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第4章 ダンジョン攻略

97.恋バナ※冒頭残酷表現有り

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 ハエ足ムージュピエとの遭遇以降、彼らが言ってたように頻繁に魔物と遭遇した。
 角兎ボワラン牙犬クロンは、見た目は俺が知っているウサギや犬と似ているのだが、獣人族ビーストの祖先とは全然違うらしく、前回のウマ科シュヴァルと馬の関係同様に「異世界だしね!」で気にしない事にした。
 それこそ動物が目の前で死んでいくたびに陰鬱な気持ちになって泣いたり吐いたりしたのも、最後は一年くらい前だ。銀級依頼を受けるようになってからはどうしても切り替えなければならなくなった。ヤーオターオの加護の効果も大きかったと思う。
 この世界に愛されるペットはいない。
 どんな魔獣も生きるのに必死で、人を襲う。
 魔物も同じだ。
 そして、いま。

拘禁デティニア

 今日7度目の戦闘。
 襲い掛かって来た二匹のトカゲ――それぞれ体長が2メートルくらいあって、俺個人としてはワニに見えなくもないそいつらを僧侶の拘禁デティニアで地面に縛り付ける。
 獄鬼ヘルネル相手のときほどじゃないが、此方の魔力が上の場合は魔物も充分に拘束可能だ。
 動けなくなった魔物の首をクルトとエニスが落とし、絶命したのを確認したら解体。ただし今日は初日で15日間滞在する予定でいるため時間の経過と共に劣化する部分は持ち返らない。魔石、皮、爪を借りている箱型の魔導具に収納した後は全て火魔法で焼却、魔素としてダンジョンに還元するのがルールである。

「そろそろ陽が沈むな」

 赤く色づいて来た空を見上げてバルドルが言う。

「もう少し進んだら川沿いだ。今日はそこで野営しよう」
「了解」
「他のパーティもいるかな」
「さて……俺たちの前にいた連中は初めてって感じじゃなかったし、後ろから来てる気配もないけど」
「他のパーティと一緒の場合の注意点ってありますか?」
「美味そうな飯の匂いには注意した方がいいぞ。良心的な奴なら売ってくれって来るけど、バカな奴は……まぁ鉄級フェ―ルンダンジョンには滅多にいないと思うけど、寄越せって言ってくるからな」
「……なるほど」

 そういえば冒険者は料理が苦手な人が大半だと言っていたっけ。 

「そういうのが無くても、やっぱり自分達だけと、そうじゃないのは、解放感が違うよね」とクルト。
「そうそう、俺たちだけなら真っ裸まっぱで川に飛び込めるけど、他のパーティがいたら出来ないじゃん」とウーガ。

 バルドルが顔色を変える。

「それ、もう止めろよ」
「えー」
「えーじゃねぇ、部屋にシャワーがあるんだからそっち使え。外での全裸は絶対禁止だ!」
「「夏」のダンジョン、真っ裸で川遊びっ、ロマンじゃん!」
「遊びたい時は水着を着ればいいのでは……」
「チチチッ、解ってないなレンは。川遊びに水着なんて邪道だよ」

 よく解らない。
 ただ、ここが「秋」のダンジョンである以上、川遊びなんてしようものなら風邪を引くのは必然だ。定められた日数内に目的地に辿り着くことを考えれば、これから全裸になられる心配はないだろう。
 二匹のトカゲの解体、焼却までを済ませ、再び移動を開始してしばらく。
 川沿いには空が薄暗くなってきた頃に到着した。
 野営の跡なのだろう一部分が焦げた地面。
 テントが設置し易いように均されている大地。
 土属性の仲間がいると、こういうところで活躍してもらうそうだ。

「今日のテントはこの辺りで良いですか?」
「ああ」

 バルドルに聞いてからマントのブローチを外し、それを地面に。
 魔力を注いで離れ、1、2、3。
 ぼふんっという音と共に現れたスクエア型の神具『野営用テント』に、まだ見慣れない面々が感嘆の息を漏らす。

「じゃあ……レンとクルトは夕飯の支度を頼む。ウーガとドーガは焚き火用の枝を集めてくれ。エニスはここで警戒、俺は周囲を確認してくる」
「了解」
「レン」
「はい」
「飯は中で食う。外の見張りは俺とエニスが交代して順番に中で食うから、頼む」
「判りました」
「その後はレンとクルトが最初の見張り。次は俺とエニス、最後はウーガとドーガだ。レンはダンジョン攻略中も起床時間は変わらずか?」
「そのつもりです」
「朝飯の準備を頼んでも?」
「もちろんです。何だったらお昼のお弁当だって作れますよ」
「うちの僧侶は出来る子だな」

