上 下
17 / 335
第1章 異世界に転移しました

17.応援領域

しおりを挟む
「チロルさん!」

 階段を駆け下りながら、子ども達に囲まれている御主人に声を掛ける。

「俺も僧侶なので行きますね!」
「な……大丈夫なのか⁈」
「平気です!」

 洗礼を受けたばかりの子どもに出来る事なんて何もない。
 御主人もそれは判っているけれど、俺が自信満々に言うのを見て止めるのは無理だと察したようだった。

「気を付けろよ!」
「はい!」

 子ども達の頭上を越えて遣り取りし終えた俺は、真っ直ぐに外へ。
 そして東に向かった。

「東、か」

 あの湖に転移して、このトゥルヌソルに来る時も東を目指して歩いた。
 夜明けの方角。

「五行だと東は春だったっけ。リーデン様みたいだ」

 言ってから、急に恥ずかしくなって来た。
 なんだろう。
 俺、浮かれてる?
 そんな場合じゃないのにな!
 バチンと頬を打って気を引き締める。
 アナウンスは宿を出てからも何度も鳴り響いていて、どうやら街全体に行き渡っているらしかった。

『トゥルヌソルの東に獄鬼ヘルネルが出現。銀級以上の冒険者及び僧侶は救援を頼む! 獄鬼ヘルネルが憑いたのは銀級冒険者のジェイ・デバンナ! 火属性の魔法使いでリス科エキュルイユ獣人族ビースト! 冒険者の子は『猿の縄張り』が保護する! 一般民は職員の指示に従って避難を! 銀級以上の冒険者及び僧侶はトゥルヌソルの東に! 現在獄鬼ヘルネルと交戦中!』

 よく聞いてみればアナウンスの声にも焦りが滲み出ている。
 クルトはトゥルヌソルの街には僧侶が多くて、ダンジョンも多いからランクが高い冒険者も集まると言っていた。それでも、こんなにも切羽詰まるほど獄鬼ヘルネルとは恐ろしい存在なのだろうか。
 トゥルヌソルでこれなら、他所で獄鬼ヘルネルが出た場合はどうなってしまうのだろう。恐ろしい想像に身体が震えるけれど、行くと決めたのだ。こんなところで心を折られるわけにはいかない。

「っ……」

 走って、走って、走って。
 昼間にクルトが案内してくれた道を確かめながら、20分くらい。火の熱さに肌が焼かれるのではないかと思うほど近くなって来た現場周辺は、瓦礫の山で進路を塞がれていた。

「くっそ……!」

 その山を乗り越えて、奥。

「え……」

 あったはずの家がない。
 記憶では林道や小さめの公園を挟んで四~五軒の建物があったはずなのに、家どころか木も、草も、全部が最初からなかったみたいに消えていて、ただただ炎の壁が行く手を遮っている。
 その炎の先で、豆粒くらいにしか確認出来ないが、戦闘中と思われる激しい音と爆発、光の応酬。

「っ……!」

 これをあの気持ち悪かった男がやったのかと思うと腹の奥底で強い感情が渦を巻く。
 鑑定を使えば良かったとか、そんな後悔ももう遅い。
 ただ、ただ、獄鬼ヘルネルに取り憑かれるような感情を抱いてクルトを、ここで暮らしていた人たちを傷つけたジェイという男に怒りが湧く。
 宿屋で不安そうな顔をしながら体を小さくしていた子ども達の姿が思い出される。
 あの子たちが悲しむような事は絶対にあっちゃダメだ。

「頑張って……」

 見かけたのは女の子の父親だという金級のグランツェという冒険者だけだったけど。

「戦ってるみんな、頑張って……!」

 集まっている冒険者みなが笑顔で家族のもとへ帰れますように――そう祈った時だった。

「ちょ、君っ⁈」

 いきなり肩を掴まれて驚いて振り返ると、白いローブを来た40代くらいの女性が目を真ん丸にしてこちらを見ていた。

「嘘……」
「……あの、何か……?」

 なにが嘘なのかはさっぱり判らないが、いきなり肩を掴まれて驚いたのはこちらである。思わず睨むような目つきになってしまったことは許して欲しい。
 女性も自分が驚かせたのは判っているらしくすぐに謝ってくれた。

「ごめんなさい。でも……」

 言い掛けて、更に別の方向からも声が上がる。

「おい僧侶が増えたのか⁈」
「いきなり結界が強化されたぞ⁈」

 驚きの声があちらこちらから複数飛んで来る。
 まるで俺だけ状況が判っていないみたいで、しかもそれが事実だと思うから何も言えずに固まっていると、さっきの女性がまじまじと俺の顔を覗き込んで来た。

