生きるのが下手な僕たちは、それでも命を愛したい。

柚鷹けせら

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第3章 変わるもの 変わらないもの

68.ステータス更新

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 目が覚めたら視界一杯に映ったのは健康的な色の肌。
 は、と思わず息が漏れて、目線を上げれば顎が。
 顎。

「ひぃぁっ⁈」

 驚いて手を突っ張るけど距離が広がらない。
 逞しい腕に抱き締められているんだって自覚するより早く更に抱き込まれて顎が頭の上に――。

「ちょっ、なっ、り、リーデン様⁈」
「ん……」
「離してください何なんですかいつ帰って来たんですか!!」
「……レンの匂い……」
「起きろー!」

 すりすり、って。
 頭に顔。

「――……っ、朝ですリーデン様! 今すぐ起きてください!!」
「……朝?」
「そうです朝です起きる時間です今すぐに!!」
「……まだ少し早い」
「俺はいますぐに起きたいんです!! 今日から護衛依頼でトゥルヌソルを出るんですっ、準備したいんです!」
「……なに?」

 頑として腕を解こうとしなかったリーデンだが、そこで初めて声に力が戻る。

「今日から依頼だと?」
「そうですっ、レイナルドさん達と港町ローザルゴーザまで、トゥルヌソルに観光に来ていた海外の人たちを送って来るんですっ、護衛するんです!」
「ローザルゴーザといえばマーヘ大陸に一番近い港町ではないか」
「え。あ、そう、ですね?」

 確かにそんなことをパーティメンバーが言っていた。

「さすが主神様。よくご存じですねっ」

 判ったなら今すぐに放して欲しいという気持ちを込めて必死に腕を突っ張るが全く意味をなさない。

「まさかとは思うがマーヘ大陸の者まで護衛対象ではないだろうな」
「ばっちり護衛対象ですけどっ?」
「……ほぅ?」

 なんか気温が下がったかもしれない。
 リーデンが怒っている……?

「その護衛依頼は、あのイヌ科シアンの男が選んだのか」
「レイナルドさんの事なら、はい」
「ほほぅ……?」

 あ、ごめんなさいレイナルドさん。
 何か間違ったかもしれません。
 リーデンはベッドの上で俺を抱えたまましばらく思案していたが、ふと悪い笑みを浮かべて体を起こす。無言のリーデンから発せられる圧が恐ろしくて固まっていた俺は、これでようやく解放されるんだと信じてホッとしたのに、気付いたら押し倒されたみたいな恰好で彼の顔を見上げていた。

「あれ?」
「……鑑定スキルの改善または変更が必要だったな、レン?」
「え」
「他にも何かあるか? あるなら今の内だぞ」
「他って……あ、えっと、装備と、俺の素性をクルトさんや他のパーティメンバーに明かしてもいいかどうかをお聞きしたいと思ってて」
「素性の件は後だ。装備というのは?」
「リーデン様から頂いた装備の性能の良さは判っているんですが、銅級になって依頼を受けるのに新人丸出しの見た目だとどうかな、って」
「なるほど、理解した」

 言い、リーデンはニヤリと笑う。

「少し費用が掛かるが構わないか?」
「費用?」
「地球からこちらに来る際に換金した分から、少しだ」
「あぁ、はい。必要なことなら」
「よし。ならば少し待て」
「っ……!」

 待てと言うが早いか俺の額とリーデンの額がコツンと重なった。吐息まで触れそうな至近距離に迫った春色の瞳に硬直する。
 おでこが、熱い。
 心臓がうるさい。

「マントと靴を買ったんだな」
「へっ、はいっ?」
「ならばそれにも手を加えておく」
「??」

 何が始まり、どうなっているのかはさっぱり判らなかったのだが装備の問題を解決してくれているのだろうことは理解する。
 必死に羊の数を数えて平常心を保ちながら耐える事、しばし。

「ふむ、こんなところか」

 リーデンがそう言って額を離した。

「終わったんですか?」
「ああ。ステータスボードで確認してみるといい」

 言われて、実に半年ぶりに見ることになったステータスボードは以前の内容とほとんど同じだったが、変わっている部分も確かにある。

 ***

  名前:木ノ下 蓮(キノシタ レン)
  年齢:12(25)
  性別:男
  職業:旅の僧侶/銅級冒険者
  状態:良好
 所持金:6,297,310G
 スキル:言語理解/天啓/幸運Ex./通販
 所持品:神具『懐中時計』
     神具『住居兼用移動車両』Ex.
 装備品:プレリラソワのマント(魔導具)
     僧侶の籠手
     檜の棒
     アンブルエカイユの胸当て
     ポゥの羽靴(魔導具)
  加護:主神リーデンの加護
     異世界の主神カグヤの加護
     異世界の主神ヤーオターオの加護
     下級神ユーイチの加護

