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第4章 ダンジョン攻略

120.一掃

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 師匠セルリーと一緒に開発した魔導具は、俺の神力で起動した時が獄鬼ヘルネルに一番嫌悪され、あとは年齢……というか、たぶん僧侶の経験値順に、嫌がり方が強かった。
 そのため、何を思ったのか俺の神力を再び魔導具に込めさせた面々は、それを使って11人の獄鬼ヘルネルに迫った。

「これを近づけられたくなければ素直に話しなさい」
「ひいいいっ」

 叫んで壁際に引っ付く姿はいっそ哀れで、せっかく作った魔導具が拷問具扱いされたことが少しだけ切なかった。
 そうこうして、それぞれの身元や被害者の身元など必要と思われる情報を引き出した頃には、夜会のための準備があるから俺は部屋に戻るように言われ、チームはそれぞれに分かれることになった。
 獄鬼ヘルネルは、夜会の場で浄化する。
 イベントみたいに扱われるのにはどうしても抵抗があるが、オセアン大陸の貴族たちの前で実力を示すことが必要だと言われてしまうと拒否出来ない。
 ただ一人、王太子殿下の身体だけは後日俺達がトルの国まで移送することになった。
 聞き出した話は到底看過できるものではなく、トル国がどこまで獄鬼ヘルネルに侵蝕されているのかも確認しなければならないという意見で一致したからだ。


 そうして夜6時。
 下船の時に着ていたあの白地に金色の刺繍がされたサリーみたいな正装に、リーデン様が術式を刻んだ魔石を飾った輪っかを装備して、俺たちは大ホールへの案内された。
 城内に限っては目につくたびに獄鬼ヘルネルの卵を払っているのでかなり空気が清浄化されているけれど、それでもまだかなりの不快感がある。
 街中も同様だ。
 あれだけ派手に獄鬼ヘルネルとの戦闘を行った直後だから、誰もが今日は警戒して憑かれるような愚行には走らないと思うけど、それだっていつまで保つかは判らない。

「……あの、今日の夜会の始まりにあの10人を浄化する時に……帝都全体の卵も一掃します」

 小声で伝えるが、同行する彼らの耳には届いたはず。
 その証拠に周囲の空気が少しだけ強張った。

「本気でやるので、その後は王都の時と同じで力尽きて倒れると思うんですが、回復を早めるためにその場で主神様のところに移動します」
「えっ……」
「『扉』を見えるようにしておくので、もし俺がそこに入って扉を閉める前に力尽きるような事があったら、中に押し込んで『扉』を閉めてください。少しでも開いていると主神様が来られないんです」
「……完全に閉めれば良いんだな?」
「はい。……ちょっとだけ開きっ放しなるとカッコ悪いから頑張るつもりですけど」

 言ったら、ふふってところどころから笑い声が聞こえて来る。

「力を見せつければ変なのが絡んで来るのは目に見えているし、そういう理由で退場するのはむしろ安心だよ」
「同感」
「ちゃんと帰って来れるんだよね?」
「もちろんです。戻るのは……船の部屋にします」

 あっちには今現在も扉が置いたままになっているから都合がいい。

「じゃあ、まあ、頑張れ」

 ポン、ぽふりと皆が背や肩に手を置いていく。
 うん。
 これだけ我慢したんだし、全力でやらせてもらおう。




「プラーントゥ大陸よりお越しになられました使節団の皆様のご入場です!」

 オセアン大陸のお偉いさん達が勢揃いしたホールの扉が開かれ、いま、先頭に立つのは俺だ。
 すぐ後ろに大臣さん。
 護衛の騎士や冒険者仲間が守りやすい位置に付き、その合間を埋めるように文官が混ざる。
 本来であれば壇上の玉座に着いているべき皇帝陛下は、いまはホールの中央に王妃陛下と二人で並んで立っていた。プラーントゥ大陸から来た主神様の番を名乗る僧侶に対し、自分は決して上位ではないと言うことを伝えるためだろう。

「よく来た」

 陛下が言い、後方、使節団の皆が頭を下げる中で俺だけは下を向かない。
 まっすぐに陛下を見返す。

「今宵は私たちのためにこのような歓迎をして頂き、心より感謝申し上げます」
「ああ。しかし堅苦しい挨拶は不要だ。ここに集まっている者達は、日中に帝都であった捕物についても既に知っている。この地を獄鬼ヘルネルの危機より救ってくれたそなたらには感謝しかない」

 ざっ、と。
 衣擦れの音と共に周囲のオセアン大陸の貴族達が頭を下げた。
 中にはタイミングがずれて慌てて周囲に混じる人も居たが、それは大した問題ではない。
 王妃陛下を紹介され、二人の後ろにいた皇子、皇女とも顔合わせを済ませ同じように感謝の言葉を掛けられる。

「友好の地であるオセアン大陸の平和を維持する一助になれましたなら幸いに存じます」

 打ち合わせ通りのやり取りが続いた後は陛下が周囲に向けて、改めて日中の捕物に関しての詳細を語り、捕らえた獄鬼ヘルネル10おり、また帝都には卵なる靄状のそれが大量に蔓延っており次の被害者が出る危険は引き続き警戒しなければならないと伝えられる。
 と、上がった声。

