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第1章 異世界に転移しました
23.冒険者ギルドのトップ
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「そういえばギルマスさんはご一緒じゃなかったんですね」
フロマージュたっぷりのバゲットを飲み込んでから問いかけると、ララが教えてくれる。
「初対面の自分がいては朝食を楽しめないだろうから終わった頃に、と」
「そうですか……気を遣わせてしまったんですね」
「気にすることないぞ、レン」
口を挟むレイナルド。
その表情はどこか楽し気だ。
「今回の獄鬼との戦闘で最も活躍したのは間違いなくおまえだ。しかも洗礼の儀を受けて間もない、冒険者ギルドに登録してもいない子どもが所属冒険者の窮地を救った。おまえが気持ちよく朝飯を食えるよう配慮して当たり前だ」
「えぇ……それじゃまるで俺がすごいことをしたみたいなんですけど」
「みたいじゃなくて! すごかったんだよ!」
クルトが大きな声で断言する。
「レンくんは、自分が応援領域持ちだって知ってた?」
「いえ、全然」
「じゃあ、何も知らなかったのに自分も僧侶だからって『猿の縄張り』を飛び出してきてくれたんだろう?」
「それは……はい」
でも回復の一つも出来ない自分が現場に駆け付けて何が出来るかなんて判らなかった。
リーデンが「行け」と背中を押してくれたから無我夢中で走って、現地に到着したら応援領域持ちだなんて言われて役に立てたけど、それが無かったら邪魔にしかならなかっただろう。
そういうことを、リーデンの名前は出さずに告げたら、大人三人は笑った。
「そうじゃないんですよ、レンさん」
「過程がどうこうじゃなく、あの場所に応援領域持ちが現れなきゃ獄鬼に勝てなかった。それが事実だろ」
「戦えなくても駆け付けてくれたレンくんのおかげで皆が助かったんだよ!」
全方向からフォローされて気恥ずかしくなる。
同時に、甘やかされているなぁと思う。
「お役に立てて良かったです」
皆の気持ちはそう笑顔で受け止めつつ心の中では思い上がらないよう自戒する。
だって、俺はこれからだ。
いつか自信を持って「俺も役に立てます」と言えるように成長していきたい。
その後、クルトのパーティメンバーで旅行中のテルアとマリー、イーサンとルディの話や、レイナルドのパーティメンバーも俺に会いたがっていることなどを食事しながら聞いた。
俺と同じ、なんて言い方もしてくれたおかげで、レイナルドがイヌ科、クルトがリス科なのが判明。
他人の口からどんな動物の子孫なのか知れるのは良い事なのかと聞いたら「あいつらは気にしない」らしい。ってことは気にする人もいるってことだから、気軽に「何科ですか?」とは聞かない方が良さそうだ。
ちなみにレイナルドのパーティメンバーはイヌ科のゲンジャルとミッシェル兄妹、ウマ科のアッシュ、クマ科のウォーカー。
クルトのパーティメンバーはウサギ科のテルアとマリー、ネコ科のイーサン、人族のルディ。
ジェイはリス科だったらしい。
ララはゾウ科、宿屋『猿の縄張り』の主人チロルはサル科……、獣人族の祖先は本当にいろいろな動物がいるんだなと感動した。