「あなた……僧侶、よね?」
「は、はい。洗礼の儀を受けたばかりなので回復も出来ませんが、何か出来ることはないかと思ってきました」
「回復が出来ないなんて嘘でしょ⁈ その神力の濃度、私と比べ物にならないじゃない!」
「そう言われても……」
「ぁ、ええ、そうね。でも……」

 戸惑うような素振りを見せていた女性は、それから無言で考え込んでいたが、意を決したように顔を上げると俺の腕を掴んで来た。

「一緒に来て。――悪いけど少し離れるわ! 持ち堪えられそう⁈」
「よく判らんが今なら行ける!」
「こっちもだ!」

 次々と上がる了承の声を受けて、女性は俺に向き直る。

「こっちよ」
「は、はいっ」

 言われるがまま付いて行って、前方に一部分だけ炎の壁が途切れている箇所を見つける。
 そしてそこにいたのは――。

「クルトさん⁈」
「!!」
「⁈」

 俺が叫んだ直後だ。
 急にぶわりと地上から吹き上がった風がクルトさんを包み込み、彼に手を翳していた……男性、だろうか。その人の手から放たれていた光りがその輝きを増していく。

「えっ、え⁈」

 中世的な面立ちのその人が戸惑いの声を上げる。俺も何が起きているのか判らないから隣の女性の反応を伺ったら、彼女は目を輝かせて「やっぱり……」と呟いていた。

「君、名前は?」
「レン、です」
「レンくん、クルトの名前を知っていたようだけど知り合いで間違いない?」
「ええ」
「なら好都合ね、クルトの側であの子を応援してあげて」
「えっ」
「早く!」
「は、はい!」

 気圧されるように駆け足でクルトの側に行って膝を付いた俺は、そこで初めて彼の怪我の酷さを知った。
 手足は折れて有り得ない方向を向いているし、抉れた傷は一つや二つじゃない。しかもほとんど何も着ていないのと変わらない格好で、唯一羽織っていたのだろうローブもボロボロだ。

「っ、クルトさん……!」

 思わず心臓があるだろう箇所に耳を当てた。
 弱々しい心音。
 冷え切った体。
 俺は羽織っていたケープを脱いでクルトに掛ける。

「なんで……死んだら駄目だよクルトさん! また一緒に街を歩こうって約束してくれたでしょう!」

 感情のままに声を張り上げたら、クルトに手を翳していたその人がまた戸惑いの声を上げる。

「そんな……さっきまでは死なないようにするだけで精一杯だったのに……獄鬼ヘルネルの呪いが消えた……!」
「――」

 抉れた傷が回復していく。
 折れていた手足が、綺麗に、真っ直ぐに伸びていく。
 驚いている俺達にやっぱりさっきの女性が声を掛けて来る。

「ねぇ、クルトの知り合いならあの馬鹿も知り合い?」
「バカ?」
獄鬼ヘルネルを呼び込んだバカ」
「ジェイって男ですよね!」

 思わず怒りに任せてその名を呼んだら、途端にまた地面から風が吹き上がった。
 自分を中心に、まるで波紋のように広がる風の、膜?
 女の人の顔が喜色で満ちる。

「他にも誰か関係者……あ、レイナルドは?」
「レイナルドさんも知ってます! レイナルドさんは無事なんですかっ?」

 早口での問い掛けに応えてくれたのは、クルトの治療を続けている彼だ。

「あの人なら別の僧侶が傍で傷口を塞いでいるはずだけど、クルトと同じように呪いのせいで失くした右足が戻ってないはずだ」
「失くした⁈」

 驚愕の情報に声を上げたら、また風が波紋のように広がっていく。
 女の人が小躍りしそうなくらいはしゃぎだした。

「いいわよ、いいわ! 他にも知り合いはいるかしら?」
「え、っと、すみません。実は今日此処に来たばかりで、知り合いと言える人はそんなに……」
「あら残念。でもいいわ、ジェイに怒ってくれたら、それで充分。クルトの手を握って、ジェイと戦っている冒険者達を応援してくれる?」
「応援、ですか?」
「そう。それだけでいい」

 どうしてそれだけで良いと断言されるのか、理由は判らなかった。
 でも彼女は言う。

「君が応援してくれれば、レイナルドの足は大丈夫よ。君がクルトの手を握って離さなければ獄鬼ヘルネルはクルトに手が出せない。ジェイは焦れる。ついでにジェイに怒っててくれればそれだけであいつの戦力を抑えられる。君がここに来てくれたおかげで勝機が見えた」

