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第3章 変わるもの 変わらないもの
閑話:グランツェの視点から『夢』
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7月の7日。
レイナルド、ゲンジャル、ミッシェル、アッシュ、ウォーカー。
グランツェがトゥルヌソルを拠点に定めて以降、幾度となく共闘した金級冒険者の5人が、有望な後輩を残してマーヘ大陸という敵地に向けて出発する。
見送るために西端の港町ローザルゴーザまで来たのは、その有望な後輩達――僧侶のレンと、剣士のクルト、彼らとしばらくはチームを組むバルドルパーティ4名。
レイナルド達がマーヘ大陸に向かうという情報はともかく、内偵のためというのは極秘だ。
危険な土地へ渡る彼らを案じるのは仲間の彼らだけで良い。グランツェとバルドルパーティは可愛らしい二人の護衛で同行しただけという体なのだ。
「レイナルドさん。あっちで必要になると思うから、これを持って行ってください」
「巾着?」
レイナルドが不思議そうに首を傾げる横で、ゲンジャルが驚いた顔をする。
「それ、下拵えした食材を詰めていたヤツだろ? これからダンジョン攻略が始まるのに、これがなかったら野営に差し障るぞ」
「それは、ちょっと考えている事があるので問題ないです」
レンが言うと、周りの全員が渋い顔になった。
「おまえが考えていることとか……聞きたくねぇなぁ」
「失礼ですね」
「だって、どう思うよ」
「間違いなく普通の内容じゃないでしょ」
「ひどい!」
金級5人がやれやれと言いたそうにしているのに対し、クルトとバルドルパーティの4人が肩を竦めつつも笑っていられるのは若さのせいだろうか。
(いや、保護者と友人の差かな)
彼らを観察していたグランツェは思う。
此方に来る前は成人していたと言うだけあって元々見た目に反し内面が大人びていたレンだが、少し背が伸びたことで印象が変わった。まだまだ幼いのは事実だし、レイナルド達といれば彼らの子どものようだが、クルト達と並ぶと、ちゃんと「後輩」に見えるのだ。
成長していることがレイナルド達にも見えていればいいが、今の調子だと難しそうだ。
「あんまりな言われように傷ついたけど、これを渡しませんとは言えないのが辛いところです……」
「何を入れて来たんだ?」
「薬です。師匠のレシピ通りに俺が調合、錬金しました。効果は確認済みだし、かなりの量を入れてあるので必要な時には惜しまず使ってください」
巾着を受け取ったレイナルドは中身を確認し、目を見開く。
「おまえ、これ……さすがに入れ過ぎじゃないか?」
「そんなことありません。自分達がどこに行くと思ってるんですか」
「あー……まぁそうか」
「どれどれ……うぉっ、まじか!」
「レン、こんな薬まで作れるようになったの?」
「頑張りました」
ふふんと胸を張るレンは、こう見ると本当に普通の少年で大っぴらに出来ない秘密を幾つも抱えているとはとても思えないのだが、どんなに頑張ったからって何十年も僧侶として活躍しているセルリーの秘蔵レシピを半年足らずで自分のものにしてしまえる腕は規格外どころじゃない。
「上級体力回復薬、上級魔力回復薬、上級治癒薬、……おい効能がおかしいぞ」
「これ一本いくらするんだ……」
「セルリーさんにも呆れられました。中級素材でこれは異常、市場になんて流せないから全部レイナルドさん達に持たせろって」
「う、うん?」
「神力操作は難しいです」
「おまえ……はぁ」
「くくくっ」
冗談を見ているような気がしてつい笑ってしまったグランツェを、レイナルド達が責めるような目で見て来る。
「すぐに笑っていられなくなるぞ。俺たちがいない間はおまえがレンの盾になるんだからな」
「ああ。だが頭を抱えるのはそうなってからでいいだろう」
「しっかり守れよ」
「大丈夫だ」
「……後は任せたからな」
レイナルドとグランツェ。
トゥルヌソルを拠点にして以来なにかと共闘して来た金級同士、高く拳を打ち合った。
レイナルドたち5人の他にも、表に出られないのだろう幾つもの気配を乗せた船がローザルゴーザの港を出ていく。
