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第5章 マーへ大陸の陰謀
142.借りを返す
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12月の30日。
午後になって俺たちの船が帝都ラックの港に戻って来た。
それまで初のダンジョンに向けて準備を進めて来た俺達はもういつでも出発出来る状態だったが、船のスタッフさん達はそうもいかないため、一先ず半日だけお休みを取ってもらい、明日出発。ゆっくりとした休養は俺たちがダンジョン攻略中に取ってもらう事にした。
だから今後の予定としては明日、12月の31日の夕方から銀級ダンジョンに入場。
その際に期間は20日間で申告するが、レイナルドさん達が交代する際に延長を申し入れる形で踏破まで籠りっきりでいられることになった。
「俺は19日に外に出て帝都に戻るが、船はすぐに戻す。おまえたちは、おまえたちのタイミングで戻って来い」
「はい」
帝都で催される国際会議は1月の20日から23日までの4日間で、翌24日には各大陸の代表者たちが進捗を伝えるべく帰国することになる。
月末までにマーヘ大陸は結論を出し、回答。
その内容次第で、2月末には開戦だ。
「遅くても2月上旬には戻りたいですね」
「銀級ダンジョンは全45階層。40階層くらいまでは速度重視、残り5階層で初の銀級を楽しめばいい。悪い連中がいるのは大半が中層だからな」
破落戸も命は惜しいので魔物が強くなる下層には入り浸らないそうだ。
だから人相手に一番気を付けないと行けないのは転移陣のある30階層。そういえば師匠に銀級ダンジョンに挑戦する事になったと報告したら「あなたは本当に予定通りにはいかないわね」と苦笑された。
レイナルドさん達が一緒なら大丈夫だろうと言いつつ魔豹の魔石を2つ「持っていきなさい」と渡してくれた。
――夜。
いつも通りに神具『住居兼用移動車両』Ex.に戻ってリーデン様と会話しながらダンジョンに向かう装備の最終確認。
***
名前:木ノ下 蓮(キノシタ レン)
年齢:14(27)
性別:男/雌体
職業:旅の僧侶/銀級冒険者
踏破数:鉄級3/銅級1/銀級0/金級0/白金級0/神銀級0
状態:良好
所持金:22,841,894G
スキル:言語理解/天啓/幸運Ex./通販
所持品:神具『懐中時計』
神具『住居兼用移動車両』Ex.
神具『野営用テント』
メッセンジャー(×6)
魔豹の魔石(×3)
装備品:プレリラソワのマント(魔導具)
僧侶の籠手
檜の棒
アンブルエカイユの胸当て
ポゥの羽靴(魔導具)
加護:主神リーデンの加護
異世界の主神カグヤの加護
異世界の主神ヤーオターオの加護
下級神ユーイチの加護
僧侶技能:応援領域
鼓舞
治癒
拘禁
状態異常解除(不完全)
完全治癒(不完全)
浄化
精査
結界
特殊技能:索敵
気配感知
魔力感知
獄鬼感知
調薬可能:初・中・上級体力回復薬
初・中・上級魔力回復薬
初・中・上級治癒薬
初・中・上級状態異常回復薬
造血剤
麻酔
鎮痛剤
解熱剤
魔力酔い緩和薬
魔力欠乏症緩和薬
精神安定剤
筋肉弛緩剤
睡眠薬
媚薬
発情抑制剤
***
「こう見るとずいぶんと出来る事が増えましたね……」
「そうだな」
ステータス画面のスクロールを動かしながら確認していると、後ろから覗き込んだリーデン様が同意してくれる。俺の自己評価が低すぎるという彼の一存で自覚すべき項目の増えた画面には、この2年半の自分の成長がしっかりと記録されていた。
そして……。
「いくらなんでも預金が増え過ぎじゃありませんか……?」
メッセンジャーもそうだけど、リーデン様の角を使っている獄鬼除けがとんでもない価格で他の大陸に売られているのを目の当たりにして恐ろしくなってくる。
