27 / 335
第2章 新人冒険者の奮闘
27.甘やかされている自覚
しおりを挟む
知識の不足を何とかするために神具『住居兼用移動車両』Ex.に籠り勉強を始めて二日目。
自分のためにスキル「通販」に追加してくれた『ロテュス 虎の巻』のおかげで、この世界をいろいろと知る事が出来た。
暦。
時間。
太陽の動き。
月の満ち欠けなど、世界全体に共通する常識のほとんどが地球とほぼ共通している。
曜日は日曜日から順に「太陽の日」「月の日」「火の日」「水の日」「森の日」「風の日」「大地の日」。
そして世界中の人々が一番大切にしている『界渡りの祝日』は10月の満月の日と決まっていて、その前後三日間は世界中でお祭りが開催されるなど、常識と言える知識が順調に増えていった。
『界渡りの祝日』は獣人族の祖先が異世界から『ロテュス』に移住してきた日。
『ロテュス』は獣人族の救世の地。
移住の際に僅かに同行した人間と、獣人族の血が混じったことで誕生したのが、人族、地人族、森人族、水人族。
純血の人間が完全にいなくなった時点で、世界の5種族が定まったそうだ。
こういった過程から『界渡りの祝日』は創造主に感謝と祈りを捧げる日でもあるのだという記載に、地球では宗教なんて縁遠かった身でも、実際に主神を知っているおかげで素直に「リーデン様ってすごい神様なんだなぁ」と感動した。
勉強のおかげで心のメモに刻んだあれこれが一つずつ解消されていく。
それがなんとも言えない快感だった。
「あとは魔力と神力の違いだなぁ」
「それなら俺が説明するぞ」
「うわぁっ⁈」
唐突に背後から声がしたので驚いて振り返ると、二日振りのリーデンがいた。
冒険者ギルドで扉を繋いで会った時以来だ。
くっきり二重で切れ長の瞳は春の青空の下に咲くたんぽぽの色。彫の深い顔立ちは日本人のそれとはまったく違うから尚更カッコよく見える。
頭上に生えた鹿より立派な枝角はどうしても気になるが、限りなく白に近い紫色の長い髪が不思議なほど角と調和していて、カッコいい……いや、うん。
こういうのって好みだから、ほら。
す、好きとかじゃなくてもさ⁈
「レン?」
「はいっ!」
ドキッとして声が上擦る。
背筋をピンッと伸ばして応えたら、リーデンが「どうした」と笑った。変に思われたかもしれないけど心の声までは聞こえていない……と信じよう。
「びっ……くりしました……」
落ち着いて来ると同時に膝が笑う。
驚いた拍子に立ち上がっていた事すら気付かなくて、ソファに落ちるように座り直した。
「すまん。驚かせるつもりはなかったんだが」
「いえ……あ、でも、同じことがあったらまた驚く自信があるので、いらっしゃる前に合図をもらえたら助かります」
「ふむ」
申し訳なさそうに顔を下げたリーデンは、少し考えた後で部屋を見渡し、その視線を窓で止める。
「風鈴のようなものをあそこに下げ、来る前に鈴を鳴らすというのはどうだ?」
「! はいっ、音が出るのはありがたいです」
「ではそうしよう」
言い、右手のひらを上にして何かを小声で呟く。
後に創造魔法の呪文だと教えてもらうのだが、風が手のひらの上で渦を巻く中央に段々と象られていくもの。完成したのは彼が言っていた通りの薄紫色の風鈴だった。
「来る前に鈴を鳴らす。問題なければ了承の返事を」
「はい」
窓の上部に風鈴を取り付けるのを見ながら、ふと気付く。
「その風鈴の色ってリーデン様の髪色と似てますね」
「ああ。私の神力で作ったら同じ色になるのだ」
「そっか、そういう……」
嬉しいな、って。
そう思ったことを自覚した途端に顔が熱くなる。
(この間からちょっとおかしいぞ俺……)
あーあーあーと意味のない叫びを心の中で上げ続ける。
「どうかしたか」
「いえっ、何でもっ。それより魔力と神力の違いを教えてください!」
「ああ」
窓辺からソファまで歩いて来た彼は、当然のように隣に座った。それにも心臓が暴れそうになるが、なんとか話を聞く姿勢を取る。
勉強に集中してしまった方が絶対に楽だと思う。
「まずは魔力についてだが」