その姿が水平線の彼方に消えるまでしばらくその場に留まっていた彼らを動かしたのは、クルトに背を叩かれたレンの「行きましょうか」という言葉だった。
「今日はありがとうございました」
「いや。俺も実際に指導する前に君達と交流する時間が設けられて良かったよ」
「この後はトゥルヌソルに戻るんですよね?」
「ああ。でもその前に船を見に行こうか」
「船?」
「君達が大陸移動に使う船。レイナルドから聞いてないのかい、以前にマーヘ大陸から徴収した船を買い取ったって」
「それは聞きましたけど、詳しいことはグランツェさんに聞けと言われていたので」
「ああ成程ね」
船は指導を受ければ銀級でも充分に操作可能だが、レンやクルト達に指導することを考えたら適任はグランツェ以外にいない。実際にグランツェはレイナルドから任されているのだから、そういうことだ。
「クルト、バルドル、エニス、ウーガ、ドーガ、5人ともレイナルド達から鍛えられた今は銀級ダンジョンを踏破出来るだけの実力はあると聞いているけど、実際に踏破している数は?」
「鉄を5、銅を4です。プラーントゥ大陸の他にはオセアンとインセクツを踏破してます」
「大陸は違いますが数は一緒です、インセクツ大陸じゃなくてグロット大陸で踏破しました」
「あと王都に近い銀級ダンジョンに2年前くらいに挑戦して、途中で仲間が二人死んで、諦めました」
「そうか……」
エニスの補足にグランツェは少し考える。
ダンジョン攻略中に仲間を失うというのは相当の痛手だ。
最悪の場合は全滅だって有り得たはず。……クルトは知っていたようだが、レンは、反応を見る限り初耳だったのだろう。
言わなかったのか、言えなかったのか。
いや、異世界からの転移者は「ダンジョンで冒険者が死ぬ」という珍しくもない話を知らない可能性もある。
知らないなら聞こうともしないだろう。
ただし伏せていたバルドル達には確認しておかなければならない。
「ダンジョン攻略に戻って後悔しないか?」
「……正直に言えば怖いです」
低い声で答えたのはウーガ。
そしてその手を強く握ったのはドーガだ。レイナルドから仲のいい兄弟だが兄の方が若干脆いこと、弟が献身的に支えていることは聞いており、短い会話の中でもその情報が確認出来たわけだが、これが吉と出るかどうかはまだ分からない。
「けど話し合ったんです。ローザルゴーザまで金級の皆さんとの合同護衛依頼を受けて、獄鬼とやり合った後、……もう一度挑戦しようって」
「4人でも行くつもりでした。クルト、レンと協力出来るのに怖気づいてはいられません」
「……判った」
仲間を失ってなお冒険者を名乗っていたのは事実だ。
この時点では大丈夫だろうと判断しておく。
「レンは、セルリーから合格が出たんだな」
「はい」
「僧侶の魔法はどれくらい使える?」
「鼓舞、治癒、拘禁、それと結界の祝詞なら問題なく扱えます。応援領域の発動条件も把握しました、……あと、まだ成功率は低いですが状態異常解除を練習中です」
「えっ」
聞き返す声が複数重なる。
「状態異常解除が出来るのか⁈」
「いえっ、まだ成功率は低いんです! でも薬の方は作れるようになったので対応は可能ですっ、だから心配しないでください……!」
そうじゃない、と突っ込むべきかどうかをグランツェは真剣に悩む。
というか、だ。
「セルリーは君に上級魔法まで教えたのか? まだ13歳だろ?」
去年の今頃には既にトゥルヌソルにいたのだから13になっているはずだ。そう思って聞いたら、レンは困った顔になる。
「……その、魔力の操作は自分でも巧くなって来たと思っているんですけど、神力の操作が巧くいかなくて……、初級や中級の回復魔法の効果が、おかしなことになってしまうんです」
「おかしなこと」
「はい。それなら最初から上級魔法を使った方が、若さには驚かれるだろうけど奇異の目では見られないで済む、と」
「なるほど……」
初級で上級並の効果が出るなら最初から上級を使えということなんだろう。
思わずため息が零れた。
この子はどこまで規格外なのか。
そのうちに超級の完全治癒まで習得しそう……いいや、違う。効果がおかしいというなら、初級の治癒効果で切断された四肢の修復を可能にするのか……?
