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第3章 変わるもの 変わらないもの
81.王都へ
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王都へ出発するその日――10月25日。
いつも通りにリーデンに見送られて神具『住居兼用移動車両』Ex.を出た俺は、いつもならこのまま部屋を出るところだけど、今日は神具の扉を消し、昨日の内にこの半年で宿の部屋に生活感を感じさせるために揃えていた日用品などを纏めて扉の傍に置いておいた木箱を持ち上げた。
トゥルヌソルと王都の往復に、せっかくだから2、3日は観光しようというパーティメンバーの希望というか、俺への気遣いもあって一ヶ月以上は『猿の縄張り』に戻って来られない。
だったら、と。
このタイミングでクランハウスに引っ越すことになったからだ。
宿の部屋にはほとんどいなかったが、それでもロテュスに来てから今日までに何度も出入りした場所だ。少しばかり感傷的になってしまう。
零れそうな何かをぐっと堪えながら階段を下りていくと、受付の前に立っている宿の御主人チロルさんと目が合った。今日で部屋を引き払うことは既に伝えてあったからだろう。
「よ。おはよう」
「おはようございます」
いつも通りの挨拶のつもりなのにそれ以上の言葉が出て来ない。
階段を下り切って御主人の正面まで進んでから立ち止まる。
「……半年間、お世話になりました」
「おう」
くしゃっと頭を撫でられる。
サル科の特徴なのか他の成人男性に比べると指が長くて細い御主人の手は心強いと同時に優しくて、嬉しい。
「元気で頑張れよ」
「はい! ありがとうございました」
感謝の気持ちを込めて一礼する。
うん、たぶんこのくらいが旅立ち前にはちょうどいい。
宿を出て、外。
俺は意識して大きく深く呼吸し、まずはクランハウスに向かった。そこで声を掛けるとアッシュが出迎えてくれただけでなく両腕で抱えていた木箱を預かってくれて、中央館一階ホールの奥にある物置き……本来は住み込みの使用人用の部屋だと思うんだけど、6畳くらいの部屋に保管されることになった。俺的にはむしろこの部屋に住まわせてもらえれば充分なんだけど、クルトと同じフロアの一室を間借りする事になった。
あれこれ交渉した結果である。
「鍵の閉め方は大丈夫ね?」
「はい」
宿の部屋と同じだ。ドアノブの近くにある魔導具に身分証紋を翳すだけ。
「うん、いいわね」
「急にすみません」
「気にしないでいいわ、むしろいつ越して来るんだって皆で言ってたくらいだし」
「それなら嬉しいですけど、……皆さんは?」
「レイナルドはまだギルドかしら。クルトは先に行って待ってるって言ってたし、ゲンジャル達も門の方で家族としばしの別れを惜しんでる頃ね」
「往復一ヶ月は長いですもんね」
隣で頷いているアッシュの旦那さんは実は二日前に仕事関係で王都に出発したそうで、向こうで会えるのを楽しみにしているそうだ。
「さ。私たちも行きましょうか」
「はい!」
アッシュに案内されて向かう先はトゥルヌソルの東――貴族街に近くて商門よりかなり豪奢な造りの東門だ。貴族が利用するからだろうが、まるでアスファルトみたいに均された石畳が広範囲に敷かれていて、それがずっと貴族街の方に続いている。
商門なら入ってすぐの広場では屋台や噴水、そこで憩う人達の姿がたくさん見られたけど、此方の主役は鑑賞用と見てわかる木々や、彫刻が主役で、今は出発前の冒険者や憲兵隊の人で溢れているだけで本来は静謐という言葉が似合うような場所なんだろうなと思うくらいには見た目が整えられていた。
「なんか、場違いな気がします……」
「何を言ってんの、あそこに群がってる強面の男達に比べたらレンの方がずっとここの雰囲気が似合ってるわ」
「そう、ですか……?」
ともあれレイナルドパーティーが集まっている場所を見つけてホッとしつつ近付くと、バルドルパーティのメンバーと談笑していたクルトが真っ先に気付いて手を上げてくれた。
「おはようレンくん」
「おはようございます」
「おっす」
「うーっす」
それに、グランツェパーティの中にはセルリーの姿もある。
以前に言っていた通り、本当に今日からしばらくは一緒に旅が出来るのだ。
挨拶に行かなくちゃと踏み出し掛けたところで、背後から聞こえて来たのはレイナルドの声。
