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第1章 異世界に転移しました

7.疑惑

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「本当にありがとう! すぐ戻って来るっ、お礼したいからここで待ってて!! 絶対だよ!!」
「え。あ、はい」

 クルトは早口に言うだけ言うと、タグを握りしめてギルドを飛び出した。話を聞いていた限りお金関係を清算しに行ったのだと思う。
 あまりの勢いに野次馬だった人達も呆気に取られていたみたいだが、ギルドの職員なのだろう制服を着たお姉さんがパンパンと手を叩くと、その音に皆が我に返ったっぽい。

「さぁ通常業務に戻りますよ。冒険者の皆様もご自身のすべきことをどうぞ」

 キリッとしていて、きつめの印象を与える美人。
 スタイル抜群、動作が優美、さらに声がよく通るという、正に「頼りになるお姉さん」といった感じだ。野次馬だった冒険者達もぞろぞろと動き出し、あれほど強敵だった人垣があっと言う間になくなってしまった。
 それを名も知らない大きな冒険者の肩の上で眺めている。

「あ、あ! もう下ろしてくださいっ」
「おぅ」

 抱き上げた時と同様、ひょいっという感じで降ろされて驚いてしまうが、言うべき言葉は忘れない。 

「助かりました、ありがとうございました」

 深々とお辞儀していると、頭上から小さな笑い声が聞こえて来た。

「? あの……」
「いや、すまん。助けられたのはクルトだし、そんな小さな体で奮闘したのはおまえ自身なのにと思ってさ。冒険者になるならもう少し図太い方がいいぞ」
「え……」

 どういう意味だろうと不思議に思っていると、今度は背後から声が掛かる。
 さっきのキリッとしたお姉さんだ。そしてこの女性の頭上にも耳がある。彼女だけじゃない。高いところから見下ろした大半の冒険者達の頭上に、いろいろな形や色をした耳があった。
 獣人族……なのかな。
 だとすると、さっき見渡した感じだと俺みたいな人より獣人族の方が多い世界なのかもしれない。

「こんにちは。こちらのギルドには初めてお越しになられた方だとお見受けします。私はこのギルドのサブマスターを務めているララ・シアーヌと申しますが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「えっ、はいっ」

 こんな子ども相手でもものすごい丁寧に接して来る女性に僧侶のグローブを見せる。それだけで表情が変わるのだからたぶん正解だろう。

「正教会所属の旅の僧侶、レン・キノシタと申します」

 ララが微笑む。
 営業スマイルよりは少しだけ温かみのある笑顔。

「この度は当ギルド所属の冒険者の窮地を救って頂きありがとうございました。恐れ入りますがレンさんが拾ったネームタグの件でお聞きしたい事がございます。お足労をお掛けしますが、一緒に来て頂けますか?」
「もちろんです」

 クルトにも待っていて欲しいと言われたし、いろいろと聞きたい事もある。
 でも、その前に――。

「さっきは本当にありがとうございました」

 もう一度だけ肩に乗せてくれた冒険者に礼を言う。
 彼も僧侶のグローブを見たのだろう。さっきまでと表情が違い、……何となく安心しているようにも見えた。

「名前、レンって言うんだな。俺は冒険者のレイナルドだ。しばらくこの街に滞在するのか?」
「まだ決めていませんが、二、三日はいると思います」
「そうか。なら、またな」

 ポンと頭を撫でられた。
 孤児院を出る時に院長先生にされて以来なかった接触が、こっちに来てから既に2回。子どもに戻るとはこういうことなのだろうか。

(……いや、リーデン様の時はまだ25歳だった!)

 それはそれとして、レイナルドを見送ってから改めてララに声を掛け、彼女に案内されて向かったのは2階の応接室だ。
 ソファに座ると、別の職員がうっすらと色味のついた飲み物を出してくれた。
 鑑定には「シトロンの果実水」と表示されている。

(シトロン……聞いたことがあるような、ないような……?)

