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第4章 ダンジョン攻略

92.ダンジョンに挑戦、のその前に

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 7月の11日、無事に俺の冒険者ランクが銅から銀に上がった事で俺たちの目標も次に進むことになった。
 つまり、今日からは金級に向けてダンジョンの攻略を開始するのである。
 とは言っても事前の準備は必須で、武器や防具の買い替え、日程の読めない攻略期間を少しでも快適に過ごすための準備は必須なわけで、俺はここ最近ずっと考えていた「ご褒美」をリーデンにお願いすることにした。

 した、のだが。




「成人の誕生日が楽しみだな」
「……!」

 え。
 待って。
 どういうこと。
 なんでいきなりリーデン様の態度が甘いの? いや、いままでも甘かったけどそうじゃなくて、え、なんで?
 俺は混乱した。
 頭がまったくと言っていいくらい働かない。

「り、ぃでん、様?」
「どうした」
「……っ」

 表情が、声が、視線が、……触れる手が、優しい。
 今朝までと全然違う。
 違い過ぎて、困る。

「なんで急に……ダメです。そんな、勘違い、させるみたいな」
「勘違い?」
「だってリーデン様、まるで俺を、っ……す、き、みたいな」
「勘違いではない」
「……え?」
「おまえが好きだ」
「――」

 頭が真っ白になった視界でリーデンが微笑う。

「人は人の理の中で幸せになるべきだと思う。おまえに好きだと告げている今この瞬間も、その考えに変化はない」

 笑みが歪む。
 自嘲するみたいに。

「だが、おまえがあまりにも可愛いことを言ってくれたからな……俺も正直にならねばダメだと……おまえが他の誰かと幸せになるのは許せそうにないと言ったら、呆れるか?」
「……っ」

 首を振った。
 左右に何度も、何度も。
 それをリーデンの大きくて温かな手が止めた。

「首を痛める」
「っ……」

 言って、優しく笑う。

「レン」
「は、い……っ」
「好きだ」

 重ねられる言葉に心が震え、悲しいわけじゃないのに目頭が熱くなる。その瞼に落とされる、羽のように優しいキス。

「おまえに触れたい。抱き締めて眠りたい。二人で料理し、二人で食事し、二人で片付け、……外の世界を共に歩くことは叶わないが、それでも俺を選んで欲しい」
「っ……」
「……どうしても成人まで言わないつもりか」
「だ、だって……まだ子どもです……っ」
「随分と成長したと思うが」
「背丈は……そうでも……」

 そうじゃないのだ。
 背丈だけ伸びてもそれ以外が。
 ツルツルだし、未開通だし、なのにここで告白しようものなら秒で大人の階段を上らされそうだし、そんな心の準備なんてしていない!

「お願いですからもう少しだけ時間下さい……っ」

 泣きそうになりながらお願いしたら、切羽詰まった感じだったリーデンが呻いた。

「……大丈夫だ。待つ。……待っていていいのだろう?」
「っ、はぃ……!」

 信じられないけど、夢じゃない。
 抱き締められる力強さも、温もりも、鼓動、息遣い、それらすべてが現実だと訴えて来る。
 成人まであと半年。

(リーデン様の隣に立てる自分になれるように頑張ろう)

 改めて決意する。
 こうして突然の貞操の危機を脱した俺は、……結局はいつも通りに一緒にベッドに入ってきたリーデン様のせいで悶々とした朝を迎えることになったんだけどね!
 接触の仕方が容赦なくなってきてるよリーデン様!


 今までと一転して我慢を強いられる側になったリーデンが、いまは他の事に集中すべきだという意見のもとアレよコレよと考え、カグヤやヤーオターオにも助言をもらって完成させたという三つ目の神具『野営用テント』。
 それが手渡されたのは四日後の夜だった。
 ただ、ロテュスでは四日だけど天界エデンでどれくらいの時間を掛けたのかは判らないし、一つ一つ丁寧に説明してくれた機能も、半分くらいは理解不能だった。

「これ……本当に大丈夫なんですか?」
「問題ない。大神様もノリノリで開発に参加していたぞ」
「ノリノリの大神様……」

 お会いしたことがなくて想像がつかないけど、大神様が共犯なら、まぁ。
 うん。
 ちなみに費用は俺の貯金から150万円くらい引かれていた。
 ……神具、安過ぎませんか?