超級どころか、正真正銘の神級素材だから当然なのかもしれないけど、心臓に悪い。
「そろそろ新しい神具を開発するか」
「……グランツェパーティにテントをもう一個は無理ですか?」
「おまえの手を離れるものはダメだ」
「んー……」
となると、本当に思いつかない。
いま一番欲しいのは自分の調薬部屋だけど、それは玄関横の空いている部屋で充分だし器具もロテュスで入手出来る普通のものが良い。
「ところで抑制剤が必要な友人はどうしている?」
「……俺もとっても気になっています」
28日にバルドルさんを焚き付けて以降、二人の関係がどうなったという話は聞いていない。発情期の事もあるし、抑制剤だけはリーデン様にレシピを確認して準備したから渡そうと思えばいつでも渡せるのだが、俺の判断で行動するのもなぁと腰の容量拡張型ポシェットに入れたままにしてある。
「顔色が悪く見えたので心配しているんですけど、バルドルさんを焚き付けた手前、口を出し難いと言うか」
「ふむ……」
リーデン様は、いつもと同じように俺には見えない何かを手元で操作し、難しそうな顔で唸る。
「発情が更に遅くなるのは避けた方がいいぞ」
「だと思います。……それこそレイナルドさんたちにも伝えて数日から一週間……バルドルさんを頼ってくれれば二日間くらいだって言ってましたけど、それでも予定をずらさないとダメじゃないかと」
「……そうではないんだが」
俺でさえレイナルドさん達に一週間の休みを言いたくなかったのに、クルトさんにはどれほどのストレスになるだろう。発情期があるからって態度が変わる人たちじゃないと信じているけど、クルトさん自身がどう感じるかは彼にしか判らない。
そう思って話したのに、リーデン様の懸念はそこじゃなかったらしい。
「レン」
「はい」
「おまえが心配している友人は、七日間意識不明だったあの時におまえをここに運んだリス科の男だな」
「ですね」
「ならば借りを返そう」
「はい?」
「番候補の男は水魔法が使えるか?」
「え、ぁ、確か光属性です」
急に真顔の早口になったリーデン様にびっくりしつつ、番候補の男はバルドルさんで間違いないはずだと思いながらその属性を思い出す。
「光か……水に魔力を溶かすのは素人には難しいか。となると他の方法だが……」
「何を悩んでいるんですか?」
「番候補の男の魔力をリス科の友人に含ませる方法だ。レンや、おまえの師ならば水に魔力を溶かすのも簡単だろうが、普通の冒険者には難しい」
「でしょうね」
水に魔力を溶かすなんて薬師や錬金術師の領分だ。
戦闘が主な冒険者には一生縁がないと言っても過言ではない技だ。
「水属性の魔法が使えるのなら魔法で出した水を飲ませれば済んだが……」
「あー……、でも体液に……いえ、何でもないです」
信頼を積み重ねている最中に手は出さないと言っていたのを思い出して口を閉ざすが、リーデン様も一番簡単な方法を考えないわけがないのだ。
「それが可能ならそれで良いが」と苦笑している。
「でも急にどうしてですか」
「おまえの友人の発情期がとうに過ぎているようだからな」
「な……えっ?」
「頑なにダメだ、ダメだと自己暗示のような手段で抑え込んでいるようだが、あれでは限界を超えた時に襲ってくる発情の昂ぶりで死ぬ危険も」
「ちょ……リーデン様そこ詳しく!!」
慌てて問い質したら、クルトさんはやっぱり一人であれこれと思い悩んで周りに迷惑を掛けまいとしているらしくバルドルさんにすら頼れない。
抑えて、抑えて、体調の変化に気付きながらも更に抑えて。
それでも消えることのない欲求は膨張を続け、いつかは器を壊す、と。
リーデン様が珍しく俺以外の事に目を向けたのは、さっき言っていた「借り」もあるけど、クルトさんが俺の友人だからで、ずっと心配していることを知っていたからだ。
「抑制剤が必要だって言ってくれれば……」