「はい」
「この世界の子どもは12の洗礼の儀を経て体内に魔力回路が生成される。これは血管と同じような全身を巡る細い管だ。呼吸によって空気中の魔素がここに蓄積されることで魔力に変化し体内を巡る……大気中では目に見えない気体だったものが回路に吸収されることで液体になると言えば想像し易いか?」
「そう、かな。でも何となく判ります。あの、クルトさんは蓄積し難い体質だって言ってたんですけど、それって……」
「魔力回路には個性があると考えればよい。魔素をどんどん圧縮しても平然としている魔力回路なら保有魔力量が膨大になり優秀な魔法使いになるし、圧縮するのが苦手な回路なら全体を満たした時点で吸収を止めてしまう」
「回路の個性……」
「魔法を使えば魔力が減る。回復するために呼吸で魔素を吸収する。僧侶が自分の魔力で回復魔法を使用するなら原理は同じだ」
「じゃあ、神力を使ったって言うのは……?」
「回復魔法が俺の加護を得た者にしか使えないのは、そもそも神力が体内に無ければ発動しないからだ。僧侶となる者には、その魂に紀元からの契約の楔が刺さっている。それが、この世界の僧侶達がいうところの俺の加護だ」
「契約の楔」
「教会の聖書は読んだか」
「いえ。でも勉強になるような本があればと思って教会に行った時に寄付をしたら分厚い冊子を頂いたので、明日ぐらいから読み始めようかと……これです」
寝室の机に置いてあった本を持っていくと、リーデンは軽く頷く。
「聖書の創世記を読んでから説明した方が判り易い。読み終わったら教えろ、改めて説明する。一つ言えるのは、僧侶の内側には確かに俺の力の片鱗が存在し、魔力が尽きた後も多少なら無理が利くようになっているということだ。レンの場合は別だが」
「というと……」
「おまえの神力の根は正真正銘の4柱の加護だ」
言われて自分のステータス画面に表示されている文字列を思い出した。
リーデンの次の言葉がそれを確信させる。
「常に4柱の神力に包まれていると言っても良い。魔力は無いが、仲間を護りたいと言う心に神力が反応した結果だな。言っただろう、願えと」
「……つまり、リーデン様とカグヤ様とヤーオターオ様と、ユーイチが、助けてくれたんですね……?」
「おまえの身体を通したので結局は負担を強いてしまったが」
「そんなっ」
そんなの負担なんかじゃない。
クルトさんを、レイナルドさんを、そして皆の力になれたのは助けてくれたリーデン達のおかげだ。
「ありがとうございました、リーデン様。カグヤ様と、ヤーオターオ様と、……ユーイチにも、お礼を言いたいです」
「伝えておく」
「はい……お願いします」
直接は無理か、と。
少しだけがっかりしたのが彼にも伝わったようで、苦笑しつつ付け足された。
「いずれは直接伝えられる日も来るだろう」
「はい……!」
この神様は本当に優しい。
甘やかされている。
そう自覚すればこそ、今はこれで充分だと思った。
「ぁ……すみません、せっかく来て頂いたのに飲み物も出さないで。何が良いですか? リーデン様たちのおかげで何でも出せますけど……神様って俺達みたいに飲食できるんですか?」
「食べている者もいるから出来るのではないか」
不思議そうに言われた。
その言い方ではまるで――。
「リーデン様は?」
「祭壇に奉じられた酒、花、果物の味くらいは知っている」
「ご飯は……」
「天界にいれば必要ない」
なぜ素直に「食べた事はない」と言えないのだろうか。
プライドとか?
なんの矜持だろう。
(かわいい……?)
いや、いくらなんでも神にこれは不敬だ。
そうと判っていても気を抜いたら笑ってしまいそうで懸命に表情を固定する。
「食べている神様もいるって事は、天界にも料理する神様がいるんですか?」
「いいや。下級神に自分の管理世界や、地球へわざわざ買いに行かせたりだな」
「リーデン様は興味なかったんですか?」
「……あまり美味しそうには見えなかったからな」
「??」
リーデンの意味深な視線が俺に向き、フッと逸らされた。
何だろう。
んん?