ちなみに昨夜の現場で最初に声を掛けてくれた女性が、参加者の中で最年長の女性僧侶で名前をセルリー。後で俺の健康診断をしてくれるのもこの人なんだが、なんと地人族だったらしい。
で、モグラ科。
動物の祖先がいるのに獣人族じゃないの? とか。
土壌動物だと地人族なの? とか。
また心のメモが増えてしまった。
もう、あれだ。
2~3日は神具『住居兼用移動車両』Ex.に籠って勉強する。
決定。
そんなこんなで食事も落ち着いた頃、部屋の扉がノックされた。
ララがすぐに立ち上がって訪問者を迎える。
開いた扉の向こうに見えたのは背中の半分くらいまである長い銀髪が目を引く美丈夫だ。
キラキラした瑠璃色の目。
きめ細かな白い肌。
桜色の薄い唇。
人形みたいに整った容貌と相まって、呼吸も忘れるくらいの衝撃を受けた。
「レンさん」
「は、はい!」
名前を呼ばれてやっと呼吸を思い出したけど声は上擦るし、思いっきり立ち上がった拍子にテーブルの端に膝をぶつけて皿を落とすしで、レイナルドに笑われてしまった。
ララは少しだけ苦い笑みを零している。
「レンさん。こちらが当ギルドの長、ギルドマスターのハーマイトシュシューです」
「初めましてっ、旅の僧侶、レン・キノシタと申します」
「丁寧な挨拶をありがとう。ララが紹介してくれたけれど改めて名乗らせてもらおうかな。ギルドマスターのハーマイトシュシューだ。森人族は理由あって家名が名乗れないが許してくれるかい?」
「えっ、あ、はいっ」
「ふふっ。代わりではないけれど、気軽にシューと呼んでくれたまえ」
笑った顔が、またとんでもなく綺麗で。
声も艶めいていて。
美人にも免疫がない俺の心臓はバクバクと破裂寸前だ。
でもそれはクルトも同じだったらしく隣で直立不動。気付いたらレイナルドがテーブルの上をすっかり片付け終えて、皿を重ねた盆を持っている。
「ほらクルト、俺らは瓦礫撤去と採掘に行くぞ」
「はっはい!」
レイナルドに促されてようやく我に返ったクルトは「じゃ、また!」と俺に片手を振ると、ギルドマスターの進路を邪魔しないようにと思ったのか、床に大きく弧を描いて部屋の外へ。
一方のレイナルドは俺の耳元に顔を寄せると小声で囁く。
「シューには惚れるなよ、あいつは俺のだからな」
「えっ⁈」
思わず大きな声を出してしまった俺に声を上げて笑ったレイナルド。
「これは俺が酒場に返しておくから」
「ありがとうございます」
「ん」
ララとそんな遣り取りをしたレイナルドは、すれ違いざまにハーマイトシュシューの頭部にキスして部屋を出ていった。
当たり前みたいに、ものすごく自然に、キス!
(男同士だよな……?)
いくらハーマイトシュシューが美人で、レイナルドに比べれば肩幅がないとはいえ明らかに男性の骨格だ。それでも人目も気にせず触れ合う二人と、当たり前のように受け入れている周囲を目の当たりにして、いま初めて「好きな人が好きで良い」という言葉を実感した。
(うわぁ……っ)
さっきまでと違う意味で心臓が騒ぐ。
同性を好きになっても良いのだという実感。
好きな相手に好かれることは難しくても、この世界なら好きになることに罪悪感を抱かなくてもいいのだ。
(好きな……違っ、違う違う違う!)