抑制剤も抑え込むという意味では同じだけど、これは発情期を迎えた上で日常生活に支障を来さない範囲に抑え、夜にでも一人で処理してねって話になる。
クルトさんには説明したし、バルドルさんに頼れないなら、せめて俺には頼って欲しかった。
「いまから使っても効果は無いだろうな」
「じゃあどうしたらいいんですか!」
「発散させるしかあるまい。だから魔力を含ませる方法を考えている」
「なんで魔力を……」
「発情はどうして来るか判るか?」
「どうして……え。あ。子ども……?」
「そうだ。獣人は発情が来なくとも妊娠可能だが、先祖返りでそれが来る個体はいまが一年で最も適した時期だと自身に知らせている。子孫を残すための本能だな」
「でも、クルトさんは男性ですよ? 子孫云々は判りますけど妊娠は無理でしょう?」
「心と体の性が一致しない例は幾らでもあるし、……この場合は魂の流転の際の不具合だろう」
「不具合……」
そう言われてしまうと、その解消のための最適解を見つけ出すしかなく。
この場合の最適解は……。
「妊娠するには二つの魔力がバランスよく混じる事が求められる。いまの状態で他人の魔力が体内に混じれば間違いなく発情するだろう」
「他人の魔力でいいなら俺が」
「おまえは」
ぐいっと頭のてっぺんを掴まれてリーデン様の方を向かせられる。
「俺がおまえ以外の誰かに欲情するのを見たいか?」
「え……」
言われて、誰か……スタイル抜群で綺麗な女性がリーデンに寄り添う姿を想像して……。
「判ったならいい」
「え?」
「泣きそうな顔をしている」
「っ……」
まさかと自分で自分の顔を触ってみるが、よく判らない。ただ、ものすごくイヤな気持ちになったのは確かだ。
「さっきの表情は悪くなかったがな」
「リーデン様っ」
「くくっ」
また揶揄われた!
でもいまはそれどころじゃない。他人の魔力でどうこうされるのが嫌ならバルドルさんに頑張ってもらうしかないではないか。
「魔力って体液にも混じってるんですよね?」
「ああ」
「じゃあキスにも含ませられますよね?」
「そうだな、程度によっては」
つまり深いのならイケるってこと!
命が懸かっているのだ、信頼も大事だけど多少の強引さは必要だと思う。
「バルドルさんに話して来ますっ、この時間なら船にいるはずなので」
「船?」
「明日出発だから夜の内に船に移動しておくことになっているんです」
「そうか。ならば伝えてやれ。借りを返してやるから落ち着いたら此処に来いと」
「此処に?」
「言っておくが玄関までだ、それ以上先には進ません」
「いえ、そうじゃなく……借りを返すってどうやってですか?」
「それは後でのお楽しみだと言いたいところだが、……そうだな。おまえの友人が、一番叶えたい望みを番候補の男に正直に言えたら叶えてやることにしよう」
言って、リーデン様は意味深に微笑んだ。
その後のあれこれが、どこまでリーデン様の思惑なのかは正直よく判らない。
主神様は見守るだけで直接的にロテュスに関与する事は禁止されているはずだし、実際、リーデン様はずっと神具『住居兼用移動車両』Ex.にいたからだ。
ただ、ローズベリーさまから「ミッションコンプリートですぅ」と一度だけテレビ電話があったことと、12月の31日が「この季節にはよくある事だが、今日は海が荒れて船が出せない」と言われるくらい風が強くて波が激しかったこと。
急遽お休みになったその日を、俺はリーデン様とお菓子作りをして過ごし、天界への差し入れを完成させると同時にダンジョン攻略中のデザートを増やせたこと。
それから、翌1月の1日の船の移動中にクルトさんとバルドルさんが玄関に来た。俺は席を外すよう言われたから二人とリーデン様が何を話したのかは知らないが、二人が正式な恋人同士になったと報告をもらったのは、そのすぐあと。
治癒を頼まれ、しかも『避妊薬』を幾つか頼まれたのは間違いなく事実である。
***
読んで頂きありがとうございます。
