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第4章 ダンジョン攻略

101.神の傲慢

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「……つまり成人まで待てというのは、そういう意味か」
「ですよ!」

 自棄気味に即答したら、リーデンは今までからは想像も出来ないような情けない顔で「すまなかった」と頭を下げてくれて、きっとこういうのを惚れた弱みって言うんだろうけど、怒っているのが辛くなってしまった。

「……反省してくれますか?」
「する」

 こく、と大きく頷く姿を見て、俺も大きく息を吐く。

「じゃあ、ソファに普通に座って、手と足を、こう」
「……こう、か」

 手足を程良く広げてもらったら、俺は足の間に座って、手を前に。

「レン……?」
「リーデン様は動いちゃダメですよ。そのままフリーズです」
「……」

 いわゆる座った状態でのバックハグだ。
 動いてはダメだと言われたリーデンはとても不服そうだけどいまは反省してもらう時なので、例え不機嫌そうな顔が可愛いと思っても絆されたりしないのである。

「……これは、いつまで続くんだ?」
「俺がリーデン様を充電し終えるまでです」
「充電……」
「ダンジョンを一つ踏破して来たんですよ」
「ほう。早かったな、おめでとう」
「ありがとうございます。だから今夜はゆっくり休めってバルドルさんが。明日の朝も、食事は各自でするから早起きしなくていいんです」
「……それを先に言ってくれ」
「ふふっ」

 ダンジョンに籠っている間は朝晩どちらもバタバタするため、ゆっくり会話も出来なかった。その事でリーデンが少なからず不機嫌になっていたのは知っている。俺も同じ気持ちだし。これで神具『野営用テント』がなかったら……って想像するだけでも怖い。
 つまりリーデンからのキス禁止とか、いろいろ重なって、神様も我慢の限界だったんだろう。
 そう考えると、悪いなと思いつつも嬉しくなってしまう。
 足りないと思っていたのは自分だけじゃないってことだから。

「でもすぐに次のダンジョンに行くことに決まってて、しかも1ヶ月で銅級ダンジョンの踏破を目指すことになったので、明後日からまたしばらくはバタバタします」
「明後日から1ヶ月……『界渡りの祝日』か」
「はい。ダンジョンに挑戦する他所の人が増えて、いつになったら空くかが読めないので、明後日から全速で銅級ダンジョンに挑んできます」
「なるほど。あのテントがあれば無理ではないだろうが……無茶はするな」
「気を付けます」

 そう返した後で神具『野営用テント』がどう凄かったのか。
 クルトやバルドル達がどう喜んでいたか。
 キッチンの使い心地、神様印のパントリーの万能具合、更には個室の水回りの有難味とか、パーティメンバー全員がどんなに感謝していたかを余すことなく伝えていく。

「リーデン様と大神様と、ヤーオターオ様と……ラーゼン様、でしたっけ? 他にも上級神の皆さんが協力してくれたんですよね?」
「カグヤと……、まぁ、他の連中もそれなりにだな」

 それなりがどれほどのものなのか想像もつかないけど、協力してくれた神々には感謝しかない。

「明後日からのダンジョン攻略でも大活躍間違いなしです。世界記録を作ってきますね」
「……それで無茶をさせるなら感謝されても複雑だがな」

 言い、二人で笑った。

「レイナルドさん達との約束もありますし、早くトゥルヌソルを出て、他の大陸の獄鬼ヘルネルを対処しにいかないと。成人前だからそれでダンジョンへの入場許可を取って来い、ですし」
「それは、半分は本当だろうがもう半分は違うと思うぞ」
「え?」
「未成年に入場許可を与える理由付けとしては充分だが、恐らくおまえ達のパーティリーダーが意図しているダンジョンへの入場許可は、普通なら成人後でも滅多に取れるものではない許可を指しているはずだ」

 意味が判らなくて首を傾げればリーデンは小さく笑う。

「あの男が伏せたのだから俺もいまは伏せよう。おまえに危害を加えようというなら無視するが、目的はおまえを守るためだろうからな」
「……よく解りませんが」
「いまはそれで良い。ただ、獄鬼ヘルネルへの対処はおまえの成人後になっても何ら問題ないはずだ。急ぐ必要はない。せっかくの大陸移動なのだから旅行気分で楽しむことも忘れるな」
「でも、獄鬼ヘルネルに苦しんでいる人がいます……」
「おまえがいなければ、各々で対処して然るべき敵だ。レンが自分の責任だと気に病む必要はない」
「はい……」
「心配せずともロテュスの民は強い。この1000年、絶えず獄鬼ヘルネルの脅威に晒されながらも生き延びて来ているのだ。世界を信じろ」

 強い言葉に、不思議と心の重しがふわりと浮いて消える気がした。この世界を1000年に渡って見守り続けて来た主神の言葉だと思えば信じないわけにはいかない。

「信じます」
「ああ」

 見上げると、ものすごい至近距離にリーデンの顔があった。
 バックハグを希望したのは自分なので当然だが、それを忘れて見合ってしまったら……その、目を瞑ってしまうわけで。

