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第3章 変わるもの 変わらないもの
閑話:ララの視点から『銅級から銀級へ』
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※この閑話は時間軸で言うと前話「誕生日」の真ん中くらいです。
7月の11日。
いつも通り冒険者ギルド受付奥の事務室で自分の席に着き、いつも通りの業務に追われていたララ・シアーヌは、冒険者との対応を任されている部下から知らせを受けて席を立つ。
対応してみれば受付で待っていたのは港町ローザルゴーザからやって来た配達人で、今朝早くに船で届いた荷を配って回っているという。
「トゥルヌソルの冒険者ギルド宛の荷物がこちらです」
「ありがとうございます」
差出人を確認したララの表情がほんの少し和らぐ。
受け取り書にサインをして荷を受け取ると、配達人を見送ってから事務所に戻る。そしてそのままギルドマスターことハーマイトシュシューの机にそれを運んだ。
「レイナルドさんからの荷物です」
「おや。荷が送れる程度には元気にしているのかな。開けてくれ」
「はい」
ギルドマスターの指示で荷を解き始める。
荷を包んでいる防水の茶色い紙。
固定している麻の紐。
それらにも何らかの情報が隠されている可能性があるため、中身を確認した後はまとめて王都の城へ送ることになる。それがトゥルヌソルのギルドマスターという地位についたハーマイトシュシューの役目でもあるからだ。
ララは丁寧な手つきでそれらを取り払い、中身を机の上に並べていく。
複数の手紙と、素材が入っているのだろう箱が五つ。
「これはマスター宛ですね。これがレンさんとクルトさん。こちらがゲンジャルさん達からご家族へ……こちらは王都宛です」
「うん」
自分宛の手紙を開封したハーマイトシュシューがそれに素早く目を通している間に、ララはレイナルドのクランハウスへこれらを届けに行ける時間帯を考え始める。
夕方には?
いや、予定通りならもうすぐ依頼を終えたレン達がギルドに来るはずだ。
(そしたら直接手渡せるし、喜ぶあの子の顔が見られるわ)
レイナルド達がマーヘ大陸へ発って一年。
秘密を抱えた少年は一刻も早く銀級に上がるのだと、クルト達の協力を得ながら依頼達成に向けて邁進していた。
銅級から銀級に上がるためには先輩冒険者の協力を得ながら銅級以上の依頼20件を失敗なく達成しなければならない。
鉄級依頼はトゥルヌソルを出ないし、長くても半月で済み、個人の頑張りでどうとでもなるが、銅級以上の依頼には先輩冒険者の協力や、その土地の人々との関わり方、交流も大事になって来る。
多くの場合は戦闘が起きて無傷で済むことが少なく、詰めの甘い作戦が依頼達成を困難にし日数ばかり掛かり、依頼を受けて稼ぐつもりだったのに結果として赤字になる場合もある。
途中で心を折られる冒険者も少なくないから、レンのように楽しそうに達成依頼数を積み上げて行く子は賞賛に値するのだ。
(本当にすごい……今回の依頼を達成したら銀級だもの。14歳で銀級になる子はそれなりにいるけど、それでも)
僧侶という稀な職業を手に入れたのだとしても、努力するかどうかは本人次第。
依頼先からギルドに届く評価の声も昇級の判断基準になる。
レンはもちろん問題なしだ。
「ララ。レイが君も元気にしているかと。レンくんとクルトが面倒をかけていると思うがよろしく頼む、だそうだ」
「ふふっ、面倒だなんて」
ハーマイトシュシューは手紙をそのままララに手渡した。
レイナルドが彼の恋人だと知っている身としては動揺してしまうが、拒否するのもおかしな話なので受け取る。
右上がりの特徴的な字で綴られる文章はとても事務的で唯一感情が見て取れるのはララに向けてレンとクルトのことを頼む箇所くらい。
「……任務中とはいえ寂しいですね」
「まぁ仕方ないね、これがレイの仕事だから」
ハーマイトシュシューはそう言って軽く肩を竦めた。
夕方。
受付の男性職員ロダンに呼ばれて出ると、そこには笑顔を輝かせているレンと、彼を守るように周囲を固めている五人の銀級冒険者達。クルトも、バルドルパーティも過去にはいろいろとあったが、こうして見てみるといまは己の内側で消化して前向きに頑張っていることが窺える。
その事に心の底から安堵した。
「こんばんは」