「恐れながらお伺いしたい。話に聞く主神様の番殿はプラーントゥ大陸からその悉を一掃したそうではありませんか。この地にはそういった福音を頂けないのでしょうか?」

 そちらに視線が集まる。
 俺の意思を知っての陛下の仕込みなのか、違うのか、変わらない表情からは読み取れない。
 どちらにせよ俺が答えないと話が進まないよね?
 自分の判断が間違っていないか、すぐ側の大臣さんに視線を向ける。
 彼は小さく頷いてくれた。
 次いで陛下と目が合う。
 うん、いいですよ。

獄鬼ヘルネルを感知できるのは僧侶だけであり、番殿が日中の捕物で全てを一掃していても僧侶でない我々には何が起きたか知りようがなかっただろう。故に、誰の目にも見て分かるよう10体の獄鬼ヘルネルを捕らえた。これより皆の目の前で浄化して貰おうではないか」

 ざわりと周囲がざわめき、再び開かれた扉から騎士団に引き連れられて、拘束されている10人が陛下の御前に並べられた。
 魔導具で脅されたのがいまもまだ影響しているのか、彼らは息も絶え絶えで顔色も悪い。
 しかも体から獄鬼ヘルネルの黒い靄が立ち昇っており、それが見えるのかどうか、周囲の貴族たちが自ずと後退して距離を取っていく。

「従来であれば僧侶の協力を得て弱らせ、器となった人の生命活動を断つことにより滅せられてきた獄鬼ヘルネルだが、其方には浄化なる手段があると言ったな」
「はい」
「それを、この場で見せてもらえるか?」
「もちろんでございます。……出来ましたら彼らだけでなく帝都ラック全域の浄化を行いたいと思いますが許可は頂けますか?」
「……この場でか?」
獄鬼ヘルネルはいつ人に取り憑くか解りません。時間が経てば経つほどにその危険は高まるのです。そちらの方もそれをお望みのようですし」
「うむ……しかし一掃したなら其方負担がかかるのではないか?」
「はい。私はその後退席させて頂くことになりますが、昼間の捕り物が迅速に終結したのは後ろに控える彼らの活躍があったからであり、この国の騎士団、冒険者たちの協力があってこそです。どうぞ彼らを労ってください」

 にこりと微笑めば皇帝陛下は苦笑いの表情を浮かべた。

「わかった、そうしよう」

 さぁ皇帝陛下の言質は取りました。
 あとは思う存分にやらせてもらいますよー!

「では、始めます」

 さっき陛下が言っていたように、従来の獄鬼ヘルネル討滅戦は僧侶の協力を得て冒険者や騎士団が武器でトドメを刺していた。器となった人の生命活動を止めることで獄鬼ヘルネルも消えていった。
 最初のジェイも、港町ローザルゴーザへ向かう途中に襲って来たマーヘ大陸と関係していた獄鬼ヘルネルも、そうやって倒した。
 だけどあの日――リシーゾン国の王都フロレゾンで溢れる靄を感情のまま消し去りたいと願った時、体から放出された神力はその輝きでもって靄を掻き消した。
 それを「面白い」って言った師匠セルリーが、自分もやってみたいってトゥルヌソルまでの帰路で何度か試していた。彼女は神力の扱いに長けていたからコツを掴むのも早くて、……最終的に俺に新しい僧侶の技を習得させてくれたんだ。
 それが浄化ピュリフィカシオン
 プラーントゥ大陸では必要なくなってしまったけど、これからの旅路には必須の、俺がすべきこと。

(ステータス)

 心の中で唱えると久々の画面が現れた。
 所持品の欄から神具『住居兼用移動車両』Ex.をタップし扉だけを顕現し、いつものメンバーにだけ見えるよう設定する。
 扉は背後。
 グランツェさんやクルトさん達がちょっとだけ動揺したっぽい気配がしたけど、たぶん大丈夫だろう。

(ふぅ……さて、と)

 深呼吸を一度。
 それから薄く、広く、この帝都ラック全域に自分の神力を広げて範囲を定め、放つ。

浄化ピュリフィカシオン――!」

 直後、淡い光の波紋が俺を中心に一気に帝都全域に広がった。
 周囲の驚愕の声なんて関係ない。
 獄鬼ヘルネルに憑かれた10人の身体が光りに覆われるようにして消えていくこと。
 この地に蔓延っていた黒い靄状の獄鬼ヘルネルの卵が吹き消されるようにして消失していくこと、それだけが全て。
 息苦しさが消え、体が軽くなる。
 領域から獄鬼ヘルネルが完全に消えた効果だ。

「っ」

 ふらつく体が前に倒れたらアウト。手を後ろに伸ばしてノブを握った。
 回す。
 そして引かなきゃいけないのが、いまは辛い。

(やばい)

 眩暈と脱力に襲われて膝が笑っている。
 崩れる――、そう思った直後に支えてくれた二本の腕。

「開けていいんだよね?」
「っ……」

 クルトさんが心配そうな顔で言うことに頷くと、頭上からグランツェさんの声。

「今後必要なのは余力を残す練習だな」
「とりあえず今は休め」

 反対側の腕はバルドルさんだった。
 グランツェさんが大きく開いてくれた扉の向こうにクルトさんとバルドルさんが押し込んでくれる。

「おやすみ」

 優しい声がパタンと閉じた扉の向こうに消えて、俺の意識があったのはそこまでだった。
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