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第5章 マーへ大陸の陰謀
131.皇帝陛下の開戦宣言
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30日、朝8時。
船はトル国の港に向けて停泊していた沖から移動を開始していた。27日の夜に制圧した100余名のトル国民を乗せた大型船には、今朝方までに逃げようとした獄鬼、連れ去られようとしていた人質が加わって200名近くが乗っている。
つまりそれだけ逃げ出そうとした獄鬼がいたということで、その数、41体。
居過ぎである。
「もうそろそろトル国王都の外周をオセアン大陸の6各国が囲み終えるはず……住んでいる人達、怖がっていますよね……」
陸地が見えて来た頃には全員が甲板で出撃準備を整え終えている。
近付くほどに感知スキルに反応する気配が増えてクラクラしてくるため、対象を獄鬼だけに絞るが、大陸中から逃げるように王都に集まって来ている黒い靄のせいで視界全部が真っ黒く塗りつぶされたように見えていた。
この中に沈むようにして生活している人々にどれだけの影響があるかと思うと……。
「あまりに恐怖が膨らむと獄鬼に憑かれる可能性もあるから、ここからはスピード勝負だね」
「恐怖で、ですか?」
体調面ばかり心配していた俺には衝撃的な言葉。
クルトさんは言い難そうにしていたけれど、正直に教えてくれた。
「恐怖のあまり理性を失う人は少なからずいるよ。何がなんでも生き残りたいという欲望に目を付ける獄鬼は少なくないと思う」
「っ……それなら今すぐにでも浄化を」
「ダメだよ、気持ちはわかるけど今は我慢して」
真っ直ぐに見つめて来るクルトさんに、唇を噛み締める。
一つの国から41体もの獄鬼が逃げ出して来るなんて異常だと思ったけど、もしもこれが、迫り来る連合軍に怯えた街の人たちの成れの果てだと言われたら黙っていられない。
そんな気持ちが伝わったのか、後ろからバルドルさんに背中を叩かれた。
「だから陛下はおまえの魔導具を必要としたんだ。信じて待て」
「……はい」
この後の作戦は聞いている。
だから俺は、何とかしたいって言う衝動を抑え込んで、陸地を見据えた。
幾羽ものメッセンジャーが空を飛び交い全軍隊がトル国王都を囲み終えた事が報告される。
船は王都の港に到着し、俺たちも砂浜に降り立った。
午前9時。
拡声魔法によって王都全域に響き渡ったのは皇帝マルシャル・ヌダム・ラファエリ・メールの声――。
『トル国王都に住まう者達に告ぐ。我はオセアン大陸を統治するメールの王、皇帝マルシャル・ヌダム・ラファエリ・メールである!』
雄々しく覇気ある王の声に風が震え、僧侶にのみ見える昏い靄が動揺するように揺れた。
『いま、王都外周はトル国を除く大陸6カ国の連合軍が包囲した! しかし、罪なきトル国の民を虐げるためではない! 迫る軍隊に不安で眠れぬ夜を過ごしたトル国の民よ! それでも耐え忍び今日と言う日を迎えた勇気ある民よ! そなたらに要らぬ苦痛を与えたことを詫びる! しかしトル国に蔓延る獄鬼を殲滅するため、今一度その勇気を奮い立たせて欲しい!!』
陛下の声は、王都に暮らす総ての民に「家から出るな」と命じた。
王都はこれから戦場になる。
6カ国の連合軍、冒険者、そして僧侶による獄鬼討滅戦だ。獄鬼の脅威を知ればこそ決して外に出るな、と。
誰かと共に。
または単身であっても、家に籠り自分達の勝利を信じて耐えよ。
家無き者には手を差し伸べる優しさを。
体調の良くない者、動けない者がいるのなら僧侶を呼べと、陛下は訴えた。
『この都市が、これからもそなたらの住まう土地として続くための戦いである! そなたらの未来は、我等を信じる勇気の先にある!!』
陛下の演説の後方から6カ国連合軍の騎士達から雄叫びが上がり、その勇ましさは水面に投じた小石のように波紋を広げ、王都全域を覆った。
「すごい……」
「え?」
