生きるのが下手な僕たちは、それでも命を愛したい。

柚鷹けせら

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第5章 マーへ大陸の陰謀

140.今後の予定を話し合う時が来ましたが

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 翌日の俺は無事にオセアン大陸の帝都ラックの城内にいた。
 いや、無事にというと語弊がありそうだけど、リーデン様手ずからの『雌雄別の儀』は本当に一晩で終わっていて、朝一でセクハラされて男を受け入れられる体になったことを確かめられた。曰く「直腸と前立腺の間を通っているから、イイ所を探り易いし擦り易い」そうで、また一つ師匠セルリーが教えてくれた内容が事実だと理解した瞬間だった。

 だからって朝から、あんな……っ。

 思い出して顔が熱くなり、緩みっぱなしだった顔を思い出してはイラッとして。

「レンくん?」
「えっ」

 間近で呼び掛けられて、慌てて思考を止める。
 見上げた先には心配そうな目を向けてくるクルトさんがいた。当然だ。レイナルドさん達が間もなく戻って来るからって、バルドルパーティと同じ部屋で待機中なんだから彼だけじゃなく他の皆も一緒である。

「百面相していたけど大丈夫?」
「えっ」
「見てる分には面白いけどな」

 クルトさんの向こうからバルドルさんにも言われてびっくりした。

「全部顔に出ていたってことですか?」
「全部かどうかはさすがに判らないけど、すごく悩んでるなって」
「マーへ大陸の件、どうするか悩んでいるのか?」
「え? あ……」

 咄嗟に隠そうとしてしまうが、黙っていられることでもないと考え直す。
 雌体に変化した事を公にする必要はないと言われているものの、今後の予定に関係してくることを内緒にはしておけない。

「えー……と、その件は解決しました」
「解決?」
「主神様が一週間にこだわっていたのにも理由があったらしくて、相談したら、あっさり」

 掻い摘んだ内容に怪訝な顔をしていた二人は、でも、考えている内にそれに思い至ったらしい。「あぁそういうことか」って言われてこっちがびっくりした。

「そう、って」
「儀式を受けるんでしょう?」

 クルトさんが声を潜めて答え合わせ。
 本当にさっきの説明で伝わっているらしい。

「なんで判ったんですか」
「そりゃあ……冒険者歴だけは長いからな」

 バルドルさんが苦い顔で言い、クルトさんも頷く。

「主神様のこれまでの話を聞いていたら、レンくんを大事にしているのは判るからね。一週間で説得するつもりだったんだろうなって」

 なるほど。
 説得が言葉か体かで認識に齟齬がありそうですがっ。

「なら冬の三日間で教会に行けるようにした方がいいか?」
「いえ、教会は行きません」
「だったら……いや、いいわ。判った」

 軽い溜息を吐いたバルドルさん。説明しなくても察しが付くのはありがたいけど、この状況に馴染ませてしまっているようで申し訳ない気もする。

「グランツェパーティにも伝えておけよ」
「あ、もちろんです」

 言われてみれば午後にはレイナルドパーティも戻って今後の話し合いだ。事前に知らせておかないと、せっかく回避した「一週間」の件が彼らの耳にも入ってしまう。

「メッセンジャー飛ばして来ます」
「ああ」

 一言断ってから席を立ち、窓を開ける。メッセンジャーは魔導具だから壁を擦り抜けたり出来ないため飛ばす時は必ず外に向けなければならないのだ。
 グランツェさんへのメッセンジャーに必要事項を託して飛ばし、しばらくしたら「了解」と返答が返って来る。窓を閉めようとしたら、フッと頭上から影が差した。

「ん?」

 見上げたら傍に立っていたのはバルドルさん。

「どうしたんですか」
「いや……一週間の件がなくなった後で頼むのもどうかと思ったんだが……日程に融通が利くなら、あいつのあれの時期にわざと休んでもらう事って出来るか?」
「あいつのあれ……あ」

 思わず大きな声が出そうになって口を塞ぐ。
 あれって、クルトさんの発情期だ。毎年12月~2月の間に一週間くらい来ると言っていたのを思い出す。

「そろそろなんですか?」
「判らん。……けど、普段はそんなことないのに最近は起きるのが辛そうだからさ」
「よく見てますね」
「そりゃあな」
「……付き合っては」
「ない」