 ◇◆◇

 三つ目の神具『野営用テント』を受け取った翌日、俺はクルトさんとバルドルパーティの4人に家具の移動をお願いして、全員の共有スペースである談話室に広い空間を作ってもらった。
 何故なら、神具を紹介するため。
 ダンジョンに入ってから出すよりは予め知らせておいた方がショックが少なくて済むと思ったからである。

「さて、場所は作ったが何をする気だ?」

 談話室の中央に出来上がった二メートル四方くらいのスペースを見てバルドルが聞いてくる。

「きっと驚かせると思うので、ダンジョンでいきなり出すよりは今の内にお披露目しておこうかなと」
「お披露目?」
「……何を出すつもりなんだ?」

 クルトとエニスが警戒した顔になる。
 一方でわくわくしているのがウーガとドーガ兄弟だ。

「どういうことっ、何が始まるんだ?」
「マジで何?」
「見た目はテントです」
「テント」
「見た目は」

 警戒しているクルトとエニスが俺の言葉を繰り返す。
 バルドルは軽い溜息を一つ。

「つまり普通のテントじゃないんだな?」
「かなり……?」
「……ちょっと待て、心の準備をさせてくれ」
「もちろんです」

 その後は全員が各々深呼吸をしたり瞑想したりして、準備が整ったらしい五分後には何とも言えない雰囲気が漂っている。

「じゃあ出しますね」
「おう」

 全員に見守られる中、俺は手に持っていたブローチを床に置いた。
 リーデン様がマントに付けて持ち歩けるよう加工してくれたもので、その土台は、俺が鉄級依頼の最中に作り、つい先日までカーテンに飾っていた向日葵のそれだ。

「これに、俺の魔力というか、神力を注ぐとですね……」

 6人用の大きさを意識して神力を注ぎ、傍を離れて、1、2、3。
 ボンッ、と。
 音を立てて現れたのは、見た目だけなら普通に冒険者が持ち歩いているスクエア型のテントだ。

「ん……?」
「出し方はともかく、普通では……?」
「いや、見た目はテントだってさっき言っていたからな」
「なるほど、つまり問題は中身……」
「中へどうぞ」

 俺は彼らを促すように先頭で中に入り、バルドルやエニスは背が高いから腰をちょっとだけ折って入って来る。レイナルドやウォーカーには入り口が狭すぎるかもしれないなぁ……なんて思っていたら、入ったはずの彼らがくるりと踵を返して外に出てしまった。

「え」

 やっぱりこうなるかなぁと思いつつ、自分も外へ。

「心の準備は済んだはずじゃ?」
「……レン、おまえなぁ……」
「レンくん、さすがにコレは……」

 バルドルとクルトが困惑した顔になっている。
 うんうん、気持ちはわかるけど。

「とりあえず説明をさせてください。快適なダンジョン攻略計画のためです」
「……わかった。まずは説明な」
「いやー、ビックリし過ぎて汗かくとか初体験!」
「な!」

 エニス、ウーガ、ドーガも引き攣った顔で改めてテントの中に入った。
 そうして、二度目はさすがに誰も出ていかなかったけど、全員ひどい顔だ。ごめんね、俺もさすがにここまでとは思っていなかったんだ。
 だって、野営のテントの入り口を入ったらそこは優雅なキッチンダイニングなんだよ。
 広さでいったら20畳くらい。それだけでも2メートル四方の空間に出したテントの中身からは想像もつかないほど広いのに、テーブルに椅子、食器棚、ソファ、絨毯、更には冬に嬉しい大きな暖炉まで。
 端の方にはしっかりしたキッチン完備で、その横にででんと存在するのは『収納』『容量拡張』『時間停止』という3つの術式を組み合わせた神様印のパントリー。
 暖炉の煙突の先とか、空調とか、本当にどうなっているんだろうって思うけど聞いてもよく解らなかった。
 事故は起きないって言っていたから良しとする。
 ちなみに俺の希望で、キッチンには人数分の食器と、下拵えした食材が保存出来る容器付き!
 これで毎回紙を大量消費しなくて済むはずだ。

