生きるのが下手な僕たちは、それでも命を愛したい。

柚鷹けせら

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第5章 マーへ大陸の陰謀

122.進む準備

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 プラーントゥ大陸の王都フロレゾンで倒れた時は二日間全く目を覚まさなかったはずなのに、神具『住居兼用移動車両』Ex.にいると回復が早いのか何なのか、たまにふわりと意識が浮上する。
 一度目はリーデン様の寝顔を間近に見て、ドキッとしたけど、そのまま眠って。
 二度目は指先にメモ用紙が触れて、それを手に取って見ることが出来た。

天界エデンに行く。夜には戻る』

 目を覚ました時にいなかったら不安にさせると気遣ってくれたんだろう。その優しさに嬉しくなった。
 三度目はまた夜中だったけど、すぐ傍にリーデン様がいた。

「調子はどうだ?」
「……たぶんもう動けます……」
「だろうな。あれから50時間経過している。もうひと眠りしたら朝だ。全回復とはいかなくても生活に支障はないだろう……あと少しだからきちんと休め」
「はい……」

 そんな遣り取りがあって、しっかりとベッドから体を起こせたのは4度目。
 帝都ラックの獄鬼ヘルネルを一掃してから2晩が過ぎた翌朝のことだった。




 朝食をリーデン様と取った後で扉を出ると、予定通りの船上の部屋。
 師匠セルリーならいるだろうと思って最初に彼女の部屋をノックしたところ、師匠セルリーは不在で、クルトさんとバルドルパーティの三人だけが船内にいた。

「何でですか?」
「トル国にすぐに乗り込みたいって言ったのはおまえだろう。船には船の準備があるんだ」

 バルドルが呆れたように言い、クルトも。

「セルリーさんは、レンくんの代わり……代わりっていうわけでもないのかな? 例の魔導具に関する貸与契約とか、使用方法の説明のために帝城に行っているよ」
「あ、正式に決まったんですね」
「うん。ただ数が増やせるかーとか、そういうのをレンくんに確認したいって言ってた」
「それは俺も主神様に確認しないといけませんね」
「ああ。それと、トル国には船で移動することになった。陸路より早いからな。ただ、獄鬼ヘルネルに憑かれている王太子殿下と、例の3人を乗せて行くつもりだったがそれは出来なくなった」
「どうしてですか」
獄鬼ヘルネルがこの船に乗ろうとして消えかけたから」
「……はい?」
「セルリーさん曰く「レンの垂れ流しの神力のせい。プラーントゥ大陸と一緒」って」
「あ……」
「なので、獄鬼ヘルネルと、あの三人は陛下の指揮する軍隊と一緒に移動することになったよ」
「そっか……船もそうなっちゃったんですね」
「まぁ当然といえば当然だよな」

 言うバルドルに、傍で座っていたエニスや、ウーガ、ドーガも深々と頷いている。

「陸路で移動する陛下たちには敵対する獄鬼ヘルネルに対して圧倒的に僧侶が足りないんで、いま急ぎでオセアン大陸にいる僧侶と、トゥルヌソルにいる僧侶にも半数ほどこっちに来てくれるよう招集を掛けた。ついでに銀級以上の冒険者もな。その関係で出発は12日後を予定しているんだが、……この船はオセアン大陸の西方4カ国に王子様達を送って出兵準備を整えさせるって大役があるんだが、陛下に明日以降の出港が可能だと連絡しても大丈夫か?」
「え?」
「まだ万全じゃないだろう」

 見抜かれて、苦笑する。

獄鬼ヘルネルが襲って来れない船ですよ、魔獣だって寄って来ないじゃないですか」
「船酔いとか」
「酷くなりそうならあの『扉』でまた主神様のところに移動します」
「セルリーさんと魔導具を作ったりもするんだよ?」
「じゃあ、明後日。それなら主神様の御墨付です」
「それなら、……うん。陛下にそうお伝えしよう」

 ようやく納得してくれたらしく、城に伝えに行くと言って立ち上がったのはエニスさん達3人。クルトさんとバルドルさんは俺が眠っている間に決まったことを順番に説明してくれた。
 あの歓迎会の最中に俺が姿を消した事で会場は一時騒然となったらしいが、事前に陛下に許可を得ていた事もあって、周囲の本音はともかくパーティー自体は恙なく終了したこと。
 その直後に陛下が参加者を限定した会議を開いて、トル国の王太子殿下(獄鬼ヘルネル憑き)から聞いた情報を共有。
 以降、不定期に休憩時間を設けながらもずっと対策会議を継続しているそうだ。
 師匠セルリー獄鬼ヘルネル除けの魔導具の件で昨日から城に行っていて、お疲れモード。しかもパーティーのあった夜と、昨夜と、城で俺に用意された部屋には招かれざる客が来たそうでものすごく不機嫌になっているらしい。

