生きるのが下手な僕たちは、それでも命を愛したい。

柚鷹けせら

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第3章 変わるもの 変わらないもの

71.移動の途中で

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 さて困った。
 スキル「天啓」のおかげでマーヘ大陸の人たちが危険なのは判ったし、これは仲間内で共有すべき情報だとも思うのだが、まだなにも明かしていない状態でどう説明したら理解してもらえるだろうか。

(まずはレイナルドさんに相談だよな……)

 しかし金級冒険者で、実質的な今回の護衛依頼の責任者はさっきから忙しない。
 どう切り出すべきか悩んでしまう。

(失敗したな。出て来る前にギルドで話しちゃうべきだった……)

 起きたらリーデンがいて、朝からあれこれあったために時間の余裕がなかったというのは言い訳でしかないが、ギルドでの合流が時間ぎりぎりになってしまったことが今になって悔やまれた。
 午前8時20分。
 広場の一角を占領するような形で港町ローザルゴーザまでの道行きを共にするメンバー全員にレイナルドが語る。とは言ってもマーヘ大陸の貴族は馬車からまったく降りて来ないので聞いているかどうかは判らないけれど。

「今回のローザルゴーザ行きだが、まずはマーヘ大陸のカンヨン国から観光でお越しになられたグパッチェ伯爵の馬車が、護衛の騎士達とともに先頭に立ち、レイナルドパーティの金級5名がつく。その後ろにローザルゴーザに帰る家族4名と、オセアン大陸に帰る予定の二家族9名を乗せた馬車にレイナルドパーティの2名、バルドルパーティ4名。その後ろにオセアン大陸の商隊の馬車と、各自が雇った護衛。最後尾には金級のグランツェパーティが付くことになるが、なにかあるか」

 既に内々で調整済みなので意見が出てくることはなく、その順番で商門からトゥルヌソルを出るために並び始める一行。かなりの大所帯だが俺以外は慣れた様子だから、こういう移動は珍しくないのかもしれない。
 俺は子ども達と挨拶し、ご両親とも言葉を交わす。
 みんないい感じの人たちで不安は欠片も感じない。そしてそれは、後ろに続く商隊の人たちや、その護衛で来ているオセアン大陸の冒険者達も同様だ。
 良縁を引き寄せ悪縁を遠ざけるというカグヤの加護に、スキル「幸運Ex.」、いまは「天啓」もある。
 此方側にいる人達は大丈夫だ、という直感はすぐに確信に変わった。

「レンくん?」
「っ」

 ホッとして気を抜いたところでクルトに呼び掛けられる。
 今日は彼がずっと一緒に行動する事になっている。

「さっきから表情がくるくる変わってるけどどうかした?」
「えっ」

 思わず自分の顔を抑えてしまうが、よく判らない。

「そんな、変わってましたか?」
「うん。最初は真っ青だったけど、だんだん眉が下がったり、笑ったり?」
「……めっちゃ怪しい人じゃないですか」
「はははっ」
「クルト、レン、そろそろ出発するぞー!」

 少し離れたところからゲンジャルの声がして、クルトが手を高く上げて応える。

「……クルトさん。この後って途中で休憩を取ったりしますか?」
「取るよ。ローザルゴーザは近いけど、それでも一度は馬を休ませて水やご飯をあげないと」

 なるほど、その時にレイナルドに話が出来たら良いかな。
 それまで何事も起きないのを祈るしかないのは心許ないが……。

(あ……俺が願ったら現実になるんだっけ?)

 ふと思い出したリーデンの言葉に期待する。

(どうか俺がレイナルドさんに「天啓」の情報を伝えるまで何も起きませんように……誰一人傷つく事のないままローザルゴーザに着きますように)

 なにか変化があるわけじゃないし、魔力が消費される感覚もない。神力が消費されているのかもしれないが垂れ流しているものが使われているせいかこれも実感するのは難しい。
 それでも祈り一つで短い旅を一緒にすることになった子ども達が怯えずに済むのなら頼りたい。
 午前8時半。
 俺たちはトゥルヌソルを出発した。




 レイナルドが門番に声を掛け、全員の証紋が魔導具でチェックされる。
 幸いマーヘ大陸の誰かがトゥルヌソルで悪いことをしたということもなく次々と門を出る事が許可されて港町ローザルゴーザまでの旅路を進み始めた。
 後ろを確認し、最後尾のグランツェパーティのメンバーと手で合図を出し合い、問題ないことを今度は前方のレイナルドパーティの誰かと合図し合う。一先ずは全員が無事にトゥルヌソルを出発出来た。

「お兄ちゃんたちは馬車に乗らないの?」

 ローザルゴーザに住んでいるという5歳の男の子が不思議そうに声を掛けて来る。今日は天気も良いので、旅費を抑えられるという理由もあって荷台だけの馬車を借りてきたため、声が掛け易いのだ。

「こら、お兄さんたちはお仕事で一緒に来てくれているのよ。邪魔しちゃダメ」
「えー、でもお兄ちゃんとお話したいー、さっきと違うお話が聞きたいー!」

 さっきのお話っていうのは『桃太郎』で、主役を人族ヒューロンに。
 お供の犬、猿、雉は似た種族の獣人族ビースト、鬼は獄鬼ヘルネルに置き換え、きびだんごのあの歌も熱唱しながら語ったら、この子だけでなく9歳のお兄ちゃんや、オセアン大陸の子ども達にも想定外にウケたのだ。