「いくらでも食材を持ち込めるので、俺はいつも通り下拵えしていきたいと思うんです。皮剥きや、野菜を切るのを手伝ってもらえますか?」
「それはもちろん」

 クルトが最初に即答した。
 次いでバルドルがちょっとだけホッとしたような息を吐いた。

「ダンジョンの中できちんと飯が食えて、冬はあの暖炉で防寒がバッチリ。しかも絨毯の上で寝られるって考えれば……人に見られると厄介だって問題はあるが、レンが出して来たにしては普通……じゃない、か?」
「それもそうだな」

 エニスも頷く。
 俺は続けた。

「中を人に見られることはないです。登録した人以外の目には、中が見た目より広い、良くあるタイプの魔導具テントにしか映らないので」
「登録?」
「俺の方でここにいる5人と、グランツェパーティ、セルリーさん、レイナルドパーティは登録済みです」

 つまり情報を共有している17人にしか、このテントの異常さは判らないようになっている。

「それに俺の神力にしか反応しないので、万が一盗まれたとしてもそれは素人が作ったブローチでしかありません」
「なるほど、その辺りはしっかり考えてんだな」
「でも17人が入ったらさすがに狭いんじゃないか? ははっ」

 この談話室と、登録云々がテントの秘密の総てだと思ったらしいウーガが安心したような、少し残念なような笑みを零す。
 うん、もちろんこれで終わるわけがない。

「いまは6人用にしただけです。最大17人用にまで広げられます」
「……なんて?」
「ちゃんと使う人数によって大きさを変えられるんです。あと、ここはあくまで作戦会議やご飯を食べる場所で、寝る場所ではありません」
「……つまり?」
「壁に埋め込まれている魔石――さっきも言ったように今は6人用なので、魔石も6つ。一番右端の薄紫色の魔石は俺が登録済みの、俺の部屋なので、他の人には入れませんが、同じようにクルトさん達が自分の魔力を登録することで個室に移動できます」

 ピシリと固まった面々に、さすがに俺の魔石が神具『住居兼用移動車両』Ex.に繋がっているとは言えないが、つまり扉が魔石の形になったってことで、俺があれに触ると玄関に瞬間移動出来てしまうのだ。
 あっちの玄関にも魔石を一つ埋め込んで、此処に戻って来る時はそれで移動するという仕組みだ。

「テントの外に、船で使われているような伝声管があって各部屋に繋がっています。見張りが異常に気付いた場合はそれで全員の部屋に一斉に声が行き渡ります」

 返事はないけど聞いてないわけじゃなさそうなので、とりあえず続ける。

「どの部屋も造りは一緒で、ベッドと荷物置き、シャワーとトイレが付いてます。好きな魔石に登録して、移動してみて下さい。戻って来る時は部屋の壁にある魔石に触ればいいですよ。同じ部屋に移動したい時は手を繋いでいれば一緒に飛べます。今からしばらくは、この6人用で固定しますが、人数を増やす時は再構築になるため魔石の部屋登録もやり直しになるし、前と同じ部屋には戻れないので、荷物を置きっ放しにするのは止めてください」

 ちなみにヤーオターオ様とウワサの第一席ラーゼン様の意見で各部屋は完全防音になっているらしい。
 あとでバルドルさんには伝えておこうと思う。

「さぁどうぞ」

 行って行ってと促す。
 最初に飛んだのは好奇心が強いらしいウーガで、その手はしっかりとドーガの手を握っていた。
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