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第4章 ダンジョン攻略

111.好きな色

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 10月の12日、水の日、朝8時を少し過ぎた時分。
 プラーントゥ大陸ローザルゴーザを出発した船は無事にオセアン大陸を統治するメール帝国、その帝都ラックの港に間もなく到着しようとしていた。
 国民の主な種族は水人族ウェーヴェで、オセアン大陸の七つの国全てを統治下においたメール帝国は、なんとかかんとかという長い名前の、まだ40代の若い皇帝を中心に回っている。この皇帝がイルカ科ドゥーファンだというし、水人族ウェーヴェは水辺に暮らすというふうに学んだ俺は、その帝城がどんな造りになっているのかとても楽しみにしていた。
 ……が。

「お。準備万端だな」

 グランツェの言葉に、しかし俺個人の感想としては「待って欲しい」だ。
 いや、これから向かうのが帝国の城だという話は聞いていたし、何しろ預かっているのがプラーントゥ大陸を統べる王からオセアン大陸の各国を統治下に治めている帝国皇帝への親書である。
 そりゃあすごいところへ行くのだという意識はあった。
 が。

「こんな衣装を着せられるなんて聞いていません……っ」

 船上の城、三階船首側角部屋――つまり俺の部屋。
 何人もの侍女さん達によって着飾らされた俺が顔を覆って訴えるも、準備が終わったと聞いて集まって来た仲間達の視線は生暖かい。

「レンくん、すごく似合ってるよ」
「冒険者装備の時は気にならなかったが……こう見るとおまえの体格ってホント……」
「腰ほっそ……」
「肌白い……」
「小さ」
「小さくないです……!」

 15歳になる前に160を超えたのだ。俺の認識では決して小さくないはずだ。
 だけど!
 だけど……!
 獣人族ビーストと比べちゃダメだけど周りがほとんど獣人族ビーストじゃ比べないわけにいかないし。
 用意された俺の正装、……近いのはインドの民族衣装のサリー? みたいな、女性用のドレスにしか見えないんだけど、一応、パンツスタイルで。でも裾にいくほど広がるタイプだからやっぱりドレスにしか見えなくて!
 ブラウスとパンツとベールの3点セット。
 腕を上げ下げするとお腹周りが晒されて恥ずかしいのに、中にシャツを着るのは「ダメ」と言われ、いつも通りに歩けば「上品に」と注意される。
 とりあえず他大陸の人たちから余計な勧誘や引き抜きの声が掛からないよう、見た目だけでも高嶺の花を意識させろって計画らしく、衣装に使われている生地だって明らかに上質の純白だし、これでもかってくらい施された金糸の刺繍の豪華絢爛さときたら間違いなく国宝級だ。
 所々に綻ぶ花は桜に似ているけど、色は薄紫。
「これって前に好きな花と色を聞かれて答えたやつ……?」って気付いて愕然とした。つまり一年以上前からこの衣装の作製に取り掛かっていたってことだからだ。
 手と、首から上以外に露出は一切なく。
 足はヒール付きのサンダルだけどパンツの裾が地面スレスレなので見えないし、ヴェールのせいで足元すら見えにくい。だからエスコート役をヒユナに頼むのだが、裾を踏んで転ぶんじゃないかって、そればっかり不安になる。
 しかも何故か化粧までされているんだよ!
 薄化粧だけど!
 俺、男なのに!

「……すごいね」
「レン、きれー。花嫁さんみたい」

 うっ。
 バルドルやエニス達に言われたら「嬉しくない!」って突っぱねるけど、クルトとエレインにきらきらした目で言われてしまうと「ありがとう」しか言えない。
 やっと普通に話してくれるようになったエレインと、こんなことでまた疎遠になりたくない……!

「少し大きめに縫って正解でしたね。この一年で身長が随分と伸びられたようで、お喜び申し上げます」
「あと20センチは大きくなられてもお直しできますからご安心下さい」
「ぁ、ありがとうございます……」

 着替えを手伝ってくれたメイドさん達の優しい言葉にも色々と堪えつつ答えたら、バルドル達が肩を震わせながら顔を背けていた。
 あぁもう!

