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第2章 新人冒険者の奮闘
31.安心と心配
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鞄にもう入らない……と文句が零れそうになったところでハッとした。
「あれ……」
自分がどれくらいの時間を同じ格好でいたのかも自覚がなく、上を向こうとした途端に体が引き攣ったように固まり、くらりとした。
「っあ……」
「大丈夫か?」
顔面から草地に突っ込む寸前に左二の腕を掴んで引き留めてくれたのはレイナルド。
そういえば彼も一緒だったんだっけ。
「ありがとうございます……」
「おまえ、ほんっとに顔だけは素直だな」
「顔だけ素直ってどういう意味ですか」
「俺が居た事を忘れてましたって書いてあるからさ」
「え⁈」
思わず両手で顔を隠してしまう。
レイナルドには思いっきり笑われた。
「うわぁ……足がぷるぷるしてる……」
しばらくして、ようやく立ち上がるまでは出来るようになったが、ずっと屈みながら移動していたせいで、ほとんど無いと言っていい脆弱な筋肉が悲鳴を上げている。
今日からは筋肉トレーニングも日課に組み込んだ方が良さそうだ。
レイナルドは何度か声を掛けようとしていたらしいが、今日の気候と、初依頼だという事情を鑑みてギリギリまでは黙って見ていようと、静観を貫いてくれたらしい。
尤も、今後は「こまめに水分をとること」を約束させられ、竹筒の水筒で水分補給をしていたら古風だなと驚かれたのだが。
「竹筒はまだまだ現役か」
「レイナルドさんは革袋ですか?」
「いや……あぁ、まだ秘密だ」
「?」
「パーティに入ったら教えてやる」
またか!
「レイナルドさんは秘密がいっぱいですね」
「未踏破ダンジョンの攻略最有力パーティだからな。そりゃあいろいろあるさ」
なるほど。
となると聞いても無駄なので話題を変える他ない。
時間は昼1時を過ぎている。
それを確認した途端にお腹が空いて来た。
鞄もいっぱいだし、5束以上は間違いなく集まっているだろうから今日は終わりでいいと判断する。
「お昼ご飯を食べに行きませんか? 納品を済ませた後で美味しいお店を教えてもらえたら嬉しいです」
「ん、任せろ」
ギルドの受付で薬草でいっぱいになった袋を提出すると、職員は両腕でやっと抱えられるくらいの大きな箱型の魔道具をカウンターまで運んできた。
「これは薬草を仕分けるための魔導具なんですよ」
説明しながら鞄の中身を3回に分けて箱の中に並べ、蓋を閉めて、起動。
ヴヴヴヴヴッて音をさせながら、まるでスーパーのレシートみたいに細い紙が出て来る。
「それぞれの薬草ごとに魔素量や属性が異なるため、箱の中で特殊な魔法を起動することで正確な本数や状態を記録することが出来るんです」
「すごいですね」
興味深くて、つい身を乗り出して覗き込んでいたのが変だったのか、対応してくれた職員やレイナルドに生暖かい眼差しを送られてしまった。
反省しよう。
職員は3枚のレシート(っぽい紙)の中身を確認し、これまた電卓っぽい魔導具で数と買取金額を計算して紙に記入していく。
「ではこちらが全て合計した今回の納品内容になります。タルタンが221本、パトゥリニヤが33本、エノントが19本、ナヴェットが11本でした」
つまりタルタンは44束とあまりが1で、44ゴールド。
この街に来る途中の林道でも見つけたパトゥリニヤは6束とあまりが3、18ゴールド。エノンは3束にあまりが4で15ゴールド。
ナヴェットは2束あまり1で6ゴールド。
今日の収入は83ゴールドになった。
「あまり分は袋に残して明日の納品に回しますか?」
「そんなこと出来るんですか?」
「ええ。鮮度保存の魔導具ですから問題ございません」
「じゃあそうしてください!」
嬉してつい声が大きくなってしまったが、職員はイヤな顔一つせずに余りの薬草を袋に入れて俺の手に戻してくれた。
「初日なのに薬草以外の採取は無し。とても丁寧に抜かれていました。この調子で明日以降も頑張ってくださいね」
「ありがとうございます」
