生きるのが下手な僕たちは、それでも命を愛したい。

柚鷹けせら

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第2章 新人冒険者の奮闘

27.甘やかされている自覚

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 知識の不足を何とかするために神具『住居兼用移動車両』Ex.に籠り勉強を始めて二日目。
 自分のためにスキル「通販」に追加してくれた『ロテュス 虎の巻』のおかげで、この世界をいろいろと知る事が出来た。
 暦。
 時間。
 太陽の動き。
 月の満ち欠けなど、世界全体に共通する常識のほとんどが地球とほぼ共通している。
 曜日は日曜日から順に「太陽の日」「月の日」「火の日」「水の日」「森の日」「風の日」「大地の日」。
 そして世界中の人々が一番大切にしている『界渡りの祝日』は10月の満月の日と決まっていて、その前後三日間は世界中でお祭りが開催されるなど、常識と言える知識が順調に増えていった。
『界渡りの祝日』は獣人族の祖先が異世界から『ロテュス』に移住してきた日。
『ロテュス』は獣人族の救世の地。
 移住の際に僅かに同行した人間と、獣人族ビーストの血が混じったことで誕生したのが、人族ヒューロン地人族ドワーフ森人族エルフ水人族ウェーヴェ
 純血の人間が完全にいなくなった時点で、世界の5種族が定まったそうだ。
 こういった過程から『界渡りの祝日』は創造主に感謝と祈りを捧げる日でもあるのだという記載に、地球では宗教なんて縁遠かった身でも、実際に主神を知っているおかげで素直に「リーデン様ってすごい神様なんだなぁ」と感動した。
 勉強のおかげで心のメモに刻んだあれこれが一つずつ解消されていく。
 それがなんとも言えない快感だった。

「あとは魔力と神力の違いだなぁ」
「それなら俺が説明するぞ」
「うわぁっ⁈」

 唐突に背後から声がしたので驚いて振り返ると、二日振りのリーデンがいた。
 冒険者ギルドで扉を繋いで会った時以来だ。
 くっきり二重で切れ長の瞳は春の青空の下に咲くたんぽぽの色。彫の深い顔立ちは日本人のそれとはまったく違うから尚更カッコよく見える。
 頭上に生えた鹿より立派な枝角はどうしても気になるが、限りなく白に近い紫色の長い髪が不思議なほど角と調和していて、カッコいい……いや、うん。
 こういうのって好みだから、ほら。
 す、好きとかじゃなくてもさ⁈

「レン?」
「はいっ!」

 ドキッとして声が上擦る。
 背筋をピンッと伸ばして応えたら、リーデンが「どうした」と笑った。変に思われたかもしれないけど心の声までは聞こえていない……と信じよう。

「びっ……くりしました……」

 落ち着いて来ると同時に膝が笑う。
 驚いた拍子に立ち上がっていた事すら気付かなくて、ソファに落ちるように座り直した。

「すまん。驚かせるつもりはなかったんだが」
「いえ……あ、でも、同じことがあったらまた驚く自信があるので、いらっしゃる前に合図をもらえたら助かります」
「ふむ」

 申し訳なさそうに顔を下げたリーデンは、少し考えた後で部屋を見渡し、その視線を窓で止める。

「風鈴のようなものをあそこに下げ、来る前に鈴を鳴らすというのはどうだ?」
「! はいっ、音が出るのはありがたいです」
「ではそうしよう」

 言い、右手のひらを上にして何かを小声で呟く。
 後に創造魔法の呪文だと教えてもらうのだが、風が手のひらの上で渦を巻く中央に段々と象られていくもの。完成したのは彼が言っていた通りの薄紫色の風鈴だった。

「来る前に鈴を鳴らす。問題なければ了承の返事を」
「はい」

 窓の上部に風鈴を取り付けるのを見ながら、ふと気付く。

「その風鈴の色ってリーデン様の髪色と似てますね」
「ああ。私の神力で作ったら同じ色になるのだ」
「そっか、そういう……」

 嬉しいな、って。
 そう思ったことを自覚した途端に顔が熱くなる。

(この間からちょっとおかしいぞ俺……)

 あーあーあーと意味のない叫びを心の中で上げ続ける。

「どうかしたか」
「いえっ、何でもっ。それより魔力と神力の違いを教えてください!」
「ああ」

 窓辺からソファまで歩いて来た彼は、当然のように隣に座った。それにも心臓が暴れそうになるが、なんとか話を聞く姿勢を取る。
 勉強に集中してしまった方が絶対に楽だと思う。