その夜に何があったのかは第5章が終わった後(10日後くらいに文字数次第)の閑話か、短編で、お届け予定です。
午後になって俺たちの船が帝都ラックの港に戻って来た。
それまで初のダンジョンに向けて準備を進めて来た俺達はもういつでも出発出来る状態だったが、船のスタッフさん達はそうもいかないため、一先ず半日だけお休みを取ってもらい、明日出発。ゆっくりとした休養は俺たちがダンジョン攻略中に取ってもらう事にした。
だから今後の予定としては明日、12月の31日の夕方から銀級ダンジョンに入場。
その際に期間は20日間で申告するが、レイナルドさん達が交代する際に延長を申し入れる形で踏破まで籠りっきりでいられることになった。
「俺は19日に外に出て帝都に戻るが、船はすぐに戻す。おまえたちは、おまえたちのタイミングで戻って来い」
「はい」
帝都で催される国際会議は1月の20日から23日までの4日間で、翌24日には各大陸の代表者たちが進捗を伝えるべく帰国することになる。
月末までにマーヘ大陸は結論を出し、回答。
その内容次第で、2月末には開戦だ。
「遅くても2月上旬には戻りたいですね」
「銀級ダンジョンは全45階層。40階層くらいまでは速度重視、残り5階層で初の銀級を楽しめばいい。悪い連中がいるのは大半が中層だからな」
破落戸も命は惜しいので魔物が強くなる下層には入り浸らないそうだ。
だから人相手に一番気を付けないと行けないのは転移陣のある30階層。そういえば師匠に銀級ダンジョンに挑戦する事になったと報告したら「あなたは本当に予定通りにはいかないわね」と苦笑された。
レイナルドさん達が一緒なら大丈夫だろうと言いつつ魔豹の魔石を2つ「持っていきなさい」と渡してくれた。
――夜。
いつも通りに神具『住居兼用移動車両』Ex.に戻ってリーデン様と会話しながらダンジョンに向かう装備の最終確認。
***
名前:木ノ下 蓮(キノシタ レン)
年齢:14(27)
性別:男/雌体
職業:旅の僧侶/銀級冒険者
踏破数:鉄級3/銅級1/銀級0/金級0/白金級0/神銀級0
状態:良好
所持金:22,841,894G
スキル:言語理解/天啓/幸運Ex./通販
所持品:神具『懐中時計』
神具『住居兼用移動車両』Ex.
神具『野営用テント』
メッセンジャー(×6)
魔豹の魔石(×3)
装備品:プレリラソワのマント(魔導具)
僧侶の籠手
檜の棒
アンブルエカイユの胸当て
ポゥの羽靴(魔導具)
加護:主神リーデンの加護
異世界の主神カグヤの加護
異世界の主神ヤーオターオの加護
下級神ユーイチの加護
僧侶技能:応援領域
鼓舞
治癒
拘禁
状態異常解除(不完全)
完全治癒(不完全)
浄化
精査
結界
特殊技能:索敵
気配感知
魔力感知
獄鬼感知
調薬可能:初・中・上級体力回復薬
初・中・上級魔力回復薬
初・中・上級治癒薬
初・中・上級状態異常回復薬
造血剤
麻酔
鎮痛剤
解熱剤
魔力酔い緩和薬
魔力欠乏症緩和薬
精神安定剤
筋肉弛緩剤
睡眠薬
媚薬
発情抑制剤
***
「こう見るとずいぶんと出来る事が増えましたね……」
「そうだな」
ステータス画面のスクロールを動かしながら確認していると、後ろから覗き込んだリーデン様が同意してくれる。俺の自己評価が低すぎるという彼の一存で自覚すべき項目の増えた画面には、この2年半の自分の成長がしっかりと記録されていた。
そして……。
「いくらなんでも預金が増え過ぎじゃありませんか……?」
メッセンジャーもそうだけど、リーデン様の角を使っている獄鬼除けがとんでもない価格で他の大陸に売られているのを目の当たりにして恐ろしくなってくる。
超級どころか、正真正銘の神級素材だから当然なのかもしれないけど、心臓に悪い。
「そろそろ新しい神具を開発するか」
「……グランツェパーティにテントをもう一個は無理ですか?」
「おまえの手を離れるものはダメだ」
「んー……」
