生きるのが下手な僕たちは、それでも命を愛したい。

柚鷹けせら

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第3章 変わるもの 変わらないもの

74.無自覚の効果

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 僧侶4人と、クルト、バルドルパーティ4名で一通りの流れを決めた後、最後尾を担当するヒユナがグランツェパーティへ。
 オセアン大陸の僧侶さんが、同じオセアン大陸の冒険者達へ事情を説明していく。

「レイナルドパーティの皆は大丈夫でしょうか」
「きっとゲンジャルさんが巧く乗ってくれるよ。先頭にはセルリーさんが立ってくれるんだし……」

 言いながらクルトの瞳が不安に揺れる。
 俺も不安だ。
 俺が行くって言えれば、この装備もあるし安全だと思うんだけど、皆から一斉に反対されてしまうとどうしようもない。まぁ未成年が先頭に立つなんてかえって怪しいと言われたら、それもそうなんだけど。
 しばらくして、先に合図をくれたのはヒユナさん。
 頭上に、腕を使って大きな丸を作って左右に大きく揺れている。
 その数分後にはオセアン大陸の僧侶さんからもOKの合図。
 セルリーさんと顔を合わせて、頷き合う。

 作戦決行だ。




 相変わらず貴族の護衛と一触即発の空気を漂わせていたレイナルドに、セルリーが駆け寄る。

「レイナルド! 獄鬼ヘルネルの気配を感知したわっ」
「は⁈」

 目を瞬いたのは、それを知っていたゲンジャルもだったけど、彼はすぐに俺やクルトに視線を転じて来たから小さく頷く。
 それで伝わるはず。
 ついでに、獄鬼ヘルネルの気配を感知したって聞いた瞬間の、貴族の護衛達の表情の変化も見逃さない。
 いま、絶対に安心した顔してた!

「僧侶4人で結界を張るわっ、移動時の結界は長くは保たないからすぐに移動を再開、可能な限りの速度でローザルゴーザに向かって!」
「待て、結界を張る許可など出していないぞ!」

 いきり立った護衛に、ゲンジャルが被せるように言い放つ。

「ここはプラーントゥ大陸でおまえらの護衛が俺らの任務だ。獄鬼ヘルネルが関与しているなら僧侶の判断に従う、それを覆せるのはこの護衛依頼の責任者であるレイナルドだけだ」
「くっ」

 ゲンジャルがレイナルドの背中をで叩く。
 合図。
 レイナルドは表情を変えなかったが声には覇気が伴う。

「セルリー、結界はどれくらい維持出来る?」
「判らない。でも調、ローザルゴーザまで何とか保たせてみせる。ただし使、向こうに着いた後は任せるわよ」
「判った、結界を頼む。――いいな?」
「くっ……判った。主には俺から説明してくる。出発だ!!」

 忌々しげな顔を隠しもせずに男が声を荒げて豪華な馬車の中に声を掛けに行く。
 レイナルドはゲンジャルと視線を合わせ、此方に向き、ウォーカー、アッシュ、ミッシェルの3人を此方に移動させた。
 話を聞いてこいって事だろう。

「クルトさん」
「うん、説明は任せて」
「バルドルさん」
「おう」

 答えたバルドルが、ドーガと共にレイナルドの側へ。
 一時的な護衛人数の移動だ。
 味方17人に作戦が行き渡り、セルリーが隊列の先頭へ。彼女から俺、俺からオセアン大陸の僧侶さん、そして彼女から最後尾のヒユナへ。
 隊列全体を包み込む移動可能な結界――獄鬼ヘルネルが近付けなくなる、神力の膜を張る。

「天におわします我らが父よ――」

 天におわします我らが父よ
 願わくは御名が尊ばれるこの地に永き平穏と幸福が齎されんことを
 我らは父の子
 父の代理人
 哀れな子らの魂を守るため
 子と子が争い血を流さぬため

「「「「主よ、降り立ち給え――」」」」

 4人の僧侶の声が揃った瞬間に辺りを包み込んだ清浄な空気。

「すごい……」

 感嘆という言葉がぴったりだと思うくらい、吐息のように呟かれた声は子ども達のもので、その瞳が映すのは頭上で曲線を描くようにして両側に壁を作っている薄くてきらきらした膜だ。

「嘘だろ」

 呆然とした呟きはバルドル。

「俺、いまなら火球一つでトゥルヌソルを吹き飛ばせるかもしれない」

 魔法使いのドーガが両手の平を見ながら言うが、火球って火属性の初級魔法で、基礎中の基礎である。
 俺は苦笑してしまう。

「それはさすがに言い過ぎてすよ」
「……そうだな、さすがにトゥルヌソルは無理か……でもローザルゴーザならいけると思うぞ」

 ……あれ?
 クルトとバルドルも真顔で聞いている。
 ドーガさんの発言も真剣って事なんだろうか。僧侶の回復以外は覚えていないし、属性魔法なんてどれが使えるかさえ不明なままの俺には判らない感覚って事かな。