「じゃあ何か作るので食べてみますか?」
尋ねると、逸らされた視線が一瞬でこちらに戻ってきた。
しかもまじまじと見られている。
「おまえが作るのか?」
「はい。料理は普通に出来る……あ、待ってください、やっぱり今の無しで!」
「何故だ」
「だって……!」
俺のバカ! この美貌の男神に何を食べさせるつもりなのか。
箸を持たせて焼き魚?
肉じゃが?
ダメだ、違う。
スプーンでカレーライスを食べるのだって絶対に似合わないと断言出来る!
「俺にはリーデン様に相応しい料理なんて無理でしたすみませんごめんなさいっ」
「いま作ると言ったではないか」
「それは身の程知らずだったというか俺には庶民の味しか作れないのでっ」
「庶民の何が悪い」
「悪いんじゃなくてリーデン様には似合いませんっ」
「似合う似合わないで味が変わるのか?」
「そ……れは、変わりません、けど」
「ならば問題ない」
問題しかないと思うのに、リーデンの雰囲気からして絶対に引く気がなさそうに見える。
どう想像してもやらかす未来しかなくて胃がキュウっとする。
どうしたらいい。
リーデンに似合って、食べている姿が様になって、カッコいい料理。
懐石やフルコースだろうか。
そんなもの作った事が無い。
せめてレシピでも手に入れば――。
「あ!」
名案を思いついた勢いで大きな声を上げてしまったらリーデンが驚いた顔で目を瞬かせている。
「す、すみません」
「いや……どうした」
「えっと、ご飯は作るので、リーデン様が食べたいと思った料理のレシピ本をスキル「通販」に加えてもらうことは出来ませんか?」
商品一覧に文房具や日用品はあったが本は一冊もなかった。
でも『虎の巻』を購入出来たのだから商品の追加は可能なはずだ。
リーデンには是非とも自身の好みの料理本を追加してもらいたい。それなら例えファストフードを頼まれても覚悟を決められるだろう。
「地球のじゃなくて、この世界の料理でもレシピがあれば何とかできる気がしますし、せっかく食べてもらうならリーデン様が興味を持ったものがいいと思います!」
「ふむ……」
力強く断言したのが良かったのかリーデンは「わかった」と頷いてくれた。
「きちんと考えて近いうちに追加しておこう」
「よろしくお願いします!」
一山越えたくらいの勢いで安心してしまった俺に、彼は小さく息を吐く。
溜息、だろうか。
呆れられたかなと不安になって見てみるが、そういうわけではなさそうで。
「他にも聞きたい事はあるか?」
「えっと……じゃあ、今日って何日ですか?」
「4月の13日。おまえをこちらに転移させたのは10日だ」
「春っぽいとは思っていましたけど、地球に居た時と季節が半年もずれていたんですね……」
地球にいた最後の日は10月だった。
地元ではあと一月もしないで雪が降り始める頃で――。
「トゥルヌソルの気候は北海道に似ているぞ」
「それは……助かります」
体調管理とか、気候の変化を知っているといないとでは難易度が違う。
リーデンは意外に俺のことに詳しいな……?
「それと、誕生日だが」
ふと声の調子が変わった彼の顔を見上げると、すごく真面目な表情がそこにあった。
「誕生日ですか?」
「ああ」
「……孤児院の先生が決めてくれた誕生日じゃなくて……」
「実際にレンが生まれた日だ」
「――」
息が止まるかと思った。
なのに何を言われたのか理解出来なかった。
俺自身が知らない誕生日をどうしてリーデンが知っているんだろう、とか。
それを知ったらどうなるんだろう、とか。
「……今は知らなくていいです……」
「そうか」
リーデンは静かに頷く。
「必要になったら言え」
「はい……そういえばクルトさん達に洗礼の儀は一週間くらい前に受けたって言っちゃったんですけど、儀式は誕生日に受けるものなんですか?」
「決まっていない。故郷では年に4回しか洗礼の儀を行わず、12になった後の洗礼の儀が一週間前だったとでも言っておけばいい」
それはありがたい。
孤児院の先生が決めてくれた誕生日なら2月20日だ。
その日に孤児院の前に捨てられていたからだ。
ずれても数日だろうし、知らないままでも支障はない。
「っ……」
ぽふっと頭に乗った大きな手。