脳裏に浮かんだ面影を振り払っている間に、冒険者ギルドのお二人が正面の椅子に。
「レンさん? お顔が赤いようですが……」
「大丈夫ですっ」
強い口調で言い張ったらララに首を傾げられた。
判る。
明らかに挙動不審だ。
「本当に大丈夫です。ちょっと驚いただけで」
「驚いた、ですか?」
「ハーマイトシュシューさんが綺麗過ぎて……」
「まあ」
ララが目を瞬かせ、でもすぐにハーマイトシュシューと二人で笑う。
「確かに森人族の美しさは刺激が強過ぎるようです。仮面を被せるべきでした」
「ひどいなぁララ、この顔には見慣れてもらうしかないじゃないか。それと、シューだよ」
「えっ。あ。シュー……さん?」
さすがに呼び捨てには出来ず「シューさん」で勘弁して欲しいという気持ちを込めて見返すと「早めに慣れてくれたまえ」と微笑まれた。
とりあえず今はこれでいいらしい。
「さて、では早速だが」
ハーマイトシュシューの言葉に合わせるようにララがテーブルの上に置いたのは昨日も見た縦15センチくらいの魔導具『証紋照合具』だ。
「連日で申し訳ない。こちらに紋で触れてくれるかい?」
「はい」
言われた通り右手の甲を押し当てて、身元を証明する。さすがにこれは慣れてきたし、後ろ暗いこともないので緊張せずに済んだ。
「ほう……」
だが、ハーマイトシュシューの唇から零れた吐息のような納得の声にはドキッとしてしまう。
子ども相手にも有効の色気ってヤバくないだろうか。いや、俺の場合は中身が25だからかな。
落ち着けと自分自身に言い聞かせていたら『証紋照合具』から顔を上げた彼に話しかけられる。
「レンくんはしばらくトゥルヌソルに滞在すると聞いているけれどその予定に変更はないかな?」
「ありません。成人までいるかは判りませんが、少なくとも一人で旅が出来るようになるまではトゥルヌソルでたくさんの事を学びたいと思っています」
「では今後も宿暮らしになるとして、生活するためにもお金は必要だ。仕事の希望などはあるだろうか」
「自分にどんな仕事が出来るかもまだ判っていませんから、まずはそれを知るところから始めます」
「ちなみに商売を始めたり、物作りをする予定は?」
「商売……はないですね。物作りもいろいろと経験はありますが仕事に出来るほどではないです」
「ふむ」
ハーマイトシュシューは顎に手を置き、深く考え込むような表情になる。
いろいろ聞かれたのは俺の今後の生活を心配して、かな。
12歳の子どもが一人で生活するとなるとやっぱり気になるよなぁ。
「一つの案として聞いてもらえると嬉しいのだが」
「はい」
「トゥルヌソルにある各種ギルドは12歳から登録が可能だ。例えば商業ギルドなら商売に関するあれこれを学ぶため、営業中の店に見習いとして出向するから働いた分だけ給与が出る。ただし親が商人である場合が大半だ。悪い言い方をすると、コネの無い子どもには厳しいと言える」
「そうなんですね」
納得している間にも話は続き、生産系ギルドなら弟子入りと言う形になるから師匠の工房で寝泊まり食事付きで面倒を見てもらえるが、代わりに給料がほんの僅かだとか、運送ギルドはしっかりと筋肉を付けて行かないと体を壊すとか、貴族邸の下働き、教会の教師など、次々と働き先の情報をくれる。
トゥルヌソルはプラーントゥ大陸で王都に次ぐ大きな街だ。
ないものはないだけに得た情報を精査するのも大変なのがよく判った。
「私がこんなことをいうと引き抜きのようだし、まぁ実際そういう意図もあるんだが」
ハーマイトシュシューは「他に比べると」と意味深に笑う。
「冒険者ギルドに登録した場合は自分の受けたい依頼を、受けたい時に受けて稼ぐことが出来る。12歳の新人なら畑の手伝いや薬草採取など安全なものが優先的に回されるし、勉強がしたい日は依頼を受けなければ、他人に許可を得なくても休みになる。月の半分も働けば500ゴールドは稼げるだろう」
『猿の縄張り』に滞在するなら、10連泊の割引込で一月300ゴールド。
月の半分で500ゴールドが稼げるなら週休二日で働けばそれなりの生活が出来そうだ。
「冒険者として稼ぎながら、自分に合った仕事を探せる。そういう理由で、他のギルドも冒険者ギルドとの兼業は認めている。しかもクルトやレイナルドに同行を頼んで遠征依頼を受けると、ここに滞在しながら旅のあれこれを学ぶことも出来るだろう。様々な経験を積むには最適だと思うのだよ、うちは」
「そう、ですね」
逃がすまいと言いたげな圧力を感じる。
僧侶を囲い込みたいとかそういうのではなく、他所のギルドに行かせまいとするような……?