 ***

 パッと目を引いたのは職業欄に冒険者の文字が加わったこと。
 それからーー。

「あ……「鑑定」が「天啓」に変わってる」
「人や物の情報を見るのが性に合わないのなら、危険な場合のみ問答無用で警告を出す事にした。おまえに恙なく寿命を迎えさせるのが大神様からの指示だからこれ以上は譲れない。いいな」
「危険な場合のみ……それはむしろ、感謝しかないです。ありがとうございます」
「ん」

 リーデンが満足そうに頷く。
 あとは所持金が減っているけど、さっき少し使うと言っていたからそれでかな。
 100万円くらい減った気がする。
 装備も一新……あ、檜の棒は変わってないね。
 プレリラソワのマントと、ポゥの羽靴は魔導具店で買った時の商品札に記載されていたままだから判る。プレリラソワは人工的にも飼育されている虫が口から吐く糸で編まれた素材で、普通に市場に出回っている商品だけど術式が組み込み易い素材なので、その分割高。
 ポゥの羽も似たような感じ。
 僧侶の籠手は僧侶のグローブの進化版、かな? 身分証紋が右手の甲から右手の平に移動していている他、両手分があって、軽くて身に付けやすいのに硬い。
 胸当ては琥珀色。説明文にはダンジョンに出現する大きな魚の鱗とある。これも軽くてものすごく丈夫そうだ。

「装備に関しては全てに最初の皮の鎧や樫の盾と同等の強化を施してある。見た目はそのままだから銅級キュイヴルァ冒険者として違和感はないはずだが、白金プラティン以上の武器でも傷付けられない。この世界の者が同じだけの強化をした場合にはこれぐらい掛かるだろうという金額を引いたが、問題ないか」
「費用に関しては全然大丈夫です。むしろあれと同じくらい強化してもらって100万円くらいじゃ安過ぎるんじゃ」
「100万円?」

 リーデンが意外そうな声を出す。

「え。だって700万円以上あったのが630万円になっているので……」
「……あぁ」

 口元に手を当てて何かを考える素振りを見せた彼は、しかし「まぁいいか」と。

「心配しなくてもしっかりと引いた。問題ない」
「そう、ですか?」
「ああ」

 はっきりと言い切られてしまった。
 主神様がそう言うならいいのかな……?

「檜の棒だけはそのままだが、あれは日本の草木を植樹したキクノ大陸産だ。檜は「火の木」や「陽の木」「の木」とも言われるそうだな」
「へぇ」

 檜が建築材としてはとても優秀で、檜の風呂に憧れている日本人が多かったり、某人気RPGの初期装備素材だってことくらいは知っているが、そんな雑学は初耳だ。
 リーデンはこちらの世界への植樹の際に、それらの意味を持たせたんだとか。

「僧侶とは非常に相性の良い素材だ」
「そうなんですね。大事にします」
「あとはレンの素性をパーティの仲間に明かしたいだったか」
「! はいっ」
「構わんぞ」
「え」

 あまりにもあっさりと返されて、逆に戸惑う。

「いいんですかっ?」
「嘘を吐き続ける事でおまえの心が病む方が問題だ。トゥルヌソルにはレンの言葉が真実だと保証出来る者がおり、それはパーティの連中が信頼する者と同一だ」
「え、っと……でも証紋の特記事項の内容は口外禁止なんですよね?」
「レンが自身で明かすんだろう? それを信じると言葉にするのは、口外禁止を破る事にはなるまい」
「そう、ですね……?」

 そうなのかな?
 主神がそう言うなら以下略?

「まぁ、節操なく明かすと言うならさすがに止めるがな」
「そんなことはしませんよ。パーティメンバーだけです」
「おまえが信じられると判断した相手なら構わない。全員で無事に帰ってこい」
「――」

 全員で、無事に。
 その言葉に心臓が騒ぐ。

「……全員で、きっと無事に戻ります」
「ああ」

 約束。
 と同時に額に口付けられて、俺はまた情けない悲鳴を上げることになってしまった。
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