれから5分ほどが経った頃だった。
 空気が、風が肌を刺すような刺激に変わり、前方から足元に伝わって来る振動。
 地響き。

「さぁ、始めるわよ」

 にやり、笑ったミッシェルさんが金級オーァルダンジョンのボス戦を入手した魔杖を高く掲げ魔力を込めてる。
 爪に嵌め込まれた魔石が向けられた空で、最初はただの靄か煙にしか見えなかったものが完成された術式を描いていく。しかも視界いっぱいの空を覆うような巨大で、複雑怪奇。
 多少の魔導具の知識を得た今だからこそ判る滅茶苦茶な条件。

「……っ」

 うちの子達が先頭を掛けて来る。
 魔石から顕現するための魔力の質の違いのせいか、他の魔豹ゲパールに比べれば随分と足が速いらしく、後続の、倒すべき群れとの差は10数メートル。

 いまだ。

終焉の炎檻アンフェールフラム――!!」
「ひっ……!」
「っく⁈」

 ミッシェルさんが宣言すると当時、空が赤く輝き地上に火が落ちた。
 まるで滝。
 地上を焼き尽くさんとする熱と炎に味方からも悲鳴が上がる。

「相変わらず派手だな!」
「迂回したのが左右から来るぞ!」
「いけっ、ここからは時間との勝負だ!!」

 ゲンジャルさん、レイナルドさんの声。
 バルドルさん達が走り出し、俺も追う。
 これだけ派手なことをしたのだ、すぐに他の魔物たちも気付いて此方に移動して来るだろう。その前に一頭でも多くの味方を――あの炎滝の中で消し炭となり魔石だけになったそれらを拾い集めて、顕現させなければいけない。

「熱っ……」

 消えゆく炎滝は、それでも熱く。
 消えた途端に炎から逃れた魔豹ゲパールが襲い掛かって来る!

「させるか!」
「ギャンッ!」

 迫った魔豹ゲパールを盾で叩き返したウォーカーさん。
 頭上を次々と矢のように飛んでいく火球。

「ギャウン!!」
「くっ……」

 襲い掛かって来た大きな魔豹ゲパールをバルドルさんの盾が防ぐ。途端、バルドルさんの表情が変わる。

「……!」

 踏ん張る足が後退していた。
 力負けしている。

「腰を下げて全身の魔力を安定させろ!」
「おう!」

 この状況で安定させろとは無茶を言うと思ったが、バルドルさんは指示通りに耐える。その一瞬の変化に合わせてレイナルドさんの剣がその魔豹ゲパールの腹を刺す。

「ヒギャアアアア!!」

 叫ぶ魔豹ゲパールが飛び退こうとして、しかし剣で貫いたレイナルドさんは暴れる魔物に押し負けない。
 もがく魔物を、逆方向から貫いたのはエニスさんの剣。

「レン始めろ!」
「はい!」

 魔石も熱かったらちょっと嫌だなと思いつつも走り、うちの魔豹ゲパール3頭と合流。彼らに左右を任せ真っ黒に焦げた大地に足を踏み入れ、足元に転がる魔石に手を伸ばした。

「っ」

 叩きつけるように魔力を流せば瞬時に手から離れ宙がえりした光が魔豹ゲパールとなって着地する。
 次。
 次。
 次。
 次。

「すげぇ……」

 思わずと言った感じの声が近くから聞こえたが、気に留める暇などない。
 見事なまでに真っ黒になった地面に幾つも転がっている黄色っぽい魔石は非常に目立って見つけやすい。炎のおかげで、魔豹ゲパールの遺体が本当に消し炭になってしまっているので、見た目でダメージを喰らわないのも地味に有難い。
 次。
 次。
 次!

「……勝手だなって思うけど、ごめんね。力を貸して」

 ひたすら魔石を拾い、魔力を込め、魔豹ゲパールを顕現して、次の魔石を拾う。
 魔力が心許なくなれば回復ポーションを飲む。
 時間にして10分もしない内に魔豹ゲパールの数は40頭以上になり、こちらの騒ぎに気付いたらしい他の魔物たちも続々と接近している。

「どうか皆を守って」
「グルルルル」

 送り出す。
 願う。

「レンくん、下がって」

 クルトさんの声。

「拾える分は拾ったから後方で顕現を」
「はい!」

 接近してくる魔物と乱戦になるのは明らかだ。
 僧侶としての役目をある俺が怪我でもして戦力外になるわけにはいかない。同時に、後方にいるからこそ皆の戦う姿がよく見えた。

「これ、頼むね」
「クルトさん、気を付けて!」
「レンくんもね」

 早口に言い合って、クルトさんは戦場へ。
 俺は増援を。

 戦いは、まだ始まったばかりだ。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

迷子の僕の異世界生活

クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。 通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。 その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。 冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。 神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。 2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

神子の余分

朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。 おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。

いとしの生徒会長さま

もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……! しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...