「というわけで、レンくん」
「は、はい」
「冒険者ギルドに登録しておこうか?」
にっこりと微笑まれる。
美人の笑顔とはこんなにも恐ろしいものなのか……気付けば俺は新人冒険者になっていた。
フロマージュたっぷりのバゲットを飲み込んでから問いかけると、ララが教えてくれる。
「初対面の自分がいては朝食を楽しめないだろうから終わった頃に、と」
「そうですか……気を遣わせてしまったんですね」
「気にすることないぞ、レン」
口を挟むレイナルド。
その表情はどこか楽し気だ。
「今回の獄鬼との戦闘で最も活躍したのは間違いなくおまえだ。しかも洗礼の儀を受けて間もない、冒険者ギルドに登録してもいない子どもが所属冒険者の窮地を救った。おまえが気持ちよく朝飯を食えるよう配慮して当たり前だ」
「えぇ……それじゃまるで俺がすごいことをしたみたいなんですけど」
「みたいじゃなくて! すごかったんだよ!」
クルトが大きな声で断言する。
「レンくんは、自分が応援領域持ちだって知ってた?」
「いえ、全然」
「じゃあ、何も知らなかったのに自分も僧侶だからって『猿の縄張り』を飛び出してきてくれたんだろう?」
「それは……はい」
でも回復の一つも出来ない自分が現場に駆け付けて何が出来るかなんて判らなかった。
リーデンが「行け」と背中を押してくれたから無我夢中で走って、現地に到着したら応援領域持ちだなんて言われて役に立てたけど、それが無かったら邪魔にしかならなかっただろう。
そういうことを、リーデンの名前は出さずに告げたら、大人三人は笑った。
「そうじゃないんですよ、レンさん」
「過程がどうこうじゃなく、あの場所に応援領域持ちが現れなきゃ獄鬼に勝てなかった。それが事実だろ」
「戦えなくても駆け付けてくれたレンくんのおかげで皆が助かったんだよ!」
全方向からフォローされて気恥ずかしくなる。
同時に、甘やかされているなぁと思う。
「お役に立てて良かったです」
皆の気持ちはそう笑顔で受け止めつつ心の中では思い上がらないよう自戒する。
だって、俺はこれからだ。
いつか自信を持って「俺も役に立てます」と言えるように成長していきたい。
その後、クルトのパーティメンバーで旅行中のテルアとマリー、イーサンとルディの話や、レイナルドのパーティメンバーも俺に会いたがっていることなどを食事しながら聞いた。
俺と同じ、なんて言い方もしてくれたおかげで、レイナルドがイヌ科、クルトがリス科なのが判明。
他人の口からどんな動物の子孫なのか知れるのは良い事なのかと聞いたら「あいつらは気にしない」らしい。ってことは気にする人もいるってことだから、気軽に「何科ですか?」とは聞かない方が良さそうだ。
ちなみにレイナルドのパーティメンバーはイヌ科のゲンジャルとミッシェル兄妹、ウマ科のアッシュ、クマ科のウォーカー。
クルトのパーティメンバーはウサギ科のテルアとマリー、ネコ科のイーサン、人族のルディ。
ジェイはリス科だったらしい。
ララはゾウ科、宿屋『猿の縄張り』の主人チロルはサル科……、獣人族の祖先は本当にいろいろな動物がいるんだなと感動した。
