生きるのが下手な僕たちは、それでも命を愛したい。

柚鷹けせら

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第2章 新人冒険者の奮闘

38.魔法教室

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 4月の16日――水の日。
 地球で言うところの水曜日午前9時からが、洗礼の儀を終えたばかりの、魔法を基礎から習い始める子どものための授業が行われる日時だ。
 すっかり体に馴染んだ朝5時起床。
 目が覚めた途端にリーデンの美ぼ……げふんげふんっ。
 えっと、身支度を整えて朝ごはんを一緒に食べ、洗濯や掃除などの家事を済ませ、8時半に宿屋『猿の縄張り』へ迎えに来てくれたレイナルドと一緒に出る。
 昨日も一昨日も最初の行先は冒険者ギルドだったけど、今朝は教会に直行した。
 参加申し込みは、勉強のための聖書を入手したくて寄付した時にしてあるから問題ない。
 授業時間は約2時間。
 薬草採取3日目は、それが終わってから取り掛かる予定だ。

「教会の周りって自然が多いし、気持ち良いですね」
「だな」

 宿屋から北に30分弱。
 周囲がすっかり緑に囲まれ、木漏れ日が足元に影を映す。

「授業中は後ろの方にいるから、俺の事は気にせず真面目に勉強しろよ」
「はい……でも、暇じゃないですか? 護衛ももう大丈夫だと思いますし」
「レンがうちの一員だって周知させるのも俺の仕事なんだから気にすんな」

 頭をぽふりと撫でられた。


 森の中、清涼な空気に包まれて厳かな雰囲気を醸し出す教会は、青色の屋根と白亜の壁、そしてステンドグラスが美しい窓がバランスよく配置されている建物だ。
 地球の教会のように十字架は掲げられていないが、扉の真ん中に木彫りの花が飾られている。
 見たことがあるような無いような……菊?
 いや、菊にしては花びらが大きいかなぁ。
 木彫りの彫刻だけじゃいまいち判り難い。

「レイナルドさん、あの扉の花の名前って何ですか?」
「ロテュスだ」
「それってこの世界の……」
「ああ。世界創造の初日、主神様は海に7輪のロテュスを咲かせ、これがいまの七大陸になったと言われている」

 花を大陸にするなんて意外とロマンチストだ。

「それで世界の名前がロテュスになったんですね」
「ああ。でもロテュスって花は聖書で語られるだけで実際に見た奴はいないんだ」
「え」
「神様の世界でだけ咲く花だって言う学者もいれば、花そのものがこの世界の大陸とするためだけに主神様が創造したものだって言ってる奴もいる」
「なるほど……」
「まぁ機会があれば事実確認してみたらどうだ?」
「そう、ですね」

 暗にリーデンに直接聞いてみろと言われると頷くしかない。家に帰れば会えるんだからな。
 花の話題はそれで終えて、教会の中に入る。
 入口から奥へ続く青い絨毯を除けばテレビなんかで見た教会の内装とそれほど変わりない。
 左右には背もたれのある二人掛けの木製ベンチが均一な間隔をおいて並べられ、奥中央の祭壇には花や果物、酒などの供物。更にその中心に置かれた主神の石像は見事な枝角を頭上に持つ男神を象っている。当然、これがリーデン様だ。
 いわゆるチャペルと呼ばれるこの空間は、洗礼の儀や結婚式といった儀式で利用される。
 右端にはグランドピアノによく似た楽器。
 左側には二階に続く階段を隠す扉があって、魔法の勉強を押してくれる教室は二階だ。
 さて、そんなチャペルの奥の方で来客対応のために控えているのが、前回の寄付の時にも顔を合わせた教会の管理人だ。

「こんにちは、今日は魔法のお勉強ですね?」
「はい」
「そちらの男性は――」
「俺はただの付き添いだ。大人しく見学しているから参加させてくれ」
「承知致しました。ではそちらの奥の階段を上がって手前の教室へどうぞ」
「おう」
「ありがとうございます」

 言われた通り左奥の扉を開けて階段を上っていく。
 こっちの世界の教会って、世界中の人が神様が実在する事を知っているから、国からは完全に独立した、リーデンによって世界に遣わされる僧侶を周知するための場所という認識なんだって。
 神力を持つのはリーデンと、全世界に百余名いる僧侶だけなのは周知の事実。
 だから教皇とか枢機卿といった聖職者の位階は存在せず、教会に居るのは、各地の領主や村長など土地の代表者によって選出されて管理を任されている民間人。
 二階で行われる魔法教室は、魔法の教育資格を持つ魔法使いがそれぞれの都合に合わせた日時で教室を開いているそうだ。
 そういう事情で教師の当たりハズレはあるみたいだけど、トゥルヌソルの教師は質が良いと評判らしいとはここを教えてくれたクルトさん談。

(クルトさん、昨日も会えなかったな……)

 採取した薬草を納品する時にギルドの受付にメッセージカードを預けようと思って準備して来た。
 なるべく早めに会いたいな、って。
 そう思いつつ、初めての魔法教室は始まった。




 魔法教室に参加していたのは12歳で成人の儀を終えた子どもばかりが23名。
 なるほど初級だというのがよく判るメンバーで、その中でも今日が初回だったのは俺一人だ。
 クラスは、魔法とは、という基礎知識から始まって発表制で子ども達に復習させることから始まったため初回だからといって緊張する事もなかった。
 座学はリーデンが教えてくれたまんまだ。
 洗礼の儀によって体内には血管に並行した魔力回路が生成され、呼吸と一緒に吸い込む魔素を体内に蓄積していくようになる。
 知識の確認を終えた後は、魔力回路に魔素がどれくらい溜まったかを自分自身で知るために、自分の中の魔力を動かす練習だ。
 親和性の高い属性を知るために生活魔法、言い換えればこれを発動するための術式を学ぶ。
 この辺りまでが初級クラス。
 中級は属性ごとに基本魔法の術式を学び、上級は冒険者や魔法教師など、それで仕事をする子ども達のためのクラスだと言うから俺の場合は僧侶コースがあるなら受けようと思っている。
 上級クラス卒業までに約三年。
 クルトさんが言っていたように、成人の儀までに……という感じだ。
 ただし魔力が少ない、術式が覚えられない、そもそも勉強なんか嫌いだっていう人達が生活に困らないよう、魔力を流すだけで魔法と同等の効果をもたらすものがある。
 これが技師の手で術式が刻まれ、暮らしになくてはならない魔道具の数々だ。

「血管に並行している魔力回路に流れている魔力を感じる……」

 右手は僧侶のグローブをしているので、左手の甲をじぃっと見つめる。
 血管が一番見易いと思ったからだ。

「魔力回路に流れている魔力……」

 血液に流れている血の流れだって意識した事がないのだ、難易度は高い。
 しかも溜まっている魔力など微々たるものだろう。
 ただ、少ない魔力でも感じる事が出来るようになればなるほど細かい魔力操作が可能になるという話なので自分自身は厳しく鍛えていきたいところである。

「魔力……うぐぐぐ……」
「ぶはっ」

 真剣になるあまりひどい顔をしていたらしい。
 近くで見ていたレイナルドが吹き出した。
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