となると、本当に思いつかない。
いま一番欲しいのは自分の調薬部屋だけど、それは玄関横の空いている部屋で充分だし器具もロテュスで入手出来る普通のものが良い。
「ところで抑制剤が必要な友人はどうしている?」
「……俺もとっても気になっています」
28日にバルドルさんを焚き付けて以降、二人の関係がどうなったという話は聞いていない。発情期の事もあるし、抑制剤だけはリーデン様にレシピを確認して準備したから渡そうと思えばいつでも渡せるのだが、俺の判断で行動するのもなぁと腰の容量拡張型ポシェットに入れたままにしてある。
「顔色が悪く見えたので心配しているんですけど、バルドルさんを焚き付けた手前、口を出し難いと言うか」
「ふむ……」
リーデン様は、いつもと同じように俺には見えない何かを手元で操作し、難しそうな顔で唸る。
「発情が更に遅くなるのは避けた方がいいぞ」
「だと思います。……それこそレイナルドさんたちにも伝えて数日から一週間……バルドルさんを頼ってくれれば二日間くらいだって言ってましたけど、それでも予定をずらさないとダメじゃないかと」
「……そうではないんだが」
俺でさえレイナルドさん達に一週間の休みを言いたくなかったのに、クルトさんにはどれほどのストレスになるだろう。発情期があるからって態度が変わる人たちじゃないと信じているけど、クルトさん自身がどう感じるかは彼にしか判らない。
そう思って話したのに、リーデン様の懸念はそこじゃなかったらしい。
「レン」
「はい」
「おまえが心配している友人は、七日間意識不明だったあの時におまえをここに運んだリス科の男だな」
「ですね」
「ならば借りを返そう」
「はい?」
「番候補の男は水魔法が使えるか?」
「え、ぁ、確か光属性です」
急に真顔の早口になったリーデン様にびっくりしつつ、番候補の男はバルドルさんで間違いないはずだと思いながらその属性を思い出す。
「光か……水に魔力を溶かすのは素人には難しいか。となると他の方法だが……」
「何を悩んでいるんですか?」
「番候補の男の魔力をリス科の友人に含ませる方法だ。レンや、おまえの師ならば水に魔力を溶かすのも簡単だろうが、普通の冒険者には難しい」
「でしょうね」
水に魔力を溶かすなんて薬師や錬金術師の領分だ。
戦闘が主な冒険者には一生縁がないと言っても過言ではない技だ。
「水属性の魔法が使えるのなら魔法で出した水を飲ませれば済んだが……」
「あー……、でも体液に……いえ、何でもないです」
信頼を積み重ねている最中に手は出さないと言っていたのを思い出して口を閉ざすが、リーデン様も一番簡単な方法を考えないわけがないのだ。
「それが可能ならそれで良いが」と苦笑している。
「でも急にどうしてですか」
「おまえの友人の発情期がとうに過ぎているようだからな」
「な……えっ?」
「頑なにダメだ、ダメだと自己暗示のような手段で抑え込んでいるようだが、あれでは限界を超えた時に襲ってくる発情の昂ぶりで死ぬ危険も」
「ちょ……リーデン様そこ詳しく!!」
慌てて問い質したら、クルトさんはやっぱり一人であれこれと思い悩んで周りに迷惑を掛けまいとしているらしくバルドルさんにすら頼れない。
抑えて、抑えて、体調の変化に気付きながらも更に抑えて。
それでも消えることのない欲求は膨張を続け、いつかは器を壊す、と。
リーデン様が珍しく俺以外の事に目を向けたのは、さっき言っていた「借り」もあるけど、クルトさんが俺の友人だからで、ずっと心配していることを知っていたからだ。
「抑制剤が必要だって言ってくれれば……」
抑制剤も抑え込むという意味では同じだけど、これは発情期を迎えた上で日常生活に支障を来さない範囲に抑え、夜にでも一人で処理してねって話になる。
クルトさんには説明したし、バルドルさんに頼れないなら、せめて俺には頼って欲しかった。
「いまから使っても効果は無いだろうな」