無意識に喉が鳴った。
考えるのが怖くなってくる。
なるほどレイナルドが言っていたのはこれかと、グランツェも早速頭を抱えそうになった。
「ちなみに、属性魔法はどうだ? そろそろ親和性の高い属性が判って来る頃だと思うが」
「たぶん水だと思いますが、魔法は全然ダメです。魔力は練れても発動に至りません」
「そうか。出来ないと聞いて安心したのは初めてだ」
どうやら規格外なのは神力に関係する部分だけのようだが、それが何より大きな問題でもあるわけで。
「ふむ……銀級の5人はトゥルヌソルに帰り次第、今度は俺たちと特訓だ」
「はい」
即答したのはクルト。
「レンくんが居るから、なんて言われるわけにはいかないので」
「……だな」
全員の顔つきが変わるのを見て、グランツェはこのチームはの評価を上方修正した。
「特訓と並行してレンを最速で銀級に上げるぞ」
「「「「「はい!」」」」」
ローザルゴーザに泊めてある、この若い冒険者達が使うことになる元マーヘ大陸の船は、これから色を塗り替え、内側も大幅に改装する予定で工事が進んでいた。
捕まえた40人に対し、船は100人前後が乗れる大型。
プラーントゥ大陸内にまだ残党がいるのか、それともそれだけ多くの奴隷を連れ帰るつもりだったのかは現在も調査中だが、いずれにせよこのタイミングで、こんな大きな船が手に入ったのは僥倖だった。
プラーントゥ大陸の代表国リシーゾン、その国王陛下の親書を持った僧侶が乗る船だ。見た目で相手国に舐められないためにも、他所の大陸で発見、研究、開発された最先端技術の船――これを見事な海上の宮殿とすべくプラーントゥ大陸の技術者たちが必死だと聞いている。
いまはまだ改装途中で荒が目立つが、レンが銀級に昇級するまで、どんなに急いでも一年は掛かる。来年の今頃には見事な旅客船が完成しているはずだ。
「うおっ、プール⁈」
「えっ、訓練場⁈」
水が入っているわけでも、土や芝が敷かれているわけでもないが、そこに何が出来るのかは分かったのだろう。
客室を覗いていたレンやクルト達が合流すると、誰もがこの豪華さに圧倒されていた。
「なんなの、あの無駄な施設っつーか、装飾は……」
「レンが使い終わった後は貴族が使う予定でもあるんだろう。明らかに特別な客室が幾つもあったぞ」
鋭い意見を出すのはエニス。
あまり目立つタイプではないが、常にバルドルの横で冷静に周囲を観察し、的確な意見を挟んでくる。
まだ若いが参謀向き、とグランツェは判断している。
「ひと段落ついてレンが使わなくなった後は船旅の事業を行う貴族家に下賜される予定だ」
「やっぱり」
「ああ。だが無駄な施設も装飾も俺たちにこそ必要なものなんだからあまり大きな声で言うなよ」
「必要ですか?」
「外交大使が使うんだ。国の威信にだってかかわって来るぞ」
「大使?」
「そう。大使」
レンの額を、君のことだと言葉で告げる代わりに指で押す。
「えっ、俺ですか⁈」
「当たり前だ」
今回の旅は、王の親書を持ったレンを他の面々が護衛するという形を取る。
レンが特別な子どもだと全面に押し出すことで未成年のダンジョン入場許可を手に入れるのだから、何なら部屋だって一番豪華な部屋が割り当てられるぞと告げたら本気で嫌な顔をされた。
「一番狭い部屋がいいです!」
「それが許されるとでも? 出発までに一度ゆっくりと話し合いが必要だな」
「……っ」
そこは決して譲らないという考えが伝わったのか、レンはぐぐっと言葉を詰まらせていた。
一緒に行くのが自分達だけならまだしも、絶対に国の関係者が同行する事になる。そういった連中がレンを軽視したらどうなるか……保護者を自称する金級冒険者が怒り狂うだけならまだしも、世界の主神様が怒れば大陸が沈むことだって有り得るのでは?
