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第5章 マーへ大陸の陰謀

147.『ソワサント』(5)

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 翌朝、俺たちは第19階層の野営地で待機。
 レイナルドさんとアッシュさんだけが20階層から地上に戻ってゲンジャルさん達とメッセンジャーで連絡を取り合うことになった。
 これでしばらく会えなくなると思うと見送りくらいはしたかったが、転移陣から次々と冒険者が現れるのを見て引き下がった。フレデリックパーティの影響か、いまは他のパーティと関わり合いたい気分ではなかった。

「ダンジョンにいるからにはそうも言ってられないけどねー」

 ウーガさんが言う。
 最初の晩以外は魔豹ゲパールを抱っこしたがる様子は見られないけど、……顔色も悪くはないようなので一先ずは大丈夫そう、かな?

「自惚れるわけじゃないが、レイナルドやグランツェの特訓のおかげでそれなりに実力がついたと思うし、また襲われているパーティがあれば救援に入るしな」
「それはもちろん。危険な目に遭っている人を見つけて放ってなんておけません」
「ん」

 バルドルさんの意見に頷いていたら、エニスさん。

「まぁ問題はここからでもあるがな」

 速度重視で進んで来た此処まではすれ違うパーティも多くなく、野営地が重なることもなかったが、特定の魔物の魔石を目的にしている場合は同じ階層に長期滞在しているパーティが多い。
 そしていま、世界は鳥型の魔物の魔石……とりわけ入手し易い魔の鴎ムエダグットの魔石を求めており、売値がこれまでの5倍だ。
 原因はもちろんメッセンジャーという魔導具。
 これが現実世界ならカモメが絶滅の危機だったに違いない。

魔の鴎ムエダグットの出現階層は23から30階層。速度重視でひたすら進むことを優先しても3泊は他所と野営地が被るだろうな」とドーガさん。
「他のパーティより早めに休んで、早めに出発するのが妥当かな」とクルトさん。

 皆が利用するテントから距離を取れば良いのではと考えたこともあるけど、野営中に……用を足そうと思ったら、やっぱり自分のテントから離れた場所にするじゃない。
 ポツンと一つだけ離れたテントは興味を引いたり、最悪、見張り中の誰かが絡まれる危険もあるわけで、ガラの悪い銀級冒険者が多いことを踏まえると他の目がある場所にいた方が安全と言うことになる。

「それから食事。フレデリックパーティは提供前提だったから警戒しなくて良かったけど、今夜からしばらくは控え目にした方が無難だと思う」
「だよなぁ……考えるだけでレンのご飯が恋しいよ」

 クルトさんの注意にウーガさんが肩を落とす。
 そんなふうに言ってもらえると俺はとても嬉しいし、単純だから「だったら!」ってなる。

「他のパーティにも真似できる範囲なら許容範囲ですよね?」
「まぁ……そう、だな?」

 答えながら首を捻るバルドルさん。
 大丈夫。
 キャンプ飯ならきっと真似できる範囲だから!


 それからしばらくして、9時ごろに合流したのはレイナルドさんとウォーカーさんだった。

「レンの飯が食えない階層に入った途端に交代とかアホか、だとさ」
「あはは」
「判るなぁ」

 自分達と同じような会話が地上でもされていたのかと思うと嬉しいやらこそばゆいやら……。

「でもウォーカーさんは交代してくれたんですね」
「アッシュも継続したいと言っていたが、レンとまた野営飯を作る機会を楽しみにしていたからな」

 言われて、自分が一番最初の野営を経験した時に一緒にご飯を作ったのがウォーカーさんだったことを思い出した。鉄串を使って焼いたら持ち手が熱くなりすぎて食べれなかった失敗が懐かしい。

「さて、随分と待たせてしまって悪かったが行くか」
「ああ」

 自分の装備を再確認し、リュックを背負う。
 全員で最終確認。
 19階層を後にした。




 魔物との戦闘はなるべく避け……というか、積極的に戦うパーティが多くて俺たちを狙う魔物がいなかったと言った方が正しいのかな。
 40階層までは速度重視のうちには非常にありがたい話だが、戦っている冒険者を横目に黙々と歩いて行くのは何だかとても申し訳ない気持ちになってしまう。

「気になる?」

 クルトさんに声を掛けられて、少し迷ってから頷く。

「怪我をしている人とか見ると、少し」
「気持ちは判るが治癒ソワンしに走るなよ」
「……パーティから離れたりしません」
「頼まれれば有料だぞ」
「判ってますっ」

 ムッとして答えたら周りから複数の小さな笑い声。

「大人になったなぁ」
「元から大人ですけどね!」

 笑い声が大きくなって、ウォーカーさんには頭を撫でられた。おかしい。完全に子ども扱いである。
 それから、半日。
 戦闘中のパーティにわざわざ話しかけてまで名前を交換する必要はないらしく、俺たちはひたすら前進あるのみで昼食は第21階層に到着した頃に。
 今日の終わりは22階層の真ん中ぐらい。
 海の方には岩場がぽつぽつと見え始め、これまでは緑の平地もそれなりに広がっていたのに、砂浜の途中からがっつりと森が広がり始めた。