「こんばんはララさん! 今日で20回、依頼を達成したんです。昇級手続きをお願いしてもいいですか?」
「もちろんです」
やはりと、自分の予想が当たったことに誇らしささえ感じながら、前回と同じようにパーテーションで区切られ個室同然になっている場所で銅級のネームタグを銀に更新する。
数滴の血を芯にした冒険者ギルドのネームタグには、血の所有者が冒険者になってから歩んだ軌跡が全て記録される。
魔力は人それぞれに異なるから、その魔力の流れを掴むことで討伐した魔獣や魔物の数まで把握することが可能になるとか、ダンジョンの踏破を承認するとか、そもそも総ては主神の御業であるだとか意見は様々だが、世界中の技術者たちが躍起になって研究・開発しているダンジョン産の魔導具ではなく、世界創造の日から存在する解析不能な魔導具――例えば冒険者ギルドの、昇級に用いられるこれは、やはり主神様の奇跡だとララは思う。
「大変すばらしい成果ですね。犯罪歴ももちろんありませんから、このまま昇級手続きを継続します」
「はい!」
誇らしげに頷くレンのネームタグが銅から銀へ変化する。
レイナルドから事前に聞いていた、国王陛下から特別にダンジョンへの入場許可が出ているという点を反映するため、銀級以上の昇級手続きには必ず付いているダンジョンへの入場許可も有効に書き換え、完成したネームタグを返却。
「これからも頑張って下さいね」
「ありがとうございます、頑張ります!」
堂々とした返答は彼の今後の活躍を予感させるには充分な力強さだった。
港町ローザルゴーザから朝早くに届いたレイナルドからの荷物を渡すと、レンはこれまでと違った笑顔を見せてクルト達の傍に駆け戻る。
「クルトさんクルトさんっ、レイナルドさん達からお手紙です! クランハウスで待っているご家族にも!」
「それは皆が喜ぶね。今日はもう戻ろうか……タグは更新された?」
「もちろんです!」
首から下げている銀色のネームタグを持ち上げ「お揃いです」とクルトやバルドル達に笑い掛けるレンの愛らしさと言ったら、同じ年ごろの獣人族に比べれば随分と幼くて愛らしい。ララもつい子どもを見ている気分で表情を綻ばせてしまったが、ふと違和感に気付いた。
「レンさん、……背が延びましたね」
「え?」
「ぁ、すみません。前回お会いしてからそんなに経っていないのに……改めてクルトさんと並んでいるのを見ていたら、二年前と違うな、と」
二年前……正確にはクルトのネームタグを拾って冒険者ギルドに届けに来たあの頃だ。
冒険者の人垣を割れずに四苦八苦し、レイナルドの肩に担がれていたレンはそれこそ本当に幼い子どもそのものだったが、いまは違う。
銀級冒険者に囲まれていても、きちんと「後輩」に見えるのだ。
背の高さも、他の面々と比べればよく判る。20センチ以上は伸びているのではないだろうか。
「……俺、逞しくなりましたか?」
「え?」
目をきらきらさせたレンに詰め寄られて、驚く。
「ララさん、俺、逞しくなりました?」
「たく……逞しくは、どうでしょう。成長されたのは間違いないと思いますが」
「うぐっ」
がっくりと肩を落とすレンに、くくっ喉の奥で笑いながら目を逸らしたり、肩を震わせたりしているパーティメンバー達。
状況が呑み込めなくて首を傾げると、クルトが「すみません急に」と。
「ここ最近、皆で筋力トレーニングに励んでいるんですけど……レンくんはなかなか巧くいかなくて」
「きっと筋肉が付き難い体質なんです、そうに違いありません……」
「いやー、まだ諦めるのは早いぞ?」
「そうそう、次もやろうぜ」
言い合う彼らの会話にララの脳内で飛び交う疑問符。
詳細を聞けば、レイナルドのクランハウスには筋力トレーニング用の器具がたくさんあったので、彼ら6人でどれだけ肉体改造が出来るか競い合っているらしい。
「誰が一番ムキムキになるか、じゃないところが大事なんです。それだと元々体格の良いバルドルさんとエニスさんが有利になっちゃうので、期間を区切って、審査員の皆さんに誰が一番変わったか選んでもらうんです」
「審査員というのは?」
「ゲンジャルさんの奥さんと娘さん達とか、審査の日に家にいる人、全員です」
「だから毎回少しずつ審査員の顔触れが変わるんですけど……くくっ、レンはいつも最下位なんだよな」
思い出したようにバルドルが言うと、エニスも。
「ゲンジャルさんの娘さん達には「可愛くなったよ」って言われるしな」
「ううっ」
「まぁいいじゃん、背は伸びたんだし!」
「うんうん、体力もついたじゃん」
