生きるのが下手な僕たちは、それでも命を愛したい。

柚鷹けせら

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第2章 新人冒険者の奮闘

51.秘密

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 意外にも卵が気に入ったリーデンのために、もう一つ追加で茹で卵の殻を剥きながら神力と魔素の話に話題を戻す。

「さっきの説明で神力の濃度の差は判りましたけど、じゃあ魔素はどうなんですか? 世界を創造する時に均したなら、なんでダンジョンの難易度に差が出るんですか」
「逆だ」
「逆?」
「ダンジョンが出現したのは均して世界を創造した後の話だ。植物が世界に酸素を供給するように、消費される魔素を供給するという役目を持ったのがダンジョンで、そこに魔物の強さが魔素の濃さに比例しているんだ」
「――へ?」
「ここだけの話だぞ」

 にやりと悪い笑みを浮かべてリーデンは教えてくれた。
 彼がこの世界を創造すると決めた理由は二つ。
 揶揄ってくるのとは別の同僚の世界で起きた戦争によって「絶滅しかけていた獣人族ビーストを救うため」という大神様からの指示が一つ。
 そしてもう一つは、詳しくは話せない事情がいろいろと合わさった結果で、目標としていた期限内に21世紀の地球と同じくらいまで文明を発達させたかったんだそうだ。

「期限っていうのは……」
「地球でいえば60年後くらいだな」
「たった60年で始まったばかりの世界を現代の地球並に?」

 まさかと信じられない気持ちで聞き返せば「誤解するな」とリーデンが苦く笑う。

「住んでしまえば自然とその世界の時間の流れに組み込まれるから違和感などないだろうが、ロテュスは地球に比べて時間の流れが100倍早い」
「ひゃっ……え。つまり地球の1年がロテュスの100年?」
「そうなる」
「じゃあ俺が15歳くらいの時に出来た世界が、いまの……」

 早い。
 いや、ロテュスの人々にとっては正しく千年の月日が経っているんだろうけど、どうしたって自分の年齢が基準になってしまって驚きしかない。

「じゃあ、60年ってことは俺が85歳くらいまでに……? え、待ってください。なんかおかしくないですか?」

 地球の日本と、トゥルヌソルの景色と、聞かされた数字が脳内で入り乱れる。
 絶対におかしい。
 確かに文明の発達にはダンジョンが大きく影響していると『虎の巻』にはあったけど……。

「地球であと60年ってことは、ロテュスじゃ6000年ってことですよね? この世界、もう冷蔵庫とかオーブンとか普通に家にあるのに、21世紀の最新家電までこっから6000年も掛かるんですか?」
「それだ」

 リーデンが重々しく頷く。

「残念なことに、獣人族ビーストの身体能力と、地球には存在しない魔法という力を見誤ったらしくてな」
「見誤った」
「そうだ。弁解の余地もなく、な」

 主神曰く、文明を現代の地球に近しい形で発展させるために思い付いたのが、魔素の供給源となるダンジョンに難易度を設けて発見から発展まで時間が掛かりそうな様々なものの素材や情報をドロップさせるという方法。
 と言うのがリーデンにとっては最重要命題だったみたいで、そこは譲れなかったんだそうだ。
 鉄級のダンジョンには植物の種や、それの栽培方法を記した巻物を。
 銅級には道具や紙の製法といった具合に、ダンジョンの難易度が下がるほど地球の歴史を遡った技術が発見されるようにし、文明開化を促そうとしたみたいだけど、実際に世界が動き出したら獣人族ビーストは想定外の速度で鉄級、銅級、銀級のダンジョンを制覇してしまった。
 他所の大陸では金級ダンジョンから船の設計図、白金級プラティヌからはカメラの設計図などが出て、技師や研究者が試行錯誤の真っ最中なんだとか。

「一つも踏破されていない神銀級ヴレィ・アルジョンのダンジョンからは何が出るんですか」
「パソコンもどきや、スマホもどき等だな」
「もどき……」
「動力は魔力だし、複雑なシステムは相応に複雑な術式に換わる。とはいえ、さすがに神銀級ヴレィ・アルジョンが踏破されるにはまだしばらく掛かるだろうから、レンが生きている間には無理だろうな」
「それはそれで……でも、しばらくってどれくらいを見込んでいるんですか?」
「さて。数百年か、数千年か。もう計算は無理だ」
「ふあぁ……」

 途方もない年月のように思えて声が上擦ったが、よく考えたらこれから1000年が経ってもロテュスは誕生してから2000年だ。
 地球を基準にしていたならそれだって早過ぎるくらいだろう。

「まぁ、今となっては計算ミスが正解だったがな」
「?」
「レンをこうして迎えることになっただろ」
「ぁ……」

 微笑まれて、顔が熱くなる。
 自意識過剰もいいところ。
 俺が此処に居るのなんか只の偶然で、リーデンには彼の目的があって世界を創造したとさっき聞いたばかりではないか。