 即答である。

「じゃあ……少しくらいそれっぽいことは」
「ないって」
「船に乗ってからずっと一緒の部屋なのに」
「信頼を積み重ねている最中なんだよ、こっちは」
「……好きだからですよね?」
「ああ」

 んんー?
 クルトさんの話を聞いている限り明らかに両想いだと思うし、ヒユナさん達にだってそう思われているのに、どうして本人たちはこの調子なんだろう……俺には人の事をどうこう言えないけど。

「それより本題」
「あ、そうでした。クルトさんの体調に合わせて休むのはたぶん簡単です。リーデン様も協力してくれる気がしますし……」
「そうか?」

 昨夜のことを思い出すだけで確信が持てるから無言で頷いておく。
 バルドルさんもそれ以上は追及して来なかった。

「僧侶に頼れない状況なら「風邪を引いた」で1週間くらい誤魔化せるが、いまは身近に3人もいるからさ。クルトが頼ってくれれば2日もあれば充分だが……」
「あー……」

 そこは頼ってくれそうな気もするけど。
 というか。

「クルトさんに発情を抑制する薬を作りましょうかって聞いたんですよ」
「――は?」
「そしたらバルドルさんに……ぁ」

 言い掛けてから気付く。
 これって本人に言って良い事?
 ダメじゃない?

「……何でもないです」
「そこまで言っといて?」

 嘘だろと言わんばかりの表情に申し訳ない気持ちになるけど、そこは聞くなら本人に聞いて欲しい。
 それから……。

「ちょっと待って下さい」

 バルドルに言い、手に取るのは師匠セルリーへのメッセンジャー……と思ったら、なかった。

「そっか、昨夜「います」って返信してそのままだから……これ早急に改良の必要有りですね」
「よく判らんがセルリーさんに何を言うつもりだったんだ」
「もらった薬のうち、幾つか俺は使わないものがあったから返そうと思っていたんです。でもバルドルさんが使うなら適正価格で売ってもいいか確認しようと思って」
「へぇ……で、薬って?」
「いろいろです。痛み止め、解熱剤」
「そっちじゃなく」

 あ、抑制剤のことか。

「それは俺から聞いても嬉しくないでしょ」
「嬉しい話なのか」
「……さぁ」
「頼むからハッキリしてくれ」
「本人に聞きましょうよ。体調が悪そうなら、時間が無いかもしれないんでしょう? もう俺から聞いたって言って構わないのでしっかり話し合ってください。一人で悩んでいても無意味ですよ」
「妙な説得力があるな」
「俺も師匠に同じことを言われたばかりなので」

 キリッと偉そうに言ってみたけど、俺も言われないと判らないままだったのでこれ以上は強く出られる気がしない。その気になってくれたらいいなぁと思いつつ見ていたら、バルドルさんは軽く息を吐く。

「あんまりしつこく迫るのも……と思うんだが」
「人によるんじゃないでしょうか」

 もともと想像力が豊かで思い込みの強いところがあったクルトさんは、ジェイのことがあって以来、自分自身を迷惑を掛ける元凶みたいに考えている節がある。
 もう二年以上も一緒に過ごしてきたし、その時間の中で改善はしてると思うけど、一度根付いた自分へのマイナス感情がなかなか消えないのは身に覚えがある。
 俺の場合は異世界転移・若返り・ヤーオターオ様の加護で現状に落ち着いたけど、クルトさんに大きな変化を来せられるのはたぶんこの人だけだ。

「バルドルさんだって何とかしたいんでしょう? イヌ科シアンはこの人と決めたら死ぬまで一途だって聞きましたよ」
「……だな」

 バルドルさんはそう言って、エニスさん達と喋っているクルトさんに視線を向けた。
 その目はまだ迷っているように見えたけど、大事な二人に幸せな未来が訪れますようにと願わずにはいられなかった。