「町は壊さないでくださいね?」
「……そう、だな。獄鬼ヘルネルには来るなら町のかなり手前で出て来てくれと頼んでおいた方がいいな」
「ええ……」

 どんだけなの、一体……。



 ***

 ■ ???の事情

 今回の作戦は、トゥルヌソルに着いた直後から何かがおかしかったんだ。
 獄鬼ヘルネルに取り憑かれた男は「トゥルヌソルは油断している、常に警戒している小さな町や村よりずっと簡単に侵入できる」とこの大陸の連中を嘲笑していたくせに、いざ到着しようかという直前になって完全な役立たずと化した。
 なんせ到着まであと10分くらいという距離から足が動かなくなったのだ。
 ヤツを乗せている馬車より前にいた連中は通れたが、奴が乗っている馬車は馬も、護衛も、動かない。
 しかしヤツより後ろにいる連中は入れた。
 いろいろと試した結果、ヤツだけが入れなかった。
 ガタガタと震え、真っ白な顔で見えない何かに怯える姿は痛快だったが、ヤツがいなければ人族ヒューロンを自ら外に出るよう仕向けることは出来なくなる。
 それはつまり、わざわざ此処まできた最大の目的――奴隷の確保が出来ないということ。
 作戦は失敗ということだ。

「いや、ここまでは来れたんだ! おまえらが人族ヒューロンに巧いこと言ってここまで誘き出せば後は俺がどうにでも出来る!」
「クソが! それが簡単にできりゃてめぇなんかと組まねぇぞ⁈」

 仲間割れ。
 飛び交う罵詈雑言。
 しかしヤツが本気になれば俺たち一行を皆殺しにするのは容易で、協力してもらっているのは紛れもなく此方側なのだ。

「こうなったら僅かでも連れ帰る方法を考えよう。街中で人族ヒューロンを見つけたら声を掛けて、トゥルヌソルの連中に俺たちを警戒させよう。そうすれば護衛と言う名の監視付きで、少なくとも少数の旅客と冒険者くらいは俺たちに同行させることが出来る」

 その監視が例え金級の強者だったとしても、多くの僧侶がいたとしても、10獄鬼ヘルネルに勝つ事など不可能だ。
 せっかくここまで来たのだ。
 せめて一人や二人は奴隷を連れ帰りたい。

「こいつが居れば俺たちが負ける事はない」

 それは確信。
 平和ボケしているプラーントゥ大陸の連中は、人が獄鬼ヘルネルと組むなんて想像もしていないんだから。




 勝てると確信していた。
 俺たちがトゥルヌソルを出たらヤツはこの馬車に忍び込んで戻るはずだった。なのに15分が経っても、1時間が経とうとしても一向に姿を現さない。
 ……裏切った?
 怒りが沸き上がり馬車を停めさせた。
 奴を探して来いと命じる。
 そしたらトゥルヌソルの冒険者達が邪魔をする。
 金級のレイナルドパーティは有名だ、いま一番白金プラティンに近いと言われている男をリーダーとしているだけあって貴族相手にも物怖じしない。
 それが苛立ちを更に募らせる。

 くそっ、クソッ、クソッタレ!!

 獄鬼ヘルネルの男は何処へいった⁈
 早くこいつらに暗示を掛けて船へ導け、それとも本当に逃げたのか!!
 怒りのあまり馬車を殴りつけそうになった、その時だ。
 外から年配の女の声が聞こえて来た。

「レイナルド! 獄鬼ヘルネルの気配を感知したわっ」
「は⁈」

 金級冒険者の驚愕の声。
 俺は歓喜した。
 裏切っていなかった、逃げていなかった。
 こいつら全員を奴隷にしてやれる!
 しかし結界を張られたら厄介だ、僧侶が4人は予定より多いが、……まぁ近付いている獄鬼ヘルネルの敵ではないだろう。

「セルリー、結界はどれくらい維持出来る?」
「判らない。でも調、ローザルゴーザまで何とか保たせてみせる。ただし使、向こうに着いた後は任せるわよ」
「判った、結界を頼む。――いいな?」
「くっ……判った。主には俺から説明してくる。出発だ!!」

 護衛に扮している男も苛立っているのがその声音で判るが、……ここからローザルゴーザまであと5時間は掛かる。その間に馬の休憩だって必要だ。
 たった4人で保つはずがない。

「くくっ……くくく……!」

 運が向いて来た。
 これならあの御方が望む成果を出せるだろう。
 声を掛けてきた護衛には「聞こえていた。連中の好きにさせろ」と命じ、馬車は再び動き出す。
 もうすぐだ。
 もうすぐ。

 もうすぐ、あの可愛らしい未成年の僧侶が手に入る――。
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