その温もりが胸に沁みた。
自分のためにスキル「通販」に追加してくれた『ロテュス 虎の巻』のおかげで、この世界をいろいろと知る事が出来た。
暦。
時間。
太陽の動き。
月の満ち欠けなど、世界全体に共通する常識のほとんどが地球とほぼ共通している。
曜日は日曜日から順に「太陽の日」「月の日」「火の日」「水の日」「森の日」「風の日」「大地の日」。
そして世界中の人々が一番大切にしている『界渡りの祝日』は10月の満月の日と決まっていて、その前後三日間は世界中でお祭りが開催されるなど、常識と言える知識が順調に増えていった。
『界渡りの祝日』は獣人族の祖先が異世界から『ロテュス』に移住してきた日。
『ロテュス』は獣人族の救世の地。
移住の際に僅かに同行した人間と、獣人族の血が混じったことで誕生したのが、人族、地人族、森人族、水人族。
純血の人間が完全にいなくなった時点で、世界の5種族が定まったそうだ。
こういった過程から『界渡りの祝日』は創造主に感謝と祈りを捧げる日でもあるのだという記載に、地球では宗教なんて縁遠かった身でも、実際に主神を知っているおかげで素直に「リーデン様ってすごい神様なんだなぁ」と感動した。
勉強のおかげで心のメモに刻んだあれこれが一つずつ解消されていく。
それがなんとも言えない快感だった。
「あとは魔力と神力の違いだなぁ」
「それなら俺が説明するぞ」
「うわぁっ⁈」
唐突に背後から声がしたので驚いて振り返ると、二日振りのリーデンがいた。
冒険者ギルドで扉を繋いで会った時以来だ。
くっきり二重で切れ長の瞳は春の青空の下に咲くたんぽぽの色。彫の深い顔立ちは日本人のそれとはまったく違うから尚更カッコよく見える。
頭上に生えた鹿より立派な枝角はどうしても気になるが、限りなく白に近い紫色の長い髪が不思議なほど角と調和していて、カッコいい……いや、うん。
こういうのって好みだから、ほら。
す、好きとかじゃなくてもさ⁈
「レン?」
「はいっ!」
ドキッとして声が上擦る。
背筋をピンッと伸ばして応えたら、リーデンが「どうした」と笑った。変に思われたかもしれないけど心の声までは聞こえていない……と信じよう。
「びっ……くりしました……」
落ち着いて来ると同時に膝が笑う。
驚いた拍子に立ち上がっていた事すら気付かなくて、ソファに落ちるように座り直した。
「すまん。驚かせるつもりはなかったんだが」
「いえ……あ、でも、同じことがあったらまた驚く自信があるので、いらっしゃる前に合図をもらえたら助かります」
「ふむ」
申し訳なさそうに顔を下げたリーデンは、少し考えた後で部屋を見渡し、その視線を窓で止める。
「風鈴のようなものをあそこに下げ、来る前に鈴を鳴らすというのはどうだ?」
「! はいっ、音が出るのはありがたいです」
「ではそうしよう」
言い、右手のひらを上にして何かを小声で呟く。
後に創造魔法の呪文だと教えてもらうのだが、風が手のひらの上で渦を巻く中央に段々と象られていくもの。完成したのは彼が言っていた通りの薄紫色の風鈴だった。
「来る前に鈴を鳴らす。問題なければ了承の返事を」
「はい」
窓の上部に風鈴を取り付けるのを見ながら、ふと気付く。
「その風鈴の色ってリーデン様の髪色と似てますね」
「ああ。私の神力で作ったら同じ色になるのだ」
「そっか、そういう……」
嬉しいな、って。
そう思ったことを自覚した途端に顔が熱くなる。
(この間からちょっとおかしいぞ俺……)
あーあーあーと意味のない叫びを心の中で上げ続ける。
「どうかしたか」
「いえっ、何でもっ。それより魔力と神力の違いを教えてください!」
「ああ」
窓辺からソファまで歩いて来た彼は、当然のように隣に座った。それにも心臓が暴れそうになるが、なんとか話を聞く姿勢を取る。
勉強に集中してしまった方が絶対に楽だと思う。
「まずは魔力についてだが」
「はい」
「この世界の子どもは12の洗礼の儀を経て体内に魔力回路が生成される。これは血管と同じような全身を巡る細い管だ。呼吸によって空気中の魔素がここに蓄積されることで魔力に変化し体内を巡る……大気中では目に見えない気体だったものが回路に吸収されることで液体になると言えば想像し易いか?」
