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第4章 ダンジョン攻略
103.『ソワサン・ディヌズフ』(1)
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『ソワサン・ディヌズフ』の第1階層は、先日の鉄級ダンジョンと同様に畑や家畜の放牧用の平原がどこまでも広がっていて、魔物の襲撃は一度もなかった。
転移陣が敷かれたガゼボの周りは花が咲き乱れていたのに、振り返ってもガゼボが見えなくなった辺りからは閉じている花が多くなった。
それが朝が早いためなら、転移陣のある入り口付近は他と環境が違うということになる。
(これも新しい発見かな)
陽気な春の気配とは裏腹に、空が秋の朝焼けに染まっていくのがとても不思議だった。
「ここは第1階層でも虫型の魔物が頻繁に襲ってきて面倒だった気がするんだが、やけに静かだな」
「朝が早いから、とか」
「夜行性の連中が寝静まって、昼型の連中が動き出す前の時間帯か……」
「何日か様子見して、移動する時間帯を見直すのはありかも」
「だな」
余裕で作戦会議をしているようで、足は結構な速度で進んでいる。
前回の鉄級ダンジョンとほぼ同じ難易度だが、各階層の面積は広くなっているという踏破済み5人の情報があってこそだが、体力づくりの一環として移動は速足と決めたからだ。
「夕方までに第3階層に辿り着くのが理想だな」
エニスが言う。
「普通だとどれくらい掛かるんですか?」
「売れそうな薬草や魔物を8階層ごとに出来るだけ入手してから外に戻るもんだ。一階層に二日掛けるパーティがあっても不思議じゃない」
「一階層に二日……!」
「今回は収入より時間優先だから、形としては未踏破ダンジョンに踏み込んで正しい道を探すことを優先する場合と似ているかもね」
「道は完全に敷かれてるがな」
クルト、バルドルと続く会話に、全員の視線が足元を見つめる。
いままでに多くの冒険者達が踏み固めて来た土の道だ。
「レイナルドさん達が踏破を目指している金級ダンジョンには、まだ道がないってことですね」
「そうだよ。俺は第3階層まで連れて行ってもらったけど、そこで魔物を狩って素材を手に入れて外に戻るまでで半月以上掛かった。一階層ごとがとんでもなく広くて、体感だけどこの銅級ダンジョンの10階層分はあるんじゃないかな」
「そんなにか……」
金級ダンジョンの話なんてバルドル達も滅多に聞けないのだろう。とても興味深そうにクルトの声に耳を傾けている。
「レイナルドさん達は第31階層までの道を把握しているし、自分達にだけ判る目印も付けているって言ってたけど、俺にはさっぱりで……辛うじて「これって獣道……?」くらいの場所を通っていくんだ」
クルトは当時を思い出したのか、吐息を微かに震わせた。
「まだ銀級ダンジョンだって踏破したことないのに、なんで此処に居るんだろうって何度思った事か」
「ははっ」
「あの人たちはそういうところ容赦ないよな」
ゲンジャル、ウォーカーらに鍛えられたバルドルパーティの面々が苦笑いの顔になった。
「……銀級ダンジョンまでに、もっと強くならないとな」
ウーガが言う。
「レイナルドさんは、もう銀級ダンジョンを踏破出来るくらいには強くなったって言ってましたよ?」
「ダンジョンを踏破するためには単純な力だけじゃ、な」
バルドルが笑う。
鉄級と銅級を踏破しながら経験として積んでいくものが銀級ダンジョンには必要だ、と。
「銀級冒険者になったから銀級ダンジョンを踏破出来るわけじゃない。あくまで挑戦権を得ただけ……俺たちは仲間を失った時にそれを痛感した」
「だね」
「ん。だからこそ、今度は間違えたくない」
兄弟の同意を得たバルドルの視線が自分に、そしてクルトに向く。
「必ずこのメンバーで銀級ダンジョンを踏破して、金級冒険者になるぞ。あの人たちの隣に胸張って立つためにな」
「はい!」
「当然」
俺にとっては初めての銅級ダンジョンなのに、短期決戦、32日間で40階層を踏破するなんて無茶な計画を立てて挑んだ『ソワサン・ディヌズフ』。
鉄級ダンジョンに比べて倍以上ありそうな面積を6人でひたすら歩き、ひたすら進む。
素材は無視。
魔物も無視。
ただし襲われたら応戦、問答無用。