ちなみに昨夜の現場で最初に声を掛けてくれた女性が、参加者の中で最年長の女性僧侶で名前をセルリー。後で俺の健康診断をしてくれるのもこの人なんだが、なんと地人族だったらしい。
で、モグラ科。
動物の祖先がいるのに獣人族じゃないの? とか。
土壌動物だと地人族なの? とか。
また心のメモが増えてしまった。
もう、あれだ。
2~3日は神具『住居兼用移動車両』Ex.に籠って勉強する。
決定。
そんなこんなで食事も落ち着いた頃、部屋の扉がノックされた。
ララがすぐに立ち上がって訪問者を迎える。
開いた扉の向こうに見えたのは背中の半分くらいまである長い銀髪が目を引く美丈夫だ。
キラキラした瑠璃色の目。
きめ細かな白い肌。
桜色の薄い唇。
人形みたいに整った容貌と相まって、呼吸も忘れるくらいの衝撃を受けた。
「レンさん」
「は、はい!」
名前を呼ばれてやっと呼吸を思い出したけど声は上擦るし、思いっきり立ち上がった拍子にテーブルの端に膝をぶつけて皿を落とすしで、レイナルドに笑われてしまった。
ララは少しだけ苦い笑みを零している。
「レンさん。こちらが当ギルドの長、ギルドマスターのハーマイトシュシューです」
「初めましてっ、旅の僧侶、レン・キノシタと申します」
「丁寧な挨拶をありがとう。ララが紹介してくれたけれど改めて名乗らせてもらおうかな。ギルドマスターのハーマイトシュシューだ。森人族は理由あって家名が名乗れないが許してくれるかい?」
「えっ、あ、はいっ」
「ふふっ。代わりではないけれど、気軽にシューと呼んでくれたまえ」
笑った顔が、またとんでもなく綺麗で。
声も艶めいていて。
美人にも免疫がない俺の心臓はバクバクと破裂寸前だ。
でもそれはクルトも同じだったらしく隣で直立不動。気付いたらレイナルドがテーブルの上をすっかり片付け終えて、皿を重ねた盆を持っている。
「ほらクルト、俺らは瓦礫撤去と採掘に行くぞ」
「はっはい!」
レイナルドに促されてようやく我に返ったクルトは「じゃ、また!」と俺に片手を振ると、ギルドマスターの進路を邪魔しないようにと思ったのか、床に大きく弧を描いて部屋の外へ。
一方のレイナルドは俺の耳元に顔を寄せると小声で囁く。
「シューには惚れるなよ、あいつは俺のだからな」
「えっ⁈」
思わず大きな声を出してしまった俺に声を上げて笑ったレイナルド。
「これは俺が酒場に返しておくから」
「ありがとうございます」
「ん」
ララとそんな遣り取りをしたレイナルドは、すれ違いざまにハーマイトシュシューの頭部にキスして部屋を出ていった。
当たり前みたいに、ものすごく自然に、キス!
(男同士だよな……?)
いくらハーマイトシュシューが美人で、レイナルドに比べれば肩幅がないとはいえ明らかに男性の骨格だ。それでも人目も気にせず触れ合う二人と、当たり前のように受け入れている周囲を目の当たりにして、いま初めて「好きな人が好きで良い」という言葉を実感した。
(うわぁ……っ)
さっきまでと違う意味で心臓が騒ぐ。
同性を好きになっても良いのだという実感。
好きな相手に好かれることは難しくても、この世界なら好きになることに罪悪感を抱かなくてもいいのだ。
(好きな……違っ、違う違う違う!)
