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第2章 新人冒険者の奮闘
55.僧侶の生き方
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昨日のお礼にと誘われて、素材の図鑑が購入出来たらラッキーくらいの軽い気持ちで訪ねた表向きは錬金術師の工房で、想定外の展開が起きている。
「弟子入りは無理でも、その気になれば独学だって可能なのよ。せっかくだから基本中の基本を見せてあげるから憶えていきなさい」
セルリーはそう言うと、商品棚から複数の素材を作業台へ移動させた。
お馴染み鎮痛効果のあるパトゥリニヤの根。
解熱効果のあるエノントの葉。
眠くなる効果を持つナヴェットの葉。
解毒効果を持つクリザンテムの花びら、この辺りまでは『初級図鑑』で判ったけど、その後はさっぱりだったので心の中で「ごめんなさい」しつつ鑑定を発動。
真っ白で細長いアスターの花びらは炎症を抑える効果。
唐辛子によく似たピマンという名の実は保温効果があるらしく、どちらも中級素材だ。
「薬も、錬金術師も、魔力を使ってそれぞれの薬を作るけれど、僧侶の薬は神力で作るの。魔力操作よりもよほど繊細な調整が必要だから気を付けて」
「……急に出来る気がしなくなりました」
「ふふっ。レンくんの神力ってば異様に濃いものね。それを調整するのは難儀しそうだわ」
主神曰く垂れ流しになっている神力は、同じ神力を持つ僧侶には感じられるらしい。
セルリーは愉快そうな表情でそんなことを言いながら、慣れた手つきで次々と道具を準備していく。
三脚の上に金網を置いて三角フラスコを置き、アルコールランプをその下に。
試験官に入っている定量の蒸留水を三角フラスコに注ぐと、アルコールランプを生活魔法の一種「種火」で着火した。
「僧侶の薬を作るうえで常に心に留めておくべき共通事項。それは魔力を多く含んだ薪を使った火で、同じく魔力を多く含んだ水を煮立てて完成させた蒸留水を、神力を溶かしたアルコールランプでゆっくりと時間を掛けて温める事」
「はい先生!」
「何だい、レンくん」
思わず手を上げて質問してしまったがセルリーもノリノリで応えてくれる。
「神力を溶かしたというのはどういう意味ですか」
「普通のアルコールに神力を注ぐと言い換えても良いわよ」
「んー……神力って溶けるんですか?」
「巧みに調整すればね」
「……難易度がどんどん高くなるんですが」
「ふふふっ。さて、この水が適温になるまでに素材を準備するのだけど、回復用の素材が神力で育つのは知っている?」
「はい」
「よろしい。ではこれから、素材に流れている神力を解いていくわよ」
「解く」
「そう、こう」
言いながら、最初に手にしたのはパトゥリニヤの根。手に持って集中して見つめていると、次第に血管のような幾筋もの線が根の表面に浮かび始めた。
セルリーさんがその先端に指先で触れ、三角フラスコの上で糸を抜くような仕草を見せた、直後。
線が消えた反対側の先っぽからパトゥリニヤの根がサラサラと粉に変わっていく。
「「ええ⁈」」
アーロと重なる驚愕の声。
セルリーは全く意に介さず、粉に変わるそれを全てしっかりと三角フラスコに落とし込んだ。
続いてエノントの葉。
ナヴェットの葉。
「それって神力を抜いてるんですか?」
「いいえ。抜いたら回復薬にならないじゃない」
「あ、そっか」
回復効果を齎すのが神力だ。
それを抜いてしまっては効果はない。
だからセルリーさんは「解く」と言ったのだ。
「神力によって形成された形だから解けば粉になる。これは作成者のイメージ次第で、私の場合は繋いでいる糸を抜く事でバラバラに解けるのを想像してやってるの」
「なるほど……」
クリザンテムの花びらも、アスターの花びら、ピマンの実も同じように粉に変えてフラスコの中で混じり合うと、最初は透明な蒸留水だったものが白く濁った後で緑色を深め、最終的に抹茶ミルクみたいな見た目になった。