これからの長くなるだろう冒険者人生において、こんな踏破の仕方をするダンジョンは後にも先にもきっとここだけだろうと思う。
同時に、このメンバーで挑めることをとても嬉しいと思った。
第1階層は畑や牧草地の間に道が敷かれているから迷い様がなく、速足で歩くこと2時間弱で目に見えない扉を抜けることになり、無事に次の階層へ進んだ。
相変わらずの不快な感覚に少しだけ頭がくらくらしたが、それもすぐに消えるので問題なく先へ。
休憩時には準備して来たおにぎりで腹を満たし、また歩く。
襲ってくる魔物は虫型が大半で弱点は火だが、物理攻撃にも弱いため、小さいのはドーガが火魔法で。標的にし易いサイズはクルト、バルドル、エニスの剣。
そしてウーガはたまに現れる獣型を射止めては「肉!」と歓喜の声を上げていた。
俺はと言えば、すばしっこくウーガの射程範囲から逃れようとする獣型を拘禁したり、稀に虫型に刺されたり、噛まれたりするメンバーの治療担当。出来ることはやっているつもりだけど、応援領域を禁止されていることもあって、なんとなくお荷物感が拭い切れない。
「俺、役に立ててますか?」
「もちろん」
クルトの即答。
「おまえは早めに大陸を渡り歩いて僧侶の重要性を認識し直した方が良いかもな」
「言えてる」
エニスが言い、ウーガが笑う。
「トゥルヌソルには僧侶が多いし、しかも優秀な人ばかりだから尚更だろうが……もう少し仲間を信じて頼るってことも覚えろよ」
バルドルが言う知り合いの僧侶といえばやはり師匠のセルリーや、金級パーティの一員であるヒユナがパッと思い浮かぶが、確かに頼りになる先輩達だ。
だから前半は理解出来るのだが……。
「俺、ものすごく頼りにしてますし、甘えているつもりなんですが」
「まだまだだよ」
「そうそう。「大ケガしたら呼んで~」とか言って、俺たちが戦ってる最中に馬車の中で昼寝するレンが見てみたい」
「何ですかそれ!」
兄弟の揶揄にびっくりするけど、クルト達も楽しそうに笑っていた。
初日は当初の予定通りに第3階層の4カ所目の野営地まで進んだ。バルドル曰く、ここまで来ると第3階層の終わりも近い、と。今日の戦果は兎肉が3羽分と、猪肉が1頭分。「肉料理万歳!」とウーガが大喜びで、後はそれらから得た魔石が4つだ。戦闘回数は多かったが、小さな虫型の魔物が多いため落ちた魔石はそのままダンジョンに還元。それ以外も調理可能な肉以外は解体の時間が惜しくてすべて火葬したからである。
幸いにして野営地に他のパーティがいなかったため安心してテントを広げて一泊。
翌日のための英気を養った。
ダンジョン内で初めて他所のパーティと遭遇したのは3日目の昼頃に第8階層の転移陣に魔力を登録した直後だった。
第8から第10階層までに生えている薬草を採りたい薬師の護衛だという銀級パーティで、バルドル達の知人だったらしく、さすがに無視するわけにもいかず最初の採集地までの5分くらいを一緒に歩くことになった。
俺は未成年なので此処に居ることを知られたくなくて、マントを目深に被って顔を隠し、クルトの横に隠れるようにして歩く。
バルドルが「知り合いの子で、付き添いを頼まれた。人見知りなんだ」と説明してくれたこともあり、軽く会釈するだけで挨拶を済ませた後は聞き役に徹した。
その後、薬師と聞いて、2年前に知り合った時は見習いだったアーロを思い出したけど、毎年この時期に診療所で顔を合わせるが、彼も今では一人前の薬師で、診療所で所長をしっかりと支えている。このダンジョンを踏破したら、今年も会いに行ってみようかなと思った。
次に他のパーティと遭遇したのは24階層に到達した17日目の朝だ。
この時もバルドルの知人たちで、薬草採取の依頼を受けて来た事と、トゥルヌソルにだんだんと人が増えて来ている事。
ダンジョン入場待ちの列が数日前から長くなっているといった情報を入手したわけだが、その中に一つ気になる話があった。
「インセクツ大陸の銀級パーティ?」
「去年も来てて、この『ソワサン・ディヌズフ』の攻略を進めていたんだけど時間切れでダメだったんだと。そのせいで一年も金級への昇級を待たされたって、ひどい荒れようでさ」
「待たされたって事は、ここを踏破したら金級冒険者になるってことか」
「そ。つまり銅級ダンジョン内じゃ一番の実力者と言えなくもないじゃん」
「……それでインセクツ大陸の出身かよ。悪夢だな」
「なー」
どういう意味だろうと思いつつクルトを見上げたら「後で説明するよ」って。
判っていないのはやっぱり自分だけらしい。
「ここを踏破すれば金級だって言うなら、多少延長してでも踏破して帰れば良かったんじゃ?」
エニスさんが口を挟む。
副音声で「二度もトゥルヌソルに来るな」と聞こえた気がした。
「何でもパーティリーダーの野郎の婚礼の儀が控えてたんだと」
「婚礼?」
「貴族家の次男だか三男だか……とにかく素行不良で家を追い出されたバカ息子が金級冒険者になりそうだってなったら、そりゃあ実家も使えると思うじゃん」
「金級ダンジョンの素材を手に入れられるからな」
「だろ?」
銀級と金級では、ダンジョンで入手出来る素材の価値が桁違いなのは周知の事実で、師匠が欲しがる植物素材に限定しても中級と上級に分かれており、価値が雲泥の差なのは明確だ。
世界に最も多いのが銀級冒険者で、金級以上は全体の2割未満。
放逐された貴族家の次男(三男?)を実家が呼び戻すのも当然と言える。
「相手の家が格上で、婚礼の儀の延期なんて認めないって言われて渋々帰郷。帰ったら帰ったで貴族教育のやり直しだ社交だ、新婚なんだから嫁を愛でろって抑圧されてたんだろうなぁ。来た初日からすげぇ騒ぎだったぜ。あれはトゥルヌソルを出る時に出禁食らうわ」
「マジか」
「マジ。インセクツ大陸とプラーントゥ大陸じゃ法律が違うことからして理解してなさそうだったもん」
「……遭遇したくねぇなぁ」
「なぁ」
バルドルの知り合いパーティの皆さんはそう言った後で、俺と、クルトを見遣る。
その視線はこっちの素性を把握済みと言いたげだった。
「気を付けろよ。インセクツ大陸のバカ共は何してくるか判んねぇからな」
「遭遇しないに越したことはないけど、ダンジョンって意外に狭いし」
かなり真剣に心配してくれている事が伝わって来たから、俺はフードを脱いで感謝を伝える事にした。
さて、そんな知り合いパーティの親切がフラグだったのか何なのか、俺たちは運悪くその問題の冒険者と遭遇することになってしまった。
攻略生活27日目。
第37階層の野営地だ。
タイムリミットまであと5日、残り3階層だったのに。
しかも俺個人の問題として、その男には眉を潜めずにはいられなかった。何故ならそいつがスキル「天啓」の領域に入った途端に「注意」のアラートが黄色く点滅し始めたのだから。
転移陣が敷かれたガゼボの周りは花が咲き乱れていたのに、振り返ってもガゼボが見えなくなった辺りからは閉じている花が多くなった。
それが朝が早いためなら、転移陣のある入り口付近は他と環境が違うということになる。
(これも新しい発見かな)
陽気な春の気配とは裏腹に、空が秋の朝焼けに染まっていくのがとても不思議だった。
「ここは第1階層でも虫型の魔物が頻繁に襲ってきて面倒だった気がするんだが、やけに静かだな」
「朝が早いから、とか」
「夜行性の連中が寝静まって、昼型の連中が動き出す前の時間帯か……」
「何日か様子見して、移動する時間帯を見直すのはありかも」
「だな」
余裕で作戦会議をしているようで、足は結構な速度で進んでいる。
前回の鉄級ダンジョンとほぼ同じ難易度だが、各階層の面積は広くなっているという踏破済み5人の情報があってこそだが、体力づくりの一環として移動は速足と決めたからだ。
「夕方までに第3階層に辿り着くのが理想だな」
エニスが言う。
「普通だとどれくらい掛かるんですか?」
「売れそうな薬草や魔物を8階層ごとに出来るだけ入手してから外に戻るもんだ。一階層に二日掛けるパーティがあっても不思議じゃない」
「一階層に二日……!」
「今回は収入より時間優先だから、形としては未踏破ダンジョンに踏み込んで正しい道を探すことを優先する場合と似ているかもね」
「道は完全に敷かれてるがな」
クルト、バルドルと続く会話に、全員の視線が足元を見つめる。
いままでに多くの冒険者達が踏み固めて来た土の道だ。
「レイナルドさん達が踏破を目指している金級ダンジョンには、まだ道がないってことですね」
「そうだよ。俺は第3階層まで連れて行ってもらったけど、そこで魔物を狩って素材を手に入れて外に戻るまでで半月以上掛かった。一階層ごとがとんでもなく広くて、体感だけどこの銅級ダンジョンの10階層分はあるんじゃないかな」
「そんなにか……」