脳裏に浮かんだ面影を振り払っている間に、冒険者ギルドのお二人が正面の椅子に。
「レンさん? お顔が赤いようですが……」
「大丈夫ですっ」
強い口調で言い張ったらララに首を傾げられた。
判る。
明らかに挙動不審だ。
「本当に大丈夫です。ちょっと驚いただけで」
「驚いた、ですか?」
「ハーマイトシュシューさんが綺麗過ぎて……」
「まあ」
ララが目を瞬かせ、でもすぐにハーマイトシュシューと二人で笑う。
「確かに森人族の美しさは刺激が強過ぎるようです。仮面を被せるべきでした」
「ひどいなぁララ、この顔には見慣れてもらうしかないじゃないか。それと、シューだよ」
「えっ。あ。シュー……さん?」
さすがに呼び捨てには出来ず「シューさん」で勘弁して欲しいという気持ちを込めて見返すと「早めに慣れてくれたまえ」と微笑まれた。
とりあえず今はこれでいいらしい。
「さて、では早速だが」
ハーマイトシュシューの言葉に合わせるようにララがテーブルの上に置いたのは昨日も見た縦15センチくらいの魔導具『証紋照合具』だ。
「連日で申し訳ない。こちらに紋で触れてくれるかい?」
「はい」
言われた通り右手の甲を押し当てて、身元を証明する。さすがにこれは慣れてきたし、後ろ暗いこともないので緊張せずに済んだ。
「ほう……」
だが、ハーマイトシュシューの唇から零れた吐息のような納得の声にはドキッとしてしまう。
子ども相手にも有効の色気ってヤバくないだろうか。いや、俺の場合は中身が25だからかな。
落ち着けと自分自身に言い聞かせていたら『証紋照合具』から顔を上げた彼に話しかけられる。
「レンくんはしばらくトゥルヌソルに滞在すると聞いているけれどその予定に変更はないかな?」
「ありません。成人までいるかは判りませんが、少なくとも一人で旅が出来るようになるまではトゥルヌソルでたくさんの事を学びたいと思っています」
「では今後も宿暮らしになるとして、生活するためにもお金は必要だ。仕事の希望などはあるだろうか」
「自分にどんな仕事が出来るかもまだ判っていませんから、まずはそれを知るところから始めます」
「ちなみに商売を始めたり、物作りをする予定は?」
「商売……はないですね。物作りもいろいろと経験はありますが仕事に出来るほどではないです」
「ふむ」
ハーマイトシュシューは顎に手を置き、深く考え込むような表情になる。
いろいろ聞かれたのは俺の今後の生活を心配して、かな。
12歳の子どもが一人で生活するとなるとやっぱり気になるよなぁ。
「一つの案として聞いてもらえると嬉しいのだが」
「はい」
「トゥルヌソルにある各種ギルドは12歳から登録が可能だ。例えば商業ギルドなら商売に関するあれこれを学ぶため、営業中の店に見習いとして出向するから働いた分だけ給与が出る。ただし親が商人である場合が大半だ。悪い言い方をすると、コネの無い子どもには厳しいと言える」
「そうなんですね」
納得している間にも話は続き、生産系ギルドなら弟子入りと言う形になるから師匠の工房で寝泊まり食事付きで面倒を見てもらえるが、代わりに給料がほんの僅かだとか、運送ギルドはしっかりと筋肉を付けて行かないと体を壊すとか、貴族邸の下働き、教会の教師など、次々と働き先の情報をくれる。
トゥルヌソルはプラーントゥ大陸で王都に次ぐ大きな街だ。
ないものはないだけに得た情報を精査するのも大変なのがよく判った。
「私がこんなことをいうと引き抜きのようだし、まぁ実際そういう意図もあるんだが」
ハーマイトシュシューは「他に比べると」と意味深に笑う。
「冒険者ギルドに登録した場合は自分の受けたい依頼を、受けたい時に受けて稼ぐことが出来る。12歳の新人なら畑の手伝いや薬草採取など安全なものが優先的に回されるし、勉強がしたい日は依頼を受けなければ、他人に許可を得なくても休みになる。月の半分も働けば500ゴールドは稼げるだろう」
『猿の縄張り』に滞在するなら、10連泊の割引込で一月300ゴールド。
月の半分で500ゴールドが稼げるなら週休二日で働けばそれなりの生活が出来そうだ。
「冒険者として稼ぎながら、自分に合った仕事を探せる。そういう理由で、他のギルドも冒険者ギルドとの兼業は認めている。しかもクルトやレイナルドに同行を頼んで遠征依頼を受けると、ここに滞在しながら旅のあれこれを学ぶことも出来るだろう。様々な経験を積むには最適だと思うのだよ、うちは」
「そう、ですね」
逃がすまいと言いたげな圧力を感じる。
僧侶を囲い込みたいとかそういうのではなく、他所のギルドに行かせまいとするような……?
「というわけで、レンくん」
「は、はい」
「冒険者ギルドに登録しておこうか?」
にっこりと微笑まれる。
美人の笑顔とはこんなにも恐ろしいものなのか……気付けば俺は新人冒険者になっていた。
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