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第5章 マーへ大陸の陰謀

146.『ソワサント』(4)

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「あれはフォレ国王家の縁者だな」

 神具『野営用テント』のリビングダイニングで、今夜は見張りがお休みのレイナルドさんは神具『住居兼用移動車両』Ex.に帰ろうとした俺を捕まえて、そう切り出した。

「いくら魔石から魔物を顕現できるという情報が各大陸に伝えられたといっても、知って試すまでが早過ぎる。魔豹ゲパールにも最初は驚いたようだが後は普通に接し、自分たちも既に試したことまで明かすあたり、俺たちを巻き込むつもりなのが見え見えだ」
「そう、なんですか」

 さすがに何か変だなとは思ったけど、王家の縁者とかそんな予想までしていない。

「どうしてフォレだと思ったんですか?」

 ダンジョンで行き会ったパーティに、互いに拠点と名を明かすのはダンジョンのルールだが、異なる大陸の場合は大陸名で名乗ることが多い。
 拠点の地名を相手が必ずしも知っているとは限らないからだ。
 そのため「ギァリッグのフレデリックだ」と名乗られたわけで、そこにフォレなんて国名は一度も出なかった。

「王族の縁者だと思った根拠はあるんですか?」
「ギァリッグのダンジョンで魔豹ゲパールが現れるのは2カ所。どちらもフォレ国内で、かつ、この情報を得てから短期間で魔石を試し、必要なものを求めてオセアン大陸まで移動して来られる資金力。あとはロジェって魔法使いの装備と、周囲の警戒度、それらを総合してだ」
「へー……」

 やっぱり知識って大事だし、見る目を養う必要もあるなぁと思う。
 装備って言われても藍色のマントが魔法使いっぽいとしか感じなかった自分が恥ずかしい。

「ん……? 必要なものを求めて……って、そんな話ありましたか?」

 知らないところでしたのかと思って聞いたら、それもレイナルドさんの勘だった。

「ギァリッグ大陸には神銀ヴレィ・アルジャンダンジョンがなく、白金プラティンダンジョンが2カ所、金級オーァルダンジョンが3カ所あるんだが、未踏破はたった一つ、金級オーァルダンジョンだけなんだ」
「え。白金プラティンは踏破済みなのに金級オーァルダンジョンが踏破出来ていないんですか?」
「場所によっては白金プラティンより金級オーァルの難易度が高かったりするもんだ。実際、オセアン大陸の白金プラティンを踏破しているパーティがプラーントゥ大陸の金級オーァルは無理だと諦めた」
「それって、レイナルドさん達が31階層まで進んでいる?」
「ああ。俺たちは魔石から魔物が顕現すると聞いて止まっていた金級オーァルの攻略方法を思いついたが、あいつらも似たような理由でこのダンジョンに挑みに来たんだろう」
「というと……?」
「ここの最下層にいるボスは、巨大なバレヌなんだ。それこそ、背中に乗って海を渡れるんじゃないかってくらいのな」

 バレヌって、確か鯨みたいに見た目をした海洋生物の名前。
 海を渡れる――そう聞いて、まさかって思う。

「ダンジョンの道が海で途切れているってことですか?」
「その可能性もあるって段階だな。踏破されていないダンジョンは何処に道があるのか誰も知らない。試行錯誤するのが最初のパーティの義務であり、楽しむ権利だ」
「試行錯誤を楽しむ……」

 それは、なんというか。

「わくわくしますね……!」
「ははっ」

 思わず身を乗り出したら、レイナルドさんは「心強いな」って笑う。

「話は戻すが、ギァリッグ大陸の未踏破金級オーァルダンジョンの攻略を先導しているのがフォレ国の第4王子なんだよ」
「王子様」
「そ。その関係でフレデリックパーティは此処に送り込まれたんじゃないかってな」
「なるほど……でも、そんな大きなクジラを魔石から顕現出来る人がいるんでしょうか」

 イポポタムっていう、5メートル弱の魔物すらうちのメンバーの誰も顕現出来なかった。
 人を乗せて移動出来るようなクジラならきっとそれ以上の大きさだよね?