「そう、かな。でも何となく判ります。あの、クルトさんは蓄積し難い体質だって言ってたんですけど、それって……」
「魔力回路には個性があると考えればよい。魔素をどんどん圧縮しても平然としている魔力回路なら保有魔力量が膨大になり優秀な魔法使いになるし、圧縮するのが苦手な回路なら全体を満たした時点で吸収を止めてしまう」
「回路の個性……」
「魔法を使えば魔力が減る。回復するために呼吸で魔素を吸収する。僧侶が自分の魔力で回復魔法を使用するなら原理は同じだ」
「じゃあ、神力を使ったって言うのは……?」
「回復魔法が俺の加護を得た者にしか使えないのは、そもそも神力が体内に無ければ発動しないからだ。僧侶となる者には、その魂に紀元からの契約の楔が刺さっている。それが、この世界の僧侶達がいうところの俺の加護だ」
「契約の楔」
「教会の聖書は読んだか」
「いえ。でも勉強になるような本があればと思って教会に行った時に寄付をしたら分厚い冊子を頂いたので、明日ぐらいから読み始めようかと……これです」
寝室の机に置いてあった本を持っていくと、リーデンは軽く頷く。
「聖書の創世記を読んでから説明した方が判り易い。読み終わったら教えろ、改めて説明する。一つ言えるのは、僧侶の内側には確かに俺の力の片鱗が存在し、魔力が尽きた後も多少なら無理が利くようになっているということだ。レンの場合は別だが」
「というと……」
「おまえの神力の根は正真正銘の4柱の加護だ」
言われて自分のステータス画面に表示されている文字列を思い出した。
リーデンの次の言葉がそれを確信させる。
「常に4柱の神力に包まれていると言っても良い。魔力は無いが、仲間を護りたいと言う心に神力が反応した結果だな。言っただろう、願えと」
「……つまり、リーデン様とカグヤ様とヤーオターオ様と、ユーイチが、助けてくれたんですね……?」
「おまえの身体を通したので結局は負担を強いてしまったが」
「そんなっ」
そんなの負担なんかじゃない。
クルトさんを、レイナルドさんを、そして皆の力になれたのは助けてくれたリーデン達のおかげだ。
「ありがとうございました、リーデン様。カグヤ様と、ヤーオターオ様と、……ユーイチにも、お礼を言いたいです」
「伝えておく」
「はい……お願いします」
直接は無理か、と。
少しだけがっかりしたのが彼にも伝わったようで、苦笑しつつ付け足された。
「いずれは直接伝えられる日も来るだろう」
「はい……!」
この神様は本当に優しい。
甘やかされている。
そう自覚すればこそ、今はこれで充分だと思った。
「ぁ……すみません、せっかく来て頂いたのに飲み物も出さないで。何が良いですか? リーデン様たちのおかげで何でも出せますけど……神様って俺達みたいに飲食できるんですか?」
「食べている者もいるから出来るのではないか」
不思議そうに言われた。
その言い方ではまるで――。
「リーデン様は?」
「祭壇に奉じられた酒、花、果物の味くらいは知っている」
「ご飯は……」
「天界にいれば必要ない」
なぜ素直に「食べた事はない」と言えないのだろうか。
プライドとか?
なんの矜持だろう。
(かわいい……?)
いや、いくらなんでも神にこれは不敬だ。
そうと判っていても気を抜いたら笑ってしまいそうで懸命に表情を固定する。
「食べている神様もいるって事は、天界にも料理する神様がいるんですか?」
「いいや。下級神に自分の管理世界や、地球へわざわざ買いに行かせたりだな」
「リーデン様は興味なかったんですか?」
「……あまり美味しそうには見えなかったからな」
「??」
リーデンの意味深な視線が俺に向き、フッと逸らされた。
何だろう。
んん?
「じゃあ何か作るので食べてみますか?」
尋ねると、逸らされた視線が一瞬でこちらに戻ってきた。
しかもまじまじと見られている。
「おまえが作るのか?」
「はい。料理は普通に出来る……あ、待ってください、やっぱり今の無しで!」
「何故だ」
「だって……!」
俺のバカ! この美貌の男神に何を食べさせるつもりなのか。
箸を持たせて焼き魚?
肉じゃが?
ダメだ、違う。
スプーンでカレーライスを食べるのだって絶対に似合わないと断言出来る!