「全員揃ってるか?」
各方面から是の声が上がり、午前8時。
俺たちは王都へ向けて出発した。
いつも通りにリーデンに見送られて神具『住居兼用移動車両』Ex.を出た俺は、いつもならこのまま部屋を出るところだけど、今日は神具の扉を消し、昨日の内にこの半年で宿の部屋に生活感を感じさせるために揃えていた日用品などを纏めて扉の傍に置いておいた木箱を持ち上げた。
トゥルヌソルと王都の往復に、せっかくだから2、3日は観光しようというパーティメンバーの希望というか、俺への気遣いもあって一ヶ月以上は『猿の縄張り』に戻って来られない。
だったら、と。
このタイミングでクランハウスに引っ越すことになったからだ。
宿の部屋にはほとんどいなかったが、それでもロテュスに来てから今日までに何度も出入りした場所だ。少しばかり感傷的になってしまう。
零れそうな何かをぐっと堪えながら階段を下りていくと、受付の前に立っている宿の御主人チロルさんと目が合った。今日で部屋を引き払うことは既に伝えてあったからだろう。
「よ。おはよう」
「おはようございます」
いつも通りの挨拶のつもりなのにそれ以上の言葉が出て来ない。
階段を下り切って御主人の正面まで進んでから立ち止まる。
「……半年間、お世話になりました」
「おう」
くしゃっと頭を撫でられる。
サル科の特徴なのか他の成人男性に比べると指が長くて細い御主人の手は心強いと同時に優しくて、嬉しい。
「元気で頑張れよ」
「はい! ありがとうございました」
感謝の気持ちを込めて一礼する。
うん、たぶんこのくらいが旅立ち前にはちょうどいい。
宿を出て、外。
俺は意識して大きく深く呼吸し、まずはクランハウスに向かった。そこで声を掛けるとアッシュが出迎えてくれただけでなく両腕で抱えていた木箱を預かってくれて、中央館一階ホールの奥にある物置き……本来は住み込みの使用人用の部屋だと思うんだけど、6畳くらいの部屋に保管されることになった。俺的にはむしろこの部屋に住まわせてもらえれば充分なんだけど、クルトと同じフロアの一室を間借りする事になった。
あれこれ交渉した結果である。
「鍵の閉め方は大丈夫ね?」
「はい」
宿の部屋と同じだ。ドアノブの近くにある魔導具に身分証紋を翳すだけ。
「うん、いいわね」
「急にすみません」
「気にしないでいいわ、むしろいつ越して来るんだって皆で言ってたくらいだし」
「それなら嬉しいですけど、……皆さんは?」
「レイナルドはまだギルドかしら。クルトは先に行って待ってるって言ってたし、ゲンジャル達も門の方で家族としばしの別れを惜しんでる頃ね」
「往復一ヶ月は長いですもんね」
隣で頷いているアッシュの旦那さんは実は二日前に仕事関係で王都に出発したそうで、向こうで会えるのを楽しみにしているそうだ。
「さ。私たちも行きましょうか」
「はい!」
アッシュに案内されて向かう先はトゥルヌソルの東――貴族街に近くて商門よりかなり豪奢な造りの東門だ。貴族が利用するからだろうが、まるでアスファルトみたいに均された石畳が広範囲に敷かれていて、それがずっと貴族街の方に続いている。
商門なら入ってすぐの広場では屋台や噴水、そこで憩う人達の姿がたくさん見られたけど、此方の主役は鑑賞用と見てわかる木々や、彫刻が主役で、今は出発前の冒険者や憲兵隊の人で溢れているだけで本来は静謐という言葉が似合うような場所なんだろうなと思うくらいには見た目が整えられていた。
「なんか、場違いな気がします……」
「何を言ってんの、あそこに群がってる強面の男達に比べたらレンの方がずっとここの雰囲気が似合ってるわ」
「そう、ですか……?」
ともあれレイナルドパーティーが集まっている場所を見つけてホッとしつつ近付くと、バルドルパーティのメンバーと談笑していたクルトが真っ先に気付いて手を上げてくれた。
「おはようレンくん」
「おはようございます」
「おっす」
「うーっす」
それに、グランツェパーティの中にはセルリーの姿もある。
以前に言っていた通り、本当に今日からしばらくは一緒に旅が出来るのだ。
挨拶に行かなくちゃと踏み出し掛けたところで、背後から聞こえて来たのはレイナルドの声。
「全員揃ってるか?」
各方面から是の声が上がり、午前8時。
俺たちは王都へ向けて出発した。
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