生きるのが下手な僕たちは、それでも命を愛したい。

柚鷹けせら

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第2章 新人冒険者の奮闘

閑話:レイナルドの視点から『界渡りの祝日』二日目

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 ※暗いです。綺麗なきもちばかりじゃないよねって話、第2弾。クルトよりは明るめに。
 ※閑話は飛ばしても本編に支障ありません。

 ***


 身動ぎながら開けた視界に最初に映り込んだのは眠るハーマイトシュシューの白い肩。

「……」

 起こさないよう気を付けながら体を起こせば布団が落ちて秋の夜の肌寒さを痛感する。
 服はどこだと月明りを頼りに探せばベッドの下に落ちていた。
 立ち上がってシャツを拾い、羽織りながら窓辺に寄る。
 明日には美しい満月になるだろうそれが煌々と輝く夜空はすっかり闇が深くなっていて、日付が変わっているのは街を見れば一目瞭然だ。
 何故なら今日――『界渡りの祝日』当日だけは、トゥルヌソルの道という道が前日までに設置した光源で暗闇に浮かび上がるからである。

(……今年も無事にこの祝日を迎えられた……)

 今は街全体に広がっている光の道が朝日に消えた後、再び訪れる夜空に真の満月を迎えると、光の道は月に向かって一本に統一される。
 それはまるで祖先が通った光の道さながらに。
 更には月の動きと共に光りの道も動く。
 それ以外の明かりは全て消され、人々は祖先の面を被り、感謝の祈りを捧げながら大切な人と奇跡の夜を過ごすのだ。

(ゲンジャル達は家族がいるから良いが、クルトとレンはどうするんだろうな……)

 ダンジョンから持ち返った素材の査定結果を聞くため、夕方に冒険者ギルドで顔を合わせた時には一緒に教会に行くと言っていたが、それは日中の話だ。
 明かりを消して過ごす夜に独りでいるのは、少し寂しくないだろうか。

(いや、レンなら詳しく知らずに寝てそうだな)

 元々は25だと言っていたが、正直、とてもそうは思えない。
 レイナルドの特殊な五感が捉えるレンは純真無垢な子どもそのもので、夜更かしなんて出来なさそうだ。彼の故郷がどういう世界かは知らないが25といえばいい大人。
 どう生活したらあんな真っ新なまま生きられると言うのか。

(性格に関しては意外に強かだが……あぁでも詰めが甘いし、やっぱまだまだか)

 くくっと喉を鳴らしながら、改めてトゥルヌソルの夜景を見つめる。
 いまこうして美しい景色を眺めていられるのは、本人は否定するだろうが、間違いなくレンのおかげ。
 完全に油断していたトゥルヌソルに侵入した獄鬼ヘルネルを倒せたのは、洗礼の儀を終えたばかりの幼い僧侶が応援領域持ちクラウージュだったからだ。

(まさかって感じだったが)

 しかし、それが事実だからこそトゥルヌソルの連中はレンに好意的だ。
 更に言えば、これはさすがに限られた範囲ではあるのだが、あの夜に戦った全員が感じた「祈り」があった。
 冒険者だけじゃない。
 ギルドの連中ばかりでもない。
 彼らを送り出した家族や恋人。
 友人。
 子どもを守ろうとした親、親を心配した子ども。
 大袈裟な話ではなく、戦った冒険者に繋がる全員が「皆が家族の元へ無事に帰れますように」という祈りを聞いたんだ。
 視界いっぱいに煌めいた光りの粒子を目にしなかった者はいない。
 ましてや、レイナルドがトドメを刺そうとしたあの瞬間、獄鬼ヘルネルに襲い掛かったのは敵を決して逃すまいとする拘束の力。そして一片たりとも残すまいと言わんばかりに強化された浄化の力だった。

(あれだけのことをしておいて、本人が無自覚だもんな……)

 死者がゼロだっただけでも奇跡なのに、軽傷者さえいなくなってしまったのは気付いた時には全部治っていたからだ。
 これはヤバい。
 あの場にいた金級以上の冒険者、僧侶、冒険者ギルドの意見は瞬時に一致。
 即座に箝口令が敷かれた。
 幸いにも戦闘には参加しなかったその他のギルド関係者や貴族街には、その凄まじさを実感した者はいない。であるならばと隠し通す方向に進んだのは当然の結果。
 あれだけの力の持ち主を他所に連れていかれるわけにはいかないからだ。

(シューとララだけは理由が違ったがな)

 自分のパーティに欲しいとか、街の利益になるとか、それどころではない秘密を、あの時点では二人だけが知っていた。
 まさか異世界から来た主神の愛し子だなんて実際に見てなきゃレイナルドだって信じなかっただろう。

(それを、今度はパーティメンバーに明かした方がいいだろうか、って?)

 先刻の冒険者ギルドでレンから聞かされた相談事を思い出して頭を抱える。
 一緒に依頼を受けるということは、背中を預けるということ。
 いままで全く異なる世界で生きて来たのだから、その点を把握しておかなければ「判ると思った」なんて事態に陥りかねないのではないか、と。

(確かに命を預け合うパーティに重すぎる秘密はどうかと思うし、言っていることは一理あるが……)

 果たしてレンの事情を共有すべきか否かは、さすがに自分には判断しかねる。
 だからまずは主神様に聞くべきだと伝えたところ、なんと「確かにそうですね、聞いてみます!」と返された。

(聞いてみるってなんだそれ! そんな気軽に話せンのかよ!)