「獄鬼の卵……黒い靄が、なんか、妙な動き……隠れるというか、怯えている……?」
言うと、周りの皆が意外そうな顔をする。
「獄鬼は人を器にするから感情があるのかと思ったけど、靄の状態でもそうなのか?」
「さて……あの魔導具がなければ話を聞こうなんて気にもならなかったからな」
「こうなってくると、俺たちは獄鬼に関して知らない事ばかりだ」
そんな声が聞こえて来て、これが人同士の話なら「互いに知ることから始めましょう」なんて台詞が出たのかもしれないと思う。
いや、人同士であっても「天界の上級神が創造した世界を破壊するのが獄鬼の趣味だ」なんてリーデン様から聞いていなければ、かな。
獄鬼の目的は世界の破壊。
それが変わらないなら、世界を守りたい側とは決して相容れない関係で、俺たちは絶対に負けられない。
「さて、行くか」
王都の人々が屋内に避難する気配を感じながら騎士団の団長さんが言う。
船に残るのは護衛の騎士8名と、大臣さん、エレインちゃん、それから船のスタッフさん達。制圧した船には人質として連れて来られた人々を残し、41体の獄鬼と、彼らに合わせて増えた27人のマーヘ大陸からの侵入者は俺達と一緒に移動して王都の中心部に連れて行く。
最後の、最後。
衆人環視の中で彼らを浄化するのが俺の役目で、この討滅戦の仕上げになる。
だからそれまで。
どうか――どうか、これ以上は罪のない人が誰一人傷つきませんように。
大切な人を失いませんように。
「みんな、頑張って」
頑張って。
応援領域が、王都全域に広がった。
王都中央広場には1時間も掛からず到着し、そこで陛下たちと合流した。
海上で捕らえた獄鬼とマーヘ大陸からの侵入者を連合軍が此処に来るまでの間に捕らえた連中と纏めて、およそ100。
「よくもここまで……」
「そなたらが来てくれなければ、我々は何も知らないまま蹂躙され国を失っていたのだろうな」
陛下の言葉に後方で顔を歪める何人もの武人たち。
獄鬼は僧侶がいなければ有効な対策が取り難い強敵だ。どれほど武の腕を磨いてもどうにもならないという現実を突きつけられて悔しくないはずがない。
プラーントゥ大陸だってそうなっていたかもしれないと、そんな話をしたのは最近だ。
だから、まぁ、うん。
「感謝してくれていいですよ?」
ちょっと胸を逸らしておどけて見せたら、オセアン大陸の人たちはもちろんのことクルトさん達も目を瞠って固まっていたけれど、しばらくして「……ぶふっ」と吹き出したのは他でもない皇帝陛下だった。
「くっ……くくっ、あっははははは!!」
「ふはっ、ははっ」
それが引き金になって辺り一帯に笑い声が広がっていく。
重苦しい雰囲気は一掃されて笑顔が増えた。
「ああ……あぁそうだな。――レン」
ザッ、て。
陛下が唐突に膝をついた。
え、って思っている間に陛下の後ろにいる人達も揃って膝を折ってしまう。そればかりか俺の周囲にいたプラーントゥ大陸の皆まで!
なにこれっ、立ってるの俺だけ⁈ 俺も膝をついたらいいの⁈
「顔」
動揺していたらすぐ後ろからグランツェさんの声が刺さる。
取り繕えってことなんだろうけど……あ、陛下も笑ってます⁈ 揶揄われてるんですかね⁈
「いまこの時に、この地に降り立ってくれた主神様の番殿に心から感謝する」
「――ッ!!」
陛下に右手を取られたかと思うと、間を置かずに指先に口付けられた。
それから甲に。
意味が解らない。
雰囲気が和らげばいいと思っておどけただけなのに、意趣返しにしては大仰過ぎるし、巻き込んだ皆さんにごめんなさいだよね⁈
もう汗はだらだら、口元は引き攣る、考えも纏まらなくなっていたら、陛下がニヤリと笑う。
「最終決戦に向けて御言葉を賜れますか?」
「っ……ぉ、お役に立てっら、良かった、です……仕上げは頑張りますので、その後は皆さんが力を合わせて大陸を守ってください……?」
あああああ。
言いながらも動揺しっ放しの俺に、プラーントゥ大陸側からの視線は生暖かいし、反してオセアン大陸側の視線はキラキラしてるし!
