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第1章 異世界に転移しました
17.応援領域
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「チロルさん!」
階段を駆け下りながら、子ども達に囲まれている御主人に声を掛ける。
「俺も僧侶なので行きますね!」
「な……大丈夫なのか⁈」
「平気です!」
洗礼を受けたばかりの子どもに出来る事なんて何もない。
御主人もそれは判っているけれど、俺が自信満々に言うのを見て止めるのは無理だと察したようだった。
「気を付けろよ!」
「はい!」
子ども達の頭上を越えて遣り取りし終えた俺は、真っ直ぐに外へ。
そして東に向かった。
「東、か」
あの湖に転移して、このトゥルヌソルに来る時も東を目指して歩いた。
夜明けの方角。
「五行だと東は春だったっけ。リーデン様みたいだ」
言ってから、急に恥ずかしくなって来た。
なんだろう。
俺、浮かれてる?
そんな場合じゃないのにな!
バチンと頬を打って気を引き締める。
アナウンスは宿を出てからも何度も鳴り響いていて、どうやら街全体に行き渡っているらしかった。
『トゥルヌソルの東に獄鬼が出現。銀級以上の冒険者及び僧侶は救援を頼む! 獄鬼が憑いたのは銀級冒険者のジェイ・デバンナ! 火属性の魔法使いでリス科の獣人族! 冒険者の子は『猿の縄張り』が保護する! 一般民は職員の指示に従って避難を! 銀級以上の冒険者及び僧侶はトゥルヌソルの東に! 現在獄鬼と交戦中!』
よく聞いてみればアナウンスの声にも焦りが滲み出ている。
クルトはトゥルヌソルの街には僧侶が多くて、ダンジョンも多いからランクが高い冒険者も集まると言っていた。それでも、こんなにも切羽詰まるほど獄鬼とは恐ろしい存在なのだろうか。
トゥルヌソルでこれなら、他所で獄鬼が出た場合はどうなってしまうのだろう。恐ろしい想像に身体が震えるけれど、行くと決めたのだ。こんなところで心を折られるわけにはいかない。
「っ……」
走って、走って、走って。
昼間にクルトが案内してくれた道を確かめながら、20分くらい。火の熱さに肌が焼かれるのではないかと思うほど近くなって来た現場周辺は、瓦礫の山で進路を塞がれていた。
「くっそ……!」
その山を乗り越えて、奥。
「え……」
あったはずの家がない。
記憶では林道や小さめの公園を挟んで四~五軒の建物があったはずなのに、家どころか木も、草も、全部が最初からなかったみたいに消えていて、ただただ炎の壁が行く手を遮っている。
その炎の先で、豆粒くらいにしか確認出来ないが、戦闘中と思われる激しい音と爆発、光の応酬。
「っ……!」
これをあの気持ち悪かった男がやったのかと思うと腹の奥底で強い感情が渦を巻く。
鑑定を使えば良かったとか、そんな後悔ももう遅い。
ただ、ただ、獄鬼に取り憑かれるような感情を抱いてクルトを、ここで暮らしていた人たちを傷つけたジェイという男に怒りが湧く。
宿屋で不安そうな顔をしながら体を小さくしていた子ども達の姿が思い出される。
あの子たちが悲しむような事は絶対にあっちゃダメだ。
「頑張って……」
見かけたのは女の子の父親だという金級のグランツェという冒険者だけだったけど。
「戦ってるみんな、頑張って……!」
集まっている冒険者みなが笑顔で家族のもとへ帰れますように――そう祈った時だった。
「ちょ、君っ⁈」