金級ダンジョンの話なんてバルドル達も滅多に聞けないのだろう。とても興味深そうにクルトの声に耳を傾けている。
「レイナルドさん達は第31階層までの道を把握しているし、自分達にだけ判る目印も付けているって言ってたけど、俺にはさっぱりで……辛うじて「これって獣道……?」くらいの場所を通っていくんだ」
クルトは当時を思い出したのか、吐息を微かに震わせた。
「まだ銀級ダンジョンだって踏破したことないのに、なんで此処に居るんだろうって何度思った事か」
「ははっ」
「あの人たちはそういうところ容赦ないよな」
ゲンジャル、ウォーカーらに鍛えられたバルドルパーティの面々が苦笑いの顔になった。
「……銀級ダンジョンまでに、もっと強くならないとな」
ウーガが言う。
「レイナルドさんは、もう銀級ダンジョンを踏破出来るくらいには強くなったって言ってましたよ?」
「ダンジョンを踏破するためには単純な力だけじゃ、な」
バルドルが笑う。
鉄級と銅級を踏破しながら経験として積んでいくものが銀級ダンジョンには必要だ、と。
「銀級冒険者になったから銀級ダンジョンを踏破出来るわけじゃない。あくまで挑戦権を得ただけ……俺たちは仲間を失った時にそれを痛感した」
「だね」
「ん。だからこそ、今度は間違えたくない」
兄弟の同意を得たバルドルの視線が自分に、そしてクルトに向く。
「必ずこのメンバーで銀級ダンジョンを踏破して、金級冒険者になるぞ。あの人たちの隣に胸張って立つためにな」
「はい!」
「当然」
俺にとっては初めての銅級ダンジョンなのに、短期決戦、32日間で40階層を踏破するなんて無茶な計画を立てて挑んだ『ソワサン・ディヌズフ』。
鉄級ダンジョンに比べて倍以上ありそうな面積を6人でひたすら歩き、ひたすら進む。
素材は無視。
魔物も無視。
ただし襲われたら応戦、問答無用。
これからの長くなるだろう冒険者人生において、こんな踏破の仕方をするダンジョンは後にも先にもきっとここだけだろうと思う。
同時に、このメンバーで挑めることをとても嬉しいと思った。
第1階層は畑や牧草地の間に道が敷かれているから迷い様がなく、速足で歩くこと2時間弱で目に見えない扉を抜けることになり、無事に次の階層へ進んだ。
相変わらずの不快な感覚に少しだけ頭がくらくらしたが、それもすぐに消えるので問題なく先へ。
休憩時には準備して来たおにぎりで腹を満たし、また歩く。
襲ってくる魔物は虫型が大半で弱点は火だが、物理攻撃にも弱いため、小さいのはドーガが火魔法で。標的にし易いサイズはクルト、バルドル、エニスの剣。
そしてウーガはたまに現れる獣型を射止めては「肉!」と歓喜の声を上げていた。
俺はと言えば、すばしっこくウーガの射程範囲から逃れようとする獣型を拘禁したり、稀に虫型に刺されたり、噛まれたりするメンバーの治療担当。出来ることはやっているつもりだけど、応援領域を禁止されていることもあって、なんとなくお荷物感が拭い切れない。
「俺、役に立ててますか?」
「もちろん」
クルトの即答。
「おまえは早めに大陸を渡り歩いて僧侶の重要性を認識し直した方が良いかもな」
「言えてる」
エニスが言い、ウーガが笑う。
「トゥルヌソルには僧侶が多いし、しかも優秀な人ばかりだから尚更だろうが……もう少し仲間を信じて頼るってことも覚えろよ」
バルドルが言う知り合いの僧侶といえばやはり師匠のセルリーや、金級パーティの一員であるヒユナがパッと思い浮かぶが、確かに頼りになる先輩達だ。
だから前半は理解出来るのだが……。
「俺、ものすごく頼りにしてますし、甘えているつもりなんですが」
「まだまだだよ」
「そうそう。「大ケガしたら呼んで~」とか言って、俺たちが戦ってる最中に馬車の中で昼寝するレンが見てみたい」
「何ですかそれ!」
兄弟の揶揄にびっくりするけど、クルト達も楽しそうに笑っていた。
初日は当初の予定通りに第3階層の4カ所目の野営地まで進んだ。バルドル曰く、ここまで来ると第3階層の終わりも近い、と。今日の戦果は兎肉が3羽分と、猪肉が1頭分。「肉料理万歳!」とウーガが大喜びで、後はそれらから得た魔石が4つだ。戦闘回数は多かったが、小さな虫型の魔物が多いため落ちた魔石はそのままダンジョンに還元。それ以外も調理可能な肉以外は解体の時間が惜しくてすべて火葬したからである。
幸いにして野営地に他のパーティがいなかったため安心してテントを広げて一泊。
