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第5章 マーへ大陸の陰謀

126.討滅戦の始まり

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「大変失礼いたしました」

 反省の気持ちを込めて深々と謝罪する俺の横ではゲパールが気持ちよさそうに寝ている。一度触れてしまうと離れられない心地良さだ。
 とはいえ、魔獣も魔物も敵対関係になる獣人族ビーストの皆さんにとっては、魔物をハグしてだらしなく顔を緩ませた俺の姿は異様以外の何物でもないわけで。
 その点については、やはり心からお詫び申し上げる次第です、はい。

 今後、皆さんの前では自重します。

 というわけで脱線しつつもお土産の確認作業を進めた結果、残念ながらイポポタムを顕現できる人は船内におらず、ゲパールを顕現出来たのは俺と師匠セルリー、大臣さん、それから魔法使いのオクティバさんとドーガさんだけだった。

「ちなみにイポポタムは顕現するとどれくらい大きいんですか?」
「体長が4メートルくらいかな」
「でかっ」
「うん。だから船の上で顕現しても大変なだけではあるよね」
「ですねー」

 更に確認は進み、サギみたいな細くてしなやかな体付きのエロンていう鳥の魔石が10個くらい。飛行速度はエロンの方がかなり速いんだって。
 あとはいろんな魚の魔石。
 これもグランツェさん曰く「レンなら何か思いつきそうだから」だって。期待されると困るけど、魚……魚……あ、お寿司が食べたい。
 刺身でも!
 魔物の肉が食べれるんだから、この魚魔物の身も食べれるんじゃ……ワンチャン有る気がしてドキドキしていたら、モーガンさんが預かっていた鞄を師匠セルリーに返却していた。

「これが頼まれていた薬草で、こっちが魔導具本体の素材になるドゥヴェールって鉱石だ」
「わぁ……既存の魔獣除けの魔導具の分解ばかりしていましたけど、こんな……不思議な素材なんですね」

 色は無色透明だが、触り心地が複雑だった。アメーバより弾力があって形も崩れないんだけど、抓むとサラサラって……あ、練消しゴムみたいな感じかもしれない。

「これに術式と合成した魔石を組み込み、整形して専用の窯で焼いて、1日乾燥させると完成」
「ってことは、鉱石から作ったら形は好きに変えられるってことですか?」
「そうだね。正式に登録する時には区別が付けやすいように形を変えた方がいいかもしれない」
「なるほど……」

 ペンラインとみたいな魔獣除けに対して、どんな形にすると獄鬼ヘルネル除けだって判りやすいかな。いっそ武器の形とか……いや、それだと中二病っぽいか。
 ランタン?
 既存の魔導具に似せるなら魔獣除けと同じだし……んー。

「そんな悩まなくても、デザインはプロに任せればいいよ。素材が貴重だから技師は限定されるだろうし、予め言っておけばレンの意見も聞いてもらえると思うけど」

 グランツェさんがさらりと言ったことに、俺は驚いた。

「え。あ、これからも俺たちが作るんじゃないんですか?」
「それは……ないと思うよ? レンにはやらなきゃいけない事が他にもたくさんあるし」

 目から鱗、というか。
 確かに魔導具には専門の職人がいるのだから冒険者で僧侶の自分がやることではないのかもしれないが……リーデン様の角だし、自分が中心でやらなきゃいけないって、驕っていたのかもしれない。

「そう、ですよね……やるべきことをきちんとしないと」
「ん。ただ、レンの発想は生まれ故郷あっての、とても斬新なものが多いから、俺たちが寄り掛かり過ぎているんだけどね」
「え……」

 見上げたら、グランツェさんは薄く笑う。

「だから、レンも周りに任せることを覚えたらいいと思う」
「……ものすごく甘えているつもりなんですが」
「そうかい? トル国奪還作戦だって最終的には君の浄化ピュリフィカシオンに頼るんだから、もっといろいろ要求していいんだよ」

 励ましてくれている。
 そう判るから、笑えた。

「要求ですか?」
「そう。国宝級の魔石を寄越せとか」
「それって何が顕現するんですか⁈」
「さぁ。たぶん白金プラティンダンジョンのボスの魔石だろうけど情報はないな」
白金プラティンダンジョンのボス……! 海のダンジョンですよね。クジラ? ウミガメ? あっ、リヴァイアサンみたいのだったら欲しいかも……!」

 オセアン大陸には二つの白金プラティンダンジョンがあり、一つは踏破済みだ。
 クジラ、ウミガメ、リヴァイアサンがどんな魔物か説明したら、それは自分も見たいと笑うグランツェさん。

「さて、国宝の魔石を要求するためにもトル国を何とかしないとな。陛下からは最新の情報は届いているかい?」
「はい! 国宝を要求する気はないですけどね」

 そうして、今度は此方側からの情報共有が行われた。




 その後、船はゆっくりとトル国沖に移動し、肉眼では陸地さえ見えないけど獄鬼ヘルネルの感知がぎりぎり可能なくらいの距離で停泊する。
 トル国王都まで直線だと5キロもないと思うから、現在の俺の感知範囲はそれくらいなんだと思う。カモメのメッセンジャーが充分に飛べる距離だ。
 俺の魔力だとカモメが顕現していられたのは3時間くらいで、カモメの飛行速度が時速30キロで計算すると90キロメートルは飛べそうだけど、飛行するのにも魔力を食うので60キロ圏内が確実に相手に届けられる距離だろう。
 これが陛下の魔力になると2倍くらい、師匠セルリーで1.5倍。
 他にもいろんな人達が各自計算して出した距離を比較してみると、やっぱり大事なのは魔石本体の大きさと、魔力を使う本人の熟練度。
 例えば陛下がハエ足ムージュピエの1ミリ程度の小っちゃな魔石に魔力を注いでも一時間半が限度だったけど、陛下より魔力が薄い俺が、3センチ以上のゲパールを顕現させてから4時間、追加で魔力を供給しなくても存在し続けているし、まだいけそう。
 つまり、あれだ。
 魔石は大きい方がコスパがいい。