いきなり肩を掴まれて驚いて振り返ると、白いローブを来た40代くらいの女性が目を真ん丸にしてこちらを見ていた。
「嘘……」
「……あの、何か……?」
なにが嘘なのかはさっぱり判らないが、いきなり肩を掴まれて驚いたのはこちらである。思わず睨むような目つきになってしまったことは許して欲しい。
女性も自分が驚かせたのは判っているらしくすぐに謝ってくれた。
「ごめんなさい。でも……」
言い掛けて、更に別の方向からも声が上がる。
「おい僧侶が増えたのか⁈」
「いきなり結界が強化されたぞ⁈」
驚きの声があちらこちらから複数飛んで来る。
まるで俺だけ状況が判っていないみたいで、しかもそれが事実だと思うから何も言えずに固まっていると、さっきの女性がまじまじと俺の顔を覗き込んで来た。
「あなた……僧侶、よね?」
「は、はい。洗礼の儀を受けたばかりなので回復も出来ませんが、何か出来ることはないかと思ってきました」
「回復が出来ないなんて嘘でしょ⁈ その神力の濃度、私と比べ物にならないじゃない!」
「そう言われても……」
「ぁ、ええ、そうね。でも……」
戸惑うような素振りを見せていた女性は、それから無言で考え込んでいたが、意を決したように顔を上げると俺の腕を掴んで来た。
「一緒に来て。――悪いけど少し離れるわ! 持ち堪えられそう⁈」
「よく判らんが今なら行ける!」
「こっちもだ!」
次々と上がる了承の声を受けて、女性は俺に向き直る。
「こっちよ」
「は、はいっ」
言われるがまま付いて行って、前方に一部分だけ炎の壁が途切れている箇所を見つける。
そしてそこにいたのは――。
「クルトさん⁈」
「!!」
「⁈」
俺が叫んだ直後だ。
急にぶわりと地上から吹き上がった風がクルトさんを包み込み、彼に手を翳していた……男性、だろうか。その人の手から放たれていた光りがその輝きを増していく。
「えっ、え⁈」
中世的な面立ちのその人が戸惑いの声を上げる。俺も何が起きているのか判らないから隣の女性の反応を伺ったら、彼女は目を輝かせて「やっぱり……」と呟いていた。
「君、名前は?」
「レン、です」
「レンくん、クルトの名前を知っていたようだけど知り合いで間違いない?」
「ええ」
「なら好都合ね、クルトの側であの子を応援してあげて」
「えっ」
「早く!」
「は、はい!」
気圧されるように駆け足でクルトの側に行って膝を付いた俺は、そこで初めて彼の怪我の酷さを知った。
手足は折れて有り得ない方向を向いているし、抉れた傷は一つや二つじゃない。しかもほとんど何も着ていないのと変わらない格好で、唯一羽織っていたのだろうローブもボロボロだ。
「っ、クルトさん……!」
思わず心臓があるだろう箇所に耳を当てた。
弱々しい心音。
冷え切った体。
俺は羽織っていたケープを脱いでクルトに掛ける。
「なんで……死んだら駄目だよクルトさん! また一緒に街を歩こうって約束してくれたでしょう!」
感情のままに声を張り上げたら、クルトに手を翳していたその人がまた戸惑いの声を上げる。
「そんな……さっきまでは死なないようにするだけで精一杯だったのに……獄鬼の呪いが消えた……!」
「――」
抉れた傷が回復していく。
折れていた手足が、綺麗に、真っ直ぐに伸びていく。
驚いている俺達にやっぱりさっきの女性が声を掛けて来る。
「ねぇ、クルトの知り合いならあの馬鹿も知り合い?」
「バカ?」
「獄鬼を呼び込んだバカ」
「ジェイって男ですよね!」
思わず怒りに任せてその名を呼んだら、途端にまた地面から風が吹き上がった。
自分を中心に、まるで波紋のように広がる風の、膜?
女の人の顔が喜色で満ちる。
「他にも誰か関係者……あ、レイナルドは?」
「レイナルドさんも知ってます! レイナルドさんは無事なんですかっ?」
早口での問い掛けに応えてくれたのは、クルトの治療を続けている彼だ。
「あの人なら別の僧侶が傍で傷口を塞いでいるはずだけど、クルトと同じように呪いのせいで失くした右足が戻ってないはずだ」
「失くした⁈」
驚愕の情報に声を上げたら、また風が波紋のように広がっていく。
女の人が小躍りしそうなくらいはしゃぎだした。
「いいわよ、いいわ! 他にも知り合いはいるかしら?」
「え、っと、すみません。実は今日此処に来たばかりで、知り合いと言える人はそんなに……」
「あら残念。でもいいわ、ジェイに怒ってくれたら、それで充分。クルトの手を握って、ジェイと戦っている冒険者達を応援してくれる?」
「応援、ですか?」
「そう。それだけでいい」
どうしてそれだけで良いと断言されるのか、理由は判らなかった。
でも彼女は言う。
「君が応援してくれれば、レイナルドの足は大丈夫よ。君がクルトの手を握って離さなければ獄鬼はクルトに手が出せない。ジェイは焦れる。ついでにジェイに怒っててくれればそれだけであいつの戦力を抑えられる。君がここに来てくれたおかげで勝機が見えた」
勝機――。
その言葉に、覚悟は決まる。
「判りました。クルトさんの手は絶対に放しません。あいつのこともものすごい怒ってます!!」
「最っ高!」
笑った女性は、直後に何らかの魔法を使ったらしい。
その声が拡声器を使ったみたいに辺り一帯に響き渡る。
「全員聞いて! 応援領域持ちが来たわ、ただし新人の僧侶で力の制御が出来てない! 保って10分!」
瞬間、辺り一帯がざわりとした。
クルトに手を翳し、治療したその人もまじまじと俺の顔を見ている。
「応援領域持ちって……本物……?」
「くら、うー……?」
聞いたこともない単語に首を捻る。
女性の声は続く。
「だけどクルトの知り合いよ、ジェイにも怒ってる! 10分間全力で総攻撃! 絶対にここで潰しましょう!!」
「「「「「「おうっ!!」」」」」」
「⁈」
空気を震わすほどの応答にびっくりする。
しかしその直後から東側前方、炎の壁の向こうで猛攻が始まった。遠くてはっきりとは見えないが、それが戦闘であることは疑いようがない。
「あの、さっきのクラウー何とかって……?」
「応援領域持ち。簡単に言うと、君が応援しているチームの戦力が増強されて戦闘を有利に進めていけるようになる範囲型の魔法が使える僧侶のことだよ」
「魔法って、まさか! 俺はまだ何の魔法を使えないんですよ⁈」
「うん、俺が見ても魔素量が全く足りてないと思う」
「だったら――」
「だけど、……なんだろう、神力が濃いのかな」
意味不明な内容に思わず聞き返しそうになり、そう言えばさっきの女性も神力が濃いと言っていた事を思い出す。聞き返したらまた失言になるだろうか。そう思って自分自身を抑え込む。
「神力、濃いですか」
「僧侶ってやっぱり特殊だから、僧侶以外の人たちに比べるとリーデン様の御力を感じやすいだろ?」
「そうです、ね……自分ではさっぱりですが」
後半に本音を置いて答えれば相手は笑った。
「まぁそうだよね。本人にしてみれば今の状態が当たり前なんだろうし」
「はい……」
「ふふっ。つまり何が言いたいかって言うとさ、リーデン様がすぐ傍で見守ってくれている気がして心強いってことだよ」
「……俺、ここに来て良かったと思って良いですか?」
一番不安だったことを尋ねると、彼は目をぱちくりさせた後で破顔した。
「ありがたいなんてもんじゃないよ! しかも今回は敵が獄鬼だもの。味方の戦力増強だけじゃなく、敵が獄鬼の場合に限るけど、その力を抑え込む効果まで齎してくれるんだよ。応援領域持ちなんて稀少な僧侶が来てくれて喜ばない奴はいないさ」
「稀少、ですか」
「ものすごく。俺は10年近くいろんな大陸を回って来たけど、今までに二人しか会った事がないよ」
「そうなんですか……」
それでも他に二人いるという情報に少しホッとする。
「僧侶のタイプっていろいろあるんですか?」
「基本的には回復魔法だけど、状態異常の解除の方が得意だったり……、中には回復と属性魔法を使えたり、剣が使えたりして一人で魔物とやり合うような凄いのもいるし。結界を張るのが得意だったり、……あ、敵が鬱陶しがる嫌がらせみたいな攻撃を延々と続けて精神的に乱すのが得意な奴もいたっけ」
それはまた凄そうだなと思っていたら、彼も立ち上がって体を伸ばし始めた。
クルトは見た目に限って言えばすっかり元通りで、呼吸は落ち着いているし、握る手にも温もりが戻りつつあった。
穏やかな寝顔に安堵の息が零れる。
「さて、クルトは君に任せるよ。しっかりと手を握って、守るって強く念じて。俺は俺の得意分野で仲間をサポートしてくる」
「はい!」
即答に、いま再び柔らかな風が広がった。
階段を駆け下りながら、子ども達に囲まれている御主人に声を掛ける。
「俺も僧侶なので行きますね!」
「な……大丈夫なのか⁈」
「平気です!」
洗礼を受けたばかりの子どもに出来る事なんて何もない。
御主人もそれは判っているけれど、俺が自信満々に言うのを見て止めるのは無理だと察したようだった。
「気を付けろよ!」
「はい!」
子ども達の頭上を越えて遣り取りし終えた俺は、真っ直ぐに外へ。
そして東に向かった。
「東、か」
あの湖に転移して、このトゥルヌソルに来る時も東を目指して歩いた。
夜明けの方角。
「五行だと東は春だったっけ。リーデン様みたいだ」
言ってから、急に恥ずかしくなって来た。
なんだろう。
俺、浮かれてる?