タグを提示し、83ゴールドのうち40を僧侶の証紋で口座に入金、43ゴールドを現金で受け取って冒険者ギルドでの用件を済ませた俺は、ふと思い出して再び職員に声を掛ける。
「ララさんは今こちらにいらっしゃいますか?」
「申し訳ございません。サブマスターは外出中です」
「そう、ですか……ありがとうございます」
今日は会えないかなと残念に思っていたら、レイナルド。
「タイミングが良いな、行くぞ」
「え」
「約束したろ、美味い店に連れて行くって。ララがこの時間に外出中って事は昼飯だ。たぶん向こうで会えるぞ」
「! ほんとですかっ?」
「たぶんな」
言って、レイナルドさんは商門の近くまで移動した。
たくさんの人と馬車が行き交う商通りの起点には中央の石像が見事な噴水と、それを囲むように設置されたベンチ。そしてそこで座って食べられる飲食物をメインにした屋台がたくさん並んでいる。
お祭りだとか特別な日ではなく、大陸最大の交易の街トゥルヌソルではこれが日常なのだ。
そんな広場の一角をレイナルドは指し示す。
「ほら、いた」
「!」
店と言うには簡易的、しかし屋台というには上品過ぎるメニュー黒板。
テーブルとイス、パラソルまで設置された客席は黒と茶のボーダー柄のクロスでシックな雰囲気を醸し出しており、地球で言えば一昔前のカフェがこんな感じだったと思う。
その、奥の方の席に一人で座っているのは間違いなく冒険者ギルドのサブマスター、ララだ。
「レイナルドさんすごい! ありがとうございます!」
「会ってくれって頼んだのは俺だからな」
「それでもですっ」
会いたかったのは俺も同じなのだから、やっぱり感謝である。
他の客の迷惑にならないよう気を付けつつ速足で近付いた。
「ララさん」
呼びかけて、こちらを向いた目が驚いて丸くなる。
「レンさん」
「こんにちは、少しだけご無沙汰してしまいました」
「いえ、どうして此処に……」
言い掛けて、後方のレイナルドに気付いたらしい。
「気を遣って頂いたようでありがとうございます」
「大したことしてねぇよ。俺はしばらくこいつの護衛だしな」
「ふふっ。そうでしたね」
言って、イスに置いてあった荷物を自分の膝の上に移動し、空いた席にレイナルドが座ったので、俺も逆隣に失礼する。
と、ララさんのホッとしたような優しい声。
「お元気そうで安心しました」
「そうです、全然問題ないんです。この街の事を知るためにいろいろ勉強する時間が必要だっただけなのに、心配掛けてしまってすみませんでした」
「いいえ。お勉強は進みましたか?」
「はい! ララさんがくれた『冒険者の手引書』と『初級図鑑』もすごく役立ちました」
「今日の薬草採取でも大活躍だったな」
「でした!」
「早速依頼を受けて来られたんですね」
「勉強したら、後は実践かなって。それに成人までに銀級になりたいですし」
「そう仰ると言うことは冒険者になると決められたんですか?」
「そのつもりです」
「でしたら……」
「勧誘済みで返事待ちだ」
レイナルドの即答にララが明らかに安心したような顔になった。
「レイナルドさんのパーティなら心配は要りませんね」
「まだ返事はしていないんですが」
「加入申請書にサインする以外の返事は聞かん」
「えぇぇ……」
本気でそのつもりなのだろう態度にちょっと引く。
ララは楽しそうに笑っていた。
「ところで、こちらには昼食を取りにいらしたのでは?」
「あ、そうでした。せっかくだから美味しいものを食べたいんですけど、おススメってありますか?」
「でしたらブロン・コッショの肉を使ったサンドイッチですね。飲み物とのセットもありますし、特製のソースがとても美味しいですよ」
「じゃあそれにしてみます。レイナルドさんも同じのでいいですか?」
「あ? ああ」
「なら今日は奢ります、護衛のお礼に」
否は聞きませんって気持ちを込めたのが伝わったのか、レイナルドは苦笑いしつつも受け入れてくれた。
「ならカッフィとセットで」
「判りました」
カッフィは、珈琲のこと。
さっきのブロン・コッショはトゥルヌソルの酪農家が育てている真っ白な豚みたいな動物で、お肉はさっぱりしていて柔らかく、とても人気があると『虎の巻』に書いてあった。