「必ず」
でも、最後。
陛下の視線は一転してとても真っ直ぐで力強かった。
船はトル国の港に向けて停泊していた沖から移動を開始していた。27日の夜に制圧した100余名のトル国民を乗せた大型船には、今朝方までに逃げようとした獄鬼、連れ去られようとしていた人質が加わって200名近くが乗っている。
つまりそれだけ逃げ出そうとした獄鬼がいたということで、その数、41体。
居過ぎである。
「もうそろそろトル国王都の外周をオセアン大陸の6各国が囲み終えるはず……住んでいる人達、怖がっていますよね……」
陸地が見えて来た頃には全員が甲板で出撃準備を整え終えている。
近付くほどに感知スキルに反応する気配が増えてクラクラしてくるため、対象を獄鬼だけに絞るが、大陸中から逃げるように王都に集まって来ている黒い靄のせいで視界全部が真っ黒く塗りつぶされたように見えていた。
この中に沈むようにして生活している人々にどれだけの影響があるかと思うと……。
「あまりに恐怖が膨らむと獄鬼に憑かれる可能性もあるから、ここからはスピード勝負だね」
「恐怖で、ですか?」
体調面ばかり心配していた俺には衝撃的な言葉。
クルトさんは言い難そうにしていたけれど、正直に教えてくれた。
「恐怖のあまり理性を失う人は少なからずいるよ。何がなんでも生き残りたいという欲望に目を付ける獄鬼は少なくないと思う」
「っ……それなら今すぐにでも浄化を」
「ダメだよ、気持ちはわかるけど今は我慢して」
真っ直ぐに見つめて来るクルトさんに、唇を噛み締める。
一つの国から41体もの獄鬼が逃げ出して来るなんて異常だと思ったけど、もしもこれが、迫り来る連合軍に怯えた街の人たちの成れの果てだと言われたら黙っていられない。
そんな気持ちが伝わったのか、後ろからバルドルさんに背中を叩かれた。
「だから陛下はおまえの魔導具を必要としたんだ。信じて待て」
「……はい」
この後の作戦は聞いている。
だから俺は、何とかしたいって言う衝動を抑え込んで、陸地を見据えた。
幾羽ものメッセンジャーが空を飛び交い全軍隊がトル国王都を囲み終えた事が報告される。
船は王都の港に到着し、俺たちも砂浜に降り立った。
午前9時。
拡声魔法によって王都全域に響き渡ったのは皇帝マルシャル・ヌダム・ラファエリ・メールの声――。
『トル国王都に住まう者達に告ぐ。我はオセアン大陸を統治するメールの王、皇帝マルシャル・ヌダム・ラファエリ・メールである!』
雄々しく覇気ある王の声に風が震え、僧侶にのみ見える昏い靄が動揺するように揺れた。
『いま、王都外周はトル国を除く大陸6カ国の連合軍が包囲した! しかし、罪なきトル国の民を虐げるためではない! 迫る軍隊に不安で眠れぬ夜を過ごしたトル国の民よ! それでも耐え忍び今日と言う日を迎えた勇気ある民よ! そなたらに要らぬ苦痛を与えたことを詫びる! しかしトル国に蔓延る獄鬼を殲滅するため、今一度その勇気を奮い立たせて欲しい!!』
陛下の声は、王都に暮らす総ての民に「家から出るな」と命じた。
王都はこれから戦場になる。
6カ国の連合軍、冒険者、そして僧侶による獄鬼討滅戦だ。獄鬼の脅威を知ればこそ決して外に出るな、と。
誰かと共に。
または単身であっても、家に籠り自分達の勝利を信じて耐えよ。
家無き者には手を差し伸べる優しさを。
体調の良くない者、動けない者がいるのなら僧侶を呼べと、陛下は訴えた。
『この都市が、これからもそなたらの住まう土地として続くための戦いである! そなたらの未来は、我等を信じる勇気の先にある!!』
陛下の演説の後方から6カ国連合軍の騎士達から雄叫びが上がり、その勇ましさは水面に投じた小石のように波紋を広げ、王都全域を覆った。
「すごい……」
「え?」
「獄鬼の卵……黒い靄が、なんか、妙な動き……隠れるというか、怯えている……?」
言うと、周りの皆が意外そうな顔をする。
「獄鬼は人を器にするから感情があるのかと思ったけど、靄の状態でもそうなのか?」