「あの……到着までもう少しだけ時間ありますよね……?」
「20分ほどでしたら」
「じゃあ……半分の10分でいいので、時間もらっても良いですか」
「時間ですか?」

 不思議そうな顔をする侍女さん達と、察した様子のパーティメンバー。

「そっか、せっかく綺麗にしてもらったんだから主神様にもお見せしたいよね」
「10分でいいのか?」

 クルト、バルドルと続けば室内の空気がぴしりと固まる。

「見せたいというか、ちょっと、……不安で吐きそうなので……」
「うんうん、お直しは口紅程度でねー」
「ウーガ」

 ドーガに窘められて「二ヒヒ」と笑うウーガに、でも、ちょっとだけ重苦しさが減った気がした。

「10分後に呼びに来るぞ」
「はい」

 バルドルの念押しに頷いて、全員が部屋から出たのを確認してから寝室の扉を開け、その奥に設置している神具『住居兼用移動車両』Ex.に駆け込む。
 広がるパンツの裾が波打つも、幸いにして引っ掛けることはなかった。

「リーデン様……っ」

 神具『住居兼用移動車両』Ex.の扉が閉じると同時に声を上げれば、部屋には不在だったらしくて一拍遅れて窓辺の風鈴が鳴る。

「リーデン様っ、リーデン様!」
「なんだ、忘れ物でも――」

 虚空から現れた姿に駆け寄り、その腕を掴む。
 俺のこんな姿を見たリーデンは目を丸くして驚いていた。

「どうしたその恰好は」
「どうしたもこうしたもないですっ、いまからオセアン大陸のメール帝国に到着するんですけどまさかこんな格好させられると思ってなくて! 主神様の番だって、まずは見た目で相手に勧誘とか引き抜きが無駄だって思わせるのが大事だって言われてっ、それで」
「落ち着け」
「落ち着かないです、緊張で吐きそうです! 俺ただの会社員で小さな事務所だったから社長には会った事あるけどそれ以上に偉い人なんて人生で関わったことないし、トゥルヌソルの、リシーゾン国の王様にだって会わずに済ませたのにいきなり皇帝なんて! 皇帝ですよっ、帝国! 恐ろしい人だったらどうしたらいいんですか……っ!」
「レン」
「しかもこんなっ、上品にとか、優雅にとかっ、マナーも知らないのに」
「レン!」
「っ」

 腕をぎゅっと捕まれ、間近に響く声にびくりと体が震えた。
 見上げた先に春色の瞳。
 春の朝焼けの空の色。

「レン、とても綺麗だ」
「っ……」
「このまま『婚礼の儀』を執り行い、寝室に閉じ込めたいと思うくらいに美しい。ロテュスの、プラーントゥ大陸の民は良い仕事をしたな」

 ヴェールを上げ、頬にリーデンの手が触れる。

(あぁ、温かい……)

 泣きたくなって目を閉じた。

「おまえを苦しめるような真似をしたことは許し難いが、この衣装に免じてその罪は相殺してやってもよい。どうする?」
「そ、さい?」
「主神の番に、意に添わぬことを強要したのであればそれは罪だろう?」
「待っ、違いますっ、みんな俺がオセアン大陸に奪われないようにって! 俺がプラーントゥ大陸に居たいって言ったから、だから、その」
「レン」

 ふわりとリーデンの表情が和らぐ。
 判っていると笑う。

「おまえは俺の唯一。最愛の番。そして俺はロテュスの主神だ。国王であろうと、皇帝であろうと、おまえが失敗したからといって罰する者などこの世界には存在しない。おまえに害を為せば世界がその者の敵に回るだけだ」
「……っ」

