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第5章 マーへ大陸の陰謀

143.『ソワサント』(1)

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 初めて訪れた銀級アルジョンダンジョンは、メール領内の海岸沿いに入り口を擁する『ソワサント』になった。
 トゥルヌソルでは森の中に入り口があったように、ここは海岸沿いの、時間帯によっては海水に浸るだろう場所にどどんと存在する空間の歪み入り口はうっかり迷い込む一般人がいないようにしっかりと囲われ、すぐそばの砂浜には管理小屋。冒険者ギルドから派遣されている職員が4名常駐していると言う。
 1月1日午後4時。
 もう間も無く日が沈もうと言う時間から入場するパーティは他になく、俺たちは到着早々に手続きを済ますことが出来た。

「レイナルドパーティとバルドルパーティ、合わせて8名ですね。代表者は……銀級のバルドルさんでお間違いないですか?」

 職員の質問にレイナルドさんとバルドルさんが目を合わせて頷き合う。

「そうだ、代表者は俺でこの2名がうちと同行する」
「俺たちは新人の見送り兼魔石狩りだ」
「承知致しました。期間はどれくらいを予定されていらっしゃいますか?」
「とりあえず20日間だが、延長する場合にはレイナルドが代理申請を行う」
「わかりました、では代理申請の委任状です。こちらにバルドルさん、そしてこちらにレイナルドさんの署名と証紋をお願い致します」
「ああ。それと、俺が申請した後に、また期間延長の申請をする可能性があるんだが……」
「20日間の後に延長して、更にですか……?」

 職員さんはとても理解出来ませんって顔で二人を見返したものの、ダメとは言えない。
 戸惑いつつも別の書類を準備したが、その際には必ずバルドルさんの同席が必要だと言われたので、だったらバルドルさんが自分で言いに来るということになった。
 そりゃそうだ。

「なるほどな、言われてみればリーダーがバルドルなんだから代理人が変わる時にも同席が必要か」
「だな……」

 踏破まで出て来ないと決めたが銀級アルジョンは初めてだから期間が読めず、その都度、期間延長の申請を行えば良いとは言ったが、それを二度繰り返した経験はさすがのレイナルドさんにもなかったわけで。
 また一つ勉強になったなと思う。
 というわけで、一先ず延長申請一回分の代理手続きだけを勧め、ネームタグで証紋を捺印。
 それから全員がダンジョンへの入場資格を満たしているか確認されるわけだが、自分の番を待つ間にコソッとクルトさんに近付いた。

「体、本当に大丈夫ですか?」
「レンくんのおかげで、全く問題ないよ」

 小声で言い合うのは他に知られませんようにと思ってだが、師匠セルリーから聞いたことですっかり耳年増になってしまった俺はクルトさんが心配で仕方がない。
 本気の治癒ソワンで不調なんてないようにしたつもりだけど、その、順番的には男体のままのアレだったはずだし。

「何かあったらすぐに言って下さいね?」
「うん。ありがとう」
「では皆さん、行ってらっしゃい!」
「行くぞー!」
「はい!」

 諸々の手続きを終え、いよいよ初めての銀級アルジャンダンジョンに足を踏み入れた。




 バルドルさん、エニスさん、ウーガさん、ドーガさん、クルトさん、それから俺という初挑戦6人と、基本的に口出しせずに後ろから付いていくという金級冒険者のレイナルドさんとアッシュさん。
 まずはこの8人で出発する。
 靴が海水に濡れないよう注意しながらダンジョンに入ると、ほんの僅かに空気の揺れみたいなものを感じ、前方に続いていた波打つ砂浜という景色が随分と遠くまで延びて見えるようになった。
 右手側にはトゥルヌソルのダンジョンでも見た真っ白なガゼボ。
 その下、足元の転移陣。

「今回は俺達全員が順番に、だな」

 そう言ったバルドルさんの表情は、緊張のためかほんの少し硬かった。
 そっか、今回は俺のための挑戦ではなくて、6人全員の初挑戦。そう実感すると今までにないわくわく感で胸が熱くなる。
 俺も精一杯役に立てるよう頑張ろう……って、あ!