すべての材料が入り終えたら、後は適温になるまでひたすら混ぜ続ける。
最初から最後まで神力が重要な技法。
なるほど、確かにこれは僧侶でなければ作れない。
「私はもう年だし、トゥルヌソルで余生を送ると決めたのよ」
唐突な語りに驚くが、平均寿命が70前後だとリーデンが言っていたのを思い出して、67歳の彼女は確かにその域に入っているのだと気付く。
「でも、ただでさえ数が少ない僧侶が一ヵ所に留まると他所が大変なことになるでしょ? だから私は、こうして薬を作って商人に卸し、僧侶のいない町や、村に、届けてもらっているの」
「あ……あぁそっか、そういう方法が……!」
「そうよ。中には武器職人と協力し、神力を注いだ魔石を魔法使いが使う杖に組み込んで、魔力で複数回の治癒が使えるように開発した僧侶だっているわ」
以前、クルトから「回復が出来る」とアピールする魔法使いがいると聞いたことがある。
神力もないのにどうして……と思ったけど、つまりそういうことなんだろう。
「僧侶はね、みんな考えるのよ。どうしたら僧侶のいない地域にも主神様の加護を届けられるか。決して負担に思わず、自分自身の人生を楽しみながら、人を救えるか」
「自分の人生を楽しみながら……?」
「ええ。だって他人のために生きるなんて自己満足だもの。レンくん自身が楽しんで生きてなきゃ、あなたを大事に思う人達が気に病むのよ」
「――」
……あぁ、なんだろう。
ミントでも舐めたみたいに心の中がスーッてなる。
脳裏を駆け抜けていくこちらの世界で出会った人達の顔。
彼らなら、俺がちょっとでも無理しようものなら心配して、励まそうとして、さらに説教もしてくれそうだ。
「だからレンくんも、アーロくんも、いっぱい悩んで、考えて、人生を楽しみなさい。人生70年なんてあっという間よ」
若々しくてまだ40代くらいにしか見えないけど、年齢を聞いているだけに、その言葉はとても重く響く。
俺も、アーロも、しっかりとその言葉を心に刻んで頷いた。
それから間もなくして、基本中の基本な僧侶の薬こと「治療薬」は、セルリーのサインが刻まれた試験管みたいな細長い容器に移し替えられ、コルクで栓をして完成した。軽い怪我や病気ならたちどころに回復するポーションで、アーロ曰く「素材は薬師の初級薬より少し上なだけなのに効果は中級並だ」と。
やはり回復に関しては僧侶の右に出る者はないって事なんだろう。
神力、すごい。
「トゥルヌソルには僧侶がたくさんいるから、この薬も商人に卸すの。プレゼント出来なくてごめんなさいね」
「いえっ、そんな」
「代わりに此方をプレゼントするわ」
そんな言葉と共に先輩僧侶から手渡されたもの。
それは――。
「えっ、ちょ、セルリーさんこれ……!」
「言ったでしょ、私には弟子がいないって。いつかは弟子を取るつもりで5冊も準備したのに、全部うちの本棚に残っちゃってるのよ。一冊くらい他所の子にあげたって何の問題もないわ」
「でも……」
表紙には『僧侶の薬~初級編~ セルリー著』の文字。
おいそれと頂いて良い物ではないはずだ。
「いいから持っていきなさい。これからの選択肢の一つに加えておくには悪くない内容よ」
「……本当に良いんですか?」
「ええ。アーロくんは昨日と同じ薬草で良いのかしら」
「はい。お願いします」
「あ、なら俺はこちらで販売しているっていう図鑑を買います!」
せめて何かで報いたくて訴えたら、セルリーは意味深な笑みを浮かべる。
「あらあら、ほんとに? うちの図鑑を買っちゃうと面倒よ? なんせ格安で情報を渡す代わりに私の欲しい素材を納品してもらわないといけないんだから」
その言葉に、そうとは知らずに勧めたのだろうアーロが目を瞠るのが判った。
でも、まだ銅級にもなっていないのに、セルリーの依頼で素材を採取して来る自分を想像すると心が躍った。絶対に貴重な経験になるって、それは、直感。
「是非っ、お願いします!」
力強く頭を下げた。
この再会が。