 くくくっと笑うエニス。

「俺もなるべく早起きして手伝うよ」とクルトさん。
「じゃあ、一日目はこれでいこう。――始めるぞ」
「はい!」
「はーい」
「りょーかい」

 各々が割り振られた仕事に取り掛かるため移動する中、クルトと二人でテントへ入った。

「今夜はお昼が遅かったし軽めの方がいいですか?」
「ううん。強さは大したことなかったけど魔物との戦闘が続いたから、みんな結構ガッツリ食べたがると思う」
「じゃあさっきの兎肉で唐揚げしましょうか」

 兎の肉だけは収納して持ち返っている。
 それ以外の魔物はこれまでの魔獣と同様、見た目的に日本人が食べる動物でない場合は火葬一択。バルドル達には不思議そうな、あるいは勿体なさそうに見られたが、精神的な問題として料理したくないので諦めてもらっている。

「唐揚げ、いいね」
「あとはお米炊いて、サラダとスープ……」
「レンくんの炊くお米も美味しくて好きだなぁ」

 テーブルに並ぶ料理を想像しているのか幸せそうな笑みを浮かべながら、パントリーから材料を取り出すクルト。俺も鍋や火の魔石を準備し、5合分のお米をボウルに取る。
 神具『住居兼用移動車両』Ex.ならリーデン様と作る二人分が、神具『野営用テント』ではクルトと一緒に6人分プラスアルファ。魔力を使うと肉が食いたくなるって皆が口を揃えて言うからね。

「でもお米は高いでしょう、予算大丈夫?」
「お肉は現地調達でお願いします」
「「えっ」」

 クルトと、入口で見張りをしていたエニスの声が重なるから、つい笑ってしまった。
 ただでさえ調理可能な肉を選ばせてもらっているのだから、そんな無茶は言ったりしない。

「冗談ですよ。お米はあくまで必要な材料を買った残金で買える分だけを買ってきましたから、大丈夫です」




 エニスとバルドルが交代で座る以外は、全員で賑やかな食卓を囲めたと思う。

「唐揚げ美味いっ、腹いっぱいになるまで無くならない量が最高!」

 ウーガが口いっぱいに唐揚げを頬張りながら言う。

「むしろ残してもらえると明日のお弁当のおかずになるのでありがたいのですが」

 もう残り皿一枚になってしまった唐揚げの山に、俺の視線はちょっと遠くなりそうだ。

「唐揚げは熱々を食べてこそだろう!」
「冷えても美味しいですよ」
「つーか、それ以上食うと腹出るぞ」
「うっ」
「まだ若いって言ってると危険だよね……」
「ううっ」

 バルドル、そしてクルトのツッコミにウーガは悔しそうにフォークを置いた。
 俺の年齢は、精神、肉体、ついでに獣人族ビースト的には見た目、その全部がバラバラなので同じようには言えないが、俺がこっちの世界で年齢を重ねたなら、彼らもだ。
 バルドルが29歳、エニスとクルトが27。
 21のドーガはまだ若いけど、ウーガの23歳はどうだろう。
 自分では気になって来る年齢だったりするのかな。
 いやいや、まだ充分若いでしょ!
 若い、けど。

「今日はそれくらいにしましょうね」
「うーっ、俺の唐揚げ!」
「兄貴のじゃねぇし」

 俺が下げようとした肉に追い縋るウーガの首根っこをドーガが掴んで引っ張る。

「ほら、野営の夜は一分一秒だって無駄にすんな。さっさと寝るぞ」
「はーい」
「……しっかりした弟だね」
「頼りになるぞ」

 感心したようなクルトの呟きに、バルドルが複雑そうな顔で返していた。
 ウーガとドーガが部屋で休み、俺とクルト、バルドルは三人で片付けを終えた後にエニスと交代。バルドル、エニスが部屋に戻るのを見送って、クルトと二人で火の傍に座る。
 折り畳みの椅子と、鉄製の焚き火台は、クランハウスの倉庫にあったものを借りて来た。円形で、足は地面がどんな状態でも真っ直ぐ立つよう加工されているし、大きいから、網でもあれば充分に焼き肉が出来ると思う。
 少しその場をクルトに任せて、テントの中のキッチンでお湯を沸かし、珈琲カッフィを淹れる。
 自分用には牛乳と半々のカフェオレ、砂糖を少し。