「君は僧侶の魔法と平行して、偉そうに振る舞う作法も覚えた方がいいかもな」
「……偉そうに、ですか」
「偉そうなレンくん……」
「ぶふっ」
「やべぇ、笑うの我慢するのが辛い」
「想像で勝手に辛くならないでください⁈」
銀級5人が実に楽しそうに笑う。
うん、チームワークは良さそうだ。
船を降り、いよいよトゥルヌソルへの帰路に付く。
「ダンジョン攻略には同行出来ないけど、移動や獄鬼との戦闘はもちろん、各国の王城にもグランツェパーティが必ず付き添う。判らない事はその都度聞いてくれればいい」
「お世話になります……」
「こちらこそさ。見返りは後でたっぷり頂戴するよ」
「が、頑張ります」
レンはそう言って青い顔をするが、正直な話、レンのその類稀な神力と共にダンジョン攻略に挑めばほぼ確実に踏破出来るという確信がある。
レイナルドのあの口振りから言って、トゥルヌソルに近い金級ダンジョンを踏破したら、次は白金、そして神銀ダンジョンに挑むつもりでいるのだろうことは想像に難くない。
世界に三カ所あり、いまだ一つも踏破されていない神銀ダンジョンはキクノ大陸、インセクツ大陸、そしてプラーントゥ大陸に存在するのだ。
神銀冒険者6名のパーティが4階層まで進んでいるのはインセクツ大陸だが、世界最高戦力と言われる彼らでさえ4階層まで進むのに5年掛かっている。
もしもその記録を自分達が塗り替えたら……?
想像するだけで心が震える。
レイナルドは、その栄誉を共有することと引き換えにレンを守れと言ったのだ。
最初はそこまでの価値がこの少年にあるのか疑問だったグランツェだが、今は納得している。むしろ絶対に他所へ引き抜かれてなるものかと考えるようになっている。
(俺たちは俺たちで、金級ダンジョンの踏破数を増やして自力で白金にならないとな)
銀から金への昇級条件が鉄級10カ所、銅級5カ所、銀級3カ所のダンジョン踏破なら。
金から白金への昇級条件は銀級を20カ所、金級を5カ所踏破しなければならない。
レイナルドは金級ダンジョンをあと1カ所踏破したら昇級だと聞いている。
グランツェは金級をあと3カ所だ。
幸いにもレン達と大陸を渡ればその先には金級ダンジョンがあるのだから挑まない手はない。彼らが鉄級、銅級に挑戦している間は手が空くのだし。
(強固で厚い壁になろう……守りは何枚重ねてもいいはずだ)
トゥルヌソルに帰ったら最愛の妻に相談し、仲間とも話し合い、……家族を得たことで蓋をしていた「夢」に、もう一度、挑みたい。
レイナルド、ゲンジャル、ミッシェル、アッシュ、ウォーカー。
グランツェがトゥルヌソルを拠点に定めて以降、幾度となく共闘した金級冒険者の5人が、有望な後輩を残してマーヘ大陸という敵地に向けて出発する。
見送るために西端の港町ローザルゴーザまで来たのは、その有望な後輩達――僧侶のレンと、剣士のクルト、彼らとしばらくはチームを組むバルドルパーティ4名。
レイナルド達がマーヘ大陸に向かうという情報はともかく、内偵のためというのは極秘だ。
危険な土地へ渡る彼らを案じるのは仲間の彼らだけで良い。グランツェとバルドルパーティは可愛らしい二人の護衛で同行しただけという体なのだ。
「レイナルドさん。あっちで必要になると思うから、これを持って行ってください」
「巾着?」
レイナルドが不思議そうに首を傾げる横で、ゲンジャルが驚いた顔をする。
「それ、下拵えした食材を詰めていたヤツだろ? これからダンジョン攻略が始まるのに、これがなかったら野営に差し障るぞ」
「それは、ちょっと考えている事があるので問題ないです」
レンが言うと、周りの全員が渋い顔になった。
「おまえが考えていることとか……聞きたくねぇなぁ」
「失礼ですね」
「だって、どう思うよ」
「間違いなく普通の内容じゃないでしょ」
「ひどい!」
金級5人がやれやれと言いたそうにしているのに対し、クルトとバルドルパーティの4人が肩を竦めつつも笑っていられるのは若さのせいだろうか。
(いや、保護者と友人の差かな)
彼らを観察していたグランツェは思う。
此方に来る前は成人していたと言うだけあって元々見た目に反し内面が大人びていたレンだが、少し背が伸びたことで印象が変わった。まだまだ幼いのは事実だし、レイナルド達といれば彼らの子どものようだが、クルト達と並ぶと、ちゃんと「後輩」に見えるのだ。
成長していることがレイナルド達にも見えていればいいが、今の調子だと難しそうだ。
「あんまりな言われように傷ついたけど、これを渡しませんとは言えないのが辛いところです……」
「何を入れて来たんだ?」
「薬です。師匠のレシピ通りに俺が調合、錬金しました。効果は確認済みだし、かなりの量を入れてあるので必要な時には惜しまず使ってください」
