生きるのが下手な僕たちは、それでも命を愛したい。

柚鷹けせら

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第4章 ダンジョン攻略

113.帝都ラック

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 オセアン大陸には7つの国がある。
 それぞれ名を「ホエ」「ピティ」「トル」「マハ」「パエ」「オノ」「メール」といい、それぞれに王がいた。しかし11年前に「メール」の王が大陸全土を掌握。その手段は軍事的であったり、平和的であったりと様々だったが国から帝国へと名を変え、40代の若さで大陸の頂点に座したのである。
 その人物こそイルカ科ドゥーファンの皇帝マルシャル・ヌダム・ラファエリ・メール。妻との間に授かった一男一女を愛してやまず、子煩悩だとも言われているらしい。
 そんな皇帝陛下の父親としての一面はともかく、大陸の東に帝都ラックを置き、外国との交易の中心地として定めた彼は、世界人口から見ればほんの僅かな水人族ウェーヴェが己の種族を誇れるようにと、その地を大改革した。

(その結果がこれなんだ……)

 目の前の光景に、周囲の歓声さえ聞こえなくなるほど圧倒され、ただ感嘆の息が零れる。
 水の都って聞くと、俺のイメージはヴェネツィアだった。道路の代わりに水路があり、車の代わりにゴンドラが川を渡る。三桁におよぶ運河と、その倍以上の橋……俺のイメージはあくまでも水の都だった。
 だけど、ここは。
 水人族ウェーヴェが暮らす水の都は。

「何度見ても圧巻だな」
「まるで海底を歩いている気分になります」

 グランツェが言い、ヒユナが続く。
 俺も同意見だった。
 プラーントゥ大陸からの使節団に歓声を送っている多くの人々は確かに視界に入っているのに、目を奪われるのは奥の街並み。
 この都は山を拓いたのか港から離れるほどに標高が上がっていて、もちろん住居が建っている場所は整地して平になっているのだと思うが、建物の合間に見えているのが岩肌や木々ではなく滝なのだ。幅こそ色々だが、とにかく滝だらけ。
 海の対面に当たる都の外周を囲う幅数キロメートルの滝は、まるで舞台を隠す幕のようにも見える。
 足元に敷かれた石の道もうっすらと青みを帯びているし、街灯などのオブジェは貝殻を模しているし、更には一番低い土地だと半分が水の中という建物も多く、なのに水没していると思わせないのは、……たぶんそれが水中からように見えるからだ。
 珊瑚、みたいな。
 いや一軒家並みの大きさがあるそれは珊瑚にしては巨大過ぎるし形はイソギンチャクに近いんだけど、基本的に白いんだろう表面のところどころが多彩な色のグラデーションになっているからすごく綺麗で、海底にいる気分にさせられる特殊な景観の影響が強くて珊瑚っぽく見えると言うか。

「あの、あっちこっちに見える……不思議な色合いの建物って何で出来ているんですか? 石じゃないですよね?」
「あれは魔魚の寝床って言って、オセアン大陸の金級オーァルダンジョンで採れる素材だ」

 グランツェが教えてくれる。

水人族ウェーヴェの中には海水から長く離れられない人も多い。そういう人たちの住居素材としてとても有用なんだ、何せ海水に浸かっていても半永久的に傷まないからな」
「へぇ! え、ってことは家の中に海水が……?」
「そうだよ。水人族ウェーヴェは地上にいる間は俺たちと同じように足で歩くけど、海の中の、下半身が魚に似た形で泳ぐ方がずっと楽らしい」
「つまり人魚……っ」
「ニンギョ?」
「あ、えっと、俺の故郷ではそういうふうに呼ばれていたので」
「ああ」

 異界の話かと気付いたグランツェ達は納得の表情で頷いた。

「オセアン大陸はプラーントゥ大陸と同じくらい平和な土地だけど、文化的な違いはとても大きいから楽しいよ」
「こうして見ているだけでも興味深いです」

 小声で喋っている間にも、大臣さんとオセアン大陸の迎えの人たちの話は進んでいて、しばらくすると大臣さんから「こちらへ」と招かれた。
 グランツェ、ヒユナと三人で移動する途中にアドバイスを貰い、相手の挨拶を受けてから笑顔で自分も名乗った。

「歓迎していただき感謝致します」
「恐れ多いことでございます。よもや我々の時代に主神様が番をお迎えになられるとは夢にも思わず、己が身の幸運に感極まる思いです。心よりお慶び申し上げます」
「ありがとうございます」

 帝城からの迎えの皆さんに一斉にお祝いされてものすごく動揺したが、貼り付けた笑顔でなんとか乗り切った。
 それから全員で城へ移動する。
 途中、何度も獄鬼ヘルネルの気配に不快な思いをしたが天啓の範囲内に入ってくることはなく、警告が表示されることもなかった。
 そうして到着した城は白亜の壁が美しく、地球でいうところの世界芸術の総本山とも言われる美術館っぽい外観をしているが、いたるところに噴水や水路、滝が見られるのはやはりオセアン大陸ならではなのだろうと思った。




 城に着くと、全員がまずは泊まることになる部屋に案内された。
 あちらこちらから流水音が聞こえる効果かひんやりとした空気が肌寒さを感じさせ、廊下にも水路、階段にも水路が当たり前にあるから部屋はどんなことになっているのだろうと複雑な気持ちで扉を開けたが、中は意外にも普通の部屋だった。
 きっと水人族ウェーヴェ以外の人が使うことを前提にしているんだろう。
 広くて貴重な魔導具が惜しみなく配置され、ベッドも天蓋付きのキングサイズという豪勢な部屋を割り振られる俺と、護衛騎士と同じ扱いですぐ近くの部屋を割り振られるグランツェパーティ、バルドルパーティ。
 部屋の内装にこそ差はつくみたいだけど、彼らが近くにいてくれるのは安心する。
 部屋では専属の侍女が四人も紹介されて「滞在中は交代でお世話させて頂きます」と挨拶された。
 それから、この後の予定を確認。
 11時に大臣さんと、俺だけが、皇帝陛下主催の昼食会に招待されていて、護衛にグランツェとディゼルが。
 夜は6時よりプラーントゥ大陸からの使節団を歓迎するパーティが開催され、オセアン大陸の各国から重鎮が集まると聞かされてちょっと眩暈がした。
 大事になってるなぁなんて他人事みたいに感じてしまった後で、国と国、大陸と大陸の交流だと考えれば当然の予定なんだろうなと反省する。

「今日の予定は把握しましたが、明日以降は?」
「今日次第ってところだが、獄鬼ヘルネルによる被害を確認してその対応にあたろう。少し派手にやり、その褒賞でダンジョンの入場許可を得るために此処に来たんだし」
「はい……」

 はぁ、と息を吐く。
 モーガンが気遣うように「大丈夫かい?」と声を掛けてくれる。

「……こんな、なんというか、不相応な扱いを受けるくらいなら、成人まで待って普通の冒険者としてダンジョン攻略に来た方が良かったんじゃ……と」

 言うと、皆がなんとも言えない表情になった。
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