 試しに飲んでみたら、レモン。
 スキルの言語理解がどういう仕事をしているのか不明だから何とも言えないが、これをレモンって訳さないなら、人の名前と同じでシトロンがこの果物の固有名詞なのだろう。

(それは、きちんと覚えないと失礼だな……うん美味しい)

 シトロン、シトロンと何度か繰り返して覚える。
 もし炭酸水があったら、レモネードはどんな名前になるのか……、そんな事を考えている間に正面のソファに腰掛けていたララは、門のところで検問に使っていたのと同じような石板をテーブルの上に置いた。

「恐れ入りますが、念のため身分証紋を此方にお願い出来ますか?」
「はい」

 身元確認は大事だ。
 そう思うから迷わず右手の甲を押し当てる。直後、その表情が強張ったように見えたが瞬きの間に元に戻る。
 彼女は、今度こそ柔らかく微笑んだ。

「ありがとうございました。そして、改めて感謝申し上げます」
「いいえ。タグを拾ったのは本当に偶然で、……えっと、休憩しようと草の上に座ったら何かを踏んだ感触がして、確認したらクルトさんのネームタグだったんです」

 鑑定というスキルがどういう扱いなのか判らないので、一先ずそういう事にしておく。
 ララは頷いてくれた。

「そうでしたか。では休憩されようとした場所はどちらに?」
「街の外です。西の、……綺麗な湖があって、周りに林があって……その道沿いって言ったら伝わりますか?」

 あの湖から東に向かって来たんだから、此処から見れば西、だと思う。
 しかし土地勘がないから判り難かったのか、その表情は厳しい。

「すみません、説明が下手で」

 謝ったら、ララはハッとしたように手を振る。

「違います、お気を悪くさせてしまい申し訳ありません。クルトさんのネームタグが街の外にあったというのが少し気になっただけなのです」
「そうなんですか?」

 帰って来る途中に落としたんだろうと勝手に思っていたけど、そうじゃない事を丁寧に説明してくれた。

「例えこの街を拠点にしている冒険者であっても、街の外に出れば、戻って来る時には門の兵士が必ず身分証紋を確認します。もし外で犯罪行為に手を染めていたら拘束しなければなりませんから」
「身分証紋ってそんな事まで判るんですか?」

 気になって聞いてみたらララが目を瞬かせた。
 その反応は知っていて当たりまえの常識だったのかもしれない。

「す、すみません……その、俺、常識に疎いところがあるだけで決して怪しい者では……っ」
「いいえ、大丈夫ですよ。身分証紋ではそういう事も判りますからレンさんが正教会に所属するに相応しい方なのは承知しております」

 ふふっと微笑みながらローテーブルに置かれたままの石板に手を置く。
 そういうことらしい。
 怖っ!

「ただ、レンさんに紋を刻んだ教会は説明不足のようですね。がこの街の教会にもありますから、もしよろしければ立ち寄ってみて下さい」
「ぁ、ありがとうございます」

 その情報はありがたいが、自身の失敗はどうにもならない。
 ものすごく怪しまれているのが手に取るように判る。この紋をくれた主神様の説明不足は全力で同意するが常識不足については見て見ぬフリをして欲しい。
 背中をイヤな汗が伝った。

「身分証紋がなければ街に入る事が出来ないのに、クルトさんは街にいました。ネームタグだけが外にあったというのは、些か不可解ですね」
「なるほど……」

 悪いことをしても判るのなら、自分が彼のタグをどうこうしたと疑われている感じではなさそうだ。
 ……とは言え居心地が悪いのはどうしようもないのでクルトには早く戻って来てもらいたい。

「ところで……」
「はいっ」
「レンさんはネームタグを届けるためだけに此方へお越しになられたのですか?」
「え……あっ、いえっ、違います!」

 思わず身を乗り出して答えたら、ララがニコっと笑う。

(ううっ、落ち着け俺)

 どうしてこんなに自制が利かないのだろうか。

「その……質問が幾つかと、あと、お金を下ろさせて欲しいんです。お願いしてもいいですか?」
「承ります。少々お待ちください」

 ララはそう言って立ち上がると、応接室の奥の棚から紙とペンを取ってきた。
 目の前に差し出されたのはいわゆる出金申請書で、金額を入力し、サインする場所がある。
 スキルの言語理解が仕事してくれるから書く事に不安はないのだが、いざ金額を書くに至って幾ら出金したら足りるのかが判らないことに気付いた。

「あの……一つ目の質問なんですが、この街の宿代と、食事の相場ってどのくらいなんですか?」
「どちらもレンさんがどの程度のランクを望まれるかによって変わります。例えば宿に条件などございますか?」
「部屋に鍵が掛かれば、あとは特に……」
「それではいけませんよ」
「え」
「部屋の鍵は基本中の基本、レンさんの場合は可愛らしいのですからいくら注意してもし過ぎという事はありません。特に、雄体ゆうたいは見た目では判り難いのですから身分証紋できちんと確認を取る宿を」
「ゆうたい……?」
「……」
「はっ」

 また失言。
 ララの目が皿のように丸くなった。
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