「どうぞ」
「ありがとう」

 クルトが嬉しそうにカップを鼻先に近付け、その匂いを楽しむ。それから一口。

「ん。美味しい」
「良かった。やっとクルトさんの好みの味が出さるようになりましたね」
「え……今までのも美味しかったよ?」
「ふふん、眉間を見れば判るんですよー」

 クルトは驚いたようで、自分の眉間に触れながら「え。え?」って。
 こっちの人は、たぶん地産地消が基本だから「珈琲カッフィ珈琲カッフィ」って考えているんだろうけど、あっちで25年間生きていた俺は産地や煎り方によって豆の味が変わることを知っている。
 それを、師匠セルリーに相談したんだ。
 だって彼女の工房には、薬草や木の実を、火や油を使わずに加熱乾燥させるための魔導具があったのである。
 それを見た瞬間に「焙煎出来る!」と思ってしまったのだから仕方がない。
 輸入品はやっぱり高かったけど、クルトだけじゃなく、レイナルドやウォーカー、最近はバルドル達にも美味しいと思える一杯をごちそうしたくて研究中だ。
 もちろん一番最初に好みの珈琲カッフィを見つけたのは師匠セルリーで、おかげで現在はその魔導具が使い放題である。

「向こうの知識なので大っぴらには出来ませんけど、身内で楽しむならアリでしょ? いまは師匠セルリーに借りるしかないあの魔導具を自分で購入するのが目標なんです」

 それから、コーヒー豆の焙煎方法が詳しく載っている本を「通販」に追加してくれたリーデンにも、彼が美味しいと思える珈琲カッフィを淹れてあげること。

「は……、ははっ、すごい贅沢! 好みの珈琲カッフィなんて、そんなの聞いたこともない」
「あっちでは割と普通なんですけどね」
「レンくんが飲んでいるのは?」
「カフェオレです、珈琲カッフィに牛乳を入れて砂糖を少し。飲んでみますか?」
「うん、気になる」
「えっと、このカップのままで?」
「うん」

 俺が口を付けたカップのままでも良いというから、そのまま手渡す。
 少し冷まして飲んだクルトは、途端に目を丸くした。

「えっ、美味しい! 甘い、これ好き!」
「ふはっ、そっかクルトさんには牛乳も入れたら良かったんですね。明日からはこれで用意します」
「うんっ、いや、手間が掛かるんじゃ?」
「俺も飲むから、ついでです」
「だったらお願いしていいかな……!」
「はい!」

 いまはカップを元に戻し、豆の煎り方の話をし、それから初めてのダンジョンについて話す。
 神具『懐中時計』のこと。
 ダンジョンで唐揚げなんて、野営中のご飯じゃないとか。
 見張り中にこんな美味しくて温かいものが飲めるなんて、とか。
 魔物のこと、他の冒険者のこと、銅級キュイヴルァ以上のダンジョンのこと。
 あと、用を足すのにシャベルを持っていかなくて良いのが有難いとか、野営時のあるあるもたくさん聞いた。

「そういえば、クルトさん」
「うん?」
「ずっと前……俺がクランハウスに越すより前に、ゲンジャルさんに言われたでしょう。俺が成人して金級オーァルダンジョンに挑む前に、絶対に帰ろうって思える理由を作れって」
「言われたね」
「状況が変わって、金級オーァルダンジョンに挑むのはもう少し後になりましたけど、……それって見つかりましたか?」

 クルトはちょっとだけ困ったように笑う。

「レンくんは恋バナが好きなんだっけ?」
「誰情報ですか」
「バルドル?」
「あー……うん、彼には言いましたね」

 だったら自分の恋バナも話せと言われて逃げ出したのは、まだレイナルド達がトゥルヌソルに居た頃の話だ。

「……否定はしませんけど、クルトさんを心配しているのも本当ですよ」

 正直に言えばバルドルとどうなっているのかはすごく気になっているけども。

「うー……ん……」
「……まだ即答出来ない感じですか」
「そう、だね……即答……」

 クルトは、まるで自分の言葉を確かめるように指で自分の唇に触れた。
 その動作に「あれ?」とは思うけど、そこで確認するほど野暮ではないつもりだ。

「……面倒だ、って。自分は恋愛に向いてないって言ったの、覚えてる?」
「覚えてますよ」
「うん。いまもその考えは変わってないんだよ」

 つまりバルドルさんは面倒ってこと?
 首を傾げたら、クルトは小さく笑った。

「ただ、いまのパーティは楽しい。テルア達と一緒にいた時も楽しいと思ってたけど、……あいつらには申し訳ないと思うけど、今の、レンくんがいて、バルドル達がいる今の方が……ずっと楽しい」
「申し訳なく思う必要はないと思いますが」

