生きるのが下手な僕たちは、それでも命を愛したい。

柚鷹けせら

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第2章 新人冒険者の奮闘

59.帰還

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 一緒に食卓を囲み、ジュースとお酒で乾杯。
 ぬいぐるみはとにかく触り心地と抱き心地が最高で、とても幸せな夜だった。
 うっかり薬草を育て過ぎてしまった件については今回は大丈夫だろうが次から気を付けるように、って注意されたけど、そうじゃない。

「悪いことを願うつもりはないですけど、こうも簡単に叶えられてしまう状況が良くないと思います!」
「ならばもう少し警戒して鑑定スキルを使うようにしてくれ」
「鑑定を?」
「他人から出される飲食物には警戒する。初対面の相手に気を抜かない。術式が起動したから無事で済んでいるが、この半年で何度襲われかけ、誘拐されそうになっていたのか、自覚はあるか?」

 ありません。
 そんな危険だったっけ?

「まったく……おまえを萎縮せさるのは本意ではないが、万が一の場合にはレンの願いに我々が介入する余地は残しておきたい」
「はい……」

 結局は俺のためなんだと思うと申し訳なさが募る。

「でも、鑑定って使い難いです。他人の情報を勝手に見るのは失礼なことだし、知らないはずの情報を知っているのは怪しまれるでしょう?」

 人に限らず、素材一つとってもだ。
 そう伝えるとリーデンは難しい顔をした。

「ふむ……わかった。少し大神様とも相談して来る」
「お願いします」
「ああ。……それはそれとして、今日もまた随分と余計な匂いを纏って来たものだな」
「え?」
「昨夜と同じ質問をするか? 風呂で俺に洗われるか自分で――」
「自分で入ります!」

 遮って叫び、浴室に。
 よく判らないながらも丁寧に洗い流してリビングに戻ればキッチンは綺麗に片付けられていて、翌朝にはシェルティのぬいぐるみごとリーデンに抱き締められながら目を覚ました。
 こうも連日だとさすがに叫びはしなかったけど、心臓にはとっても負担の掛かる目覚めだった。




 昇級後の週末はのんびり過ごした。
 僧侶の先輩セルリーからもらった教本、購入した図鑑を読んで魔力と神力の操作を練習していると、リーデンがコツを教えてくれることがある。
 そんなリーデンは俺の隣に座って、俺には見えない画面を操作しながら天界エデンの仕事をしている。ロテュスの管理もその一つかな。たまに壁に掛かっているテレビが着信し、ローズベリーとも顔を合わせて話したりしたが、気になる事が。

「ローズベリー様以外の神様は連絡してこないんですか?」
「ああ。拒否しているからな」
「はい?」
「……見せたくない」
「何をですか」
「いろいろだ」

 うん、よく判らない。
 でも追求して欲しくなさそうなのは判るので、以降、この話題はしなくなった。




 月の日は、依頼を受けるつもりはなかったけど冒険者ギルドで銅級の依頼がどんなものかを確認。顔馴染みと話をして、買い物がてら街を散策。
『界渡りの祝日』がいよいよ間近に迫っていて、飾り付けられた大通りは見て歩くだけでも楽しいからだ。
 しかも毎年の事だから予め決まっている装飾もあるようで、大きな荷物を持って道を行く作業員が側道にしゃがみ込み、地面に手を付いて魔力を流すとその部分に穴が開くのを目撃した時には思わず「おぉ……」と声が漏れた。
 抱えていた荷物の中から取り出されたのは筒状の照明の魔導具。
 作業員はそれを地面の穴に差し込み、次の地点に移動する。
 間隔は50センチくらいかな。
 これらが点灯したら、きっと言葉通りの光りの道が完成するんだろう。
 今年の『界渡りの祝日』は10月の16日、森の日だ。
 前夜祭と後夜祭を合わせ、世界各地で三日間の盛大な祭りが行われる。だからいつもは教会で魔法の授業を受ける水の日も今週はお休みだ。

「いよいよ明後日からか」

 そんな声があちこちから聞こえてくるのは人々の期待の表われなんだと思う。
 だから。

「そろそろ帰って来てもいいんじゃないかなぁレイナルドさん……」

 クルトは元気だろうか。
 ゲンジャル、ミッシェル、アッシュ、ウォーカー。
 皆の家族だって今か今かと無事の帰りを待っている。
 そう思うと深い溜息が零れた、そのとき。

「失礼致します」
「え」

 不意に背後から声が掛かり、振り返ると絶妙な距離を置いて佇んでいる老紳士の姿があった。
 見るからにお金持ちっぽい光沢のある黒い衣装が執事服なのか、家令服なのかは知識のない俺には区別がつかないけど、とにかく誰かに仕えているのだろう。

「我が主があなたとお話をされたいと望んでおります。一緒に来て頂けますでしょうか」

 決して拒否させまいとする圧力、……違う。
 断るわけがないと思っているんだ。

(なんで?)