「まずは魔力についてだが」
「はい」
「この世界の子どもは12の洗礼の儀を経て体内に魔力回路が生成される。これは血管と同じような全身を巡る細い管だ。呼吸によって空気中の魔素がここに蓄積されることで魔力に変化し体内を巡る……大気中では目に見えない気体だったものが回路に吸収されることで液体になると言えば想像し易いか?」
「そう、かな。でも何となく判ります。あの、クルトさんは蓄積し難い体質だって言ってたんですけど、それって……」
「魔力回路には個性があると考えればよい。魔素をどんどん圧縮しても平然としている魔力回路なら保有魔力量が膨大になり優秀な魔法使いになるし、圧縮するのが苦手な回路なら全体を満たした時点で吸収を止めてしまう」
「回路の個性……」
「魔法を使えば魔力が減る。回復するために呼吸で魔素を吸収する。僧侶が自分の魔力で回復魔法を使用するなら原理は同じだ」
「じゃあ、神力を使ったって言うのは……?」
「回復魔法が俺の加護を得た者にしか使えないのは、そもそも神力が体内に無ければ発動しないからだ。僧侶となる者には、その魂に紀元からの契約の楔が刺さっている。それが、この世界の僧侶達がいうところの俺の加護神力だ」
「契約の楔」
「教会の聖書は読んだか」
「いえ。でも勉強になるような本があればと思って教会に行った時に寄付をしたら分厚い冊子を頂いたので、明日ぐらいから読み始めようかと……これです」

 寝室の机に置いてあった本を持っていくと、リーデンは軽く頷く。

「聖書の創世記を読んでから説明した方が判り易い。読み終わったら教えろ、改めて説明する。一つ言えるのは、僧侶の内側には確かに俺の力の片鱗が存在し、魔力が尽きた後も多少なら無理が利くようになっているということだ。レンの場合は別だが」
「というと……」
「おまえの神力の根は正真正銘の4柱の加護だ」

 言われて自分のステータス画面に表示されている文字列を思い出した。
 リーデンの次の言葉がそれを確信させる。

「常に4柱の神力に包まれていると言っても良い。魔力は無いが、仲間を護りたいと言う心に神力が反応した結果だな。言っただろう、願えと」
「……つまり、リーデン様とカグヤ様とヤーオターオ様と、ユーイチが、助けてくれたんですね……?」
「おまえの身体を通したので結局は負担を強いてしまったが」
「そんなっ」

 そんなの負担なんかじゃない。
 クルトさんを、レイナルドさんを、そして皆の力になれたのは助けてくれたリーデン達のおかげだ。

「ありがとうございました、リーデン様。カグヤ様と、ヤーオターオ様と、……ユーイチにも、お礼を言いたいです」
「伝えておく」
「はい……お願いします」

 直接は無理か、と。
 少しだけがっかりしたのが彼にも伝わったようで、苦笑しつつ付け足された。

「いずれは直接伝えられる日も来るだろう」
「はい……!」

 この神様は本当に優しい。
 甘やかされている。
 そう自覚すればこそ、今はこれで充分だと思った。

「ぁ……すみません、せっかく来て頂いたのに飲み物も出さないで。何が良いですか? リーデン様たちのおかげで何でも出せますけど……神様って俺達みたいに飲食できるんですか?」
「食べている者もいるから出来るのではないか」

 不思議そうに言われた。
 その言い方ではまるで――。

「リーデン様は?」
「祭壇に奉じられた酒、花、果物の味くらいは知っている」
「ご飯は……」
天界エデンにいれば必要ない」

 なぜ素直に「食べた事はない」と言えないのだろうか。
 プライドとか?
 なんの矜持だろう。

(かわいい……?)

 いや、いくらなんでも神にこれは不敬だ。
 そうと判っていても気を抜いたら笑ってしまいそうで懸命に表情を固定する。

「食べている神様もいるって事は、天界エデンにも料理する神様がいるんですか?」
「いいや。下級神に自分の管理世界や、地球へわざわざ買いに行かせたりだな」
「リーデン様は興味なかったんですか?」
「……あまり美味しそうには見えなかったからな」
「??」

 リーデンの意味深な視線が俺に向き、フッと逸らされた。
 何だろう。
 んん?