 勝機――。
 その言葉に、覚悟は決まる。

「判りました。クルトさんの手は絶対に放しません。あいつのこともものすごい怒ってます!!」
「最っ高!」

 笑った女性は、直後に何らかの魔法を使ったらしい。
 その声が拡声器を使ったみたいに辺り一帯に響き渡る。

「全員聞いて! 応援領域持ちクラウージュが来たわ、ただし新人の僧侶で力の制御が出来てない! 保って10分!」

 瞬間、辺り一帯がざわりとした。
 クルトに手を翳し、治療したその人もまじまじと俺の顔を見ている。

応援領域持ちクラウージュって……本物……?」
「くら、うー……?」

 聞いたこともない単語に首を捻る。
 女性の声は続く。

「だけどクルトの知り合いよ、ジェイにも怒ってる! 10分間全力で総攻撃! 絶対にここで潰しましょう!!」
「「「「「「おうっ!!」」」」」」
「⁈」

 空気を震わすほどの応答にびっくりする。
 しかしその直後から東側前方、炎の壁の向こうで猛攻が始まった。遠くてはっきりとは見えないが、それが戦闘であることは疑いようがない。

「あの、さっきのクラウー何とかって……?」
応援領域持ちクラウージュ。簡単に言うと、君が応援しているチームの戦力が増強されて戦闘を有利に進めていけるようになる範囲型の魔法が使える僧侶のことだよ」
「魔法って、まさか! 俺はまだ何の魔法を使えないんですよ⁈」
「うん、俺が見ても魔素量が全く足りてないと思う」
「だったら――」
「だけど、……なんだろう、神力が濃いのかな」

 意味不明な内容に思わず聞き返しそうになり、そう言えばさっきの女性も神力が濃いと言っていた事を思い出す。聞き返したらまた失言になるだろうか。そう思って自分自身を抑え込む。

「神力、濃いですか」
「僧侶ってやっぱり特殊だから、僧侶以外の人たちに比べるとリーデン様の御力を感じやすいだろ?」
「そうです、ね……自分ではさっぱりですが」

 後半に本音を置いて答えれば相手は笑った。

「まぁそうだよね。本人にしてみれば今の状態が当たり前なんだろうし」
「はい……」
「ふふっ。つまり何が言いたいかって言うとさ、リーデン様がすぐ傍で見守ってくれている気がして心強いってことだよ」
「……俺、ここに来て良かったと思って良いですか?」

 一番不安だったことを尋ねると、彼は目をぱちくりさせた後で破顔した。

「ありがたいなんてもんじゃないよ! しかも今回は敵が獄鬼ヘルネルだもの。味方の戦力増強だけじゃなく、敵が獄鬼ヘルネルの場合に限るけど、その力を抑え込む効果まで齎してくれるんだよ。応援領域持ちクラウージュなんて稀少な僧侶が来てくれて喜ばない奴はいないさ」
「稀少、ですか」
「ものすごく。俺は10年近くいろんな大陸を回って来たけど、今までに二人しか会った事がないよ」
「そうなんですか……」

 それでも他に二人いるという情報に少しホッとする。

「僧侶のタイプっていろいろあるんですか?」
「基本的には回復魔法だけど、状態異常の解除の方が得意だったり……、中には回復と属性魔法を使えたり、剣が使えたりして一人で魔物とやり合うような凄いのもいるし。結界を張るのが得意だったり、……あ、敵が鬱陶しがる嫌がらせみたいな攻撃を延々と続けて精神的に乱すのが得意な奴もいたっけ」

 それはまた凄そうだなと思っていたら、彼も立ち上がって体を伸ばし始めた。
 クルトは見た目に限って言えばすっかり元通りで、呼吸は落ち着いているし、握る手にも温もりが戻りつつあった。
 穏やかな寝顔に安堵の息が零れる。

「さて、クルトは君に任せるよ。しっかりと手を握って、守るって強く念じて。俺は俺の得意分野で仲間をサポートしてくる」
「はい!」

 即答に、いま再び柔らかな風が広がった。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

迷子の僕の異世界生活

クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。 通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。 その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。 冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。 神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。 2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

戸森鈴子 tomori rinco
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…

こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』  ある日、教室中に響いた声だ。  ……この言い方には語弊があった。  正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。  テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。  問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。 *当作品はカクヨム様でも掲載しております。

処理中です...