 身分かな。
 明らかに貴族の家の人って感じだし、俺は見るからに庶民だから。でもこういう時の対処法というか、レイナルドから「こう言え」って言われている定型句があるんだよ。

「お断りします。自分の保護者は冒険者のレイナルドですから、ご用がお有りなら彼を通して下さい」

 はっきりと告げれば老紳士が目を瞠るのが判った。
 驚いたのは間違いなさそうなのに、それでも彼は引かなかった。

「恐れ入りますが私はその方を存じません。許可を頂くため、その方のところまで案内して頂けますか?」
「ダンジョンにいるので無理です」

 即答したら、今度はイラッとした空気が伝わって来た。
 何なのさ。

「……保護者を名乗りながら不在にされているのでは仕方ありませんね。一緒にいらしてください、我が主の元へご案内致します」
「お断りします」

 俺もイラッとしてきた。
 それが良かったのか悪かったのか、ぶわりと背中から強い圧が放たれたのが判った。

「なっ……」

 老紳士の顔色が変わり、周囲からどよめきが起こる。
 汗を垂らすほど青い顔をしているのは老紳士だけだけど、トゥルヌソルの人々は知っているんだ、年齢より幼く見える未成年僧侶に悪さをしようとするとが起きるって。

「離れろっ、雷が落ちるぞ!」
「馬が暴走するんだろ⁈」
「おいあんた他所者だよな! 祭りに来たなら祭りだけ楽しめって主人に言っとけ!!」
「は……」
「その子、主神様の加護がとびきり篤い僧侶なんだよ!」

 周りを脅かすのはイヤだ。
 落ち着け自分って言い聞かせていたら、そんな声が聞こえて来た。
 他人から言われるとものすごく気恥ずかしくなる。
 リーデンの得意そうな顔を思い出してどきっとした瞬間、老紳士が膝を付いた。

「うぐっ……」

 変化がそれで済んだのは、老紳士が適切な距離を保っていたからだと思う。

「……俺がいつまでも側にいたら苦しいのが続いてしまうので、これで失礼しますね」
「っ、ぉ待ちくっ……」

 手を伸ばされて焦った。
 傷つけたくない、これ以上は近付かないで欲しい、そう願った瞬間――。

「そこまでだな」

 俺と、老紳士の間に割って入ってくれた大きな背中。
 そしてずっと聞きたかった声。

「レンくん!」
「! クルトさん……!」

 駆け寄って来てくれたクルトと、ほとんど勢いで抱き合う。

「おかえりなさいクルトさんっ、うわっ、本当にクルトさんだ!」
「あはは、ただいま!」

 もう一度ぎゅってしたクルトの肩越しに、此方を見て笑い掛け、手を振ってくれているゲンジャルやミッシェルたち。
 ということは、と間に立ってくれた背中を見ればレイナルドに間違いない。

「さて、うちのパーティメンバーに用があるならまずは俺に話を通してもらおう。ゲンジャル」
「おう」

 呼ばれたゲンジャルは、レイナルドから手のひらサイズの箱型魔導具を手渡され、しっかりと鞄に仕舞う。

「先にギルドに行っててくれ」
「了解、行くぞ皆。レン、おまえも」
「はい!」

 喜んでっ、っていう気持ちを込めて応える。
 あ、でもその前に。

「レイナルドさんも、おかえりなさい」

 大きな声で伝えたら老紳士を立ち上がらせようとしていたレイナルドがこっちを見て笑った。

「こっちは心配しなくて良いからな」
「お、お願いします!」

 こういう時は素直に甘えるのがみんなの為になる、と教えてくれたのはハーマイトシュシュー。丸投げした方がレイナルドが動き易い、と。
 周りの人達も一様にほっとした顔をしているのを見て、俺もやっと肩の力が抜ける気がした。
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