ウーガ、ドーガが励ますも顔が笑っているあたり、散々揶揄った後なのだろうと判る。
「ウーガさんは良いですよねっ、優勝でしたしっ」
「へへっ。けど筋肉付いたら弓が合わなくなったし、ダンジョンに行く前に買い替えないとな」
「あ。俺も特訓で傷んだ防具は買い替えなきゃ」
「クルトも筋肉がついてサイズきつくなったって言ってたもんな」
そう言い合うクルトとエニスを見て、ララはハッとした。
思わず手を打ってしまったのはずっと感じていた疑問が急に解消されたからだ。
「それでですか」
「?」
「最近のクルトさんには色気が出たと話している方達が何組かいらして、私も健康的になったなとは思っていたんですが、なるほど、筋肉がついて体の線が綺麗になられたんですね」
「っ……」
「ちょい、ララさん。それ話していたのって誰ですか」
顔を真っ赤にするクルトと、怖い顔になるバルドルという、対照的な反応を見せる二人の後方。
「えー。ララさん、それは筋肉関係ないかもー」
「バルドル、ピーンチ!」
「てめぇらな!」
ウーガとドーガにニヤニヤされている二人を見て、次いでレンを見る。
「レンさん、あのお二人って……」
「まだ何もないです。バルドルさんの片想いです」
「レン、おまえまで何言ってくれんの⁈」
「筋肉ムキムキのバルドルさんなんて皆に弄り倒されればいいんだ!」
「意味判んねぇし⁈」
「筋肉が付きやすくする食事だってちゃんと考えて作っているんですよ!」
しかもその食事を食べて成果を出しているのが他の五人なので悔しさも倍増らしい。
冒険者ギルドのホールという公共の場という認識はあるらしく声量は抑えているのだが、それでもぎゃあぎゃあ言い合う姿は子どものように遠慮が無い。
ララは、輪から外れて一人顔の熱を冷ましているクルトを見る。
二年前に比べて血色の良くなった肌。
レイナルド達がトゥルヌソルを離れたことで借金の不安が残されたが、それも此方が驚くくらい順調に返済されている。
そして、この人間関係。
「楽しそうで何よりです」
「ぁ……ありがとうございます」
赤くなりながら言うクルトは、レンと同じくらい可愛らしかった。
それからダンジョンへ行く際の注意事項等も交えながら10分ほど談笑し、レン達はマーヘ大陸から届いた荷物をクランハウスの家族に届けるべく冒険者ギルドを出ていこうとした、が。
「……っ⁈」
その直後、弾かれたようにレンが此方を振り返る。
しかし視線は辺りを彷徨う。
「レンくん?」
「どうした」
その反応に周囲の彼らの雰囲気も変わる。
殺意や威圧を出すのではなく、あくまでも穏やかに、もし敵がいたとして、相手に警戒させない程度の緊張感。
「いま……イヤな感じがして」
「それって獄鬼関係?」
「いえ。そんな気持ち悪いものではなくて……もっと単純な感じの……?」
彼らは周囲を探る。
しかしこれと言える答えは見つけられなかったらしく「気のせいだったかな」と言いながら帰宅していった。思いがけず彼らの成長を目の当たりにしたララは、不謹慎と知りつつも得した気分と、安心した思いを抱えて上機嫌に事務所へ戻り――。
「っ、え……」
何故かその入り口で壁に寄り掛かりながら立っているハーマイトシュシューに驚かされた。
「なっ……驚かすのが目的なら趣味が悪いですよ」
「ふふっ、そんな趣味はないよ。偶々さ」
にっこりと微笑まれるのがとても胡散臭く感じられるが、森人族には得てしてこういうところがある。
「いまレンさんがいらしていたんですよ。久々にお会いしたら良かったのでは」
「んー……」
ぽつり、何かが零れ落ちる。
「え?」
「ん?」
思わず聞き返したら、ハーマイトシュシューも目を瞬かせながら見返してくる。
お互いに不思議そうな顔をしているのは、何とも居心地が悪いものだ。
「いえ……仕事に戻ります」
「ああ。よろしくね」
ララは席に戻り、……何故だか気になってそっと背後を見た。
ハーマイトシュシューは出入口からギルドのホールを眺めている。ただ、それだけだ。
「……?」
それだけ、なのに。
ララは胸の辺りがざわりとしたことを、この後しばらく忘れられなかった――。
7月の11日。
いつも通り冒険者ギルド受付奥の事務室で自分の席に着き、いつも通りの業務に追われていたララ・シアーヌは、冒険者との対応を任されている部下から知らせを受けて席を立つ。
対応してみれば受付で待っていたのは港町ローザルゴーザからやって来た配達人で、今朝早くに船で届いた荷を配って回っているという。