「じゃあ何か作るので食べてみますか?」

 尋ねると、逸らされた視線が一瞬でこちらに戻ってきた。
 しかもまじまじと見られている。

「おまえが作るのか?」
「はい。料理は普通に出来る……あ、待ってください、やっぱり今の無しで!」
「何故だ」
「だって……!」

 俺のバカ! この美貌の男神に何を食べさせるつもりなのか。
 箸を持たせて焼き魚?
 肉じゃが?
 ダメだ、
 スプーンでカレーライスを食べるのだって絶対に似合わないと断言出来る!

「俺にはリーデン様に相応しい料理なんて無理でしたすみませんごめんなさいっ」
「いま作ると言ったではないか」
「それは身の程知らずだったというか俺には庶民の味しか作れないのでっ」
「庶民の何が悪い」
「悪いんじゃなくてリーデン様には似合いませんっ」
「似合う似合わないで味が変わるのか?」
「そ……れは、変わりません、けど」
「ならば問題ない」

 問題しかないと思うのに、リーデンの雰囲気からして絶対に引く気がなさそうに見える。
 どう想像してもやらかす未来しかなくて胃がキュウっとする。
 どうしたらいい。
 リーデンに似合って、食べている姿が様になって、カッコいい料理。
 懐石やフルコースだろうか。
 そんなもの作った事が無い。
 せめてレシピでも手に入れば――。

「あ!」

 名案を思いついた勢いで大きな声を上げてしまったらリーデンが驚いた顔で目を瞬かせている。

「す、すみません」
「いや……どうした」
「えっと、ご飯は作るので、リーデン様が食べたいと思った料理のレシピ本をスキル「通販」に加えてもらうことは出来ませんか?」

 商品一覧に文房具や日用品はあったが本は一冊もなかった。
 でも『虎の巻』を購入出来たのだから商品の追加は可能なはずだ。
 リーデンには是非とも自身の好みの料理本を追加してもらいたい。それなら例えファストフードを頼まれても覚悟を決められるだろう。

「地球のじゃなくて、この世界の料理でもレシピがあれば何とかできる気がしますし、せっかく食べてもらうならリーデン様が興味を持ったものがいいと思います!」
「ふむ……」

 力強く断言したのが良かったのかリーデンは「わかった」と頷いてくれた。

「きちんと考えて近いうちに追加しておこう」
「よろしくお願いします!」

 一山越えたくらいの勢いで安心してしまった俺に、彼は小さく息を吐く。
 溜息、だろうか。
 呆れられたかなと不安になって見てみるが、そういうわけではなさそうで。

「他にも聞きたい事はあるか?」
「えっと……じゃあ、今日って何日ですか?」
「4月の13日。おまえをこちらに転移させたのは10日だ」
「春っぽいとは思っていましたけど、地球に居た時と季節が半年もずれていたんですね……」

 地球にいた最後の日は10月だった。
 地元ではあと一月もしないで雪が降り始める頃で――。

「トゥルヌソルの気候は北海道に似ているぞ」
「それは……助かります」

 体調管理とか、気候の変化を知っているといないとでは難易度が違う。
 リーデンは意外に俺のことに詳しいな……?

「それと、誕生日だが」

 ふと声の調子が変わった彼の顔を見上げると、すごく真面目な表情がそこにあった。

「誕生日ですか?」
「ああ」
「……孤児院の先生が決めてくれた誕生日じゃなくて……」
「実際にレンが生まれた日だ」
「――」

 息が止まるかと思った。
 なのに何を言われたのか理解出来なかった。
 俺自身が知らない誕生日をどうしてリーデンが知っているんだろう、とか。
 それを知ったらどうなるんだろう、とか。

「……今は知らなくていいです……」
「そうか」

 リーデンは静かに頷く。

「必要になったら言え」
「はい……そういえばクルトさん達に洗礼の儀は一週間くらい前に受けたって言っちゃったんですけど、儀式は誕生日に受けるものなんですか?」
「決まっていない。故郷では年に4回しか洗礼の儀を行わず、12になった後の洗礼の儀が一週間前だったとでも言っておけばいい」

 それはありがたい。
 孤児院の先生が決めてくれた誕生日なら2月20日だ。
 その日に孤児院の前に捨てられていたからだ。
 ずれても数日だろうし、知らないままでも支障はない。

「っ……」

 ぽふっと頭に乗った大きな手。
 その温もりが胸に沁みた。
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