「さぁな。それは本人達が確かめるんじゃないか?」
「……でもレイナルドさんも金級オーァルダンジョンを踏破するためにクジラが必要なんですよね?」
「は? ……あぁ誤解させたのか。うちに必要なのは運んでくれる何かじゃないよ。メッセンジャーと……もし可能なら鳥と視界を共有できるような魔導具があればいいな、とは思う」
「魔導具……」
「興味あるか?」
「そう、ですね。まだ実感は湧きませんけど……」

 上空から地上を見下ろしたいと言うならドローンみたいな魔導具があれば良いってことだろうか。鳥と視覚を共有する……視覚の共有……感知スキルの応用??
 頭を悩ませていたら、レイナルドさんが楽しそうに笑うのが聞こえて来た。

「……なぜ笑われたんでしょうか」
「いや……なんかもう、な。おまえ、本当に気を付けろよ。あいつらは優秀な僧侶が欲しいようだし」
「え」
「勧誘されてただろ?」
「……いつ?」
「……そういうところな」
「痛っ」

 今度はおでこを指で弾かれた。

「俺たちがいる事は知らなかったようだし、近付くためだけに仲間を瀕死にする連中でもなさそうだがくれぐれも油断するな。ラトンラヴルが15匹も群れていたのも異常といえば異常だしな」
「はぁい……」

 冒険者の世界には難しいことがたくさんだ。




 レイナルドさんとそんな会話をした翌朝。
 普通を装うために時間が掛かるので神具『住居兼用移動車両』Ex.でゆっくり出来ないことにリーデン様は些か不満そうだったけど、いつも通りに朝5時に目を覚まして折り畳みテーブルを広げていると朝番だったクルトさんとエニスさんが手伝ってくれた。
 まずは朝ごはん。
 昨日のスープの残りとパンで簡単に。
 ちょっと物足りないけどやり過ぎると疑われるので自重……しているつもり。
 つもりったらつもり。
 それから小麦粉、水、塩、卵を捏ねて伸ばして焼いて……途中の工程もクルトさんとエニスさんに手伝ってもらいながら50枚ほどのトルティーヤを準備した。
 具材を切ったり、肉を焼いたり、ソースやドレッシングも簡単なものを調味して並べたら、あとは各自に丸投げ。お好みの具材をトルティーヤで包んで弁当箱に詰めてもらえばOKだ。

「……君達のパーティはいつもこんなに……その、食にこだわるのか」

 フレデリックパーティの朝番だったルイさんが呆然と呟く。

「こだわっているのは俺ですけど、ダンジョンに来る前の下拵えを全員が手伝ってくれるおかげです」
「下拵え……」
「野菜を切ったり生地を捏ねたりですね。美味しい食事は活力になるので手は抜けません」

 キリッと胸を張って答えたが、ルイさんには呆然とされ、エニスさんとクルトさんには失笑された。

「確かに、ご飯が美味しいは大事だね」
「ね!」


 ――というわけで朝ごはんを食べて、お弁当を自分で作って、大騒ぎ。
 肉が足りない、入れ過ぎ、皮が破れたー! って全員がまるで子どもみたいだった。たまにはこういうのもいいんじゃないだろうか。
 怪我をしてずっと意識がなかった二人、ミカエルさんとステファンさんとも自己紹介をし合い、いつもより少し遅れて野営地を出発。なるべく魔物を避けながら、この日は18階層の端まで。
 同じようなことを繰り返し、翌9日の夜には20階層に到着した。

「俺たちのせいで、こんな遅くまで歩かせてしまって申し訳ない……」

 すっかり暗くなった空の下、第20階層の転移陣が敷かれたガゼボの前でフレデリックさんが胸に拳を当てて一礼した。
 まるで騎士みたいな動作を見て先日のレイナルドさんの予想が真実味を帯びる。