「トゥルヌソルの冒険者ギルド宛の荷物がこちらです」
「ありがとうございます」
差出人を確認したララの表情がほんの少し和らぐ。
受け取り書にサインをして荷を受け取ると、配達人を見送ってから事務所に戻る。そしてそのままギルドマスターことハーマイトシュシューの机にそれを運んだ。
「レイナルドさんからの荷物です」
「おや。荷が送れる程度には元気にしているのかな。開けてくれ」
「はい」
ギルドマスターの指示で荷を解き始める。
荷を包んでいる防水の茶色い紙。
固定している麻の紐。
それらにも何らかの情報が隠されている可能性があるため、中身を確認した後はまとめて王都の城へ送ることになる。それがトゥルヌソルのギルドマスターという地位についたハーマイトシュシューの役目でもあるからだ。
ララは丁寧な手つきでそれらを取り払い、中身を机の上に並べていく。
複数の手紙と、素材が入っているのだろう箱が五つ。
「これはマスター宛ですね。これがレンさんとクルトさん。こちらがゲンジャルさん達からご家族へ……こちらは王都宛です」
「うん」
自分宛の手紙を開封したハーマイトシュシューがそれに素早く目を通している間に、ララはレイナルドのクランハウスへこれらを届けに行ける時間帯を考え始める。
夕方には?
いや、予定通りならもうすぐ依頼を終えたレン達がギルドに来るはずだ。
(そしたら直接手渡せるし、喜ぶあの子の顔が見られるわ)
レイナルド達がマーヘ大陸へ発って一年。
秘密を抱えた少年は一刻も早く銀級に上がるのだと、クルト達の協力を得ながら依頼達成に向けて邁進していた。
銅級から銀級に上がるためには先輩冒険者の協力を得ながら銅級以上の依頼20件を失敗なく達成しなければならない。
鉄級依頼はトゥルヌソルを出ないし、長くても半月で済み、個人の頑張りでどうとでもなるが、銅級以上の依頼には先輩冒険者の協力や、その土地の人々との関わり方、交流も大事になって来る。
多くの場合は戦闘が起きて無傷で済むことが少なく、詰めの甘い作戦が依頼達成を困難にし日数ばかり掛かり、依頼を受けて稼ぐつもりだったのに結果として赤字になる場合もある。
途中で心を折られる冒険者も少なくないから、レンのように楽しそうに達成依頼数を積み上げて行く子は賞賛に値するのだ。
(本当にすごい……今回の依頼を達成したら銀級だもの。14歳で銀級になる子はそれなりにいるけど、それでも)
僧侶という稀な職業を手に入れたのだとしても、努力するかどうかは本人次第。
依頼先からギルドに届く評価の声も昇級の判断基準になる。
レンはもちろん問題なしだ。
「ララ。レイが君も元気にしているかと。レンくんとクルトが面倒をかけていると思うがよろしく頼む、だそうだ」
「ふふっ、面倒だなんて」
ハーマイトシュシューは手紙をそのままララに手渡した。
レイナルドが彼の恋人だと知っている身としては動揺してしまうが、拒否するのもおかしな話なので受け取る。
右上がりの特徴的な字で綴られる文章はとても事務的で唯一感情が見て取れるのはララに向けてレンとクルトのことを頼む箇所くらい。
「……任務中とはいえ寂しいですね」
「まぁ仕方ないね、これがレイの仕事だから」
ハーマイトシュシューはそう言って軽く肩を竦めた。
夕方。
受付の男性職員ロダンに呼ばれて出ると、そこには笑顔を輝かせているレンと、彼を守るように周囲を固めている五人の銀級冒険者達。クルトも、バルドルパーティも過去にはいろいろとあったが、こうして見てみるといまは己の内側で消化して前向きに頑張っていることが窺える。
その事に心の底から安堵した。
「こんばんは」
「こんばんはララさん! 今日で20回、依頼を達成したんです。昇級手続きをお願いしてもいいですか?」
「もちろんです」
やはりと、自分の予想が当たったことに誇らしささえ感じながら、前回と同じようにパーテーションで区切られ個室同然になっている場所で銅級のネームタグを銀に更新する。
数滴の血を芯にした冒険者ギルドのネームタグには、血の所有者が冒険者になってから歩んだ軌跡が全て記録される。
魔力は人それぞれに異なるから、その魔力の流れを掴むことで討伐した魔獣や魔物の数まで把握することが可能になるとか、ダンジョンの踏破を承認するとか、そもそも総ては主神の御業であるだとか意見は様々だが、世界中の技術者たちが躍起になって研究・開発しているダンジョン産の魔導具ではなく、世界創造の日から存在する解析不能な魔導具――例えば冒険者ギルドの、昇級に用いられるこれは、やはり主神様の奇跡だとララは思う。