巾着を受け取ったレイナルドは中身を確認し、目を見開く。
「おまえ、これ……さすがに入れ過ぎじゃないか?」
「そんなことありません。自分達がどこに行くと思ってるんですか」
「あー……まぁそうか」
「どれどれ……うぉっ、まじか!」
「レン、こんな薬まで作れるようになったの?」
「頑張りました」
ふふんと胸を張るレンは、こう見ると本当に普通の少年で大っぴらに出来ない秘密を幾つも抱えているとはとても思えないのだが、どんなに頑張ったからって何十年も僧侶として活躍しているセルリーの秘蔵レシピを半年足らずで自分のものにしてしまえる腕は規格外どころじゃない。
「上級体力回復薬、上級魔力回復薬、上級治癒薬、……おい効能がおかしいぞ」
「これ一本いくらするんだ……」
「セルリーさんにも呆れられました。中級素材でこれは異常、市場になんて流せないから全部レイナルドさん達に持たせろって」
「う、うん?」
「神力操作は難しいです」
「おまえ……はぁ」
「くくくっ」
冗談を見ているような気がしてつい笑ってしまったグランツェを、レイナルド達が責めるような目で見て来る。
「すぐに笑っていられなくなるぞ。俺たちがいない間はおまえがレンの盾になるんだからな」
「ああ。だが頭を抱えるのはそうなってからでいいだろう」
「しっかり守れよ」
「大丈夫だ」
「……後は任せたからな」
レイナルドとグランツェ。
トゥルヌソルを拠点にして以来なにかと共闘して来た金級同士、高く拳を打ち合った。
レイナルドたち5人の他にも、表に出られないのだろう幾つもの気配を乗せた船がローザルゴーザの港を出ていく。
その姿が水平線の彼方に消えるまでしばらくその場に留まっていた彼らを動かしたのは、クルトに背を叩かれたレンの「行きましょうか」という言葉だった。
「今日はありがとうございました」
「いや。俺も実際に指導する前に君達と交流する時間が設けられて良かったよ」
「この後はトゥルヌソルに戻るんですよね?」
「ああ。でもその前に船を見に行こうか」
「船?」
「君達が大陸移動に使う船。レイナルドから聞いてないのかい、以前にマーヘ大陸から徴収した船を買い取ったって」
「それは聞きましたけど、詳しいことはグランツェさんに聞けと言われていたので」
「ああ成程ね」
船は指導を受ければ銀級でも充分に操作可能だが、レンやクルト達に指導することを考えたら適任はグランツェ以外にいない。実際にグランツェはレイナルドから任されているのだから、そういうことだ。
「クルト、バルドル、エニス、ウーガ、ドーガ、5人ともレイナルド達から鍛えられた今は銀級ダンジョンを踏破出来るだけの実力はあると聞いているけど、実際に踏破している数は?」
「鉄を5、銅を4です。プラーントゥ大陸の他にはオセアンとインセクツを踏破してます」
「大陸は違いますが数は一緒です、インセクツ大陸じゃなくてグロット大陸で踏破しました」
「あと王都に近い銀級ダンジョンに2年前くらいに挑戦して、途中で仲間が二人死んで、諦めました」
「そうか……」
エニスの補足にグランツェは少し考える。
ダンジョン攻略中に仲間を失うというのは相当の痛手だ。
最悪の場合は全滅だって有り得たはず。……クルトは知っていたようだが、レンは、反応を見る限り初耳だったのだろう。
言わなかったのか、言えなかったのか。
いや、異世界からの転移者は「ダンジョンで冒険者が死ぬ」という珍しくもない話を知らない可能性もある。
知らないなら聞こうともしないだろう。
ただし伏せていたバルドル達には確認しておかなければならない。
「ダンジョン攻略に戻って後悔しないか?」
「……正直に言えば怖いです」
低い声で答えたのはウーガ。
そしてその手を強く握ったのはドーガだ。レイナルドから仲のいい兄弟だが兄の方が若干脆いこと、弟が献身的に支えていることは聞いており、短い会話の中でもその情報が確認出来たわけだが、これが吉と出るかどうかはまだ分からない。
「けど話し合ったんです。ローザルゴーザまで金級の皆さんとの合同護衛依頼を受けて、獄鬼とやり合った後、……もう一度挑戦しようって」
「4人でも行くつもりでした。クルト、レンと協力出来るのに怖気づいてはいられません」
「……判った」
仲間を失ってなお冒険者を名乗っていたのは事実だ。
この時点では大丈夫だろうと判断しておく。
「レンは、セルリーから合格が出たんだな」
「はい」
「僧侶の魔法はどれくらい使える?」
「鼓舞、治癒、拘禁、それと結界の祝詞なら問題なく扱えます。応援領域の発動条件も把握しました、……あと、まだ成功率は低いですが状態異常解除を練習中です」
「えっ」
聞き返す声が複数重なる。
