上 下
79 / 335
第3章 変わるもの 変わらないもの

76.二度目の獄鬼との戦い※戦闘有り

しおりを挟む
 レンは荷台に乗せられた後で七人の子ども達を一ヵ所に集めて抱き締めた。
 戦えない自分がすべきことはこの子たちを護ること。
 絶対に傷一つ付けさせない。

「まさ、か……」

 口から赤い液体を垂らしたセルリーさんが震える声で馬車を睨む。レイナルドが彼女を背に庇うように構え、レイナルドパーティの皆が戦闘態勢に入るが、そんな彼らを嘲笑するのがマーヘ大陸の護衛騎士達だった。
 そして。

「ようやくこの鬱陶しい状況を終わらせられるというわけだ」

 馬車から下りて姿を現したカエル顔の貴族がにやりと微笑む。
 更には先ほどからビリビリと感じていた不快感がより一層強く、濃く、まるで周囲の草木を腐らせるのではないかと錯覚するくらい強烈に辺りに漂い始めた。
 カエル貴族の横に立つ男は、見た目だけなら人だ。
 しかし俺の目には赤い警告画面が点滅し、彼が危険人物だと訴えている。
 スキル「天啓」。
 タップして理由を表示させれば「獄鬼ヘルネル。17人を喰らっている。」の文字と危険度が★5つ。

(あいつが……!)

 獄鬼ヘルネルの気配は、結界が無いとこんなにも酷い。
 けど、僧侶だからこの程度で済んでいる。なぜなら身の内にある神力が根っこのところで守ってくれるからで、神力がない他の皆がどんな影響を受けるかなんて言葉では言い表せないほどに残酷だ。
 金級のレイナルドパーティだって顔色が悪い。
 銀級のクルト、バルドルパーティの面々に至っては歯がカタカタと鳴るくらい体を震わせ、武器を構える手からは汗が落ちていく。
 ましてや荷台にいる一般市民にとっては毒も同然。胸を抑え吐いている人もいるくらいで、この獄鬼ヘルネルの悪質振りがよく判る。
 だからこそ。

(そんな影響、子ども達には受けさせないからな……!)

 俺の細腕でも全員を抱き締められるようぎゅうぎゅうに集まってもらったのはそのためだ。リーデン様が掛けてくれた守護、その範囲内にいるこの子たちの心が守られるよう願う。

「みんな、しっかり目を瞑って、顔を伏せて。何があっても絶対に顔を上げちゃだめだよ」
「うんっ」
「こわいよぉ……」
「だいじょぶ、ぼーけんしゃはつよいもん!」

 俺の役目はこの子たちを護ること。
 何度も、何度も自分に言い聞かせる。
 大丈夫。
 大丈夫。
 獄鬼ヘルネルがどんなに強くたって――。

「くくくっ」

 獄鬼ヘルネルが笑う。

「僧侶共に俺らの催眠は効かないが、神力がすっからかんになった今なら喰らえそうだな。僧侶を喰ったら特殊な進化を果たしたりしねぇかな」
「おい獄鬼ヘルネル、あっちの人族ヒューロンとガキどもをこの馬車に乗せろ、船に向かう。喰らうのはその後だ」
「へぇへぇ」
「レン!」
「動くな、死ぬのは無力な連中だぜ?」

 駆け寄ろうとしたレイナルド達に剣先を当てたマーヘ大陸の護衛達。
 近付いて来る獄鬼ヘルネルの足音に、大丈夫だと思っていても、体が竦む。

「さて、雇い主がおまえをご所望だ」

 獄鬼ヘルネルは俺の前に立ち、勝ち誇った笑みを浮かべていた。

「そこのガキどもを殺されたくなきゃ大人しくあっちの馬車に移動しろ」

 自分達の優位を信じて疑わない態度に、……呆れる。
 レイナルドを見た。
 小さく頷かれる。
 セルリーとゲンジャル、ミッシェル、アッシュ、そしてウォーカー。
 獄鬼ヘルネルの後方にクルト。
 バルドル。
 もう、お芝居は終わりだ。

「お断りします」
「は?」
「断る、と言いました」
「貴様! いまの自分の状況が見えているのか⁈ 貴様には従う以外の選択肢などない!!」

 カエル貴族がドタドタと近付いて来たかと思うと、水かきのついた手が伸ばされる。

「来い!!」

 その手が俺の首元を鷲掴みしようとした一瞬。

「うがぁっ⁈」
「!!」
「なっ」
「伯爵さま!!」

 吹き飛んだカエル貴族の丸い体が平原を転がる。

「なっ……」
獄鬼ヘルネルが人間と組むなんて予想外に驚きはしたが――」
「トゥルヌソルの僧侶は最近調子が良いのよって最初に言ったんだけど、ね?」

 レイナルドの背後、高い魔力回復ポーションを飲み終えたセルリーが笑う。わざと口元に垂らしていた果実の汁は拭き取り済み。
 反撃開始の合図だ。

「みんな、!」

 ぶわりと広がる、俺固有の応援領域クラウーズ。セルリー同様に魔力を回復したヒユナたちと力を合わせ僧侶4人の結界が再び全員を包み込む。薬で無理やりに回復させた魔力で維持出来る結界は10分程度だけど、きっと充分だ。
 動揺する獄鬼ヘルネルに斬りかかったレイナルド。
 彼の剣を受け止めた獄鬼ヘルネルの背後から斬りかかるグランツェ。あれほど余裕ぶっていた顔に、いまは確かな焦りが滲んでいた。

「テメェらも油断し過ぎだぜ!」
「がっ」

 貴族の馬車周辺で混乱していた12人の護衛が、ゲンジャルらレイナルドパーティと、レイナルドと入れ変わるように移動したバルドルパーティによって次々と拘束されていく。
 僧侶の護衛についたグランツェパーティ、護衛対象の周りにはオセアン大陸の冒険者達が分散し間違っても彼らが被害を受けないよう構える。

「小癪な……!」

 獄鬼ヘルネルの地響きのような低い声と共に、その背後から噴出する黒い靄。

「!」

 鋭い切っ先を備えて四方八方に散開する凶器に対し冒険者達が自らの肉体に身体強化を施し迎え撃つ間、俺は一心に子ども達を抱き締めていた。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

迷子の僕の異世界生活

クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。 通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。 その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。 冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。 神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。 2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

異世界召喚チート騎士は竜姫に一生の愛を誓う

はやしかわともえ
BL
11月BL大賞用小説です。 主人公がチート。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 励みになります。 ※完結次第一挙公開。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談? 本気? 二人の結末は? 美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな? そして今日も何故かオレの服が脱げそうです? そんなある日、義弟の親友と出会って…。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

地味顔陰キャな俺。異世界で公爵サマに拾われ、でろでろに甘やかされる

冷凍湖
BL
人生だめだめな陰キャくんがありがちな展開で異世界にトリップしてしまい、公爵サマに拾われてめちゃくちゃ甘やかされるウルトラハッピーエンド アルファポリスさんに登録させてもらって、異世界がめっちゃ流行ってることを知り、びっくりしつつも書きたくなったので、勢いのまま書いてみることにしました。 他の話と違って書き溜めてないので更新頻度が自分でも読めませんが、とにかくハッピーエンドになります。します! 6/3 ふわっふわな話の流れしか考えずに書き始めたので、サイレント修正する場合があります。 公爵サマ要素全然出てこなくて自分でも、んん?って感じです(笑)。でもちゃんと公爵ですので、公爵っぽさが出てくるまでは、「あー、公爵なんだなあー」と広い心で見ていただけると嬉しいです、すみません……!

処理中です...