あくまで屋台なんだろうけど、キッチンカーみたいな個室タイプのお店に立っている店主に声を掛けて、人気のセットを二つ頼む。
「お飲み物はいかが致しましょうか」
「一つはカッフィで、一つは……ポムのジュースでお願いします」
「承知致しました、少々お待ちください」
ポムはリンゴだ。
注文が終わったと同時に別の店員さんが小型のフランスパンみたいな固めのそれの真ん中に切れ目を入れて具材を挟んでいく。
「お会計が先でもよろしいでしょうか?」
「はい」
「ではサンドセット二つで10ゴールドです」
銀貨一枚を鞄から出して差し出し、しばらくその場で待つ。
葉物と根菜のサラダと、ふっくらしている薄切りの肉がたっぷりとパンにはさまれ、上からソースが掛けられる。ごまだれみたいな色をしているが実際はどうなんだろう。
完成したらしいサンドイッチは手で持って食べやすいよう上部が大きく開いた紙の袋に入れられた。
それと、カップに入れられたドリンクを、一枚のトレーに揃えて完成。
地球とほとんど変わらない見た目に、本当に文明の発展具合がすごいと感じると同時、一気に空腹が襲ってくる。
「お待たせいたしました」
「ありがとうございます、とっても美味しそうです」
「ごゆっくりどうぞ」
笑顔の店員に見送られながら、両手に一つずつトレーを持って二人がいる席に戻る。
チラと視線を向けた先では二人がとても真面目な顔で何やら話し込んでいた。だが、俺の視線に気付いたのかレイナルドが此方に気付き、席を立って自分のトレーを受け取ってくれる。
「ありがとな」
「いえ、今日のお礼ですから」
そんな会話をしつつ席につき、いざ実食。
かぶりつく前に何となく匂いをかいで、やっぱりごまだれかもしれないと思う。
「いただきます!」
大きな口を開けてまずは一口。
パンはやはり固めでかみ切るのが少し大変だったけど、ふわりと鼻腔をくすぐるパンの匂いは香ばしく、ごまだれに似たソースと混じると柑橘系の爽やかな印象に変わっていく。
「面白い……」
肉は、見た目は蒸したささみみたいなのに噛むとほろほろ解けていく。
さっぱりした薄味が、ソースのおかげで更に食べやすくなっている気がした。
「これやばくないですか……いくつでも食べられそう……」
「やば……? 美味しくないですか?」
「美味しいですっ!」
ララに聞き返されて、力いっぱい絶賛する。
うわぁ、ポムのジュースじゃなくて俺も珈琲にしたら良かった!
サラダも新鮮でしゃきしゃきしていて、食感の違いで更に食べ進めるのが楽しくなる。
「おススメして正解でしたね」
「はいっ。レイナルドさんもここを教えてくれて感謝です!」
「職員の間じゃ定番の店だしな」
「そうなんですか?」
ララに聞くと、すぐに頷かれた。
「元職員が結婚後に御主人と出した屋台なので、最初は応援のつもりだったんですが、気付いたら通うようになっていました」
「美味しいですもんね」
笑いも交えながらの食事は本当にとても美味しくて、リーデンにも食べて欲しいな、と。
そう思った。
その後、ララの休憩時間いっぱいお喋りをしながら昼食を堪能した俺は『猿の縄張り』に戻った。いつまでもレイナルドを拘束するのもイヤだったし、今日の薬草採取で感じたことや、こうかもしれないという考えを明日以降のために纏めておきたかったからだ。
「今日はありがとうございました」
宿屋の中まで送ってくれたレイナルドは「問題ない」と笑う。
「大したことはしていないしな。明日も今日と同じくらいか?」
「そう、ですね……明日は森の方に直接向かいますから8時半くらいに此処を出ると」
「判った。なら8時半に此処に迎えに来る」
「えっ」
本気で明日も護衛するのかと驚いたけど、レイナルドは判っていたと言いたげに息を吐く。
「いま何人がおまえに声を掛けようとしているか正解したら護衛はしないでもいいが」
「……そんな人いますか?」
「……チロル、こいつ絶対に一人で外に出さんでくれ!」
「なんで⁈」
まさかと思って振り返ったら、御主人まで「判った」と真顔で返してくる。
後で聞いたら出入口のところにレイナルドがいなくなるのを待っているのだろう若い男が一人と、少し離れたところでこちらの様子を伺っている気配が二つ。ついでに食堂にいた宿泊客の兄弟が揃って見惚れていたぞと聞かされて、絶対に部屋から出ないことを約束せざるを得なかった。