「じゃあどうしたらいいんですか!」
「発散させるしかあるまい。だから魔力を含ませる方法を考えている」
「なんで魔力を……」
「発情はどうして来るか判るか?」
「どうして……え。あ。子ども……?」
「そうだ。獣人は発情が来なくとも妊娠可能だが、先祖返りでそれが来る個体はいまが一年で最も適した時期だと自身に知らせている。子孫を残すための本能だな」
「でも、クルトさんは男性ですよ? 子孫云々は判りますけど妊娠は無理でしょう?」
「心と体の性が一致しない例は幾らでもあるし、……この場合は魂の流転の際の不具合だろう」
「不具合……」
そう言われてしまうと、その解消のための最適解を見つけ出すしかなく。
この場合の最適解は……。
「妊娠するには二つの魔力がバランスよく混じる事が求められる。いまの状態で他人の魔力が体内に混じれば間違いなく発情するだろう」
「他人の魔力でいいなら俺が」
「おまえは」
ぐいっと頭のてっぺんを掴まれてリーデン様の方を向かせられる。
「俺がおまえ以外の誰かに欲情するのを見たいか?」
「え……」
言われて、誰か……スタイル抜群で綺麗な女性がリーデンに寄り添う姿を想像して……。
「判ったならいい」
「え?」
「泣きそうな顔をしている」
「っ……」
まさかと自分で自分の顔を触ってみるが、よく判らない。ただ、ものすごくイヤな気持ちになったのは確かだ。
「さっきの表情は悪くなかったがな」
「リーデン様っ」
「くくっ」
また揶揄われた!
でもいまはそれどころじゃない。他人の魔力でどうこうされるのが嫌ならバルドルさんに頑張ってもらうしかないではないか。
「魔力って体液にも混じってるんですよね?」
「ああ」
「じゃあキスにも含ませられますよね?」
「そうだな、程度によっては」
つまり深いのならイケるってこと!
命が懸かっているのだ、信頼も大事だけど多少の強引さは必要だと思う。
「バルドルさんに話して来ますっ、この時間なら船にいるはずなので」
「船?」
「明日出発だから夜の内に船に移動しておくことになっているんです」
「そうか。ならば伝えてやれ。借りを返してやるから落ち着いたら此処に来いと」
「此処に?」
「言っておくが玄関までだ、それ以上先には進ません」
「いえ、そうじゃなく……借りを返すってどうやってですか?」
「それは後でのお楽しみだと言いたいところだが、……そうだな。おまえの友人が、一番叶えたい望みを番候補の男に正直に言えたら叶えてやることにしよう」
言って、リーデン様は意味深に微笑んだ。
その後のあれこれが、どこまでリーデン様の思惑なのかは正直よく判らない。
主神様は見守るだけで直接的にロテュスに関与する事は禁止されているはずだし、実際、リーデン様はずっと神具『住居兼用移動車両』Ex.にいたからだ。
ただ、ローズベリーさまから「ミッションコンプリートですぅ」と一度だけテレビ電話があったことと、12月の31日が「この季節にはよくある事だが、今日は海が荒れて船が出せない」と言われるくらい風が強くて波が激しかったこと。
急遽お休みになったその日を、俺はリーデン様とお菓子作りをして過ごし、天界への差し入れを完成させると同時にダンジョン攻略中のデザートを増やせたこと。
それから、翌1月の1日の船の移動中にクルトさんとバルドルさんが玄関に来た。俺は席を外すよう言われたから二人とリーデン様が何を話したのかは知らないが、二人が正式な恋人同士になったと報告をもらったのは、そのすぐあと。
治癒を頼まれ、しかも『避妊薬』を幾つか頼まれたのは間違いなく事実である。
***
読んで頂きありがとうございます。
その夜に何があったのかは第5章が終わった後(10日後くらいに文字数次第)の閑話か、短編で、お届け予定です。
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