巡り合わせが。
これからの人生にとても重要だったなんてこの時の俺には知る由もなく、新しく入手した教本と図鑑を幸せな気持ちで抱き締めたのだった。
「弟子入りは無理でも、その気になれば独学だって可能なのよ。せっかくだから基本中の基本を見せてあげるから憶えていきなさい」
セルリーはそう言うと、商品棚から複数の素材を作業台へ移動させた。
お馴染み鎮痛効果のあるパトゥリニヤの根。
解熱効果のあるエノントの葉。
眠くなる効果を持つナヴェットの葉。
解毒効果を持つクリザンテムの花びら、この辺りまでは『初級図鑑』で判ったけど、その後はさっぱりだったので心の中で「ごめんなさい」しつつ鑑定を発動。
真っ白で細長いアスターの花びらは炎症を抑える効果。
唐辛子によく似たピマンという名の実は保温効果があるらしく、どちらも中級素材だ。
「薬も、錬金術師も、魔力を使ってそれぞれの薬を作るけれど、僧侶の薬は神力で作るの。魔力操作よりもよほど繊細な調整が必要だから気を付けて」
「……急に出来る気がしなくなりました」
「ふふっ。レンくんの神力ってば異様に濃いものね。それを調整するのは難儀しそうだわ」
主神曰く垂れ流しになっている神力は、同じ神力を持つ僧侶には感じられるらしい。
セルリーは愉快そうな表情でそんなことを言いながら、慣れた手つきで次々と道具を準備していく。
三脚の上に金網を置いて三角フラスコを置き、アルコールランプをその下に。
試験官に入っている定量の蒸留水を三角フラスコに注ぐと、アルコールランプを生活魔法の一種「種火」で着火した。
「僧侶の薬を作るうえで常に心に留めておくべき共通事項。それは魔力を多く含んだ薪を使った火で、同じく魔力を多く含んだ水を煮立てて完成させた蒸留水を、神力を溶かしたアルコールランプでゆっくりと時間を掛けて温める事」
「はい先生!」
「何だい、レンくん」
思わず手を上げて質問してしまったがセルリーもノリノリで応えてくれる。
「神力を溶かしたというのはどういう意味ですか」
「普通のアルコールに神力を注ぐと言い換えても良いわよ」
「んー……神力って溶けるんですか?」
「巧みに調整すればね」
「……難易度がどんどん高くなるんですが」
「ふふふっ。さて、この水が適温になるまでに素材を準備するのだけど、回復用の素材が神力で育つのは知っている?」
「はい」
「よろしい。ではこれから、素材に流れている神力を解いていくわよ」
「解く」
「そう、こう」
言いながら、最初に手にしたのはパトゥリニヤの根。手に持って集中して見つめていると、次第に血管のような幾筋もの線が根の表面に浮かび始めた。
セルリーさんがその先端に指先で触れ、三角フラスコの上で糸を抜くような仕草を見せた、直後。
線が消えた反対側の先っぽからパトゥリニヤの根がサラサラと粉に変わっていく。
「「ええ⁈」」
アーロと重なる驚愕の声。
セルリーは全く意に介さず、粉に変わるそれを全てしっかりと三角フラスコに落とし込んだ。
続いてエノントの葉。
ナヴェットの葉。
「それって神力を抜いてるんですか?」
「いいえ。抜いたら回復薬にならないじゃない」
「あ、そっか」
回復効果を齎すのが神力だ。
それを抜いてしまっては効果はない。
だからセルリーさんは「解く」と言ったのだ。
「神力によって形成された形だから解けば粉になる。これは作成者のイメージ次第で、私の場合は繋いでいる糸を抜く事でバラバラに解けるのを想像してやってるの」
「なるほど……」
クリザンテムの花びらも、アスターの花びら、ピマンの実も同じように粉に変えてフラスコの中で混じり合うと、最初は透明な蒸留水だったものが白く濁った後で緑色を深め、最終的に抹茶ミルクみたいな見た目になった。
すべての材料が入り終えたら、後は適温になるまでひたすら混ぜ続ける。
最初から最後まで神力が重要な技法。
なるほど、確かにこれは僧侶でなければ作れない。
「私はもう年だし、トゥルヌソルで余生を送ると決めたのよ」