「っ……」

 ふにっ、って。
 触れるだけのキスをする。

「……リーデン様、動いていいって言ってません」
「充電をするなら触れ合う箇所を増やした方がいいのではないか?」
「反省はどこにいったんですか」
「いまもしているぞ」

 どの口が言うんだろうって言い掛けたところでもう一度キスされる。今度は少しだけ長かった。

「……レン、待つのは本当に成人までで良いな?」
「え……」
「15の誕生日が過ぎた時点で、まだ子どものままだと言われても、もう待てるとは思えん」
「そ、それは、大丈夫です……たぶん。あ、でもダンジョン攻略中とかはダメですよ絶対!」
「誕生日から一週間程度はこの部屋から出さないからそのつもりでいろ」
「いっ……ちょ、それは無理でしょ⁈ 皆にも都合ってものがあるんですから」
「ならば全世界に神託を与え一週間ほどダンジョンを入場禁止とするか」
「ダメですよ絶対!!」

 一週間という期間にも驚いたが神託って!
 私的な事情で一週間もダンジョン禁止なんて公私混同も甚だしいし、そもそもなんで一週間なんですかっ。
 長くありませんか⁈

「神託についてはよく知らないのでアレですけど、そんなものが与えられたら世界中パニックなのでは? 俺の成人程度で使わないでください」
「何を言っている。世界の主神の婚礼の儀も、ロテュスの民にとっては一大事だぞ」
「婚っ……⁈」
「何を驚いている」

 驚いていることに怪訝な顔をされても思考が追い付かない。

「生涯を共にすると誓い伴侶となるのだ。婚礼の儀で間違いはないはずだが」
「そ、それはそうなんですけど……その、15歳でけっ、結婚というのは、早いかな、って」
「……なるほど、地球は晩婚化しているのだったか」

 晩婚化は確かだけど、ロテュスに転移して2年が経っても常識はこっちとあっちを行き来している。15歳って聞いたら高校受験のイメージしかない自分には結婚なんてまだまだ先の話だった。
 どう答えたらいいのか適当な言葉が見つからなくて俯いていると、耳元にリーデンの不安そうな声が落ちて来た。

「……俺は急ぎ過ぎか?」
「えっ」
「おまえに選ばれた事が嬉しくて浮かれている自覚はある」
「浮か……浮かれているんですか?」
「ああ」

 ぎゅっ……と抱き締める腕に力がこもり、今度はおでこにキスされた。

「ずっと見ているしかなかった『蓮』……孤独を当然のような顔で受け入れておきながら白い魂を磨き続けるおまえを、何度こうして抱き締めたいと思ったか」
「っ……それ、どういう……リーデン様……?」

 急なことで、本当に、頭が真っ白になってしまう。
 この人は、神様は、何を言っているんだろう。
 そういえばロテュスを見せたい相手は一人だって、さっき。

(俺、って……)

 目玉が落ちるのではないかというくらい大きく見開いた目で見上げたら、リーデンは決まりの悪そうな顔で「……『蓮』のことは、ユーイチが天界エデンに来た頃から知っている」と。
 聞けばユーイチは、独りぼっちになるだろう幼馴染の事が心配過ぎて、天界エデンにある水鏡を使って俺がどんな生活をしているか頻繁に確認していたそうだ。

「以前にも言ったと思うが、天界エデンの連中は穢れなき白い魂を好む。ユーイチの水鏡に映る幼馴染は……いろいろとあって、すぐに皆の知るところとなった」

 いろいろに、それこそいろんなものを伏せた気配を色濃く感じたが今はそれどころではない。

「つまり神様たちは俺の事を昔から知っている……?」
「……そうだ。だからユーイチが犯した禁忌はおまえという地球人を他所に転移させることで贖われることになったんだ」

 びっくりである。
 衝撃である。
 本音を言えばまだ理解し切れていない、けど。

「レン」
「は、はいっ」
「俺の、この感情は……おそらくお前が想像しているよりもずっと重くて制御が利かない」

 耳元で告げられた言葉に、一瞬にして鳥肌が立った。
 心が暴れる。

「おまえが拒否しないのであれば今すぐにでも契り、俺の側を離れぬよう――他の者の目に触れぬよう此処に閉じ込めたくなるくらいにはな」
「り、リーデン様、それは、ダメです」

 声が震える。
 怖いとはまた違ったよく解らない感情が心臓の辺りをぐるぐると巡っていて、努めて冷静を意識していなければ呼吸が乱れそうだった。
 頭、顔、髪の毛……届くあらゆる範囲に幾度も口付けられて、熱い。

