生きるのが下手な僕たちは、それでも命を愛したい。

柚鷹けせら

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第4章 ダンジョン攻略

99.予定より早く※戦闘有り

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『野営用テント』に戻ると、クルトとウーガが朝食を食べていた。

「おはようございます」
「おはよう」
「昨夜のカフェオレを淹れますか?」
「うんっ!」

 前のめりに答えるクルトに笑うと、ウーガは「カフェオレって何?」と。

珈琲カッフィに牛乳を混ぜるんです。砂糖は好みですけど、牛乳の分だけ甘めになります」
「甘いのかぁ、うーん、俺は普通のがいいかな。もう一杯もらっていい?」
「もちろんですよ。ドーガさんの分も淹れますか?」
「お願ーい」

 お湯を沸かし、豆を挽いていたらクルトが近付いてきて「せっかくだし淹れ方を覚えたい」という。
 もちろん大歓迎だ。

珈琲カッフィって豆を挽くときの匂いがまた……いいね」
「ですよね! 俺もこの匂いが好きで、カフェオレなら14歳でも飲んで良いんじゃないかなと思ってまた飲み始めたんです」
「その言い方だと、故郷では普通に飲んでいたってことかな?」
「ですです」
「子どもは飲めないの?」
「カフェイン……えっと、珈琲カッフィに含まれている成分が子どもの成長に影響するとか、眠れなくなるとか言われていたので」
「へえ。初めて聞いた」
「俺もー」

 クルトとウーガに言われて、先日リーデンから聞いた話を思い出した。基本的には地球産のそれらがルーツだけどどうしても魔力が含まれるようになるから成分は変化する、と。
 かといって研究者ではないから正しいデータは知らないので気になるなら止めておけ、とも。
 結果的にリーデン様に出しているだけじゃ物足りなくなってカフェオレに落ち着いたんだ。

「お湯は沸騰したら、少しそのまま冷まします。90℃くらいのお湯で淹れるのが美味しくするコツです」
「ん」

 その間に、3人分の粉をフィルターっぽい紙に入れて、大きめのポットに設置。少し冷めたお湯をゆっくりと注いでいけば、朝には最適な匂いがテント内に満ちていく。
 贅沢を言えばサイフォンが欲しい。
 憧れだったんだ、昔から。

「いい匂い……」
「目が覚めますよね」

 はぁ……と感嘆するクルトは蕩けたような顔で言う。

「ダンジョンに居るはずなのに夜は美味しい肉料理を食べて、シャワー浴びてスッキリ。寝心地抜群のベッドから起きたら入れたての珈琲カッフィと貴族街の高級宿みたいな朝ごはん……もう本当に従来のダンジョン攻略には戻れない……」
「ほんとそれ」

 席についたままのウーガも同意する。

「今日は近くに他のパーティがいないから良いけど、いる場合はどうしようね。匂いは外に出ないみたいだけど……いっそ、中で干し肉を噛んでることにしとく?」
「それで誤魔化せるなら」
「うーん……テントの中で食う事自体がおかしいわ」

 ダメらしい。 

「それに珈琲カッフィは外で湯沸かしからしないと、中から持って来て飲むのは怪しまれる」
「確かに。カフェオレを飲むのも無理そうだね、牛乳なんて普通のパーティは持ち込まないから」
「なるほど……でも珈琲カッフィを飲むくらいは皆するんじゃ? 普通に焚き火でお湯を沸かして淹れればいいんでしょう? ポットも珈琲カッフィミルも普通に売ってますもん」
「その一手間が面倒になるのがダンジョンだよ……」

 なるほど。
 それは、俺には否定のしようがなかった。


 ウーガが見張りに戻り、クルトがカフェオレを味わっている間に俺は6人分のお弁当の準備をする。クランハウスで焼いて来たコッペパンに切れ目を入れ、千切りしたキャベツ、昨夜の唐揚げの残りをテーブルに。
 クルトも料理が得意なわけではないので、お願い出来るのはパンにキャベツと唐揚げを挟んで紙袋に詰めるまで、だが、6人分を一人でやるよりずっと早い。
 それから30分くらいしてバルドルとエニスが起きてきた。
 彼らは完成してリュックに詰められていくお弁当に感謝しながら朝食。珈琲カッフィはクルトが淹れていた。
 ウーガ、ドーガが一度部屋に戻って支度を整え、全員が出発可能な状態で外に出てから神具『野営用テント』を片付ける。