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「いえっ、まだ成功率は低いんです! でも薬の方は作れるようになったので対応は可能ですっ、だから心配しないでください……!」
そうじゃない、と突っ込むべきかどうかをグランツェは真剣に悩む。
というか、だ。
「セルリーは君に上級魔法まで教えたのか? まだ13歳だろ?」
去年の今頃には既にトゥルヌソルにいたのだから13になっているはずだ。そう思って聞いたら、レンは困った顔になる。
「……その、魔力の操作は自分でも巧くなって来たと思っているんですけど、神力の操作が巧くいかなくて……、初級や中級の回復魔法の効果が、おかしなことになってしまうんです」
「おかしなこと」
「はい。それなら最初から上級魔法を使った方が、若さには驚かれるだろうけど奇異の目では見られないで済む、と」
「なるほど……」
初級で上級並の効果が出るなら最初から上級を使えということなんだろう。
思わずため息が零れた。
この子はどこまで規格外なのか。
そのうちに超級の完全治癒まで習得しそう……いいや、違う。効果がおかしいというなら、初級の治癒効果で切断された四肢の修復を可能にするのか……?
無意識に喉が鳴った。
考えるのが怖くなってくる。
なるほどレイナルドが言っていたのはこれかと、グランツェも早速頭を抱えそうになった。
「ちなみに、属性魔法はどうだ? そろそろ親和性の高い属性が判って来る頃だと思うが」
「たぶん水だと思いますが、魔法は全然ダメです。魔力は練れても発動に至りません」
「そうか。出来ないと聞いて安心したのは初めてだ」
どうやら規格外なのは神力に関係する部分だけのようだが、それが何より大きな問題でもあるわけで。
「ふむ……銀級の5人はトゥルヌソルに帰り次第、今度は俺たちと特訓だ」
「はい」
即答したのはクルト。
「レンくんが居るから、なんて言われるわけにはいかないので」
「……だな」
全員の顔つきが変わるのを見て、グランツェはこのチームはの評価を上方修正した。
「特訓と並行してレンを最速で銀級に上げるぞ」
「「「「「はい!」」」」」
ローザルゴーザに泊めてある、この若い冒険者達が使うことになる元マーヘ大陸の船は、これから色を塗り替え、内側も大幅に改装する予定で工事が進んでいた。
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いまはまだ改装途中で荒が目立つが、レンが銀級に昇級するまで、どんなに急いでも一年は掛かる。来年の今頃には見事な旅客船が完成しているはずだ。
「うおっ、プール⁈」
「えっ、訓練場⁈」
水が入っているわけでも、土や芝が敷かれているわけでもないが、そこに何が出来るのかは分かったのだろう。
客室を覗いていたレンやクルト達が合流すると、誰もがこの豪華さに圧倒されていた。
「なんなの、あの無駄な施設っつーか、装飾は……」
「レンが使い終わった後は貴族が使う予定でもあるんだろう。明らかに特別な客室が幾つもあったぞ」
鋭い意見を出すのはエニス。
あまり目立つタイプではないが、常にバルドルの横で冷静に周囲を観察し、的確な意見を挟んでくる。
まだ若いが参謀向き、とグランツェは判断している。
「ひと段落ついてレンが使わなくなった後は船旅の事業を行う貴族家に下賜される予定だ」
「やっぱり」
「ああ。だが無駄な施設も装飾も俺たちにこそ必要なものなんだからあまり大きな声で言うなよ」
「必要ですか?」
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「大使?」
「そう。大使」
レンの額を、君のことだと言葉で告げる代わりに指で押す。
「えっ、俺ですか⁈」
「当たり前だ」
今回の旅は、王の親書を持ったレンを他の面々が護衛するという形を取る。
レンが特別な子どもだと全面に押し出すことで未成年のダンジョン入場許可を手に入れるのだから、何なら部屋だって一番豪華な部屋が割り当てられるぞと告げたら本気で嫌な顔をされた。
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「それが許されるとでも? 出発までに一度ゆっくりと話し合いが必要だな」
「……っ」
そこは決して譲らないという考えが伝わったのか、レンはぐぐっと言葉を詰まらせていた。
一緒に行くのが自分達だけならまだしも、絶対に国の関係者が同行する事になる。そういった連中がレンを軽視したらどうなるか……保護者を自称する金級冒険者が怒り狂うだけならまだしも、世界の主神様が怒れば大陸が沈むことだって有り得るのでは?