そんな場合じゃないのにな!
バチンと頬を打って気を引き締める。
アナウンスは宿を出てからも何度も鳴り響いていて、どうやら街全体に行き渡っているらしかった。
『トゥルヌソルの東に獄鬼が出現。銀級以上の冒険者及び僧侶は救援を頼む! 獄鬼が憑いたのは銀級冒険者のジェイ・デバンナ! 火属性の魔法使いでリス科の獣人族! 冒険者の子は『猿の縄張り』が保護する! 一般民は職員の指示に従って避難を! 銀級以上の冒険者及び僧侶はトゥルヌソルの東に! 現在獄鬼と交戦中!』
よく聞いてみればアナウンスの声にも焦りが滲み出ている。
クルトはトゥルヌソルの街には僧侶が多くて、ダンジョンも多いからランクが高い冒険者も集まると言っていた。それでも、こんなにも切羽詰まるほど獄鬼とは恐ろしい存在なのだろうか。
トゥルヌソルでこれなら、他所で獄鬼が出た場合はどうなってしまうのだろう。恐ろしい想像に身体が震えるけれど、行くと決めたのだ。こんなところで心を折られるわけにはいかない。
「っ……」
走って、走って、走って。
昼間にクルトが案内してくれた道を確かめながら、20分くらい。火の熱さに肌が焼かれるのではないかと思うほど近くなって来た現場周辺は、瓦礫の山で進路を塞がれていた。
「くっそ……!」
その山を乗り越えて、奥。
「え……」
あったはずの家がない。
記憶では林道や小さめの公園を挟んで四~五軒の建物があったはずなのに、家どころか木も、草も、全部が最初からなかったみたいに消えていて、ただただ炎の壁が行く手を遮っている。
その炎の先で、豆粒くらいにしか確認出来ないが、戦闘中と思われる激しい音と爆発、光の応酬。
「っ……!」
これをあの気持ち悪かった男がやったのかと思うと腹の奥底で強い感情が渦を巻く。
鑑定を使えば良かったとか、そんな後悔ももう遅い。
ただ、ただ、獄鬼に取り憑かれるような感情を抱いてクルトを、ここで暮らしていた人たちを傷つけたジェイという男に怒りが湧く。
宿屋で不安そうな顔をしながら体を小さくしていた子ども達の姿が思い出される。
あの子たちが悲しむような事は絶対にあっちゃダメだ。
「頑張って……」
見かけたのは女の子の父親だという金級のグランツェという冒険者だけだったけど。
「戦ってるみんな、頑張って……!」
集まっている冒険者みなが笑顔で家族のもとへ帰れますように――そう祈った時だった。
「ちょ、君っ⁈」
いきなり肩を掴まれて驚いて振り返ると、白いローブを来た40代くらいの女性が目を真ん丸にしてこちらを見ていた。
「嘘……」
「……あの、何か……?」
なにが嘘なのかはさっぱり判らないが、いきなり肩を掴まれて驚いたのはこちらである。思わず睨むような目つきになってしまったことは許して欲しい。
女性も自分が驚かせたのは判っているらしくすぐに謝ってくれた。
「ごめんなさい。でも……」
言い掛けて、更に別の方向からも声が上がる。
「おい僧侶が増えたのか⁈」
「いきなり結界が強化されたぞ⁈」