 さっきまでとは違う意味で息を呑んだ俺に、それでもリーデンは穏やかに告げる。

「おまえが恐れるものなど何一つ存在しない」
「でも、上品とか、優雅とか、全然……」
「レンが生まれ育った日本のように幼い頃から礼儀を教えられる国など珍しいぞ」

 意外なことを言われて目を瞬かせたら、リーデンは「大丈夫だ」と。

「社長だったか? その目上の者への態度と同じように接すれば良い。ただし上位はレンの方だ、膝をついたり頭を下げる必要は一切ない。背筋を伸ばし、真正面から相手を見返せ」
「で、でも、おれは子どもで、見た目は普通だし」
「見ただけでお前の方が上位だと相手が知らせられれば良いのか?」
「え……」
「ふむ。少し待て」

 言うが早いか姿を消したリーデンが再び部屋に戻って来た時には、その手に直系10センチくらいの無色透明な魔石が……。

「10センチ⁈」

 びっくりした。
 ハエ足ムージュピエの魔石が1ミリくらいの本当に小さなもので、ボス部屋の魔猪シャルム・サングリアは3センチくらいだった。
 グランツェ曰く金級オーァルダンジョンのボスでも5センチくらいだと言っていたのに、10センチって。

「リーデン様、これってなんの魔物の……」
「魔物ではない。が、この大きさの魔石を得ようと思えば神銀ヴレィ・アルジャンダンジョンの深部に行かねば無理だろうな。持っているだけでも見た相手を驚愕させられるぞ」
「そっ……」
「しかし今回は大きさが重要ではない。ヴェールを外してもいいか?」
「え。あ、はい」

 答えると、リーデンはヴェールを留めている金色の、……えぇっと、某猿の主人公が頭に嵌められていて、悪い事するとぎりぎり仕舞っていくやつ。あんな感じのシンプルな輪っかを外して持ち上げた。
 そして丁度おでこの真ん中にあたる位置を指先で弄り、10センチの魔石をそこにぴったりはまるサイズに縮めてしまった。それでも3センチ以上はあると思うし、リーデンは更にその魔石の表面を削るようにして何かを刻み、輪っかの外周に彫られた細工のところどころに削り落とした魔石の欠片を散りばめ、まだ残る欠片をヴェール全体に、そして衣装の花の刺繍の部分にも散らしていった。

「俺の髪の色に似ているな」
「っ……好きな、色、なので」
「ほう?」
「……金色の刺繍も、たんぽぽの色なら、完璧でした……」
「ふっ」

 満足そうに笑ったリーデンの顔が近付いてきて、目を閉じたら口付けられた。
 軽く触れる程度の優しいキスだったけど、薄桃色の口紅がリーデンにもうつる。

「……ついちゃいましたよ」
「拭ってくれ」

 言ったリーデンがヴェールを付け直し始めたため、ティッシュや布を取るために移動する事も出来ず、まさかと思いつつ指で拭う。
 食事の時にソースとかが付くと、最近は、その……まぁそんな感じなので。
 しかし口紅は舐められず、汚れた親指を他につけないよう離して立てていたら、リーデンがその指を持って息を吹きかけてくれた。
 それだけでキレイになる。
 頭上には元通りになったヴェールと、金の輪っか。

「ここに神力を」
「神力ですか?」
「そうだ。俺の神力では世界の魔力とのバランスが危うくなるからな」

 なるほどと納得しつつ額の真ん中に飾られた魔石に神力を流すと、ヴェールや、衣装の薄紫色の花がきらきらと光り出した……ような気がする。陽の当たり具合で、きらきら、って。

「最初の10センチあった魔石を、額の3センチに凝縮した。全体に散りばめた魔石もすべてが繋がっている。これを見ておまえに害を為そうだとか、己がものにしようなどと考える愚か者がいれば容赦は要らん」
「これ……?」
「外に行けば判る。ほら、迎えが来たようだ」
「……10分経ったんですね」
「ああ。……レン、何も心配は要らない。おまえは俺の最愛で、客観的に見ても充分に美しい」
「っ……」

 顔が火照る。
 ヴェールで顔が隠れていて良かったと思いながら「ありがとうございます……」と伝えて立ち上がると、リーデンは口の端で意味深に笑って見せながら「忘れていた」と。

「外の者達に伝えよ。このヴェールを付けている間は誰一人我が番の顔を見ることを禁ずるとな」
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