 俺の中で、クルトの以前のパーティメンバーに対する心証は底辺だ。
 そんな感情を乗せて呟いたらクルトは苦く笑う。
 
「……俺ね。年に一度、一週間くらいの短い期間なんだけど、発情期があるんだ」
「へぇ……。え?」
「ほとんどの獣人族ビーストにはもうないのに、リス科エキュルイユウサギ科ラパンの中には、稀に先祖返りみたいにそれがあったりしてね、不運にも俺が当たったって感じかな」

 びっくりして適当な相槌が出て来ない。
 というかウサギって年中発情してると聞いた気が……と思ってたら、以前の仲間だったテルアとマリーはどちらも発情期がなくて、でも稀に現れる種族同士、クルトにはある事を知ってパーティに誘われたのだそうだ。

「あいつらは、守ってくれていたんだよ。本当に」

 うーん。
 だとしても素直には感謝出来ないというか、だって結局は……ってなる。俺、ものすごい心が狭いな。

「発情期のせいでロクでもないのに言い寄られた事もあったし、そういうの全部、あのパーティでは引け目になっていたんだろうなって、いまは思ってる」

 だからこそ恋愛なんてゴメンだって。
 面倒だって。
 そう思うことで自分自身を守っていたのかもしれないと彼は言う。

「……バルドルは知ってたんだってさ」
「? 何をですか」
「俺に発情期があること」
「は? えっ、どういうことですか。ヤなことされました? 俺、報復します?」
「しなくていいよ!」

 本気で言ったら、慌てて断られた。

「クルトさんにヒドイことするなら許しませんよ?」
「全然。むしろ俺のために三つ目の儀式を受けて雌体になろうかなとまで言ってくれたよ」
「……え?」

 待って欲しい。
 あんな大きな体躯で筋肉ムキムキのバルドルがお母さんになるってこと? 違う、それは飛躍し過ぎ。

「クルトさんが、あのバルドルさんを抱いちゃうんですか?」
「ね。びっくりだよ」

 びっくり……そう、確かにびっくりはするけれど、何だろう。
 二人が幸せならそれでも良いんだろうけど。
 うーん。
 他人の恋愛事情を本気で悩み始める俺に、クルトは続ける。
「さすがにそんなことは望まないよ」と。
「でも、ああいう口説かれ方は初めてで、嬉しかったかな」と。
 クルトの気持ちがどこを向いているのかなんて他人が詮索すべきじゃない。望むのは彼が、そしてバルドルも今となっては大事な仲間なので、二人ともが幸せになってくれればいいと思うだけ。

「……って言うあたりが現時点で言えるレンくんの聞きたい答えかなって思うんだけど」
「ぁ、はい」
「でも残念なことに、今はバルドルより大事な子がいるんだよね」
「えっ」

 クルトは意味深に笑った。

「その子、見た目は幼いけど俺と同じ年齢でさ。頼りになるし、一緒にいてすごく楽しいんだけど、この世界の常識に疎いし、急にとんでもないものを出して来るから毎回どきどきさせられるんだよ」
「――」
「しかも可愛い人に片想い中だって聞いたんだけど、いまはどうなのかな?」
「ぁ……っ」

 おおう、自分に返って来た!



 ***

 いつも読んでくださりありがとうございます。
 もうすぐ100話。ここまで毎日更新で続けられたのは、しおりを挟んだり、お気に入りにご登録頂いて読んでくださる皆さまのおかげです。
 書き続ける力を下さる皆様に感謝して、書いたはいいけどどこに差し込むべきか悩んで公開出来なかったSSをこの機会にお届けします。
 バルドルとクルトの話。
 10,000字、えっちなことしかしてないです(でも期待しちゃダメです。エロは難しいです)。
 もしよろしければお納めください。

 明日への約束
(https://www.alphapolis.co.jp/novel/876883845/120646788)追記2022/07/08
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