「あれ……」
自分がどれくらいの時間を同じ格好でいたのかも自覚がなく、上を向こうとした途端に体が引き攣ったように固まり、くらりとした。
「っあ……」
「大丈夫か?」
顔面から草地に突っ込む寸前に左二の腕を掴んで引き留めてくれたのはレイナルド。
そういえば彼も一緒だったんだっけ。
「ありがとうございます……」
「おまえ、ほんっとに顔だけは素直だな」
「顔だけ素直ってどういう意味ですか」
「俺が居た事を忘れてましたって書いてあるからさ」
「え⁈」
思わず両手で顔を隠してしまう。
レイナルドには思いっきり笑われた。
「うわぁ……足がぷるぷるしてる……」
しばらくして、ようやく立ち上がるまでは出来るようになったが、ずっと屈みながら移動していたせいで、ほとんど無いと言っていい脆弱な筋肉が悲鳴を上げている。
今日からは筋肉トレーニングも日課に組み込んだ方が良さそうだ。
レイナルドは何度か声を掛けようとしていたらしいが、今日の気候と、初依頼だという事情を鑑みてギリギリまでは黙って見ていようと、静観を貫いてくれたらしい。
尤も、今後は「こまめに水分をとること」を約束させられ、竹筒の水筒で水分補給をしていたら古風だなと驚かれたのだが。
「竹筒はまだまだ現役か」
「レイナルドさんは革袋ですか?」
「いや……あぁ、まだ秘密だ」
「?」
「パーティに入ったら教えてやる」
またか!
「レイナルドさんは秘密がいっぱいですね」
「未踏破ダンジョンの攻略最有力パーティだからな。そりゃあいろいろあるさ」
なるほど。
となると聞いても無駄なので話題を変える他ない。
時間は昼1時を過ぎている。
それを確認した途端にお腹が空いて来た。
鞄もいっぱいだし、5束以上は間違いなく集まっているだろうから今日は終わりでいいと判断する。
「お昼ご飯を食べに行きませんか? 納品を済ませた後で美味しいお店を教えてもらえたら嬉しいです」
「ん、任せろ」
ギルドの受付で薬草でいっぱいになった袋を提出すると、職員は両腕でやっと抱えられるくらいの大きな箱型の魔道具をカウンターまで運んできた。
「これは薬草を仕分けるための魔導具なんですよ」
説明しながら鞄の中身を3回に分けて箱の中に並べ、蓋を閉めて、起動。
ヴヴヴヴヴッて音をさせながら、まるでスーパーのレシートみたいに細い紙が出て来る。
「それぞれの薬草ごとに魔素量や属性が異なるため、箱の中で特殊な魔法を起動することで正確な本数や状態を記録することが出来るんです」
「すごいですね」
興味深くて、つい身を乗り出して覗き込んでいたのが変だったのか、対応してくれた職員やレイナルドに生暖かい眼差しを送られてしまった。
反省しよう。
職員は3枚のレシート(っぽい紙)の中身を確認し、これまた電卓っぽい魔導具で数と買取金額を計算して紙に記入していく。
「ではこちらが全て合計した今回の納品内容になります。タルタンが221本、パトゥリニヤが33本、エノントが19本、ナヴェットが11本でした」
つまりタルタンは44束とあまりが1で、44ゴールド。
この街に来る途中の林道でも見つけたパトゥリニヤは6束とあまりが3、18ゴールド。エノンは3束にあまりが4で15ゴールド。
ナヴェットは2束あまり1で6ゴールド。
今日の収入は83ゴールドになった。
「あまり分は袋に残して明日の納品に回しますか?」
「そんなこと出来るんですか?」
「ええ。鮮度保存の魔導具ですから問題ございません」
「じゃあそうしてください!」
嬉してつい声が大きくなってしまったが、職員はイヤな顔一つせずに余りの薬草を袋に入れて俺の手に戻してくれた。
「初日なのに薬草以外の採取は無し。とても丁寧に抜かれていました。この調子で明日以降も頑張ってくださいね」
「ありがとうございます」
タグを提示し、83ゴールドのうち40を僧侶の証紋で口座に入金、43ゴールドを現金で受け取って冒険者ギルドでの用件を済ませた俺は、ふと思い出して再び職員に声を掛ける。
「ララさんは今こちらにいらっしゃいますか?」
「申し訳ございません。サブマスターは外出中です」