「とはいえ魔の鴎ムエダグットでも顕現出来ない騎士や冒険者がいるのは使い勝手が悪いな」
「かといって鉄級フェ―ルン銅級キュイヴルァダンジョンの魔の鴎ムエダグットの魔石じゃ小さすぎるて術式が加えられない」
「それだけじゃないわ。相手を固定して二人に一つの魔石にしても、長い目で見れば交友関係が増える度に持ち歩く魔石が増えることになる」
「2、3個持っていればあらゆる事態に対応出来るのが理想だな」
「しかも飛行速度と距離を伸ばす?」
「難易度が高いな」

 あぁでもない、こうでもないと頭を付き合わせて悩む一同。

「やっぱり転移の術式ですよ。あれなら鉄級フェ―ルンダンジョンで皆が登録するんですから誰でも使えるでしょう?」
「使えません。ロテュスは主神様の領域だと何度言ったら判るのかしら」
「あだだだだっ」

 師匠セルリーに拳骨で頭をぐりぐりされた。

「せっかくレンくんが魔石の大発見をしてくれたのに、課題は山積みですね」
「大発見の直後だからこそさ。これからだよ」

 溜息を吐くヒユナさんと、肩をポンとしながら元気付けるオクティバさんを見ていると、俺もまた地球の現代知識を活用して役に立ちたいなと思うのだが、そんな都合よくは出て来ない。
 一つで何人もの相手と連絡が取れるようにって言うなら携帯電話やスマホが思いつくけど、その辺りは神銀ヴレィ・アルジャンダンジョンで入手出来るって言ってたし……アドレス帳だけ別にする……?

「っ……うわっ⁈」
「どうしたの」

 唐突に襲って来た不快感に思わず声が漏れた。
 拡げたままだった気配感知領域に侵入して来たのは間違いなく獄鬼ヘルネルの気配。

「海に……いえ、少し待ってください」

 立ち上がって窓に寄り、海の……その向こうに感知範囲を広げていく。
 今は27日の夕方。
 トル国の国境を囲んだオセアン大陸6カ国の合同軍が王都に向けて進軍が始まっているのだから、攻められているトル国に動きがあってもおかしくはない。

「グランツェさん、トル国の港……じゃないかもしれませんけど、海岸に獄鬼ヘルネルが集まってきました。3、4……7体で……ううん、その他にも100人以上の普通の人の気配が一緒です。あ、増えた……なんだろ。見張りかな……? 獄鬼ヘルネルが11体に増えて……まだ、増えそう」

 船室の雰囲気が一変してエニスさんが部屋を出ていく。
 大臣さんや船のスタッフに話を伝えるためだ。

「そのまま行動を感知し続けられるか?」
「大丈夫です。範囲がぎりぎり過ぎてたまに外れる人もいるから正確な人数は難しいですけど……追えます」
「セルリー」
「陛下に伝える」
「どう見る」
「逃げようとしてるんでしょう」

 グランツェさんの問い掛けに、簡素に答えたバルドルさん。

「100人以上の一般人というのは……」
「人質……にしては多過ぎるな。獄鬼ヘルネルが逃げるとしたらマーヘ大陸か?」
「となると、貢物の奴隷」
「だろうな」

 複数の舌打ちと、歯軋り。
 100人以上の人々を貢いでマーヘ大陸での安全を買おうとは、なんて俗物的な獄鬼ヘルネルだろう。

「トル国の王族って可能性が非常に高いと思うんだが」
「同感」
「移動は船だよな? 乗る前に叩けそうか?」
「いっそ海上で拘束したら」

 いろいろな意見が飛び交い、最終的には陛下からのメッセンジャーが届いたことで海上で拘束することに決まった。

「人質同然の大勢の安全を考えたら、領域に入った途端に浄化ピュリフィカシオンしてしまうのが確実なんですけど……」
「気持ちは判るが、王族を器にした獄鬼ヘルネルだった場合は後々面倒だ。生きたまま拘束して誰もが納得する形で討滅しないとならない」

 納得はし難いけど、グランツェさんの言うことは最もなのでちゃんと飲み込む。

「避難用の船を3艘出そう。各船一つずつ獄鬼ヘルネル除けを所持すること。レンはここから応援領域クラウーズの展開を」
「はい」
「1艘目、2艘目は左からいく。バルドル、ドーガ、モーガン、ヒユナ、4人は1艘目に。ヒユナは薬を持っていけ」
「了解」
「2艘目にはエニス、ウーガ、ディゼル。セルリーもいけるか」
「もちろんよ。薬も準備は出来てる」
「3艘目は左からだ。俺と、オクティバ、クルト。何かあればレンにメッセンジャーを飛ばし、情報の共有を」

 グランツェさん達が持ち帰ってくれた魔石を使って、新たに魔の鴎ムエダグットのメッセンジャーを得たのはバルドルさんだ。
 彼から俺、グランツェさん、師匠セルリーの間を行き来できるよう、取り急ぎ3つだけ作った。
 まさかこんなに早く使える時が来るとは思わなかったけど。

「……船への乗り込みが完了したみたいです」

 感知してから一時間弱。
 その報告を合図に、この船からも3艘の小舟が動き出した。
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