「さて二日目だが……全員、体調はどうだ」
「問題ない」
「むしろ好調」
「同じく」
「レンは? 朝も早くから支度してくれたんだろ、寝不足じゃないか?」
「平気です。ただ、これが2週間続いても平気かどうかは判りません」
「だな」

 バルドルは考える。

「夜の見張り番は二人一組が鉄則だから外すわけにはいかないが、体調がおかしいと思ったらすぐに言ってくれ。おまえが潰れたら俺らのダメージも計り知れん」

 主に食事関係ですよね、判ります。

「レンの体力なんかも含めて今後の一回ごとの日程も調整していこう」
「了解」
「判りました」
「じゃあ行くか」

 ダンジョン攻略二日目が始まった。




 鉄級フェ―ルンダンジョンは、銀級冒険者が最初に挑む迷宮だ。
 踏破されている13カ所すべてのダンジョンが全30階層からなり、最下層の別名は「ボス部屋」。そこには魔力の結晶とも言える凶悪な者が座して挑戦者を待ち受けている。
 しかし、人によってはそこに辿り着くまでが困難だと答える。
 一つ道を間違えれば同じ階層をぐるぐる回ることになり、戻りたくても、やはり正しい道を選ばないと抜けられない。
 正しい道を選ぶ方法は先人が通った足跡を追う、領域内の魔力を読むなど様々だが、どれも練度の足りていない冒険者には無理だ。
 たゆまぬ努力と、経験に基づく勘、そして仲間。
 それらが合わさって初めて迷宮の主に挑むことが出来るのだ。


 ダンジョン攻略11日目。
 予定より早く10階層に到達し、転移の術式に登録して一度帰還した。幸いにして他のパーティと野営地が被ることもなく、とても良い状態で戻った事でダンジョン管理の職員を驚かせてしまったが、六人の内、五人が既に踏破済みと聞いて納得したらしかった。
 帰還から二日後には二度目のダンジョン攻略へ。
 20階層までは13日間で到達、再び帰還で職員を驚かせ、三度目・21階層からの攻略を開始して13日目の8月末日――。


「あの先に、最下層……第30階層通称『ボス部屋』がある」

 師匠からの依頼品採取と並行しながら進んで来た第29階層の終着地点で、バルドルが最後の作戦会議だと詳細を説明する。

「このダンジョンのボスは巨大な魔猪シャルム・サングリアだ。習性は普通の森にいる猪と変わらない。瞬間的な加速は脅威だけど、俺たちは一度踏破しているし、あの時より強くなっている。何の心配もないから落ち着いて臨め」
「はい」
「作戦自体は簡単だ。レンが拘禁デティニアし、俺たちがぶった切る。それで終わり」
「そう聞くと本当に簡単そうです」
「大丈夫、信じてくれていいよ」

 クルトにも言われ、頷き返す。

「配置は、俺の盾の後ろにレン。火球の射程範囲ギリギリにドーガ、エニスとクルトは各自判断。ウーガは俺たちの後方の樹上から奴の気を引いてくれ」
「おう」
「……行くぞ」

 バルドルの最終確認に、俺はもう一度はっきりと頷き返した。
 約一ヶ月、ひたすら平地を歩き続けて辿り着いた第29階層。そう聞くと階層って表現も妙な気がするけど、実際にそうだ。
 魔物に襲われた回数ももう数えていない。
 真夜中の襲撃が三日続いた時が一番参ったかな。
 初めてのダンジョン。
 そして始めてのボス戦。

「……っ」

 緊張に喉が渇く。
 水を飲んでおけば良かった。

「入るぞ」

 見えない門に足が通る。
 30回目の、視界がぐにゃりと歪む異様な感覚を経て最初に感じ取ったのは肌を刺すような強い魔力。

(今の俺と同じくらい……?)

 拘禁デティニアで抑え切れるか否か――。

「あれが、この鉄級フェ―ルンダンジョン『キャトルヴァン・オンズ』のボス、魔猪シャルム・サングリアだ」
「でっか……」

 思わず呟いてしまったのは、数メートル先の真正面に、こちらを向いて何度も右前足で地面を削っている猪が、左右の樹よりも大きかったからだ。
 フゴーッ、フゴーッて、鼻息が掛かるたびに土埃が舞う。

