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第5章 マーへ大陸の陰謀

152.『ソワサント』(10)

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 30階層から行方不明者の捜索を開始すると共に、ダンジョンにいるすべての冒険者に避難勧告をしていくわけだが、当然のことながらそれは容易ではない。
 ……っていうか、想像と違って酷かった。
 転移陣が敷かれたガゼボを離れ、砂浜に沿って歩くこと1時間弱。遠くに大勢がひしめき合っているのが見えた時点で嫌な予感はしたのだが、更に五分ほど歩いて向こう側の声が聞こえてくるようになると、予感は確信に変わる。

「ガハハハッ、マジで狩り放題じゃねぇか! ぼろ儲けだぜ!」
「笑ってねぇで手ェ動かせ、残りじゅーびょー」
「あと7匹やらねぇとおまえの負けだぜ」
「ヨユーヨユー!」

 海上の岩場の一部を占拠しているらしい4人組の男達は銀級冒険者だと思う。同じ銀級でもバルドルさん達とは大違いで装備は薄汚れ、振り回している剣は、確かに剣なのに、武器に見えなかった。
 年齢は40代前半かな。
 無精ひげがそのままだったりと身だしなみが適当っぽいから老けて見えるだけな気もする。

「なんだ?」

 何となく老け顔繋がりでレイナルドさんを見上げたら、本人と目が合ってしまった。
 同じ年齢でもバルドルさんが若いのかレイナルドさんが老け過ぎなのか余所者の俺には判断し難いが、……そういえばモーガンさんも同じ年齢なんだっけ。

「うー……ん?」
「一体どうした」
「いえ……レイナルドさんは同級生に比べると貫禄があるというか、渋カッコいいなって」
「どうきゅ……は?」
「褒めてるんですからそんな嫌そうな顔をしないで下さい」
「ワケ判らんことを言うからだろ」
「うっぷ」

 乱暴に頭を掻き回されて、視界が戻った時にはレイナルドさんはずっと先の方にいた。代わりに傍で肩を震わせていたのはアッシュさん。

「どうかしましたか?」
「面白かっただけよ」

 俺自身もよく判らなくなって来た。
 っていうか、そんな事よりも前方で起きている事の方が問題で。

「あぁクソ負けた!」
「ざまぁ!」
「うっせぇ、湧くのが遅かったからだ!」
「出たっ言い訳!」

 ぎゃはははは……って大笑いしながら負けたらしい男が指で拾い上げるのは小指の爪くらいの小さな魔石。
 しかも。

「後ろ、湧いたぞ」
「あ、俺の番じゃん、やるやる」

 岩場に弱い風が生じると同時、それは旋風となり下から上へ、そして中に流れて中心に輝く結晶を創り出す。更に風を――魔力を吸い込んで、魔の鴎ムエダグットに。
 俺達は目を丸くした。
 だって、それって。

「魔物誕生の瞬間……?」
「初めて見た」

 クルトさんや、アッシュさんも初めてだという光景を、しかし岩場の男達はニヤニヤしながらゲームにした。

「数えんぞー」
「いーち……」

 直後、男の剣が生じたばかりの、生まれたばかりの魔の鴎ムエダグットを叩き潰した。

「っ……」

 あっという間に霧散して小さな魔石が岩場に転がる。

「後ろ」
「左側にも湧き始めてンぞ」

 次、そして次と。
 羽を広げることすらないまま消え去れていく魔の鴎ムエダグット。魔物だって判っている。動き出せば人を襲う、ダンジョンの脅威。
 ――でも!

「あれってどうなんですか⁈」
「……魔物を斃すのは冒険者の仕事でもあるし、魔石が収入源である以上は止められないけど、見ていて気持ちの良いものではないわね」
「だったら……っ」

 声が大きくなった俺の目の前にスッと手を出してきて、視界を覆ったのはグランツェさん。

「魔石の質が劣化した原因は想像がついたな」
「え?」
「たぶん、長生きしている魔物の魔石ほど質が良いんじゃないかな」
「――」

 それはきっと時間が経つほど溜めて置ける魔力量が増えるとか、そういう。

「俺たちのメッセンジャーの魔石は3センチ前後あるのに、あんな1センチもない魔石じゃ買い取りも出来ないだろう。売れないものを乱獲する必要はない」

 つまり、なんだ。
 怒った顔をした金級冒険者の面々が岩場に近付いて行くのを、俺はちょっと驚きながら見送る。もちろん共感して欲しかったんだけど、想像と違う。

「レンの影響でしょ」
「え?」
「ゲパールに「もふもふ~癒し~」って抱き着いたり、ムエダグットに「ありがとう、お返事頑張って届けてね」なんて声を掛けるレンを見ていたら、そりゃあ魔物に対する考え方も変わるでしょ」