唐突な語りに驚くが、平均寿命が70前後だとリーデンが言っていたのを思い出して、67歳の彼女は確かにその域に入っているのだと気付く。
「でも、ただでさえ数が少ない僧侶が一ヵ所に留まると他所が大変なことになるでしょ? だから私は、こうして薬を作って商人に卸し、僧侶のいない町や、村に、届けてもらっているの」
「あ……あぁそっか、そういう方法が……!」
「そうよ。中には武器職人と協力し、神力を注いだ魔石を魔法使いが使う杖に組み込んで、魔力で複数回の治癒が使えるように開発した僧侶だっているわ」
以前、クルトから「回復が出来る」とアピールする魔法使いがいると聞いたことがある。
神力もないのにどうして……と思ったけど、つまりそういうことなんだろう。
「僧侶はね、みんな考えるのよ。どうしたら僧侶のいない地域にも主神様の加護を届けられるか。決して負担に思わず、自分自身の人生を楽しみながら、人を救えるか」
「自分の人生を楽しみながら……?」
「ええ。だって他人のために生きるなんて自己満足だもの。レンくん自身が楽しんで生きてなきゃ、あなたを大事に思う人達が気に病むのよ」
「――」
……あぁ、なんだろう。
ミントでも舐めたみたいに心の中がスーッてなる。
脳裏を駆け抜けていくこちらの世界で出会った人達の顔。
彼らなら、俺がちょっとでも無理しようものなら心配して、励まそうとして、さらに説教もしてくれそうだ。
「だからレンくんも、アーロくんも、いっぱい悩んで、考えて、人生を楽しみなさい。人生70年なんてあっという間よ」
若々しくてまだ40代くらいにしか見えないけど、年齢を聞いているだけに、その言葉はとても重く響く。
俺も、アーロも、しっかりとその言葉を心に刻んで頷いた。
それから間もなくして、基本中の基本な僧侶の薬こと「治療薬」は、セルリーのサインが刻まれた試験管みたいな細長い容器に移し替えられ、コルクで栓をして完成した。軽い怪我や病気ならたちどころに回復するポーションで、アーロ曰く「素材は薬師の初級薬より少し上なだけなのに効果は中級並だ」と。
やはり回復に関しては僧侶の右に出る者はないって事なんだろう。
神力、すごい。
「トゥルヌソルには僧侶がたくさんいるから、この薬も商人に卸すの。プレゼント出来なくてごめんなさいね」
「いえっ、そんな」
「代わりに此方をプレゼントするわ」
そんな言葉と共に先輩僧侶から手渡されたもの。
それは――。
「えっ、ちょ、セルリーさんこれ……!」
「言ったでしょ、私には弟子がいないって。いつかは弟子を取るつもりで5冊も準備したのに、全部うちの本棚に残っちゃってるのよ。一冊くらい他所の子にあげたって何の問題もないわ」
「でも……」
表紙には『僧侶の薬~初級編~ セルリー著』の文字。
おいそれと頂いて良い物ではないはずだ。
「いいから持っていきなさい。これからの選択肢の一つに加えておくには悪くない内容よ」
「……本当に良いんですか?」
「ええ。アーロくんは昨日と同じ薬草で良いのかしら」
「はい。お願いします」
「あ、なら俺はこちらで販売しているっていう図鑑を買います!」
せめて何かで報いたくて訴えたら、セルリーは意味深な笑みを浮かべる。
「あらあら、ほんとに? うちの図鑑を買っちゃうと面倒よ? なんせ格安で情報を渡す代わりに私の欲しい素材を納品してもらわないといけないんだから」
その言葉に、そうとは知らずに勧めたのだろうアーロが目を瞠るのが判った。
でも、まだ銅級にもなっていないのに、セルリーの依頼で素材を採取して来る自分を想像すると心が躍った。絶対に貴重な経験になるって、それは、直感。
「是非っ、お願いします!」
力強く頭を下げた。
この再会が。
巡り合わせが。
これからの人生にとても重要だったなんてこの時の俺には知る由もなく、新しく入手した教本と図鑑を幸せな気持ちで抱き締めたのだった。
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