「他の話かぁ……あとは何があるかな」

 子ども達の雰囲気を見るに歌を交えるのが良さそうなのだが、歌のある日本昔話が思いつかない。
『金太郎』は話の方をよく覚えていないし、……あ、浦島太郎? いや、水人族ウェーヴェが多いオセアン大陸の子ども相手に海の世界の物語とか上手に改変出来る気がしないな。
 あ、うさぎと亀なら歌も判るな?
 ……替歌を作れる気がしない。気にし過ぎかもしれないが、特定の種族が不快な思いをしないように語るのはとても難しい。

「うーん、クルトさんは何かありますか?」
「えっ。歌うお話なんて聞いたこともないよ」
「じゃあ……」
「こっちを見るな」

 思わず馬車の向こう側にいるバルドルに視線を転じれば速攻で拒否され、その横で魔法使いのドーガがけらけら笑っている。
 うむむ、急に言われると全然思い付かないな。

「あ、じゃあ皆さんの好きな英雄は誰ですか?」
「えいゆ!」

 子どもたちの表情が輝く。
 世界には神銀級ヴレィ・アルジョンの冒険者が6人いて、彼らの冒険譚は胸躍るものがたくさんあるが、過去の英雄の冒険譚ともなると嘘でしょってくらい脚色されているものが多く、地域によって異なったりもするらしい。
 俺の下手な改変をした昔話よりも、そちらの方が皆が楽しめるのでなないだろうか。

「クルトさんは?」
「好きな英雄かぁ……昔からよく聞いていたのはルーヴェルトかな」
「ぼくもルーヴェルト好き!」

 9歳のお兄ちゃんが身を乗り出す。
 ルーヴェルトはインセクツ大陸出身のウマ科シュヴァルの冒険者で足が速く、仲間を救うために通常なら一日かかる山道を数時間で越えたという逸話がある。
 インセクツ大陸はクルトの故郷があるところだからかな。
 あ、そういえば。

「クルトさん、クルトさん」
「ん?」

 クルトに顔を寄せ、出来るだけ小声で問いかける。
 荷台を引く馬……見た目は地球で見る機会があった牧場の馬や競走馬に比べると四肢の筋肉がすごくて、大きさも二倍くらいありそうだけど、つぶらな瞳や、鬣、長い首など特徴は一致している。あ、北海道にいる輓馬? あちらの方が近いのかな。
 ともかく、その馬を指差し。

「この馬って、ウマ科シュヴァルの獣人の祖先だと思うんですけど」
「え?」
「え?」

 びっくり、って顔で見返された俺の感想といえば「あ、やっちゃった?」だ。

「えっと……また後でゆっくり」
「そう、だね」
「ははは……」
「はは……」

 やっぱり朝のうちに明かしておくべきだったよ!




 トゥルヌソルを出てしばらくは大きな街道を南西に向かって移動していたが、途中で立て看板のあるT字路を右に曲がったことで西へ真っ直ぐ進むことになった。
 その曲がり角は俺が半年前にこの世界に来た時に通った場所。
 左に曲がると、クルトのネームタグを拾った林道や、あの美しい湖に辿り着くだろう。
 季節が変わり心持ちもあの時とは違うけど、とても懐かしい気持ちになる。

(あの湖にはもう一度行ってみたいな……)

 そう願うと同時にトゥルヌソルを拠点にすると決めた日から初めて外を歩いている事に気付いた。
 青い空、吹く風、流れる雲。
 どれも街の中にいたって感じられるものなのに、城壁という囲いから出ただけでものすごく雄大に感じられるのが不思議だ。
 馬の軽快な足音。
 対して重そうに回る車輪の不規則な音。
 大勢がいるからこそのざわめき。
 これが何の心配もない旅行だったらと思いつつも後方を確認し、異常がないことを確かめる。

「レンくん」

 前方を見ていたクルトが言う。

「そろそろ馬を休ませるみたいだ」
「え。早くないですか?」
「うん、早い」

 トゥルヌソルを出て、まだ1時間も経ってない。

「何かあったんでしょうか」
「さぁ……貴族の護衛達の動きがなんとなく妙だね」

 クルトが目を細めながら硬い声で言う。
 バルドルたちが身にまとう空気も一瞬にして変わる。
 警戒。
 荷台の上で子ども達を抱き締める親の腕に力が入る。

(この子たちに何もありませんように……っ)

 心の中で強く、強く、願う。
 街道を外れても平らな平原が続く場所で、馬だけじゃなく荷台も寄せて置けば邪魔にならない。ゆっくりと貴族の馬車が停まり、レイナルドと貴族の護衛が何やら話し合っている。
 これが本当に休憩なら今の内に伝えておきたい。

「クルトさん。レイナルドさんに話があるんですけど、前に行って話しかけてもいいものなんですか」
「ダメ、って言いたいところだけど……大事な話なら早めにした方がいい。こっちに気付いてくれるのが一番なんだけど……」

 なんせレイナルドの側にいるのは貴族と、その護衛だ。
 未成年の銅級冒険者がうろちょろして良い相手ではないし、何よりトゥルヌソルの街で俺に「来い」と命じた本人でもある。
 近付かないに越したことはない。

「あ、ほら。ゲンジャルさんがこっち見てる。おーい」

 決して前方に聞こえるような声ではなく、伝えるのは「こっちに来て下さい!」という手招きする動作だけ。
 ゲンジャルは眉を寄せつつも隣にいたミッシェルに声を掛けて此方側に下がって来てくれた。
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