「君は僧侶の魔法と平行して、偉そうに振る舞う作法も覚えた方がいいかもな」
「……偉そうに、ですか」
「偉そうなレンくん……」
「ぶふっ」
「やべぇ、笑うの我慢するのが辛い」
「想像で勝手に辛くならないでください⁈」
銀級5人が実に楽しそうに笑う。
うん、チームワークは良さそうだ。
船を降り、いよいよトゥルヌソルへの帰路に付く。
「ダンジョン攻略には同行出来ないけど、移動や獄鬼との戦闘はもちろん、各国の王城にもグランツェパーティが必ず付き添う。判らない事はその都度聞いてくれればいい」
「お世話になります……」
「こちらこそさ。見返りは後でたっぷり頂戴するよ」
「が、頑張ります」
レンはそう言って青い顔をするが、正直な話、レンのその類稀な神力と共にダンジョン攻略に挑めばほぼ確実に踏破出来るという確信がある。
レイナルドのあの口振りから言って、トゥルヌソルに近い金級ダンジョンを踏破したら、次は白金、そして神銀ダンジョンに挑むつもりでいるのだろうことは想像に難くない。
世界に三カ所あり、いまだ一つも踏破されていない神銀ダンジョンはキクノ大陸、インセクツ大陸、そしてプラーントゥ大陸に存在するのだ。
神銀冒険者6名のパーティが4階層まで進んでいるのはインセクツ大陸だが、世界最高戦力と言われる彼らでさえ4階層まで進むのに5年掛かっている。
もしもその記録を自分達が塗り替えたら……?
想像するだけで心が震える。
レイナルドは、その栄誉を共有することと引き換えにレンを守れと言ったのだ。
最初はそこまでの価値がこの少年にあるのか疑問だったグランツェだが、今は納得している。むしろ絶対に他所へ引き抜かれてなるものかと考えるようになっている。
(俺たちは俺たちで、金級ダンジョンの踏破数を増やして自力で白金にならないとな)
銀から金への昇級条件が鉄級10カ所、銅級5カ所、銀級3カ所のダンジョン踏破なら。
金から白金への昇級条件は銀級を20カ所、金級を5カ所踏破しなければならない。
レイナルドは金級ダンジョンをあと1カ所踏破したら昇級だと聞いている。
グランツェは金級をあと3カ所だ。
幸いにもレン達と大陸を渡ればその先には金級ダンジョンがあるのだから挑まない手はない。彼らが鉄級、銅級に挑戦している間は手が空くのだし。
(強固で厚い壁になろう……守りは何枚重ねてもいいはずだ)
トゥルヌソルに帰ったら最愛の妻に相談し、仲間とも話し合い、……家族を得たことで蓋をしていた「夢」に、もう一度、挑みたい。
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攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。


龍は精霊の愛し子を愛でる
林 業
BL
竜人族の騎士団団長サンムーンは人の子を嫁にしている。
その子は精霊に愛されているが、人族からは嫌われた子供だった。
王族の養子として、騎士団長の嫁として今日も楽しく自由に生きていく。
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