「レン」
「は、はいっ」
「大丈夫だよ。落ち着いて」
「……はい……っ」

 ぽん、ぽふり、皆が一度ずつ俺の肩や背中を叩いて移動する。

魔猪シャルム・サングリアの領域は3歩くらい先だ。誰かが踏み込めば戦闘開始。だが立ち入るまではアイツはあそこから動かない。俺たちが此処に居る間は他のパーティも入って来られない。ゆっくり移動して大丈夫だ」

 周囲を確認し、ウーガが手頃な樹を見つけて登り始めると、バルドルが俺を背後に庇いながらその樹の前に陣取り、盾を構えた。
 ドーガは自身の魔法攻撃の射程いっぱいの位置に。
 クルトとエニスは左右に。

「エニスが領域に踏み込み、直後にウーガが射る。意識が此方に向いた瞬間に拘禁デティニアだ。失敗しても俺が防げる、問題ない」
「はい」
「いくぞ?」
「はいっ」

 しっかりと前を見据え、魔猪シャルム・サングリアと対峙する。
 その後は何もかもが一瞬だった。
 エニスの足が領域に触れる。
 魔猪シャルム・サングリアが吼え、そちらを向いたことで露わになった後頭部にウーガの矢が刺さる。

『フゴオオオオオオオッ!!』

 巨体が回る。
 風と土埃を起こし、凶暴な眼差しが捉えたのは、ここ。

「……っ!」

 魔力を練る。
 両手に集め、声に乗せ、放つ言葉。

「いまだレン!」
拘禁デティニア!!」

 全力で叫んだ。
 地面から飛び出した鎖が魔猪シャルム・サングリアを捕まえ大地に縛り付けた。

「くっ……!」

 魔猪シャルム・サングリアが抗う。
 暴れる。
 俺の魔力が奪われる。
 それを制したのは幾度も放たれるウーガの矢と、エニスとクルトの剣。
 尻から腹。
 背から胸。
 3つに分かたれた巨体を、ドーガの火球が包み込む。

『フゴオオオオオオオッ!!』
「っ……!」

 まだ生きてる。
 抵抗される。
 それを押さえつけるように拘禁デティニアに魔力を流し続ける。クルトが跳躍し魔猪シャルム・サングリアの首を落とそうとして、骨に弾かれ、飛び退く。
 直後、エニスが同じ場所に剣を突き立て、それを落とした。

「っ……」

 燃えていく魔猪シャルム・サングリアの身体は、次第に灰のように姿を変えて風に吹き消されていく。
 それは魔物が魔素になりダンジョンに還っていく光景だ。
 コロン、と。
 魔猪シャルム・サングリアが消えた跡に転がる三センチくらいの土色の魔石と、木張りの宝箱。

「ほら、おまえの戦利品だぞ」
「え」
「踏破した初回だけなんだ、ボス戦で宝箱が落ちるのは。俺たちも最初に踏破した時に一人一箱ずつ当たってるから、あれは間違いなくおまえの分」
「あれが出たって事は、レンの踏破をダンジョンが認めたってことだよ」
「木張りだから大当たりとは言えないけどね」

 バルドル、ウーガ、ドーガが教えてくれる。
 エニスとクルトも笑顔で頷いてくれている。

「初ダンジョンの踏破、おめでとう」
「……っ、ありがとうございます!」

 宝箱を開けると、中からはマントが一枚。売れば20Gくらいにはなるらしい。

「もし魔剣とかの超レア武器が入ってたら、宝箱がキラッキラしてるんだ」
「普通でももうちょっと装飾がついてるかな」
「その下が石の宝箱で、木箱は、まぁ、鉄級フェ―ルンダンジョンでは一般的だ」
「なるほど」

 宝箱にもコモンやレア、Sレア、SSレアがあるということだろう。
 ゲームみたいだなと、これを考えた神様の顔を思い浮かべる。地球に似せるのが目標だと言っていたからこういうところもその一環なのかもしれない。
 ともあれ、そんな話をしているうちに空になった箱も魔素に変じダンジョンに還っていく。

「よし、帰るか。待っているパーティがいたら迷惑になるから、踏破後は速やかに帰らないとな」
「最下層から帰るには……」
「もちろん、あの床だ」

 さっきまでは魔猪シャルム・サングリアが居たから見えなかったが、森の木々の向こうに入り口にもあったガゼボが建っていた。
 足元にはやはり転移の術式が刻まれており、魔力を流し、登録する。
 そして、行先は第一階層からの、外へ。
 まだ最初の一つ目を踏破しただけだけど、初めての踏破。
 ものすごく大きなことをやり遂げた気分で術式を起動した。
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