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第6章 変遷する世界
156.魔物の氾濫(3)※戦闘有り
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昨日までに確認されていた魔物の群れは、42階層の真ん中よりも向こう側に6種プラスアルファ。
此方側に3種プラスアルファといった感じだったようだが、いざというときに41階層に逃げ込むという手段も取っておきたいという気持ちもあり、防衛ラインを41階層との境目から約1キロの辺りに定め、群れている魔物たちを誘き寄せる事にした。
索敵範囲が数キロ以上だという白金級の冒険者が一番近くにいる群れを発見、視認した後は、冒険者達の準備が整うのを待ってうちの3頭の魔豹に奇襲を頼む。
いわゆる「釣って来て」だ。
なにせ人に比べれば圧倒的な速度が出せる魔豹だ。
危険だと判っていることを押し付けるようで気は進まなかったけれど、これから戦闘が始まるのを感じ取っているらしい3頭が揃って目を輝かせているように見えて、ちょっと困る。
魔物はそもそも戦闘が好き、とか?
その辺りもこれからの付き合いで判って来るのかと思うと楽しみでもある。
……うん、未来のことを考えられる。
大丈夫だ。
緊張していても、不安でも、……怖くても。
逃げない。
戦える。
「準備はいいか」
低く囁くような確認の声は、しかし戦闘態勢に入り息を殺す冒険者達の耳を打つ。
じっと前方を見せたまま保たれる沈黙は肯定の証。
総指揮を任されている彼の手が、振り下ろされる。
「くれぐれも気を付けるんだよ、……行っておいで」
「がうっ」
それぞれの背を撫でながら告げると、3頭の魔豹は駆けだした。指定された地点を目指しまっすぐに駆けていく先は平原。
昨日の時点での情報がいまも活きているなら、真っ先にここに向かってくるのはあの子達と同じ魔豹――。
「……来た」
ウーガが索敵に触れた群れを感知したのはそれから5分ほどが経った頃だった。
空気が、風が肌を刺すような刺激に変わり、前方から足元に伝わって来る振動。
地響き。
「さぁ、始めるわよ」
にやり、笑ったミッシェルさんが金級ダンジョンのボス戦を入手した魔杖を高く掲げ魔力を込めてる。
爪に嵌め込まれた魔石が向けられた空で、最初はただの靄か煙にしか見えなかったものが完成された術式を描いていく。しかも視界いっぱいの空を覆うような巨大で、複雑怪奇。
多少の魔導具の知識を得た今だからこそ判る滅茶苦茶な条件。
「……っ」
うちの子達が先頭を掛けて来る。
魔石から顕現するための魔力の質の違いのせいか、他の魔豹に比べれば随分と足が速いらしく、後続の、倒すべき群れとの差は10数メートル。
いまだ。
「終焉の炎檻――!!」
「ひっ……!」
「っく⁈」
ミッシェルさんが宣言すると当時、空が赤く輝き地上に火が落ちた。
まるで滝。
地上を焼き尽くさんとする熱と炎に味方からも悲鳴が上がる。
「相変わらず派手だな!」
「迂回したのが左右から来るぞ!」
「いけっ、ここからは時間との勝負だ!!」
ゲンジャルさん、レイナルドさんの声。
バルドルさん達が走り出し、俺も追う。
これだけ派手なことをしたのだ、すぐに他の魔物たちも気付いて此方に移動して来るだろう。その前に一頭でも多くの味方を――あの炎滝の中で消し炭となり魔石だけになったそれらを拾い集めて、顕現させなければいけない。
「熱っ……」
消えゆく炎滝は、それでも熱く。
消えた途端に炎から逃れた魔豹が襲い掛かって来る!
