生きるのが下手な僕たちは、それでも命を愛したい。

柚鷹けせら

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第1章 異世界に転移しました

21.言えない決意

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 リーデンに助けを求めると同時に、帰るのを待っていてとお願いしたことを思い出して焦る。
 まさか一晩戻らないなんて思ってもみなかった。

「どうかなさいましたか?」
「えっ」
「急に深刻な顔をして黙ってしまわれたので」

 ララに指摘されて、何でもないと答えようとしたけれど、悩む。

「『猿の縄張り』に戻れるのっていつ頃になりますか?」

 尋ねると、ララは少しだけ目線を落とし顎に指を添えた。

「先ほどお話したセルリーさんに体調を確認して頂き問題がなければすぐにでも。ですが先ほどの階段で手すりにしがみ付いていらっしゃったのは手足の力が戻っていないからでは? 頭痛や吐き気はありませんか?」
「それは……少し?」
「でしたらしばらくは此処にいらして下さい。レンさんは保護者が一緒にいませんし、体調不良のまま戻られたらチロルさんも心配します」

 言われてみれば確かにその通りで、いますぐに戻りたいとは言い難くなってしまう。

「ところで食欲はどうですか?」
「食欲、ですか?」
「もしお腹が空いているようでしたらご用意しますよ」

 ごはん……と想像した直後にお腹がぐぅと鳴ってしまい、それを彼女にはばっちりと聞かれてしまった。
 恥ずかしくなる俺に、柔らかく笑うララ。

「ふふっ。では用意してきますね。もしよろしければですが、私もご一緒させて頂いても?」
「ぇ、あ、はいっ」
「ありがとうございます」

 答えてから、女性と二人で食事というシチュエーションに心臓が縮む。彼女は違うと判っていても、過去のくだらない記憶がそれを思い出させる。

「あ、あの! もし可能なら、レイナルドさんと、クルトさんも一緒に!」
「それは良いですね。ではギルマスもご一緒させて頂いてよろしいでしょうか」
「ぎるます?」
「この冒険者ギルドの、マスターで、ギルマスです。私の上司ですが、今回の獄鬼ヘルネル騒動もあってレンさんが目を覚ましたら面会したいと仰っているんです」
「此処で一番偉い人がですか⁈」

 そんな人と一緒に食事なんかしたら緊張でご飯が喉を通らないのでは! っていう本音が顔に出ていたらしくララは小さく笑っている。

「食事は無理でも、ご挨拶だけはさせて下さい」
「それは、もちろん。でもこんな朝早くからギルドマスターさんもいるんですか?」
「ええ。昨夜の騒動もあって、今朝はほとんどの職員が昨夜から残務処理に追われていますからね」

 冒険者は現場で獄鬼ヘルネルと戦い、冒険者ギルドの職員は戦う以外のあれこれに此処で追われていたに違いない。
 昨夜の校内放送みたいなあれも、もしかしたらギルド職員の誰かが使った魔法だったのかもしれない。

「では少し外します。レンさんはくれぐれも、おとなしく、休んでいてくださいね」
「はいっ」

 力強く念を押されたので俺も力強く頷いておく、が。

「……行っちゃったかな」

 ララの足音が遠ざかるのを確認して表示するステータス画面。その所持品の欄にある神具『住居兼用移動車両』Ex.の名前をタップする。
『猿の縄張り』に出しっぱなしの扉が、ここでも出せるか確かめるためだ。
 正直に言えば不安の方が大きかった。
 二カ所で同時に出せるなんて説明文はどこにもない。
 だが。

「!」

 ステータス画面のように風切り音と共に現れた扉。
 まさかと思いつつも無意識に腕が伸び、そのノブを回す。
 開いた。

「リーデン様っ」

 駆け込む勢いで靴を脱ぎ捨てて部屋の奥へ。
 誰もいない。

「……っ」

 やはり待っていてくれるなんて無理だった?
 それとも一晩戻らなかったから怒った……?
 じわりと膨らんで来る不安感。
 それを止めたのは、開け放した扉が自分で閉まった音。
 そして――。

「お帰り」

 さっきまでは確かにいなかったはずのリビングで、ソファに座りながら俺を見上げるリーデンの姿。
 いた。
 本当に。
 ……待っていてくれた。

「た、だいま……です……」

 情けなくも声が震えた。
 リーデンの眉間に皺が寄る。

「どうした?」
「……遅くなったから、もういないかも、って。怒らせてたらどうしようと思ってたから」
「心配せずとも状況は把握している。いまは戻った方が良い、すぐにあの者達が来るだろう」
「はい……っ」

 答えたら、リーデンは薄く笑って立ち上がる。

天界エデンでやるべきこともあるから常に此処に居られるわけではないが、なるべく顔を出すようにしよう。話はまたその時に、な」
「はいっ」

 嬉しくて顔が緩んだ。
 同時に彼の表情も。

「よくやった」

 くしゃっ……と、頭に置かれた大きな手はやっぱり温かくて、優しくて、心がほっこりした。




 リーデンに見送られながら部屋を出て、扉を消し、ふらふらとベッドに腰掛ける。
 
「うわぁ……」

 顔が熱い。
 どきどきする。
 まさか、だ。
 相手は神様だし、何せ言うことがいちいち紛らわしいし、そもそも自分に免疫が無さ過ぎるのが悪い!

「慣れなきゃダメだ……!」

 イケメンにも、歯が浮く様な台詞にも、触れ合いにも。
 幸い、この世界にはイケメンが多い……気がする。
 12歳相手だというのにスキンシップが多い……気がするし、触れ合いがものすごく自然に見えるのは文化圏の違いだろうから、元日本人の俺にはとても良い鍛錬の場になるだろう。
 バレないうちに。
 気付かれないうちに。

「絶対に慣れてみせる……!」

 心の奥底から決意した。
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