「そう、ですか……ありがとうございます」
今日は会えないかなと残念に思っていたら、レイナルド。
「タイミングが良いな、行くぞ」
「え」
「約束したろ、美味い店に連れて行くって。ララがこの時間に外出中って事は昼飯だ。たぶん向こうで会えるぞ」
「! ほんとですかっ?」
「たぶんな」
言って、レイナルドさんは商門の近くまで移動した。
たくさんの人と馬車が行き交う商通りの起点には中央の石像が見事な噴水と、それを囲むように設置されたベンチ。そしてそこで座って食べられる飲食物をメインにした屋台がたくさん並んでいる。
お祭りだとか特別な日ではなく、大陸最大の交易の街トゥルヌソルではこれが日常なのだ。
そんな広場の一角をレイナルドは指し示す。
「ほら、いた」
「!」
店と言うには簡易的、しかし屋台というには上品過ぎるメニュー黒板。
テーブルとイス、パラソルまで設置された客席は黒と茶のボーダー柄のクロスでシックな雰囲気を醸し出しており、地球で言えば一昔前のカフェがこんな感じだったと思う。
その、奥の方の席に一人で座っているのは間違いなく冒険者ギルドのサブマスター、ララだ。
「レイナルドさんすごい! ありがとうございます!」
「会ってくれって頼んだのは俺だからな」
「それでもですっ」
会いたかったのは俺も同じなのだから、やっぱり感謝である。
他の客の迷惑にならないよう気を付けつつ速足で近付いた。
「ララさん」
呼びかけて、こちらを向いた目が驚いて丸くなる。
「レンさん」
「こんにちは、少しだけご無沙汰してしまいました」
「いえ、どうして此処に……」
言い掛けて、後方のレイナルドに気付いたらしい。
「気を遣って頂いたようでありがとうございます」
「大したことしてねぇよ。俺はしばらくこいつの護衛だしな」
「ふふっ。そうでしたね」
言って、イスに置いてあった荷物を自分の膝の上に移動し、空いた席にレイナルドが座ったので、俺も逆隣に失礼する。
と、ララさんのホッとしたような優しい声。
「お元気そうで安心しました」
「そうです、全然問題ないんです。この街の事を知るためにいろいろ勉強する時間が必要だっただけなのに、心配掛けてしまってすみませんでした」
「いいえ。お勉強は進みましたか?」
「はい! ララさんがくれた『冒険者の手引書』と『初級図鑑』もすごく役立ちました」
「今日の薬草採取でも大活躍だったな」
「でした!」
「早速依頼を受けて来られたんですね」
「勉強したら、後は実践かなって。それに成人までに銀級になりたいですし」
「そう仰ると言うことは冒険者になると決められたんですか?」
「そのつもりです」
「でしたら……」
「勧誘済みで返事待ちだ」
レイナルドの即答にララが明らかに安心したような顔になった。
「レイナルドさんのパーティなら心配は要りませんね」
「まだ返事はしていないんですが」
「加入申請書にサインする以外の返事は聞かん」
「えぇぇ……」
本気でそのつもりなのだろう態度にちょっと引く。
ララは楽しそうに笑っていた。
「ところで、こちらには昼食を取りにいらしたのでは?」
「あ、そうでした。せっかくだから美味しいものを食べたいんですけど、おススメってありますか?」
「でしたらブロン・コッショの肉を使ったサンドイッチですね。飲み物とのセットもありますし、特製のソースがとても美味しいですよ」
「じゃあそれにしてみます。レイナルドさんも同じのでいいですか?」
「あ? ああ」
「なら今日は奢ります、護衛のお礼に」
否は聞きませんって気持ちを込めたのが伝わったのか、レイナルドは苦笑いしつつも受け入れてくれた。
「ならカッフィとセットで」
「判りました」
カッフィは、珈琲のこと。
さっきのブロン・コッショはトゥルヌソルの酪農家が育てている真っ白な豚みたいな動物で、お肉はさっぱりしていて柔らかく、とても人気があると『虎の巻』に書いてあった。
あくまで屋台なんだろうけど、キッチンカーみたいな個室タイプのお店に立っている店主に声を掛けて、人気のセットを二つ頼む。
「お飲み物はいかが致しましょうか」
「一つはカッフィで、一つは……ポムのジュースでお願いします」
「承知致しました、少々お待ちください」