「させるか!」
「ギャンッ!」
迫った魔豹を盾で叩き返したウォーカーさん。
頭上を次々と矢のように飛んでいく火球。
「ギャウン!!」
「くっ……」
襲い掛かって来た大きな魔豹をバルドルさんの盾が防ぐ。途端、バルドルさんの表情が変わる。
「……!」
踏ん張る足が後退していた。
力負けしている。
「腰を下げて全身の魔力を安定させろ!」
「おう!」
この状況で安定させろとは無茶を言うと思ったが、バルドルさんは指示通りに耐える。その一瞬の変化に合わせてレイナルドさんの剣がその魔豹の腹を刺す。
「ヒギャアアアア!!」
叫ぶ魔豹が飛び退こうとして、しかし剣で貫いたレイナルドさんは暴れる魔物に押し負けない。
もがく魔物を、逆方向から貫いたのはエニスさんの剣。
「レン始めろ!」
「はい!」
魔石も熱かったらちょっと嫌だなと思いつつも走り、うちの魔豹3頭と合流。彼らに左右を任せ真っ黒に焦げた大地に足を踏み入れ、足元に転がる魔石に手を伸ばした。
「っ」
叩きつけるように魔力を流せば瞬時に手から離れ宙がえりした光が魔豹となって着地する。
次。
次。
次。
次。
「すげぇ……」
思わずと言った感じの声が近くから聞こえたが、気に留める暇などない。
見事なまでに真っ黒になった地面に幾つも転がっている黄色っぽい魔石は非常に目立って見つけやすい。炎のおかげで、魔豹の遺体が本当に消し炭になってしまっているので、見た目でダメージを喰らわないのも地味に有難い。
次。
次。
次!
「……勝手だなって思うけど、ごめんね。力を貸して」
ひたすら魔石を拾い、魔力を込め、魔豹を顕現して、次の魔石を拾う。
魔力が心許なくなれば回復ポーションを飲む。
時間にして10分もしない内に魔豹の数は40頭以上になり、こちらの騒ぎに気付いたらしい他の魔物たちも続々と接近している。
「どうか皆を守って」
「グルルルル」
送り出す。
願う。
「レンくん、下がって」
クルトさんの声。
「拾える分は拾ったから後方で顕現を」
「はい!」
接近してくる魔物と乱戦になるのは明らかだ。
僧侶としての役目をある俺が怪我でもして戦力外になるわけにはいかない。同時に、後方にいるからこそ皆の戦う姿がよく見えた。
「これ、頼むね」
「クルトさん、気を付けて!」
「レンくんもね」
早口に言い合って、クルトさんは戦場へ。
俺は増援を。
戦いは、まだ始まったばかりだ。
此方側に3種プラスアルファといった感じだったようだが、いざというときに41階層に逃げ込むという手段も取っておきたいという気持ちもあり、防衛ラインを41階層との境目から約1キロの辺りに定め、群れている魔物たちを誘き寄せる事にした。
索敵範囲が数キロ以上だという白金級の冒険者が一番近くにいる群れを発見、視認した後は、冒険者達の準備が整うのを待ってうちの3頭の魔豹に奇襲を頼む。
いわゆる「釣って来て」だ。
なにせ人に比べれば圧倒的な速度が出せる魔豹だ。
危険だと判っていることを押し付けるようで気は進まなかったけれど、これから戦闘が始まるのを感じ取っているらしい3頭が揃って目を輝かせているように見えて、ちょっと困る。
魔物はそもそも戦闘が好き、とか?