驚きの声があちらこちらから複数飛んで来る。
まるで俺だけ状況が判っていないみたいで、しかもそれが事実だと思うから何も言えずに固まっていると、さっきの女性がまじまじと俺の顔を覗き込んで来た。
「あなた……僧侶、よね?」
「は、はい。洗礼の儀を受けたばかりなので回復も出来ませんが、何か出来ることはないかと思ってきました」
「回復が出来ないなんて嘘でしょ⁈ その神力の濃度、私と比べ物にならないじゃない!」
「そう言われても……」
「ぁ、ええ、そうね。でも……」
戸惑うような素振りを見せていた女性は、それから無言で考え込んでいたが、意を決したように顔を上げると俺の腕を掴んで来た。
「一緒に来て。――悪いけど少し離れるわ! 持ち堪えられそう⁈」
「よく判らんが今なら行ける!」
「こっちもだ!」
次々と上がる了承の声を受けて、女性は俺に向き直る。
「こっちよ」
「は、はいっ」
言われるがまま付いて行って、前方に一部分だけ炎の壁が途切れている箇所を見つける。
そしてそこにいたのは――。
「クルトさん⁈」
「!!」
「⁈」
俺が叫んだ直後だ。
急にぶわりと地上から吹き上がった風がクルトさんを包み込み、彼に手を翳していた……男性、だろうか。その人の手から放たれていた光りがその輝きを増していく。
「えっ、え⁈」
中世的な面立ちのその人が戸惑いの声を上げる。俺も何が起きているのか判らないから隣の女性の反応を伺ったら、彼女は目を輝かせて「やっぱり……」と呟いていた。
「君、名前は?」
「レン、です」
「レンくん、クルトの名前を知っていたようだけど知り合いで間違いない?」
「ええ」
「なら好都合ね、クルトの側であの子を応援してあげて」
「えっ」
「早く!」
「は、はい!」
気圧されるように駆け足でクルトの側に行って膝を付いた俺は、そこで初めて彼の怪我の酷さを知った。
手足は折れて有り得ない方向を向いているし、抉れた傷は一つや二つじゃない。しかもほとんど何も着ていないのと変わらない格好で、唯一羽織っていたのだろうローブもボロボロだ。
「っ、クルトさん……!」
思わず心臓があるだろう箇所に耳を当てた。
弱々しい心音。
冷え切った体。
俺は羽織っていたケープを脱いでクルトに掛ける。
「なんで……死んだら駄目だよクルトさん! また一緒に街を歩こうって約束してくれたでしょう!」
感情のままに声を張り上げたら、クルトに手を翳していたその人がまた戸惑いの声を上げる。
「そんな……さっきまでは死なないようにするだけで精一杯だったのに……獄鬼の呪いが消えた……!」
「――」
抉れた傷が回復していく。
折れていた手足が、綺麗に、真っ直ぐに伸びていく。
驚いている俺達にやっぱりさっきの女性が声を掛けて来る。
「ねぇ、クルトの知り合いならあの馬鹿も知り合い?」
「バカ?」
「獄鬼を呼び込んだバカ」
「ジェイって男ですよね!」
思わず怒りに任せてその名を呼んだら、途端にまた地面から風が吹き上がった。
自分を中心に、まるで波紋のように広がる風の、膜?