「オセアン大陸各国の冒険者ギルドと、トゥルヌソルへの招集依頼は昨日既に出発済み。それからトル国への行軍を円滑に進めるため移動用の馬の配置も始まっているよ」
「食料関係も順調に集まっているって聞いた。西方4カ国の協力と、トゥルヌソル……この場合はプラーントゥ大陸か。うちからも相当な援助をするって大臣が確約していた」
「友好国だっていうのは聞いてましたけど、大盤振る舞いですね?」
「今回のトル国獄鬼ヘルネル討滅戦で貢献度が高い冒険者にはオセアン大陸の金級オーァルダンジョンに入場する許可が出るそうだ」
「えっ」
「ちなみにトル国に対し先手を打てるのはレンの貢献があったからだから、レンとそのパーティメンバーには未踏破含む白金プラティンダンジョンにも入場許可を出すってさ」
「おおっ?」

 よく判らないけど目的が果たせたっぽい?
 驚いてはみたけど肝心なところがよく判っていないのが、たぶん二人にも丸判りだったんだろう。

「要は、余所者の俺達に未踏破ダンジョンを踏破する機会をくれたってことさ」
「あ……えっ⁈」

 金級オーァル以上のダンジョンで入手出来る素材は、魔石一つとっても国で管理したくなるほどの貴重品だ。それを未踏破ダンジョン含め入場許可を出すなんて大盤振る舞いの域を超えている。

「そ、それ、いいんですか?」
「皇帝陛下がそう仰ったんだから、俺たち貰う側は素直に受け取っておけばいいのさ。そもそもトル国の獄鬼ヘルネルに関して最も有効な手段はおまえだと思われているんだからな」

 少しだけバルドルさんの声に棘が生える。

「戦場の英雄には相応の褒賞をってだけの話だ」
「せん、じょう……」

 その単語にぞわりとした。
 同時に血の気が引く。
 戦場。

「……これ、戦争……?」
「え? あぁ、まあトル国に巣食った獄鬼ヘルネル討滅戦ではあるけど早めに大元を絶たないと人同士の争いが長引くのは事実だな」
「だったら急がないと……!」
「落ち着け。準備不足で急いだって被害が増えるだけだ」
「……っ」
「レンくんが今すべきは、主神様に獄鬼ヘルネル除けの魔導具について質問して、セルリーさんと情報を共有して、ポーションなんかの在庫を増やすことかな」
「そう、ですね……」

 とても落ち着いた様子の彼らに、改めて根付いている感覚の違いを悟る。
 その事に悔しさとか、恐怖、そういった負の感情を心の中に押し込めて話を聞けば、例えトル国の中心で浄化ピュリフィカシオンを発動しても、獄鬼ヘルネル側がその範囲外に散っていれば、俺が意識を失ってからの苦戦が予想されること。
 件の魔導具を使って外側から徐々に一ヵ所に獄鬼ヘルネルを追い込んで、最後の最後、海側から浄化ピュリフィカシオンを掛けるというのがいま最有力の作戦だそうだ。

「もちろん決定権はレンくんにあるよ」
「……一番被害が少ない作戦がいいです」
「ん。それも皇帝陛下に伝えよう」

 ぽふりと肩を叩かれる。
 バルドルさんも。

「とりあえずレンは体調が万全になるまで休め。出来る準備は此方でしておくから」
「はい……」

 神具『住居兼用移動車両』Ex.に戻ってリーデン様に角を追加でロテュスに持ち込むための条件を確認する。
 ……それ以外に何が出来るのか。

「……バルドルさん達が船にいたのって俺のためですか?」
「ああ。戻って来た時に誰もいなかったら困るだろ」
「ありがとうございます……、なら、いまは船にいるのがお仕事って事ですね?」
「うん?」
「メッセージを飛ばす術式作成のお手伝いをお願いしてもいいですか?」

 なんとかやれることを見つけたい俺の我儘に、でも、二人は苦笑混じりに頷いてくれた。

「無理しない範囲でなら、な」 
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