「あの、トゥルヌソルでは使用禁止だった応援領域クラウーズはどうしますか?」

 いま思い出して確認すると、パルドルパーティとクルトさんも「あ!」って。

「……とりあえず『無し』でどうだ?」
「賛成」
「魔物の強さを見て解禁するかどうか決めよう」
「判りました」

 出入口の転移陣に、順番に魔力を流していきながら「使わない」で全員一致。そうと決まれば俺は僧侶の戦いをするだけだ。
 6人全員の登録を終えて、改めて周囲を見渡す。
 さっきまでは見えていたギルド職員の小屋がなくなった代わりにずっと遠くまで延びた砂浜。その幅は10メートルくらいだろうか。
 陽が沈む時間帯だということもあって、左には太陽の姿はないのに夕焼けの色に輝く海、右には若々しい緑色の芝の大地が広がっている。

「このダンジョンの季節は春ですか?」
「そうだよー」

 頷いたのは事前に情報を集めてくれているウーガさん。

「だから海の生き物はもちろんだけど虫系の魔物も多いし、鳥型、獣型の魔物もかなり活発。もちろん海からも飛んできたりするから要注意だよ」
「海から……ということは、魚系ですねっ?」

 刺身か寿司か!
 他の皆とは違うところを気にしている自覚はあるが、異世界に転移して2年半。神具『住居兼用移動車両』Ex.でスキル「通販」を使えば魚の切り身は購入出来るから調理は出来たんだけど、生魚は全くと言っていいほど食べれていない。
 何せリーデン様も、火を入れたら食べてくれるのに、生で食べようとすると目を逸らすからだ!
 好きな人に不快な思いをさせるのはイヤだし、ご飯は一緒に食べたいしで、我慢するしかなかった。
 それでも寿司が食べたい、刺身が食べたいと言っているのをクルトさん達は知っている。

「まだ諦めてなかったんだね……」
「日本の食文化ですよ! 諦められませんっ」
「あー……まぁ、頑張れ」

 とても生暖かい目で応援されてしまった。
 うん、もちろんクルトさん達にも無理強いするつもりはないので、隅の方で、こそっと、頂きたいと思っている。

「レン、あれがオセアンの塩を作っている作業場だ」
「おお!」

 トゥルヌソルのダンジョンでは畑だった場所が、この海岸沿いのダンジョンでは製塩場だった。海水を煮詰めたら塩の結晶が取り出せる、くらいの知識しかないためどこで何をしているのかはさっぱりだが、たくさんの人たちが忙しそうに動き回っているのは判るし、やはり魔物から工場を守るための冒険者の姿もある。

銀級アルジョン以上は天候が悪いところもあるって聞いてましたけど、ここは穏やかなんですね」
「そ。しかも海からこれだけの近距離だからね」

 そういう意味では実に恵まれた環境だと思う。

「さて、夕方から入場するのは珍しいし、しばらくは他所のパーティと遭遇することもないと思うが、気ぃ引き締めて行けよ」
「はい!」

 レイナルドさんの言葉に、俺たちは大きく頷いた。


 初日はすぐに陽が沈む時間だったこともあり、海岸沿いをひたすら歩いて製塩場が見えなくなったあたりで神具『野営用テント』を顕現した。
 いままで踏破してきたダンジョンでもそうだったが第1階層は常駐している警備専門の冒険者によって魔物が倒されているため、戦闘になることはほとんどない。

「今回も分担はいつも通りだ。料理担当のレン、補佐でクルト。周りに他のパーティがいる時は必ず外で調理するようにな」
「気を付けます」
「俺たち四人は環境整備。周辺警戒と情報収集。変な連中を二人に近づけないようにするぞ」
「あ」
「ん?」
「師匠が、ウーガさんとドーガさんも気をつけるようにって言ってました」
「えっ」
「マジで?」