「さて……あの魔導具がなければ話を聞こうなんて気にもならなかったからな」
「こうなってくると、俺たちは獄鬼に関して知らない事ばかりだ」
そんな声が聞こえて来て、これが人同士の話なら「互いに知ることから始めましょう」なんて台詞が出たのかもしれないと思う。
いや、人同士であっても「天界の上級神が創造した世界を破壊するのが獄鬼の趣味だ」なんてリーデン様から聞いていなければ、かな。
獄鬼の目的は世界の破壊。
それが変わらないなら、世界を守りたい側とは決して相容れない関係で、俺たちは絶対に負けられない。
「さて、行くか」
王都の人々が屋内に避難する気配を感じながら騎士団の団長さんが言う。
船に残るのは護衛の騎士8名と、大臣さん、エレインちゃん、それから船のスタッフさん達。制圧した船には人質として連れて来られた人々を残し、41体の獄鬼と、彼らに合わせて増えた27人のマーヘ大陸からの侵入者は俺達と一緒に移動して王都の中心部に連れて行く。
最後の、最後。
衆人環視の中で彼らを浄化するのが俺の役目で、この討滅戦の仕上げになる。
だからそれまで。
どうか――どうか、これ以上は罪のない人が誰一人傷つきませんように。
大切な人を失いませんように。
「みんな、頑張って」
頑張って。
応援領域が、王都全域に広がった。
王都中央広場には1時間も掛からず到着し、そこで陛下たちと合流した。
海上で捕らえた獄鬼とマーヘ大陸からの侵入者を連合軍が此処に来るまでの間に捕らえた連中と纏めて、およそ100。
「よくもここまで……」
「そなたらが来てくれなければ、我々は何も知らないまま蹂躙され国を失っていたのだろうな」
陛下の言葉に後方で顔を歪める何人もの武人たち。
獄鬼は僧侶がいなければ有効な対策が取り難い強敵だ。どれほど武の腕を磨いてもどうにもならないという現実を突きつけられて悔しくないはずがない。
プラーントゥ大陸だってそうなっていたかもしれないと、そんな話をしたのは最近だ。
だから、まぁ、うん。
「感謝してくれていいですよ?」
ちょっと胸を逸らしておどけて見せたら、オセアン大陸の人たちはもちろんのことクルトさん達も目を瞠って固まっていたけれど、しばらくして「……ぶふっ」と吹き出したのは他でもない皇帝陛下だった。
「くっ……くくっ、あっははははは!!」
「ふはっ、ははっ」
それが引き金になって辺り一帯に笑い声が広がっていく。
重苦しい雰囲気は一掃されて笑顔が増えた。
「ああ……あぁそうだな。――レン」
ザッ、て。
陛下が唐突に膝をついた。
え、って思っている間に陛下の後ろにいる人達も揃って膝を折ってしまう。そればかりか俺の周囲にいたプラーントゥ大陸の皆まで!
なにこれっ、立ってるの俺だけ⁈ 俺も膝をついたらいいの⁈
「顔」
動揺していたらすぐ後ろからグランツェさんの声が刺さる。
取り繕えってことなんだろうけど……あ、陛下も笑ってます⁈ 揶揄われてるんですかね⁈
「いまこの時に、この地に降り立ってくれた主神様の番殿に心から感謝する」
「――ッ!!」
陛下に右手を取られたかと思うと、間を置かずに指先に口付けられた。
それから甲に。
意味が解らない。
雰囲気が和らげばいいと思っておどけただけなのに、意趣返しにしては大仰過ぎるし、巻き込んだ皆さんにごめんなさいだよね⁈
もう汗はだらだら、口元は引き攣る、考えも纏まらなくなっていたら、陛下がニヤリと笑う。
「最終決戦に向けて御言葉を賜れますか?」
「っ……ぉ、お役に立てっら、良かった、です……仕上げは頑張りますので、その後は皆さんが力を合わせて大陸を守ってください……?」
あああああ。
言いながらも動揺しっ放しの俺に、プラーントゥ大陸側からの視線は生暖かいし、反してオセアン大陸側の視線はキラキラしてるし!
「必ず」
でも、最後。
陛下の視線は一転してとても真っ直ぐで力強かった。
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