女の人の顔が喜色で満ちる。
「他にも誰か関係者……あ、レイナルドは?」
「レイナルドさんも知ってます! レイナルドさんは無事なんですかっ?」
早口での問い掛けに応えてくれたのは、クルトの治療を続けている彼だ。
「あの人なら別の僧侶が傍で傷口を塞いでいるはずだけど、クルトと同じように呪いのせいで失くした右足が戻ってないはずだ」
「失くした⁈」
驚愕の情報に声を上げたら、また風が波紋のように広がっていく。
女の人が小躍りしそうなくらいはしゃぎだした。
「いいわよ、いいわ! 他にも知り合いはいるかしら?」
「え、っと、すみません。実は今日此処に来たばかりで、知り合いと言える人はそんなに……」
「あら残念。でもいいわ、ジェイに怒ってくれたら、それで充分。クルトの手を握って、ジェイと戦っている冒険者達を応援してくれる?」
「応援、ですか?」
「そう。それだけでいい」
どうしてそれだけで良いと断言されるのか、理由は判らなかった。
でも彼女は言う。
「君が応援してくれれば、レイナルドの足は大丈夫よ。君がクルトの手を握って離さなければ獄鬼はクルトに手が出せない。ジェイは焦れる。ついでにジェイに怒っててくれればそれだけであいつの戦力を抑えられる。君がここに来てくれたおかげで勝機が見えた」
勝機――。
その言葉に、覚悟は決まる。
「判りました。クルトさんの手は絶対に放しません。あいつのこともものすごい怒ってます!!」
「最っ高!」
笑った女性は、直後に何らかの魔法を使ったらしい。
その声が拡声器を使ったみたいに辺り一帯に響き渡る。
「全員聞いて! 応援領域持ちが来たわ、ただし新人の僧侶で力の制御が出来てない! 保って10分!」
瞬間、辺り一帯がざわりとした。
クルトに手を翳し、治療したその人もまじまじと俺の顔を見ている。
「応援領域持ちって……本物……?」
「くら、うー……?」
聞いたこともない単語に首を捻る。
女性の声は続く。
「だけどクルトの知り合いよ、ジェイにも怒ってる! 10分間全力で総攻撃! 絶対にここで潰しましょう!!」
「「「「「「おうっ!!」」」」」」
「⁈」
空気を震わすほどの応答にびっくりする。
しかしその直後から東側前方、炎の壁の向こうで猛攻が始まった。遠くてはっきりとは見えないが、それが戦闘であることは疑いようがない。
「あの、さっきのクラウー何とかって……?」
「応援領域持ち。簡単に言うと、君が応援しているチームの戦力が増強されて戦闘を有利に進めていけるようになる範囲型の魔法が使える僧侶のことだよ」
「魔法って、まさか! 俺はまだ何の魔法を使えないんですよ⁈」
「うん、俺が見ても魔素量が全く足りてないと思う」
「だったら――」
「だけど、……なんだろう、神力が濃いのかな」
意味不明な内容に思わず聞き返しそうになり、そう言えばさっきの女性も神力が濃いと言っていた事を思い出す。聞き返したらまた失言になるだろうか。そう思って自分自身を抑え込む。
「神力、濃いですか」
「僧侶ってやっぱり特殊だから、僧侶以外の人たちに比べるとリーデン様の御力を感じやすいだろ?」
「そうです、ね……自分ではさっぱりですが」
後半に本音を置いて答えれば相手は笑った。
「まぁそうだよね。本人にしてみれば今の状態が当たり前なんだろうし」
「はい……」
「ふふっ。つまり何が言いたいかって言うとさ、リーデン様がすぐ傍で見守ってくれている気がして心強いってことだよ」
「……俺、ここに来て良かったと思って良いですか?」
一番不安だったことを尋ねると、彼は目をぱちくりさせた後で破顔した。
「ありがたいなんてもんじゃないよ! しかも今回は敵が獄鬼だもの。味方の戦力増強だけじゃなく、敵が獄鬼の場合に限るけど、その力を抑え込む効果まで齎してくれるんだよ。応援領域持ちなんて稀少な僧侶が来てくれて喜ばない奴はいないさ」
「稀少、ですか」
「ものすごく。俺は10年近くいろんな大陸を回って来たけど、今までに二人しか会った事がないよ」
「そうなんですか……」
それでも他に二人いるという情報に少しホッとする。
「僧侶のタイプっていろいろあるんですか?」
「基本的には回復魔法だけど、状態異常の解除の方が得意だったり……、中には回復と属性魔法を使えたり、剣が使えたりして一人で魔物とやり合うような凄いのもいるし。結界を張るのが得意だったり、……あ、敵が鬱陶しがる嫌がらせみたいな攻撃を延々と続けて精神的に乱すのが得意な奴もいたっけ」
それはまた凄そうだなと思っていたら、彼も立ち上がって体を伸ばし始めた。
クルトは見た目に限って言えばすっかり元通りで、呼吸は落ち着いているし、握る手にも温もりが戻りつつあった。
穏やかな寝顔に安堵の息が零れる。
「さて、クルトは君に任せるよ。しっかりと手を握って、守るって強く念じて。俺は俺の得意分野で仲間をサポートしてくる」
「はい!」
即答に、いま再び柔らかな風が広がった。
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