「こっちのことは気にしなくて良い」

 バルドルさんが言うも、あちらはそうもいかないらしい。

「ラトンラヴルに襲われて荷物も失くした我々は、君達に助けてもらわなければここまで辿り着けはしなかっただろう。命の恩人だ。礼をしないわけにはいかない」
「どうしてもと言うなら冒険者ギルドに預けておいてくれ。前も言ったが俺たちはいつどこにいるか判らない。プラーントゥ大陸のバルドルパーティだ」

 言い切るバルドルさんからフレデリックさんがスッと視線を移動した先には、俺。
 でも警戒しろと言われ続けている俺はにこっと笑うだけで無言を貫いた。レイナルドさんに怒られるのもイヤだけど、皆に心配をかけるのはもっとイヤだからね。
 心労も増やしたくないし。

「……そうか」

 フレデリックさんは肩を竦める。
 彼の後方に並んでいた他の皆さんも。

「判った。この礼はギルドの方に、だな。しかしまたどこかで会うことがあれば声を掛けるくらいは良いだろう?」
「貸し借りゼロならな」
「ああ」
「ありがとうございました。皆さんがいらっしゃらなければどうなっていたか……」
「どうかお気を付けて」

 ロジェくん、シャルルさん、ルイさん、ステファンさん、ミカエルさん……順番に挨拶を交わし、転移陣の先に消えるフレデリックパーティを全員で見送った。

「……何とか済んだか」

 夜の第20階層、転移陣前。
 自分達以外には人気のなくなった場所で嘆息混じりにバルドルさんが呟く。

「ああ、上等だ。お疲れ」

 ポンと背中を叩いたレイナルドさん。

「なかなか堂に入っていてカッコ良かったわよ」とアッシュさん。
「お疲れ」
「お疲れ様ー」
「もー他所のパーティとかち合うのはイヤだね!」

 エニスさん、ドーガさんと続いて、ウーガさんの叫びに俺も心から同意する。

「普通を装うのって思っていた以上に大変ですね」
「レンくんの考える普通が普通じゃない可能性……」
「えっ」

 クルトさんの容赦ない口撃。
 でも、言った本人も笑っていた。

「それにすっかり馴染んでいる俺たちの判断ももう頼りないけどね」
「だな」

 みんなで同意して一頻り笑った後は、順番に転移陣に魔力を流して登録する。これで入り口から20階層までは瞬時に移動出来るようになった。

「レイナルドさんとアッシュさんは、交代ですか?」

 当初の予定では10階層ごとこに交代だったが、俺たちの進行速度が彼らの想像以上だったこともあり、10階層ではなく10日間前後の交代にしたのだ。

「今日は9日ですし、次の転移陣は問題の30階層です。そこまで一緒ってなると1週間はかかるでしょうし、10日前後で交代なら今ですよね」
「あー……な。どうしたもんかな」
「ダンジョンの中だって言うのに居心地が良過ぎて困るわね」

 美味しいごはんに寝心地の良いベッド。
 更に程良い緊張感。
 外ではマーヘ大陸への警戒を強めている関係でいろいろと不自由なため、俺たちと一緒にダンジョンにいる方が気が楽、っていうのが二人の本音だと思う。

「ゲンジャルさん達にずるいって言われますよ」
「それな」

 他人事みたいに笑って肩を竦める。

「とりあえず一つ戻って19階層で野営だ。出るか残るかは明日決めよう」
「了解」
「ご飯は何にしますか? 個人的には白米が食べたいんですが」
「俺も白ご飯が良い! あと唐揚げ」

 ウーガさんが賛成してくれて、クルトさんも。

「手伝うよ。唐揚げは最近うまく揚げられるようになった気がする」

 うんうんと頷きながら来た道を戻って第19階層。
 神具『野営用テント』を広げ、見張り番のための火を起こし、周囲を警戒するも自分達以外の人気は無い。

「久々の解放感だ」
「ほんと」

 いつになく浮かれた気分になってしまうのは久々の解放感ももちろんあったけど、明日からは常に人目を気にしなければいけない事を判っていたからだ。
 何せ此処は転移陣のある階層の一歩手前。
 第20階層から挑戦を再開する冒険者達が朝早くから続々と入場して来ることは、皆が判っていた。
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