 身に覚えが有り過ぎて返答に困っている間に、レイナルドさん、グランツェさん、ゲンジャルさんが岩場の彼らと口論になっていた。

「そもそもムエダグットの魔石の売値が高騰しているのは魔導具に使うからだ。そんな、術式を刻めない大きさでは屑石と変わらないぞ」
「うっせぇな金級が銀級アルジョンになんの用だよ!」
「ギルドからの指示を伝えにきたと最初に言っただろう。とにかくいますぐに狩りを止めてダンジョンから退場しろ」
「指示に従えないなら規律違反で拘束だ」

 ゲンジャルさんが指先で回しているのは手錠みたいな魔導具だ。
 言うことを聞かない人にはそれを装着することで魔力を遮断し一切の抵抗を無効にするんだとか。

「ああいうのがまだまだいるんでしょうし、難航しそうね」
「だな。……まぁ、俺たちもそろそろ任務に取り掛かろう」

 ミッシェルさんとウォーカーさんに促されて、俺たちも海岸で狩りを続ける多数のパーティ一つ一つに退去勧告を伝えて回ることにした。




 疲れた。
 こんな任務は二度と受けたくないって痛感するくらい、疲れた。若い人たちは比較的素直に話を聞いてダンジョンから退場してくれたけど、あの岩場で酷い狩り方をしていた男達と同年代の、いわゆるオジサン冒険者は相手をするのが本当に大変だった。
 何が大変って、リーデン様の加護が強過ぎて俺を殴ろうとした冒険者は吹っ飛ぶし、突き飛ばそうとした冒険者は仲間諸共吹っ飛ぶし、ヤラシイことを言って来た冒険者は直後に白目を剥いて失禁した。

「俺たちがいる間に人相手にやらかせって言ったが、それ以前の問題だったな」とはレイナルドさんの談。

 転移陣まで連れて行くのがツライから失禁させるのは止めろって言われたけど無理を言わないで欲しい。俺にはコントロール不可能ですよ。

「とりあえず30階層は終わったが、ムエダグットは32階層まで出るから明日もこの調子だな」
「気が重いですねぇ……」

 30階層だけで100以上のパーティを送り返した。
 持ち込んだ拘束用の魔導具は30じゃ足りなくて一度取りにダンジョンを出る必要があったくらい、本当に大変だったのだ。
 神具『野営用テント』で美味しいごはんを食べ、心地良いベッドで眠ることで英気を養うこと3日。何とか35階層まで下りて、ダンジョンの中にいる冒険者を減らしていった。
 同時に、もう一つの任務――行方不明者の捜索も行う。
 気配感知と魔力感知を駆使し、次の階層に続く道を外れた奥の方まで探して回ったが、ここまでにめぼしい発見は一つもない。
 ただしそれは行方不明者が生存しているかもしれないという希望でもあった。

「この先で魔物の群れに襲われたかして、協力して逃げ延びているというのが理想かな」

 道を外れてしまえば元の場所に戻るのは困難を極める。
 それは方位磁石が使えなくなるばかりか太陽も月も出ない特殊な環境のせいで、俺はレイナルドさん達に最後の神具『懐中時計』についても説明することになった。

「何でもアリだな」

 そう呆れられたけど、早く一緒にプラーントゥ大陸の金級オーァルダンジョンに行きたいと全員が口を揃えていた。




 36階層、37階層……行方不明者は見つからず、他のパーティは見えなくなった。38階層、39階層、40階層……せっかくだからと転移陣に登録は済ませたが、やはり行方不明者は見つからない。

「40階層に到達しているなら、普通のパーティは一度戻りますよね?」
「普通ならな」
「どういう状況で道を逸れたのかが判らないからなぁ」
「狩りに夢中になり過ぎて期限を過ぎたのに気付かなかっただけで、俺たちが来るより先に戻っていた、とか」
「ははっ、それはある意味一番良いな」

 国際会議に参加するというレイナルドさんを40階層で見送った今、俺たちはギルドからの新情報が届くのを待っている。
 行方不明者の件もそうだし、魔物の異常行動についても、この先に進むのか、否かも。


 それからしばらくして齎されたのは、第42階層で数種類の魔物が100以上の群れを組んで移動しているというとんでもない情報だった。
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