 午後4時過ぎに港に船が着いた。
 約2カ月ぶりに帝都に戻って来た彼らはプラーントゥ大陸にも寄って来たそうで、俺たちの船は明後日に港に戻って来ると教えてくれた。
 その後、全員が集まった大ホール。
 伝えられたのは、新年を迎えた後の1月の19日までに各大陸の代表者――マーヘ大陸のカンヨン国を含めて全員が集まり、帝都ラックで国際会議が開催されること。
 この会議で平和的に問題が解決されれば良し。
 しかしそれが難しかった場合は約一月後に開戦となる。

「開戦……」

 思わず呟いてしまった俺に、陛下は重々しく頷く。

「そなたらが開発してくれた獄鬼ヘルネル除けとメッセンジャーのおかげで、キクノ、ギァリッグ、グロット、インセクツの各大陸はマーヘ大陸の現状を確認するまでは暫定的に。こちらの主張が事実だと判明した後は正式に同盟を組むことで合意した」
「マーヘ大陸にも獄鬼ヘルネル除けについては通達済みだ。これでも話し合いに応じないなら、……最早どうしようもない」

 獄鬼ヘルネルと手を組むことを止めないならば武力を行使し危険因子を排除しなければならない。この点に限って言えば各大陸との意見は現時点で一致しているのだという。

「城の者達は国際会議に向けての準備を。また各大陸の代表者が城内で恙なく滞在出来るよう準備を進めてくれ」
「御意」
「プラーントゥ大陸から来ている冒険者の其方たちには、万が一を考え今しばらくオセアン大陸に滞在していて欲しいが、行動を縛るわけにはいかぬからな。連絡が取れる状態を維持しておいてほしいとが、自由に過ごしてくれ」
「皆で相談します」
「ああ」

 それからしばらくは国際会議に関する報告が続いたが、途中に挟んだ休憩後は出席しなくても問題ないと言われた俺達はそのまま退席して別の部屋に集まった。
 師匠セルリーとエレインちゃんを除いたレイナルドパーティ7人、グランツェパーティ5人、バルドルパーティ4人の合計16人。
 キクノ大陸やギァリッグ大陸での話ももちろん聞きたかったが、いまは今後どう行動するかが重要だ。

「レンとクルトには悪いが、俺たち5人は冒険者であると同時に国に所属する身だ。戦争となれば参加しないわけにはいかない」

 申し訳なさそうに言うレイナルドさんに、俺とクルトさんは頷く。

「銀級以上の冒険者にも召集が掛かるでしょう。一緒に行きますよ」
「……クルトは良いが、レンはまだ未成年だろう」
「一人だけ置いていくつもりですか?」
「そういうつもりはないが……」
「僧侶は一人でも多い方がいいでしょう? 獄鬼ヘルネル除けだって数に限りがあるし、俺の感知能力は結構役に立つって自負しているんですが」
「間違いないね」

 グランツェさんが苦笑しながら援護射撃。
 レイナルドさんが頭を掻く。

「役立つどころの話じゃないのはちゃんと分かっているが……見たくないものをたくさん見ることになるぞ」
「それでも、です」
「……そうか」

 レイナルドさんはゲンジャルさん達とも目を合わせて頷き合う。

「覚悟が決まっているなら良い。ただし戦場ではバルドルパーティと一緒に行動しろ。バルドル、いいか?」
「もちろん」

 バルドルさんが了承したことで俺たちの参戦も決定。
 マーヘ大陸が話し合いに応じてくれるならそれが一番だけど、望みが薄いと思われているのは雰囲気で何となく察しが付く。

「最終的にはまたおまえの力を借りる事もあるだろう……すまないが、その時は助けてくれ」
「自分の出来ることで役に立てるんです。精一杯頑張ります」
「ああ。無茶はしないで欲しいけどな……で、問題はその前だ。各大陸から代表者が集まるのが19日。国際会議は20日から23日までの4日間行われ、マーヘ大陸に通告。月末までに返答させる」

 そこから各大陸に返答内容を通達し、開戦となればそ2月の末。

獄鬼ヘルネルが人のルールに従うなら、だが」
「ああ。だからこそ先が見え難い……ってわけで、バルドル達は銀級アルジョンダンジョンに行ってみるか?」

 ……なんで?
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