翌日のための英気を養った。
ダンジョン内で初めて他所のパーティと遭遇したのは3日目の昼頃に第8階層の転移陣に魔力を登録した直後だった。
第8から第10階層までに生えている薬草を採りたい薬師の護衛だという銀級パーティで、バルドル達の知人だったらしく、さすがに無視するわけにもいかず最初の採集地までの5分くらいを一緒に歩くことになった。
俺は未成年なので此処に居ることを知られたくなくて、マントを目深に被って顔を隠し、クルトの横に隠れるようにして歩く。
バルドルが「知り合いの子で、付き添いを頼まれた。人見知りなんだ」と説明してくれたこともあり、軽く会釈するだけで挨拶を済ませた後は聞き役に徹した。
その後、薬師と聞いて、2年前に知り合った時は見習いだったアーロを思い出したけど、毎年この時期に診療所で顔を合わせるが、彼も今では一人前の薬師で、診療所で所長をしっかりと支えている。このダンジョンを踏破したら、今年も会いに行ってみようかなと思った。
次に他のパーティと遭遇したのは24階層に到達した17日目の朝だ。
この時もバルドルの知人たちで、薬草採取の依頼を受けて来た事と、トゥルヌソルにだんだんと人が増えて来ている事。
ダンジョン入場待ちの列が数日前から長くなっているといった情報を入手したわけだが、その中に一つ気になる話があった。
「インセクツ大陸の銀級パーティ?」
「去年も来てて、この『ソワサン・ディヌズフ』の攻略を進めていたんだけど時間切れでダメだったんだと。そのせいで一年も金級への昇級を待たされたって、ひどい荒れようでさ」
「待たされたって事は、ここを踏破したら金級冒険者になるってことか」
「そ。つまり銅級ダンジョン内じゃ一番の実力者と言えなくもないじゃん」
「……それでインセクツ大陸の出身かよ。悪夢だな」
「なー」
どういう意味だろうと思いつつクルトを見上げたら「後で説明するよ」って。
判っていないのはやっぱり自分だけらしい。
「ここを踏破すれば金級だって言うなら、多少延長してでも踏破して帰れば良かったんじゃ?」
エニスさんが口を挟む。
副音声で「二度もトゥルヌソルに来るな」と聞こえた気がした。
「何でもパーティリーダーの野郎の婚礼の儀が控えてたんだと」
「婚礼?」
「貴族家の次男だか三男だか……とにかく素行不良で家を追い出されたバカ息子が金級冒険者になりそうだってなったら、そりゃあ実家も使えると思うじゃん」
「金級ダンジョンの素材を手に入れられるからな」
「だろ?」
銀級と金級では、ダンジョンで入手出来る素材の価値が桁違いなのは周知の事実で、師匠が欲しがる植物素材に限定しても中級と上級に分かれており、価値が雲泥の差なのは明確だ。
世界に最も多いのが銀級冒険者で、金級以上は全体の2割未満。
放逐された貴族家の次男(三男?)を実家が呼び戻すのも当然と言える。
「相手の家が格上で、婚礼の儀の延期なんて認めないって言われて渋々帰郷。帰ったら帰ったで貴族教育のやり直しだ社交だ、新婚なんだから嫁を愛でろって抑圧されてたんだろうなぁ。来た初日からすげぇ騒ぎだったぜ。あれはトゥルヌソルを出る時に出禁食らうわ」
「マジか」
「マジ。インセクツ大陸とプラーントゥ大陸じゃ法律が違うことからして理解してなさそうだったもん」
「……遭遇したくねぇなぁ」
「なぁ」
バルドルの知り合いパーティの皆さんはそう言った後で、俺と、クルトを見遣る。
その視線はこっちの素性を把握済みと言いたげだった。
「気を付けろよ。インセクツ大陸のバカ共は何してくるか判んねぇからな」
「遭遇しないに越したことはないけど、ダンジョンって意外に狭いし」
かなり真剣に心配してくれている事が伝わって来たから、俺はフードを脱いで感謝を伝える事にした。
さて、そんな知り合いパーティの親切がフラグだったのか何なのか、俺たちは運悪くその問題の冒険者と遭遇することになってしまった。
攻略生活27日目。
第37階層の野営地だ。
タイムリミットまであと5日、残り3階層だったのに。
しかも俺個人の問題として、その男には眉を潜めずにはいられなかった。何故ならそいつがスキル「天啓」の領域に入った途端に「注意」のアラートが黄色く点滅し始めたのだから。
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