「大変すばらしい成果ですね。犯罪歴ももちろんありませんから、このまま昇級手続きを継続します」
「はい!」
誇らしげに頷くレンのネームタグが銅から銀へ変化する。
レイナルドから事前に聞いていた、国王陛下から特別にダンジョンへの入場許可が出ているという点を反映するため、銀級以上の昇級手続きには必ず付いているダンジョンへの入場許可も有効に書き換え、完成したネームタグを返却。
「これからも頑張って下さいね」
「ありがとうございます、頑張ります!」
堂々とした返答は彼の今後の活躍を予感させるには充分な力強さだった。
港町ローザルゴーザから朝早くに届いたレイナルドからの荷物を渡すと、レンはこれまでと違った笑顔を見せてクルト達の傍に駆け戻る。
「クルトさんクルトさんっ、レイナルドさん達からお手紙です! クランハウスで待っているご家族にも!」
「それは皆が喜ぶね。今日はもう戻ろうか……タグは更新された?」
「もちろんです!」
首から下げている銀色のネームタグを持ち上げ「お揃いです」とクルトやバルドル達に笑い掛けるレンの愛らしさと言ったら、同じ年ごろの獣人族に比べれば随分と幼くて愛らしい。ララもつい子どもを見ている気分で表情を綻ばせてしまったが、ふと違和感に気付いた。
「レンさん、……背が延びましたね」
「え?」
「ぁ、すみません。前回お会いしてからそんなに経っていないのに……改めてクルトさんと並んでいるのを見ていたら、二年前と違うな、と」
二年前……正確にはクルトのネームタグを拾って冒険者ギルドに届けに来たあの頃だ。
冒険者の人垣を割れずに四苦八苦し、レイナルドの肩に担がれていたレンはそれこそ本当に幼い子どもそのものだったが、いまは違う。
銀級冒険者に囲まれていても、きちんと「後輩」に見えるのだ。
背の高さも、他の面々と比べればよく判る。20センチ以上は伸びているのではないだろうか。
「……俺、逞しくなりましたか?」
「え?」
目をきらきらさせたレンに詰め寄られて、驚く。
「ララさん、俺、逞しくなりました?」
「たく……逞しくは、どうでしょう。成長されたのは間違いないと思いますが」
「うぐっ」
がっくりと肩を落とすレンに、くくっ喉の奥で笑いながら目を逸らしたり、肩を震わせたりしているパーティメンバー達。
状況が呑み込めなくて首を傾げると、クルトが「すみません急に」と。
「ここ最近、皆で筋力トレーニングに励んでいるんですけど……レンくんはなかなか巧くいかなくて」
「きっと筋肉が付き難い体質なんです、そうに違いありません……」
「いやー、まだ諦めるのは早いぞ?」
「そうそう、次もやろうぜ」
言い合う彼らの会話にララの脳内で飛び交う疑問符。
詳細を聞けば、レイナルドのクランハウスには筋力トレーニング用の器具がたくさんあったので、彼ら6人でどれだけ肉体改造が出来るか競い合っているらしい。
「誰が一番ムキムキになるか、じゃないところが大事なんです。それだと元々体格の良いバルドルさんとエニスさんが有利になっちゃうので、期間を区切って、審査員の皆さんに誰が一番変わったか選んでもらうんです」
「審査員というのは?」
「ゲンジャルさんの奥さんと娘さん達とか、審査の日に家にいる人、全員です」
「だから毎回少しずつ審査員の顔触れが変わるんですけど……くくっ、レンはいつも最下位なんだよな」
思い出したようにバルドルが言うと、エニスも。
「ゲンジャルさんの娘さん達には「可愛くなったよ」って言われるしな」
「ううっ」
「まぁいいじゃん、背は伸びたんだし!」
「うんうん、体力もついたじゃん」
ウーガ、ドーガが励ますも顔が笑っているあたり、散々揶揄った後なのだろうと判る。
「ウーガさんは良いですよねっ、優勝でしたしっ」
「へへっ。けど筋肉付いたら弓が合わなくなったし、ダンジョンに行く前に買い替えないとな」
「あ。俺も特訓で傷んだ防具は買い替えなきゃ」
「クルトも筋肉がついてサイズきつくなったって言ってたもんな」
そう言い合うクルトとエニスを見て、ララはハッとした。
思わず手を打ってしまったのはずっと感じていた疑問が急に解消されたからだ。
「それでですか」
「?」
「最近のクルトさんには色気が出たと話している方達が何組かいらして、私も健康的になったなとは思っていたんですが、なるほど、筋肉がついて体の線が綺麗になられたんですね」