「俺にはリーデン様に相応しい料理なんて無理でしたすみませんごめんなさいっ」
「いま作ると言ったではないか」
「それは身の程知らずだったというか俺には庶民の味しか作れないのでっ」
「庶民の何が悪い」
「悪いんじゃなくてリーデン様には似合いませんっ」
「似合う似合わないで味が変わるのか?」
「そ……れは、変わりません、けど」
「ならば問題ない」
問題しかないと思うのに、リーデンの雰囲気からして絶対に引く気がなさそうに見える。
どう想像してもやらかす未来しかなくて胃がキュウっとする。
どうしたらいい。
リーデンに似合って、食べている姿が様になって、カッコいい料理。
懐石やフルコースだろうか。
そんなもの作った事が無い。
せめてレシピでも手に入れば――。
「あ!」
名案を思いついた勢いで大きな声を上げてしまったらリーデンが驚いた顔で目を瞬かせている。
「す、すみません」
「いや……どうした」
「えっと、ご飯は作るので、リーデン様が食べたいと思った料理のレシピ本をスキル「通販」に加えてもらうことは出来ませんか?」
商品一覧に文房具や日用品はあったが本は一冊もなかった。
でも『虎の巻』を購入出来たのだから商品の追加は可能なはずだ。
リーデンには是非とも自身の好みの料理本を追加してもらいたい。それなら例えファストフードを頼まれても覚悟を決められるだろう。
「地球のじゃなくて、この世界の料理でもレシピがあれば何とかできる気がしますし、せっかく食べてもらうならリーデン様が興味を持ったものがいいと思います!」
「ふむ……」
力強く断言したのが良かったのかリーデンは「わかった」と頷いてくれた。
「きちんと考えて近いうちに追加しておこう」
「よろしくお願いします!」
一山越えたくらいの勢いで安心してしまった俺に、彼は小さく息を吐く。
溜息、だろうか。
呆れられたかなと不安になって見てみるが、そういうわけではなさそうで。
「他にも聞きたい事はあるか?」
「えっと……じゃあ、今日って何日ですか?」
「4月の13日。おまえをこちらに転移させたのは10日だ」
「春っぽいとは思っていましたけど、地球に居た時と季節が半年もずれていたんですね……」
地球にいた最後の日は10月だった。
地元ではあと一月もしないで雪が降り始める頃で――。
「トゥルヌソルの気候は北海道に似ているぞ」
「それは……助かります」
体調管理とか、気候の変化を知っているといないとでは難易度が違う。
リーデンは意外に俺のことに詳しいな……?
「それと、誕生日だが」
ふと声の調子が変わった彼の顔を見上げると、すごく真面目な表情がそこにあった。
「誕生日ですか?」
「ああ」
「……孤児院の先生が決めてくれた誕生日じゃなくて……」
「実際にレンが生まれた日だ」
「――」
息が止まるかと思った。
なのに何を言われたのか理解出来なかった。
俺自身が知らない誕生日をどうしてリーデンが知っているんだろう、とか。
それを知ったらどうなるんだろう、とか。
「……今は知らなくていいです……」
「そうか」
リーデンは静かに頷く。
「必要になったら言え」
「はい……そういえばクルトさん達に洗礼の儀は一週間くらい前に受けたって言っちゃったんですけど、儀式は誕生日に受けるものなんですか?」
「決まっていない。故郷では年に4回しか洗礼の儀を行わず、12になった後の洗礼の儀が一週間前だったとでも言っておけばいい」
それはありがたい。
孤児院の先生が決めてくれた誕生日なら2月20日だ。
その日に孤児院の前に捨てられていたからだ。
ずれても数日だろうし、知らないままでも支障はない。
「っ……」
ぽふっと頭に乗った大きな手。
その温もりが胸に沁みた。
101
お気に入りに追加
560
あなたにおすすめの小説

迷子の僕の異世界生活
クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。
通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。
その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。
冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。
神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。
2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…
こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』
ある日、教室中に響いた声だ。
……この言い方には語弊があった。
正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。
テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。
問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。
*当作品はカクヨム様でも掲載しております。

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
*
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。


龍は精霊の愛し子を愛でる
林 業
BL
竜人族の騎士団団長サンムーンは人の子を嫁にしている。
その子は精霊に愛されているが、人族からは嫌われた子供だった。
王族の養子として、騎士団長の嫁として今日も楽しく自由に生きていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる