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第2章 新人冒険者の奮闘

閑話:リーデンの視点から『界渡りの祝日』三日目

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 ※ちょっと暗いです、第3弾。住んでる子たちには知られちゃいけない、かもしれない話。
 ※閑話は飛ばしても本編に支障ありません。

 ***


 初日の洗礼の儀。
 二日目の成人の儀。
 そして最終日の雌雄別の儀。

 今年は男に生まれながら愛する者との子を産みたいとが願った者が12。女に生まれながら愛する者に子を孕ませたいと願った者が9。
 概ね平年通りである。

 リーデンは主神だが、大神ではない。
 あくまで地球という一つの惑星を任されている大神の下で管理される存在の一つであり、この世界はいずれ大神となるために与えられた教材――定められた数の魂を、自分であれば『リーデンズスクエア』『ロテュス』と名付けた小さな世界で運用し、これを発展させる。
 上級神が管理する世界は、謂わば練習用の箱庭なのだ。

 箱庭には入れられる魂の数が決められているから、それらは須らく流転する。
 転生の度に綺麗に浄化されて新しい命となるが、浄化の段階で稀に不具合が起きることがある。その内の一つが、落とし切れなかった前世の記憶や感情が原因で心と体の性が一致しなくなってしまうという問題だ。

 この不具合を解消するために考えられたのが『雌雄別の儀』。
 そもそも『ロテュス』創造に至った理由を鑑みれば恋愛対象の性別で苦しむことなど最初から有り得ないのだが、愛する人との子どもが欲しいという真摯な祈りは主神リーデンを動かした。
 人に『ロテュス』を委ねた後、彼が介入したのは後にも先にもこれきりである。

 男性から雌体へ変化した者は男性器こそ残るものの胎内に子宮が形成されて男性器を受け入れるための場所が開かれる。
 女性から雄体に変化した者は内性器と共に乳房も残るが外性器が男性器に変化する。
 その後、不要になった側の働きを止める薬やポーションを服用するか否かは本人次第だ――。




「リーデン様ぁ、プラーントゥ大陸の神力の増え方が尋常じゃないんですけどこれはもう原因はレンくんってことでいいですかぁ?」
「ああ」
「わっかりましたぁ、レンくんなら仕方ないですよねー、ふふふっ」

 下級神ローズベリーの揶揄う気満々の態度を澄ました顔で流し、次の報告を行うよう他の者に命じていく。レンが世界に及ぼす影響については上級神の間であれこれと話し合われている最中だし、彼本人は楽しそうにしているので現時点で問題は無いというのが主神リーデンの判断。
 それよりもレンに危害を及ぼす可能性のある事項の方がよっぽど重要である。

「マーヘ大陸では獄鬼ヘルネルの気配が濃くなっていますし、洗礼の儀、成人の儀を受けた人数を見ても出生率が大幅に下がっているのは間違いないかと」
「……良くないな」
「僧侶の数も減ってますし、大陸にいる半数が現在地で軟禁状態ですね」
「ふむ……」

 そう報告を受けたところで神に出来ることなど推移を見守るのみ。
 仮にこの状態が続いた末にマーへ大陸がヘルネルの巣窟になり果て世界を崩壊させる一因になったとしても、実験の失敗だ、次の箱庭の準備をしようーーそれで済むのだ、本来なら。

(ロテュスで好き勝手されるのは業腹だな……)

 怒りが湧く。
 己のそういう感情を自覚して、失笑した。
 かつて新世界を創造することになった自分に「蓮の名を付ければ愛着が湧くんじゃないか」と言った上級神がいたが、実際には愛着どころの話ではない。
 優しい言い方をしたって、それは執着よりも相当酷い。
 まるでレンを汚されているような気分になり、禁忌を犯し自らの手でヘルネルの殲滅を実行しかねないレベルで忌々しさが募った。
 しかしそれも、本物のレンがロテュスで生活するようになったことで緩和したように思う。
 今までに比べれば冷静に報告を聞けることになったのがその証拠。
 神域同然のあの部屋で共に過ごす彼こそがレンだと知ったおかげだろう。
 もっともレンがロテュスにいるからこそ危惧することが増えたと言えなくもないのだけれど……。




「――デ?」
「なんだ」
「なんだ違いマス、リーデン、レン美味しかったデスカ」
「……レンは食べ物ではないぞ」
「違いマス。お菓子食べマシタ、レンの手作り、神力心地よいデス。本人食べテモ美味しい、絶対」
「……食べてない」
「なぜデスカ、一緒住んでル違いマスカ⁈」

 絶望したと言わんばかりの表情で長い両腕を大きく動かすのは上級神第2席のヤーオターオだ。
 加護をもらったお礼だとレンが言うから彼の手作り焼き菓子を渡したが、リーデンはそれが間違いだったと思わずにはいられない。
 何せそれ以降のヤーオターオと言ったら一事が万事この調子。ひどい時など第1席の上級神まで加わって大騒ぎだ。
 こうなって来ると、相手を黙らせる最も効果的な態度は無視だと学んだから渋面で口を閉ざしたリーデン。

「Oh! ひどいデス、リーデン独り占め! 愛の巣秘密! レン私も欲しいデス!」

 やかましいと一喝したい衝動に駆られながら歯を食いしばっていたら、同席していたもう一人、第5席のカグヤが呆れたような息を吐く。

「ヤーオターオ。そういうことに他人は口を挟むべきではありませんよ」
「N o! カグヤもレン好きデス! 話聞きタイ違いマスカ⁈」
「リーデンが話したくないことまで聞こうとは思いませんよ。焼き菓子をくれただけでも彼にしては随分な譲歩です」
「なんてコッタ! こうなったら実力行使! 愛の巣ッ、神域を暴いて見せマス!」
「させるかっ」

 無駄に強い決意を乗せた宣言にうっかり応じてしまったリーデン。自分より上位の相手に本気になられたら暴かれる可能性は非常に高い。万が一にも侵入されたら危険なのはレンだ。
 何せヤーオターオは手が早いのだから!
 



 三日間の界渡りの祝日を終えた深夜。
 さすがに眠っているだろうと思い、鈴を鳴らさずに部屋に帰った。
 真っ暗で、しんと静まり返った部屋。
 なるべく音を立てないよう注意しながら寝室の扉を開くと、大きなベッドの中央より奥に、昇級祝いに贈ったぬいぐるみを抱きしめながら眠っているレンを見つけてホッとした己に自嘲する。
 こんな感情を抱くことになるなんて少し前までは想像もしなかった。
『リーデンズスクエア』では気にならなかった魂の不具合が『ロテュス』では気になり、解決策に試行錯誤した理由は間違いなくレンがいたからだ。
 自覚の有無はともかく、リーデンはロテュスの民を愛しいと感じている。
 気付けばそこは箱庭などではなく、リーデンにとって唯一無二の世界になっていた。


 そして、いま。
 世界を公平な目で見守るという時間に疲れた体を休めるにはレンが必須。
 日付が変わった大地の日。
 リーデンは眠るレンを見つめ、その額に口付けた。
 温もり。
 匂い。
 息遣い。
 他の誰にも見せたくない、触らせたくない、他人の匂いなどつけてこないでほしい、そんなふうに考える度に感情が乱される。
 そばで言葉を交わし、笑顔を見つめ、好意溢れる視線を向けられるを度にふわふわと思考が弾む。
 だが、ふと冷静になった瞬間に身体の芯が急速に冷えていく。
 いずれは彼自身の幸せのために誰かと愛し合い、本当の家族となって血を繋ぐのを見守らなければならないと判っているのに。
 ……そう、わかっていたはずなのに、共に過ごす時間が長くなるにつれて我慢できなくなってくる。
 このまま閉じ込めてしまおうか。
 自分しか見れなくしてしまおうか。

 あぁ、でも。
 レンの笑っている顔が好きだ。
 楽しそうに日々の話をしてくれる声が好きだ。
 自分が神としての本分を忘れては、きっとレンに怒られるだろう。
 心が冷える。
 これを怖いというのなら、離れていくレンの姿など想像もしたくない。
 望んで拒まれるくらいならば今の距離感で我慢できる。
 否、しなければならない。
 自分は神。
 レンは人間。
 例えその身に神力が満ちていようとも彼の幸せは人同士の営みの中にしか存在し得ない。

 レン。
 蓮。
 君の名をもらったこの世界を。
 いつか君に見せたかったこの世界を。
 いま、こうして君が暮らしている世界を、守るのは、俺だ。

 だからどうか幸せだと笑っていてほしい。
 それだけで、――。
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