「判っている、……いや。おまえが望まぬことは決してしない。それが俺の誓いになる。だから、俺が急ぎ過ぎだと思うならそう言え。世界を統べる神の傲慢を軽視するな」
「……でも」
「それから」

 リーデンは真面目な顔で俺を遮って続ける。

「おまえの抵抗には、言う通りにしないと嫌われるかもしれないという不安が散見する。俺が要求したら心で拒否しながらもその身を捧げるだろうことは想像に難くない……それは、おまえにとっても、俺にとっても良いことではない」
「リーデン様……」

 名を紡ぐ唇に口付けられる。
 優しく。
 穏やかに。

「おまえは良くも悪くも素直だ」
「……?」
「説明しろといえば言葉を尽くし理由を明かす。誤解で人間関係を悪化させまいと立ち回って来たがゆえの無意識なんだろうが」
「そう……でしょうか」
「ああ。それに、拒否する割にはこのくらいの触れ合いだと喜んでいるのが丸判りで、見極めるのはなかなか愉快だ」
「……っ」

 途端、顔が熱くなる。
 むっとして睨みつけたら小さく笑われた。
 でもそれは仕方ないと思う。好きな人に触れられたり、求められて、嬉しくないはずがない。体は幼くたって心は27年分の経験値を貯めているのだし、地球では何もないまま枯れて消えてしまった感情や、欲が、こうして体が若返ったいま順調に再生しているのが判るのだから。

「俺は、そういうところにつけこむぞ」
「自覚があるならリーデン様が遠慮してください」
「それは難しい。おまえが傍にいるだけでどこまで許されるか試したくなる。情欲がこれほど滾るものだとは知らなかった」
「……!」

 滾るって!
 神様が滾るとかどうなんですかっ。

「そういう意味でも15の誕生日から一週間は空けておけ。婚礼の儀はおまえがしたいと言うまで待ってもいいが、おまえを愛する許しを先延ばしにされるのは耐えられそうにない」
「っ……」
「ここまで言ったのに我慢させてみろ、世界規模の地震が起きるぞ」
「そういうのは脅迫って言うんですけど⁈」

 我慢したら噴火するってこと?
 えっ、ロテュスとリーデン様ってそういう関係??
 ぎょっとしたら鼻を抓まれた。

「妙なことを考えたな?」
「想像させるリーデン様が悪いんです絶対!」

 思いっきり本気で怒り返したら、リーデンは面白そうな笑みを浮かべて「それでいい」って。
 言いたいことを言え。
 したいことをしろ。
 神の寵愛を受ける者であればこそ、その白い魂の声に従えと。

「ロテュスに地震を起こしたりしませんね?」
「するわけがないだろう。ロテュスは私の子も当然だ」

 良かったと安堵して息を吐いた。
 と、リーデンが。

「子で思い出したが『雌雄別の儀』はどうするつもりだ」
「……まだ何とも……ダンジョンのこともそうだし、獄鬼ヘルネルを何とかするまでは……」
獄鬼ヘルネルの件はおまえ一人が背負うものではないと言ったはずだが……そう望むのならそれで構わん。俺はおまえを愛するだけだ」
「そっ、あ……えっと、……やっぱり一週間は長いと思うんですっ。せめて、三日間、とか」
「一週間だ」
「長過ぎます!」
「生涯監禁しても構わないぞ」
「それダメって言いました! ダメな事は言えって、さっき!」
「付け込むとも言った」
「それは」
「本当に嫌ならば拒否してみろ」
「~~~~っ」

 ひどい!

「くっ……皆にどう説明しろって言うんですか。一週間分を三日分に抑えちゃう薬や魔法はないんですか?」
「抑えてどうする。人の三大欲求の一つであり種の存続には不可欠な行為だ」
「それはそうですけどこの場合は……」

 言い掛けて、ふと思い出す。

「リーデン様、実際問題として性欲を抑える薬はあるんですか?」
「それは薬ではなく毒だ」
「薬です! 世の中には発情で辛い思いをしている人もいるでしょう?」

 言うと、リーデンは非常に不本意ながらも思い当たる節があったようで「そうだな」と。

「しかしそれが本当に必要か?」
「苦しいのを緩和出来るなら、あると重宝するんじゃ……?」

 応えたら、リーデンは苦虫を噛み潰したような、ものすごく嫌そうな顔をする。

「どうしてそんなに嫌そうなんですか」
「……レシピが判れば作るのだろう?」
「それは、まぁ。助かる人がいるなら……って、レシピをご存知なんですか?」
「知ってはいる。が、教えたくない」
「なんでですか!」
「俺にも飲ませるのだろう? おまえが作ったら……飲みたくないとは言えないからだ」
「――」

 ひどく個人的な理由に驚くやら呆れるやらだが、でも、その返答には心が浮足立った。
 結局はクルトに聞いてみて彼が必要なら教えてくれるということに。ただしリーデン様には飲ませないっていう条件が付けられたけどね。
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