「なんで……」
「ん?」
「……なんで、そんなに地球の文明に似せたかったんですか?」
「……いつか見せたい相手がいたからだ」

 さっきまでの悪い笑みが、気まずそうなものに変わる。
 過去形だ。
 昔の恋人、とかかな。
 心臓の奥の方に重たいものを感じ、女々しい自分が嫌で無理やり振り払う。

「いまはもう良いんですか?」
「そう、だな……レンはこの世界が好きか?」

 なんで俺なんだろうって思ったけど気に掛けてくれるのが嬉しくて、呆れるほど簡単に気持ちが上向く。
 俺、ちょろい。

「まだトゥルヌソルしか知りませんけど、これからの事を想像するととても楽しみです」
「そうか。だったら良い」
「良いんですか?」
「ああ。充分だ」

 なにが充分なのかはさっぱりだが、そう言って微笑う瞳がとても優しかったから、俺も「まぁいいか」ってなってしまった。




 その後は一緒に食事の後片付けをしながら、トゥルヌソルは二つのダンジョンの間に作られた村が始まりで、住民が増え続けた結果、広がった街が二つのダンジョンを内部に取り込んだのだという話を聞いた。
 魔素の供給源だから踏破されても消えないし。
 ダンジョンもリーデンが創造したものだから神力と魔素が同量ずつ含まれているため、難易度の高いダンジョンからは稀少価値の高い素材が採れるし、外に漏れ出るそれらによって薬草が採れたりなど環境も変化する。

「街の中にダンジョンを組み込んだ街って他にもあるんですか?」
「なくはないが珍しいな」
「やっぱりそうですよね……」
「トゥルヌソルのあるプラーントゥ大陸は七大陸の中でも最小だ。なのにダンジョンの数をほぼ同数に揃えたら密集地域が出来てしまってな」

 そう言って見せた表情には「やってしまった」と書いてあって、俺はお皿を拭きながら笑ってしまう。
 クルトが言っていた「ダンジョンの豊富な街」というのもそこに起因するのだろう。

「ただ、濃すぎる魔素は人によって害になる場合もあるから金級以上に関しては必ず人の住めない場所にある。例えば山頂や深海だ」
「トゥルヌソルの金級ダンジョンはどんな場所にあるんですか?」

 いま正にレイナルドたちがクルトと一緒に篭っているダンジョンだ。彼らも実力のない奴は辿り着くことも出来ないと言っていたが。

「それは本人達が帰って来てから聞いたらどうだ? おそらくリス科エキュルイユの青年がレンに話したがるだろう」
「そう、ですね」

 ふと脳裏に「聞いて聞いて!」と顔を近づけて来るクルトが思い浮かんだ。
 うん、彼の言う通りだ。
 クルトは絶対にお土産話をたくさん持って帰って来る。

「みんなの帰りを待つことにします」
「ああ。それがいい」
「あ……でも、そっか。いまの話を聞く限り、僧侶が集まって他所より神力が濃いトゥルヌソルで素材が不足しているって事は、薬草不足を解消するような策を見つけるのは厳しそうですね」
「ああ。それでなくともトゥルヌソルにはレンがいるからな」
「俺?」

 意味が判らなくて自分を指差すと、リーデンは愉快そうに説明する。

「自分を満たしている神力の量も自覚せずに常に垂れ流した状態で冒険者ギルドへ赴き、レンと接した者達もまた付与された神力を自覚のないまま街中に散らしてくる」

 へ?

「現在のトゥルヌソルはかつてないほどの神力に守られている。それこそ人に憑いた獄鬼ヘルネルだって通しはしないだろう」
「そ、それ、垂れ流しって、大丈夫なんですか⁈」
「おまえの健康に影響はないぞ」
「そうじゃなくてっ。神力を増やすのはダメだってさっき……!」
「主神が故意的に増やすのは、な」

 リーデンは「言っただろう」と笑う。

「神力は人の営みによって増減するのが常だ。レンも神々が認めたロテュスの民なのだから、おまえが増加させる分には何ら問題ない。まぁ、異質であることは否定出来ないが」

 多少なんて言葉で済むとはとても思えないが、リーデンの様子を見ていると本当に何でもないようにも思えて来るから困る……。

「おまえは、謂わばこの世界の特異点だ。神々に認められてロテュスの一員となったが、同時にこうして天界エデンと近しく存在する事も認められている。おまえの潔白過ぎる魂を知っていればこそではあるが」

 褒められているんだろうし、本音を言えばこの神様にこうして特別扱いされているのも悪い気はしないのだが、なんとも居心地が悪くなるのは何故だ。
 そんな気持ちが顔に出たのだろうか。
 リーデンは「今まで通り好きなように生活していればいい」と。
 
「それに、レンのおかげで獄鬼ヘルネルへの新たな対抗策も見つかりそうなんだ。不安ならそれの実験をされているんだと思えばいい」
「実験……」

 獄鬼ヘルネルへの新たな対抗策が有益なら、その実験を主導していると思えば……いい、のかな。 

「本っ当に大丈夫なんですか?」
「ああ。それにな……」

 後片付けを終えてエプロンを外したリーデンが不意に接近して来て、顔を寄せて来る。

「もっと気になる問題がある」
「なっ、なんです、か」
「知らない雄の匂いがついているようだな」
「えっ」

 誰の事だろうと悩んでいる間にも距離は縮まり、俺の頭とリーデンの鼻先が触れている。

「匂いがつくほど接近を許すのならレンの害になる相手ではないのだろうが……イヌ科シアンのパーティリーダーに言えない事をすべきではないんじゃないか?」
「うっ」

 それはアーロの怪我を治したこと以外にない。
 つまり雄の匂いって、彼の……?

「……レン。パーティリーダーに秘密にしておきたいなら、いますぐに風呂に入って来い」
「え?」
「それとも俺が洗ってやろうか?」
「っ、なっ、イヤですけど⁈」

 意味が判らない。
 だが、リーデンの目が本気なのは伝わって来たから、俺は急いで風呂に駆け込んだ。
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