 あまりにもあんまりな反応に、かなり本気で拳骨を喰らわせたい衝動に駆られたレイナルドだった。

「ったく……」

 思わず声になってしまった呟きと、失笑。
 いちいち怒るのもバカらしい。
 あの少年はどうしてトゥルヌソルに来たのだろうか。
 さらに言えば、自分達の側に残る事を選んだのは何故なのか。
 利用されても気付かなさそうな危なっかしい奴。
 自分達が完全なる善意でパーティに誘ったなんて、さすがに信じちゃいないだろうし、クルトの事情さえ利用していることくらいは気付いているだろうけど……。

(……気付いているよな……?)

 急に不安になってきた。
 金級オーァルダンジョンを攻略するのに僧侶が必要だという事情もぶっちゃけたんだ。
 元が25歳なら気付くだろう。
 気付くはずだ。

(気付いてろよ……?)

 自分自身に言い聞かせている途中で何故か心臓が痛くなったが、レイナルドは少し考えてから、それらを全部丸めて放置する事にした。後で騙されたと言われても困るが、言われるまでは現状維持。
 変に突いてもっと余計なものが出て来てもイヤだ。

(頼むからそこまで無垢であってくれるなよ)

 簡単に人を信じ、応援領域持ちクラウージュであること晒して街を救った。
 しかも半年ちょっとで回復魔法を習得したって?
 教会の講師から無茶をさせるなと苦情が入ったらしいが、無茶をしろなんて言ったことは一度もない。

(何だかなぁ……)

 ハーマイトシュシューが言うには、鉄級依頼の先でも仕事のし過ぎだと周りが心配になるくらい真面目に働き、得られるものはなんでも吸収しようという貪欲さを見せていた、と。
 だからこそこんなに早く銅級キュイヴルァに上がれたのだろうけど。
 真面目、素直、正直、お人好し。
 たぶん全部に「バカ」がつく。
 それでいて、どこまでも危なっかしい努力家。
 なるほど神に愛されるのはこういう奴かと実感するわけだが……。

(主神様があそこまで独占欲の強い過保護な御方とは思わなかった)

 レンの心臓の辺りに施されている術式の頑強さはともかく、匂いで他の雄を牽制するなんてどんだけだ、と。
 万が一にもレンに何かあれば世界が滅びるかもしれない。

(そういう意味でも悪くない選択だろうさ)

 自分で言うのもなんだが、レンがを選んだのは正解だ。
 プラーントゥ大陸最大の国リシーゾンが最優先に考えるのは大陸全土の安定。
 平和。
 他所の大陸のあれこれに口は出さないが、身内に手を出されれば容赦しないのがイヌ科シアンだ。特に国の中枢に関わる者は幼い頃から徹底してそれを心身に刻み込まれる。
 主神の愛しい子を護ることが大陸の幸福を維持する事に繋がるならレイナルド達に否やは無く、護る代わりにその力をダンジョンの攻略に利用させてもらえるなら願ったり。ダンジョンの踏破は国力増強に何よりも効果的なのだから。

 レイナルド・グランバル・トロワ・ウェズリー

 リシーゾン国の王弟が賜ったウェズリー大公家の、三男。
 その名を持つ者の責務。

(足を返してもらった恩もあるしな)

 それに、あの「バカ」がつくほどのお人好しっぷりは嫌いじゃない。
 警戒心の無さには腹が立つが。




 ハーマイトシュシューが起きたことに気付きながらも窓の外を眺めていると、背中に温もりを感じた。抱き着かれているのは判るが、らしくない。

「どうした」
「……久しぶりだったから物足りないんだ。もう少し、いい?」
「構わんが、保つのか?」
「年寄扱いしないでくれないかな」
「年上には違いないだろう」

 40を過ぎているとはとても思えない肌艶を惜しげもなく晒す森人族エルフは、見た目だけなら確かに若いが、種族的にはもういつ心臓が止まってもおかしくない年齢だ。
 森人族エルフが短命の原因は幾つか挙がっているが、どれも決定打に欠ける。
 ともあれ体を気遣うのが恋人として正しい対応だと思ったが今回は間違えたらしい。

「機嫌が悪いな。物足りないのは身体か、それとも俺か?」
「……君が抜け殻なのは承知しているよ」
「ならいいが」

 求められるまま唇を重ね、抱き寄せる。
 細くしなやかで、男でありながら自分のそれとは明らかに異なっている。何故ならこの身体は雌体したいだからだ。
 ハーマイトシュシューには、男性から雌体に変じた誰もがそうであるように男の証を残したまま男を受け入れる孔がある。その先にあるのは、当然、子を宿すための胎だ。
 しかし異種族間の出生率は低く、片方が森人族エルフなら更に下がるため自分たちに子どもは望めない。
 それを最初から理解した上で「毎回準備するのも後始末も面倒じゃないか」なんて理由で儀式を受けた彼を、レイナルドは哀れだと思う。
 年下にしか見えない年上の恋人。
 もう長くは続かないだろう逢瀬の時間。

(もっと他の生き方だってあっただろうに)

 レイナルドには最初から他人に渡せるものがない。
 唯一を得るなど考えた事も無かった。
 体は国のため。
 心は民のため。
 命は忠誠と共に国王陛下に捧げている。
 残ったは、それらを継続すべくこの身を生かすために食べて寝るだけの器に過ぎず、それで構わないから欲しいと言われれば否やは無かっただけだ。
 だからと言ってハーマイトシュシューが儀式を受けた理由が「面倒だから」なんて、……それが強がりでしかない事くらいはさすがに判るのだ。
 自分に惚れるあたり男を見る目は無さそうだから、変なのに引っ掛かるくらいなら現状の方がマシかもしれないとは思うが。

(せめて子どもがいればシューは報われただろうか)

 視界の端に光りの道が映り込む。
 来年もこの景色が見られるか……?

(考えるだけ無駄だ)

 自嘲する腕の中、ハーマイトシュシューが熱い吐息を零した。
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