「っ……」
「ちょい、ララさん。それ話していたのって誰ですか」
顔を真っ赤にするクルトと、怖い顔になるバルドルという、対照的な反応を見せる二人の後方。
「えー。ララさん、それは筋肉関係ないかもー」
「バルドル、ピーンチ!」
「てめぇらな!」
ウーガとドーガにニヤニヤされている二人を見て、次いでレンを見る。
「レンさん、あのお二人って……」
「まだ何もないです。バルドルさんの片想いです」
「レン、おまえまで何言ってくれんの⁈」
「筋肉ムキムキのバルドルさんなんて皆に弄り倒されればいいんだ!」
「意味判んねぇし⁈」
「筋肉が付きやすくする食事だってちゃんと考えて作っているんですよ!」
しかもその食事を食べて成果を出しているのが他の五人なので悔しさも倍増らしい。
冒険者ギルドのホールという公共の場という認識はあるらしく声量は抑えているのだが、それでもぎゃあぎゃあ言い合う姿は子どものように遠慮が無い。
ララは、輪から外れて一人顔の熱を冷ましているクルトを見る。
二年前に比べて血色の良くなった肌。
レイナルド達がトゥルヌソルを離れたことで借金の不安が残されたが、それも此方が驚くくらい順調に返済されている。
そして、この人間関係。
「楽しそうで何よりです」
「ぁ……ありがとうございます」
赤くなりながら言うクルトは、レンと同じくらい可愛らしかった。
それからダンジョンへ行く際の注意事項等も交えながら10分ほど談笑し、レン達はマーヘ大陸から届いた荷物をクランハウスの家族に届けるべく冒険者ギルドを出ていこうとした、が。
「……っ⁈」
その直後、弾かれたようにレンが此方を振り返る。
しかし視線は辺りを彷徨う。
「レンくん?」
「どうした」
その反応に周囲の彼らの雰囲気も変わる。
殺意や威圧を出すのではなく、あくまでも穏やかに、もし敵がいたとして、相手に警戒させない程度の緊張感。
「いま……イヤな感じがして」
「それって獄鬼関係?」
「いえ。そんな気持ち悪いものではなくて……もっと単純な感じの……?」
彼らは周囲を探る。
しかしこれと言える答えは見つけられなかったらしく「気のせいだったかな」と言いながら帰宅していった。思いがけず彼らの成長を目の当たりにしたララは、不謹慎と知りつつも得した気分と、安心した思いを抱えて上機嫌に事務所へ戻り――。
「っ、え……」
何故かその入り口で壁に寄り掛かりながら立っているハーマイトシュシューに驚かされた。
「なっ……驚かすのが目的なら趣味が悪いですよ」
「ふふっ、そんな趣味はないよ。偶々さ」
にっこりと微笑まれるのがとても胡散臭く感じられるが、森人族には得てしてこういうところがある。
「いまレンさんがいらしていたんですよ。久々にお会いしたら良かったのでは」
「んー……」
ぽつり、何かが零れ落ちる。
「え?」
「ん?」
思わず聞き返したら、ハーマイトシュシューも目を瞬かせながら見返してくる。
お互いに不思議そうな顔をしているのは、何とも居心地が悪いものだ。
「いえ……仕事に戻ります」
「ああ。よろしくね」
ララは席に戻り、……何故だか気になってそっと背後を見た。
ハーマイトシュシューは出入口からギルドのホールを眺めている。ただ、それだけだ。
「……?」
それだけ、なのに。
ララは胸の辺りがざわりとしたことを、この後しばらく忘れられなかった――。
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※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。
※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話)
※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい?
※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。
※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。
※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。
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