 驚いた顔をするドーガさんと、面白がるウーガさん。兄弟なのに反応が違いすぎて、俺も少し笑ってしまう。

「若いだけで美味しそうに見えるそうですよ」
「うはははっ、マジか!」
「笑い事じゃねぇだろバカ兄貴!」

 ベシンッと後頭部を叩かれても笑っているウーガさんに、バルドルさんとエニスさんは呆れながらも納得顔。

「言われてみれば年齢は確かに若いな」
「21と23か……おまえらにその気になるヤツがいるとは考え難いがセルリーさんの助言は素直に受け取ろう。おまえらも他のパーティがいる時はテントから離れないようにしろ」
「……なんだろう、すげぇ複雑な気分」
「はいはぁい」

 ウーガさんが明るすぎて、苦虫を噛み潰したような顔になるドーガさんが気の毒に思えて来た。

「師匠から念のためにって魔豹ゲパールの魔石を二つ渡されたんです。心配な時は全部で3頭出せますから言ってくださいね」

 前のめりに訴えたら、みんなは目を瞬かせた後で相好を崩す。

「あぁその時は頼む」
「ただし普通の、な」
「もちろんです」
「用を足しにテントを離れる必要がないから、基本的には問題なさそうだけどな……万が一の時はテントに逃げ込んでしまえば見えなくなるんだろ?」
「ですね。入口は一つですけど、登録済みのメンバーと、それ以外だと入る場所が違うので」

 そこは神具の不思議でみんなには納得してもらっている。
 ついでにテント本体が多少の攻撃じゃ傷付かないのも確認済みだ。

「夜の見張りについては、しばらくはいつも通りにするとして、他のパーティが一緒になった場合は組み合わせを変えよう」
「その見張りには俺たちも入れとけ」
「――いいのか?」
「もちろんだ。戦闘には口も手も出さないが、食事の準備や見張りといった役割分担には入れてくれ」

 バルドルさんとレイナルドさんの会話に、横からエニスさん。

「ならレンを夜間の見張りから外して食事係専任にしよう。夕飯もそうなのに、朝5時から起きて朝飯と昼の弁当まで作ってくれているんだ、いいだろう」
「あらまぁレンったらそんなことまでしているの?」
「お弁当があると簡単にしっかりと食べられるんです。それって一日に進める距離に思いっきり影響してくるんですよ」

 アッシュさんは驚いているけれど、特に銅級キュイヴルァダンジョンは限られた期間で踏破するという目標があったから歩きながらでもしっかりと食べられるお弁当はとても重要だったんだ。

「そう、だな……うちもだが、グランツェパーティも料理が得意な奴がいるって話を聞かないし今後も食事関係はレンの世話になるのが目に見える」

 後で聞いたらグランツェパーティは得意な人がいないだけで、まともなご飯は全員が作れたのだけど、ダンジョンという環境下でどこまで炊事をするかと言うと、料理番は俺が適任ということになった。

「ってことはレンを抜いて7人、2人一組の3交代、1人は休みでどうだ」
「良いんじゃないか」
「それだと体に優しくていいわ……ふふっ。普通はパーティの人数が増えるほど大変になるものなんだけど、このテント一つあるだけで人数が増えるほど楽になりそうね」
「だろうなぁ。周囲に対して多少の誤魔化しは必要になるが、風呂トイレ付の個室にはベッドだし、17人分の食料がほぼ無制限で持ち込めるし……改めて考えても、とんでもないな」

 アッシュさんとレイナルドさんが恐ろしい物でも見るような声でそんなことを言うけど、だったら俺は最初と同じことをもう一度言わせてもらう。

獄鬼ヘルネルを斃して回るご褒美だと思えばいいんです。マーヘ大陸がどうにかなっても獄鬼ヘルネルがいなくなるわけじゃないんですし、俺たちは世界を廻って各地で獄鬼ヘルネル退治するんでしょう?」
「それに一晩これで過ごしたら、もう他のテントでなんてダンジョンに挑めなくなるぞ」
「……だよなぁ」

 ため息交じりの反応に、俺たちは全員で声を上げて笑った。
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