「水の魔石が豊富なパーティだと砂浜にテントを張るが、多くは森の中の、泉の近くだな」
「泉があるんですね……ってことは、いろんな素材も?」
「採れると思うぞ」

 というわけで、今日のキャンプ地は泉の畔に決定した。
 いつもは陽が沈むくらいでストップするが、今日はまだ明るい内に足を止めたこともあり周囲にはまだ一つもテントがない。

「泉の水は必要ないのに一番良い場所を取るのもあれですけど……」
「じゃあせめて端の方にするか?」
「それは夜中に変なものを見るじゃん」
「変……って、えっ、幽霊とかいるんですか⁈」
「ぶふっ」

 思わずウーガさんの話を聞き返したら四方から吹き出す音。

「そうじゃなくて、用を足しに来てる人とか、いろいろ解消したい人とか」
「解消……」
「俺らは個室だけど、普通は仲間との共用テントだからな」
「ぁ……あー……」

 なるほど。
 判った。

「やっぱ子どもだな」
「そうですね!」

 揶揄ってくるレイナルドさんにはイラッとしたけど、今回はさすがに否定出来ない。
 うぐぐっ。
 結局、泉の近くにテントを立てて火を熾し、三脚に金網、食器、ポット。調理台代わりの折り畳みテーブル。
 そうこうしている内にぽつぽつと他のパーティがテントを組み立て始め、バルドルさんが名前を伝え合う。俺はと言えばテントをウーガさんとエニスさんに任せ、クルトさんと二人で薪や木の実、ついでに薬の材料になる素材を集めに森の中へ。
 レイナルドさんとウォーカーさんは、ドーガさんを連れて今日の肉を狩に行っている。この辺には魔法しか効かない魔物もいるからだ。
 さて、冒険者のキャンプ飯その1、材料は現地調達!
 師匠セルリーのおかげで植物にはかなり詳しくなったと自負している。臭み消しや調味料代わりに使える素材はもちろん、美味しい木の実だってバッチリだ。
 クルトさんと二人、袋二つ分の収穫を終えて泉に戻ると、その周りには等間隔に7つのテント。更に泉から少し離れて5つ。

「こんなにたくさんのテントが建っているのは初めて見ました」
「俺もだよ」
「そうなんですか?」
銀級アルジョンダンジョンは初めてだし、鉄級フェ―ルン銅級キュイヴルァでこんなに人数が集まる事はないからね」
「そっかぁ……」

 22階層にいる全員が此処に集まっているわけでもないだろうし、銀級アルジョンダンジョンには人が多いという話を今更ながらに実感する。
 同じ場所にこれだけいれば、そりゃあ問題も起きるだろう。
 泉から水を汲んで、うちと同じように夕飯の支度をしているパーティもあれば、テントの傍で体を拭いている冒険者、怪我の治療をしている冒険者、足を浸している冒険者……。

「足湯?」
「え? あぁ、歩き疲れたから温めているのかもね」

 そういう発想がこっちの世界にもあったことに、単純に驚く。と、まるで心を読んだみたいなクルトさん。

「キクノ大陸の冒険者って、ああいう感じに他がしない事をしてる気がする」
「キクノ大陸!」
「うん。レンくんが一番行ってみたいキクノだよ」

 やっぱり和だ! キクノ大陸は日本風だと確信を強めながら、笑っているクルトさんに「楽しみです!」と意気込んだままのテンションで夕飯の支度を始めたら、ちょっと、うっかり、神力混じりのソースを作ってしまいました。少し疲労回復効果が付与されただけなので気付かないでくれたら良いなって思います。


 その後、レイナルドさん達が狩って来た、猪によく似た魔物の肉を薄切りにして、バーベキューっぽく網で焼くことにした。
 野菜の代わりはスライスした大き目の木の実各種。
 味はおかずとしては微妙だが栄養満点なので、調味したソースを付けて食べてもらう。
 レタスみたいな食べられる大きな葉っぱで包むのもアリ。
 そして主食は飯盒で炊いたご飯!
 おこげもあるよ!

「美味しい……!」
「知識と一手間で、現地調達でもこれだけの飯が食えるのか……」

 
 うんうん、お米だけは持ち込みだけど。
 ちなみに匂いはリシーゾン国の王都でも使われていた消臭の魔導具でシャットアウト中。他のパーティに迷惑は掛けません。
 視線は、ものすごく気になるが。

「見られてますね」
「そりゃぁな。普通は肉なんて丸焼きにして塩振って食べるのが精々だろう」
「中身生焼けで腹を壊すまでがセットな」
「この木の実だって丸齧りしながら不味いって文句言うのが普通だよ。焼いたら果物みたいに甘くなるなんて初めて知った」
「薬師には常識です」
「おまえが勉強家のおかげで俺たちは幸せだな」
「じゃあ、これからも絶対に美味しいものをご馳走しますから生魚への挑戦もお待ちしてますね」
「――」

 全員に目を逸らされた。
 生食への道は遠い……が、ゆっくり攻略していいと言われた40階層以降では一人ででも実食したいと思っている。
 必要なのは釣り竿の準備?
 魔物って釣り竿で釣れるんだろうか……いざとなったら素潜りですね。
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