その辺りもこれからの付き合いで判って来るのかと思うと楽しみでもある。
……うん、未来のことを考えられる。
大丈夫だ。
緊張していても、不安でも、……怖くても。
逃げない。
戦える。
「準備はいいか」
低く囁くような確認の声は、しかし戦闘態勢に入り息を殺す冒険者達の耳を打つ。
じっと前方を見せたまま保たれる沈黙は肯定の証。
総指揮を任されている彼の手が、振り下ろされる。
「くれぐれも気を付けるんだよ、……行っておいで」
「がうっ」
それぞれの背を撫でながら告げると、3頭の魔豹は駆けだした。指定された地点を目指しまっすぐに駆けていく先は平原。
昨日の時点での情報がいまも活きているなら、真っ先にここに向かってくるのはあの子達と同じ魔豹――。
「……来た」
ウーガが索敵に触れた群れを感知したのはそれから5分ほどが経った頃だった。
空気が、風が肌を刺すような刺激に変わり、前方から足元に伝わって来る振動。
地響き。
「さぁ、始めるわよ」
にやり、笑ったミッシェルさんが金級ダンジョンのボス戦を入手した魔杖を高く掲げ魔力を込めてる。
爪に嵌め込まれた魔石が向けられた空で、最初はただの靄か煙にしか見えなかったものが完成された術式を描いていく。しかも視界いっぱいの空を覆うような巨大で、複雑怪奇。
多少の魔導具の知識を得た今だからこそ判る滅茶苦茶な条件。
「……っ」
うちの子達が先頭を掛けて来る。
魔石から顕現するための魔力の質の違いのせいか、他の魔豹に比べれば随分と足が速いらしく、後続の、倒すべき群れとの差は10数メートル。
いまだ。
「終焉の炎檻――!!」
「ひっ……!」
「っく⁈」
ミッシェルさんが宣言すると当時、空が赤く輝き地上に火が落ちた。
まるで滝。
地上を焼き尽くさんとする熱と炎に味方からも悲鳴が上がる。
「相変わらず派手だな!」
「迂回したのが左右から来るぞ!」
「いけっ、ここからは時間との勝負だ!!」
ゲンジャルさん、レイナルドさんの声。
バルドルさん達が走り出し、俺も追う。
これだけ派手なことをしたのだ、すぐに他の魔物たちも気付いて此方に移動して来るだろう。その前に一頭でも多くの味方を――あの炎滝の中で消し炭となり魔石だけになったそれらを拾い集めて、顕現させなければいけない。
「熱っ……」
消えゆく炎滝は、それでも熱く。
消えた途端に炎から逃れた魔豹が襲い掛かって来る!
「させるか!」
「ギャンッ!」
迫った魔豹を盾で叩き返したウォーカーさん。
頭上を次々と矢のように飛んでいく火球。
「ギャウン!!」
「くっ……」
襲い掛かって来た大きな魔豹をバルドルさんの盾が防ぐ。途端、バルドルさんの表情が変わる。
「……!」
踏ん張る足が後退していた。
力負けしている。
「腰を下げて全身の魔力を安定させろ!」
「おう!」
この状況で安定させろとは無茶を言うと思ったが、バルドルさんは指示通りに耐える。その一瞬の変化に合わせてレイナルドさんの剣がその魔豹の腹を刺す。
「ヒギャアアアア!!」
叫ぶ魔豹が飛び退こうとして、しかし剣で貫いたレイナルドさんは暴れる魔物に押し負けない。
もがく魔物を、逆方向から貫いたのはエニスさんの剣。
「レン始めろ!」
「はい!」
魔石も熱かったらちょっと嫌だなと思いつつも走り、うちの魔豹3頭と合流。彼らに左右を任せ真っ黒に焦げた大地に足を踏み入れ、足元に転がる魔石に手を伸ばした。
「っ」
叩きつけるように魔力を流せば瞬時に手から離れ宙がえりした光が魔豹となって着地する。
次。
次。
次。
次。
「すげぇ……」
思わずと言った感じの声が近くから聞こえたが、気に留める暇などない。
見事なまでに真っ黒になった地面に幾つも転がっている黄色っぽい魔石は非常に目立って見つけやすい。炎のおかげで、魔豹の遺体が本当に消し炭になってしまっているので、見た目でダメージを喰らわないのも地味に有難い。
次。
次。
次!
「……勝手だなって思うけど、ごめんね。力を貸して」
ひたすら魔石を拾い、魔力を込め、魔豹を顕現して、次の魔石を拾う。
魔力が心許なくなれば回復ポーションを飲む。
時間にして10分もしない内に魔豹の数は40頭以上になり、こちらの騒ぎに気付いたらしい他の魔物たちも続々と接近している。
「どうか皆を守って」
「グルルルル」
送り出す。
願う。
「レンくん、下がって」
クルトさんの声。
「拾える分は拾ったから後方で顕現を」
「はい!」
接近してくる魔物と乱戦になるのは明らかだ。
僧侶としての役目をある俺が怪我でもして戦力外になるわけにはいかない。同時に、後方にいるからこそ皆の戦う姿がよく見えた。
「これ、頼むね」
「クルトさん、気を付けて!」
「レンくんもね」
早口に言い合って、クルトさんは戦場へ。
俺は増援を。
戦いは、まだ始まったばかりだ。
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