ポムはリンゴだ。
注文が終わったと同時に別の店員さんが小型のフランスパンみたいな固めのそれの真ん中に切れ目を入れて具材を挟んでいく。
「お会計が先でもよろしいでしょうか?」
「はい」
「ではサンドセット二つで10ゴールドです」
銀貨一枚を鞄から出して差し出し、しばらくその場で待つ。
葉物と根菜のサラダと、ふっくらしている薄切りの肉がたっぷりとパンにはさまれ、上からソースが掛けられる。ごまだれみたいな色をしているが実際はどうなんだろう。
完成したらしいサンドイッチは手で持って食べやすいよう上部が大きく開いた紙の袋に入れられた。
それと、カップに入れられたドリンクを、一枚のトレーに揃えて完成。
地球とほとんど変わらない見た目に、本当に文明の発展具合がすごいと感じると同時、一気に空腹が襲ってくる。
「お待たせいたしました」
「ありがとうございます、とっても美味しそうです」
「ごゆっくりどうぞ」
笑顔の店員に見送られながら、両手に一つずつトレーを持って二人がいる席に戻る。
チラと視線を向けた先では二人がとても真面目な顔で何やら話し込んでいた。だが、俺の視線に気付いたのかレイナルドが此方に気付き、席を立って自分のトレーを受け取ってくれる。
「ありがとな」
「いえ、今日のお礼ですから」
そんな会話をしつつ席につき、いざ実食。
かぶりつく前に何となく匂いをかいで、やっぱりごまだれかもしれないと思う。
「いただきます!」
大きな口を開けてまずは一口。
パンはやはり固めでかみ切るのが少し大変だったけど、ふわりと鼻腔をくすぐるパンの匂いは香ばしく、ごまだれに似たソースと混じると柑橘系の爽やかな印象に変わっていく。
「面白い……」
肉は、見た目は蒸したささみみたいなのに噛むとほろほろ解けていく。
さっぱりした薄味が、ソースのおかげで更に食べやすくなっている気がした。
「これやばくないですか……いくつでも食べられそう……」
「やば……? 美味しくないですか?」
「美味しいですっ!」
ララに聞き返されて、力いっぱい絶賛する。
うわぁ、ポムのジュースじゃなくて俺も珈琲にしたら良かった!
サラダも新鮮でしゃきしゃきしていて、食感の違いで更に食べ進めるのが楽しくなる。
「おススメして正解でしたね」
「はいっ。レイナルドさんもここを教えてくれて感謝です!」
「職員の間じゃ定番の店だしな」
「そうなんですか?」
ララに聞くと、すぐに頷かれた。
「元職員が結婚後に御主人と出した屋台なので、最初は応援のつもりだったんですが、気付いたら通うようになっていました」
「美味しいですもんね」
笑いも交えながらの食事は本当にとても美味しくて、リーデンにも食べて欲しいな、と。
そう思った。
その後、ララの休憩時間いっぱいお喋りをしながら昼食を堪能した俺は『猿の縄張り』に戻った。いつまでもレイナルドを拘束するのもイヤだったし、今日の薬草採取で感じたことや、こうかもしれないという考えを明日以降のために纏めておきたかったからだ。
「今日はありがとうございました」
宿屋の中まで送ってくれたレイナルドは「問題ない」と笑う。
「大したことはしていないしな。明日も今日と同じくらいか?」
「そう、ですね……明日は森の方に直接向かいますから8時半くらいに此処を出ると」
「判った。なら8時半に此処に迎えに来る」
「えっ」
本気で明日も護衛するのかと驚いたけど、レイナルドは判っていたと言いたげに息を吐く。
「いま何人がおまえに声を掛けようとしているか正解したら護衛はしないでもいいが」
「……そんな人いますか?」
「……チロル、こいつ絶対に一人で外に出さんでくれ!」
「なんで⁈」
まさかと思って振り返ったら、御主人まで「判った」と真顔で返してくる。
後で聞いたら出入口のところにレイナルドがいなくなるのを待っているのだろう若い男が一人と、少し離れたところでこちらの様子を伺っている気配が二つ。ついでに食堂にいた宿泊客の兄弟が揃って見惚れていたぞと聞かされて、絶対に部屋から出ないことを約束せざるを得なかった。
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